第四章 セージャガから、愛を込めて

第23話 僕、赤ちゃんを大事にしようと思います。

 冒険者ギルドの正規職員がサードルマの街にやってきた。 

 それはつまり、僕達の逃亡生活が再開したことを意味する。

 

 シャランは賞金首だから。解呪が終わるまでは、捕まる訳にはいかない。

 出立の日、夜が明ける前に出立しようとした僕達を、シレムさんが見送ってくれた。


「シャラン、ジャン、マーブルさん、私は貴方達のことを、生涯忘れることはありません」

「シレムさん……シレムさんも、故郷に帰るんですよね」

「はい、父が報告を終えて戻ってきましたので、父と共にレイター王国へと帰る予定です。もし、お三方がレイター王国へと参られる際は、必ずハイター領にお足を運んでいただければと思います。私が出来る、可能な限りのもてなしを致しますから」


 シレムさん、奴隷だった時と全然違う。

 貴族令嬢のような赤いドレスを身に纏い、天使のように微笑む。 

 こんなに可愛い子だったから、オピシエの魔の手に狙われてしまったのかな。


 人知れず街を離れてから、すでに遠いサードルマの街を振り返る。


「シレムさん、助かって良かったよね」

「そうね、シャランが焼き印も治してあげたし。誰が見てもシレムちゃんが奴隷だった、なんて、思わないでしょうね」


 ちなみに、シレムちゃんが奴隷だったという事実は、お父様である侯爵様より緘口かんこう令が敷かれている。

 要は、彼女が奴隷だった事実は一切喋ってはダメ、ということだ。 

 心も体もすべて綺麗にし、この一年間は無かったことにしてしまうのだろう。


 その方がいいと、僕も思う。 

 あれだけ苦しかったのだから。


「焼き印と言えば、魔人の烙印と同じだった理由って、結局なんだったの?」

「それも分からず仕舞いよ。オピシエの家を調べたけど、文献も何も残っていなかったわ」


 分からないことが、分からないまま終わってしまった。

 とても気になるところだけど、それらを紐解くのは、解呪の後でも問題はないだろう。

 まずは解呪、その為にもと、僕達は聖なる河、ナルル運河へと歩き始める。

 

 道のりは遠く、徒歩で向かうと数日は掛かってしまう距離とのこと。

 すぐさま太陽が上がってきてしまい、周囲の気温が一気に上昇する。


「暑くなってきたわね。ジャン、ハイターさんから頂いたアレ、使いましょうよ」

「そうですね、では展開しますので、少々お待ちください」


 背負った荷物の中からコンパクトに畳まれた布を取り出すと、僕は勢いよく放り投げた。

 それは空中でどんどん膨らんでいき、最終的に台形をした大きなテントへと変形する。

 テントというよりも、これはもはやコテージと呼べるのかもしれない。

 しっかりとした扉は僕の背丈よりも大きい、中に入ると、皆が歓喜の声を上げた。


「うわー! 涼しい―!」

「温度管理の魔法が付与されているって聞いてはいましたけど、ここまでとは」

「見てみて! 椅子や寝床まであるよ! すごーい!」


 マーブルさんが着ていた服を脱ぎ始め、シャランが寝床で横になる。

 シレムさんのお父さんが王都へと向かう時に使用していたという、魔法のテント。

 自分たちはもう使わないからと言って譲ってくれたけど、こんなに良い物だとは思わなかった。

 

 壁に触れてみると、布ではなく、薄い石のような感じがする。

 材質変化までしてしまうのか、魔法って相変わらず凄い。

 これなら、ある程度の魔獣の襲撃にも耐えられそう。 


「天井や壁から魔力を感じるから、いろいろな魔法を練り込んであるのかもしれないわね」

「そんなことが出来るのですか?」

「ジャンの盾斧と一緒、魔力が込められた道具は貴重だから、このテント一個で金貨千枚くらいの価値はありそうね」


 金貨千枚か。

 このテントを所持していたってだけで、ハイターさんの家が相当なお金持ちなのだと分かる。


 シャランの烙印のこともシレムさんが伝えたらしく、解呪のお布施金まで負担してくれると言ってくれたし。帰りの路銀や船の手配までしてくれると言ってくれたけど、さすがにそこまでは頼れないと、丁重に断った。オピシエに奪われた僕達の路銀も取り返すことが出来たし、行きと帰りの分ぐらいは、自分たちで負担しないと。


 解呪か。そういえば、前から気になっていた事がひとつある。


「ねぇシャラン、今更な質問してもいい?」

「質問? 私?」

「うん、聖都イスラフィールに向かって、どうやって解呪してもらうの?」


 テントがせりあがって出来た寝床で寝転がっていたシャランは、顔だけを僕の方に向けた。


「女神様直々に……っていうのが一番理想的だけど、私は村娘と変わらないからね。まずは一般の礼拝者と一緒に中に入って、そもそも解呪出来るのかって質問を投げかけてみるつもり。いきなり魔人の烙印を見せつけて、パニックになったりしたら迷惑かけちゃうからね」


 お布施を払えばすぐに解呪、っていう訳でもないのか。

 いろいろ考えているんだな、さすがはシャランだ。  


「魔人の烙印を見せても大丈夫なの? 聖都イスラフィールって、魔人の存在を絶対に許さないんでしょ? シャランの烙印を見て、むしろ魔人の手先とか、異教徒とか呼ばれたりしない?」


 こちらは下着姿になり、椅子に腰かけたマーブルさん。

 シャランも起き上がると、ベッドの上にそのまま座り直した。


「マーブルさんの言う通り、聖都イスラフィールで信仰しているイフリーナ教は、魔人の存在を認めていない。でも、その絶対なる信仰が故に、間違いなく魔人を封じる力を持っていると思うの。それは最初こそ願いだったけど、この国にきて確信に変わったわ」

「確信に変わった?」

「うん。だって、この国に来てから私、一度も魔人に襲われていないもの」


 確かに、言われてみればその通りだ。 

 アラアマの街で鉱石魔人に襲われてから、一度も襲われていない。

 

「縋るような願いだったけど、近づけば近づくほどに、聖都がどれだけのものかを肌で感じることが出来る。この烙印が無くなくなりさえすれば、私は故郷に帰ることも出来るし、伯爵様へと報告にだって行ける」


 期待に胸を膨らませるような発言をしているけど、シャランの表情は暗い。

 フェイスベールを外すと、暗い表情のまま、自分の黒髪を指で梳き始める。


「ちょっと、怖いけどね。大事な息子さんを見殺しにした私を、伯爵様が許してくれるかどうか」

「許すに決まっているでしょ、相手は魔人、それも魔人王って呼ばれる存在なんだから」


 シャランに近寄り抱きしめると、マーブルさんは彼女の頭を優しく撫でる。


「もし許さないんだとしたら、私が極大魔法ぶっ放してあげるから、安心してね」

「そうですよ、そのまま三人でシレムさんの国に逃げてしまえばいいんです」

「ジャンの言う通り。シレムちゃんなら、私達三人ぐらい匿ってくれそうだもんね」


 あははって笑っていると、シャランはずりずりと後ろへ下がり、ぺこりと頭を下げた。


「二人とも、ありがとうね。私、二人と一緒なこと、本当に幸せなことだと思ってる」


 泣きそうになったシャランを、僕とマーブルさん、二人で抱きしめる。

 伯爵様がシャランを許さない、なんてことは、普通に考えたらないと思う。

 それだけに、魔人という存在が、ありえない程に強いのだから。


 陽が沈んだ頃になると、テントを畳み、僕達は旅を再開した。

 夜は進み、昼は休む。昼夜逆転の生活をしつつ、それでも確実に一歩を踏みしめる。

 僅かな石柱、道標を信じ、どこまでも続く砂丘に、稀にすれ違う旅人と挨拶をかわしながら。


 旅をして四日目、テントの中で休んでいると、誰かが扉を叩く音が聞こえてきた。

 

「すみません、子供が暑さでやられそうなのです。中に入れては貰えないでしょうか?」


 強盗かも? そう思ったけど、声の主は間違いなく女の人だった。

 シャランみたいに全身を隠した服装、砂漠越え用の耐熱装備なのだろう。

 扉を開けてみると、そこには沢山の動物と女の人、それと、男の姿が多数。

 僕達の警戒を察したのか、女の人はすぐさま頭を下げる。

 

「すいません、この人たちは私が雇ったラクダ運送用の業者です。安心して下さい」

「はぁ……では、貴方だけ、中へどうぞ」

「ありがとうございます、本当に助かります」


 女の人の胸の中に、確かに赤ちゃんの姿があった。

 赤ちゃんを抱きながら、砂漠を越えようとしていたのか。


 テントの中に入ると、その人はさっそくおくるみ、、、、から赤ちゃんを取り出して、ぱたぱたと手であおぎ始めた。赤ちゃんの顔が真っ赤だ、泣きもしないし、全然、動こうともしない。母親が必死になって冷やし続けるも、赤ちゃんの反応は一切なかった。


「あああ、ごめんね、フーちゃん、ごめんね。お願いだから息をして、フーちゃん」

「まだ間に合うかも。ちょっといいですか」


 シャランが赤ちゃんの前に座り込むと、両手を光らせて、赤ちゃんへと触れた。

 黒髪が黄金へと色を変える。見せてはいけないことだけど、子供の命が最優先と判断したのだろう。


 みるみる紅潮していた頬が冷めていき、微動だにしなかった赤ちゃんの手足が動き始める。

 やがて「ふえぇぇ……」と声を上げ始めると、それは大絶叫へと音量を変えた。

 どうやら元気を取り戻したらしい、赤ちゃんらしい、大きな泣き声だ。


「ありがとうございます! ありがとうございます! 良かった、フーちゃん、ホントに良かった……!」

「いえ、少しでもお力になれたのなら、幸いです」

「貴方達はこの子の命の恩人です! 本当にありがとうございます!」


 さすがはシャランの癒しの力、僕やマーブルさんじゃ見守ることしか出来なかったよ。


 お母さん、なんでも女手一つで商人をしているらしく、ナルル運河付近の街、セージャガからサードルマへと荷物を搬送していたらしい。出産後の大仕事に自分がついて行かない訳にもいかず、かといって赤ちゃんを預ける信頼のおける人もおらず、今回の強硬手段に出てしまったのだとか。


「改めまして、セナ・スクバと申します。今回は息子のフーディの命を助けて頂き、誠にありがとうございました。テントの紋章を見るに、レイター王国の貴族様でいらっしゃいますよね?」


 テントに紋章なんか付いていたの? 後で見てみるかな。

 

「いえ、私達は聖都イスラフィールへと向かう旅の者です。このテントはレイター王国、ハイター侯爵から頂いたものになります」

「そうだったのですか、レイター王国の紋章が見えていたので、このテントなら大丈夫だと思い、とんだ失礼なことをしてしまいました」

「子供の命はかけがえのないものですから、気にせず休んでいて下さい」


 外にいた男の人たちも中に招きいれると、各々床に座り込み、火照った身体を冷やし始める。

 このテントって、本来これぐらいの人数で使うべきテントなんだろうな。

 三人で使うには広すぎるもん。

 

「お三方は聖都へと向かわれるとのことですが、セージャガから船を使うおつもりでしょうか?」

「予定ではそのつもりですけど、何か問題でも?」

「いえ、でしたらスクバの名を、船を管理しているモガという者に伝えて下さい。優先して乗船、いえ、無料で乗船させて頂けると思います」

「無料?」

「はい、船を管理している者が、この子の逃げた父親ですので」


 おお、いきなりスクバさんの額に青筋が浮かんだぞ。

 マーブルさんもどこか納得した顔になり、シャランは困惑した顔になった。


 そうだよな、女の人だけで赤ちゃんが産まれるはずがない。

 それなのに頼れる人がいないっていうのが、全てを物語っていた訳か。


 スクバさんから無料乗船をしたためた書状を受け取ると、その後はマーブルさんとシャラン、スクバさんとで、赤子のフーちゃんをあやし始める。二人とも赤ちゃんとか好きなのかな、なんかいつもと笑顔の感じが違う。優しい笑みって感じだ。


 空が真っ赤に染まり、頬を撫でる風が涼やかになる。


 日が沈み始めると、スクバさんたちは出発の準備に取り掛かった。

 僕達もテントを畳み、ナルル運河を目指すべく荷物をまとめる。


「本当にありがとうございました。お三方に、イフリーナ神の加護があらんことを」

「ありがとうございます。フーちゃんもスクバさんも、無理をなさらぬように」

「ふふっ、ありがとうございます。では、これにて失礼いたします」


 スクバさん一行はラクダに跨ると、砂の道を歩き始め、あっという間に見えなくなってしまった。

 

「ラクダって、荷物搬送だけじゃなく、馬みたいに乗ることも出来たんですね」

「砂漠地帯における最大の物資輸送手段がラクダであるとは聞いていたけど、あんなに速いとは思わなかったわね。とはいえ、私達はこの国に住まう訳にはいかないし、飼う訳にもいかないしね。という訳で、行きましょうか」


 それから歩きで四日後。

 僕達は緑多きナルル運河の都市、セージャガへと到着するのであった。



【次回予告】

 赤子の命は未来の宝。乗船チケットを手に入れた三人は、セージャガにて船を探す。

 フーディの父、セナの相方を見つけた三人は、チケットを手渡すのだが。  


 次話『僕、告白しちゃったみたいです。』

 明日の朝7時、公開予定です。


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