第22話 僕、冒険者ギルドの仕事、頑張ります。

 オピシエが捕縛されてから数日後。

 僕達の姿は、サードルマの街に新設された冒険者ギルドにあった。

 とはいえ、未だ本稼働はしておらず。

 僕とシャラン、マーブルさんとボルトさんの四人だけでの、仮運営の状態だ。


 オピシエ家を襲撃したナシちゃんこと、シレムさんのお父さんは、オピシエと共にコム・アカラの首都、ニーベルンハイムへと向かった。この国では、自国民に対する奴隷は認められているが、他国の人を奴隷とすることを違法としているらしい。


 その罪は重く、オピシエはニーベルンハイムにて、すぐさま極刑になるだろう、とのこと。

 サードルマの街を支配していたオピシエの死は、少なからず街に影響を与えてしまう。

 その話を聞いたボルトさんが、テーブルに足を投げ出しながら続きを語ってくれた。

 

「とはいえ、レイター王国のハイター侯爵が首都に向かったんだ。そこら辺の話も全部済ませてくると思うぜ? 統治者不在じゃ街が回らねぇからな、首都から誰か派遣されるか、オピシエの首を獲った侯爵様がそのまま統治するか、まぁ、どうにかなるんじゃねぇのかな」


 他の国の侯爵様がこの街を統治とか、そういうのって出来るのかな?

 分からないままでいると、マーブルさんがひょいと、書類の山から顔を覗かせた。


「ボルト、アンタ暇なら、ここら辺の書類整理手伝ってよ」

「新しい冒険者ギルド設立の書類だろ? なんで冒険者の俺達がしなきゃならないんだよ」

「正規職員が派遣されるまでの間の繋ぎって、アンタ報酬貰えるなら承諾するって言ってたじゃない」

「ああ、報酬は貰うさ。だから正規職員代行ってことで、街の巡察に行ってくる。マーブル、そのギルド嬢制服、似合っているぜ」


 ボルトさんはそう言うと、冒険者ギルド (仮)を後にした。


 この街での金髪碧眼は想像以上に人気があるらしく、最近のボルトさんの周囲には常に誰かしら女の人の姿が見える。シレムさんを救出し、彼女のお父さんからたんまりと報酬を貰っているみたいだし。大の大人がすることに、僕がとやかく言う筋合いはないだろう。


 それに、確かにマーブルさんの制服姿は似合っている。

 大きい緑色の三角頭巾を頭に乗せて、半袖のシャツに薄いロングスカート。

 普段のローブ姿とはまた違って、こういう服装のマーブルさんも素敵だ。


「あの人、仕事は出来るみたいだけど、油断するとすぐどこかに行くのよね」

「マーブルさん、その書類は?」

「これ? 依頼書よ。この街、想像以上に冒険者ギルドの設立を願っていた人が多かったみたいね」


 ドンっと置かれた依頼書の山。

 魔物も多いし治安も悪い、となると、依頼する人も多くなる、ってことか。

 適当に依頼書を見繕ってみると、護衛や行方不明者探索、廃墟の取り壊しとか、いろいろだ。

 

「私、この依頼受けてみたい」


 僕の横に座っていたシャランが、一枚の依頼書を手に取った。


「街道に出没するサンドストーンウルフの駆除、あ、この魔獣、本当にいたんだ」 

「依頼を受けるのは構わないけど、私もここを離れられないし、ボルトだっていつ帰ってくるか分からないわよ?」 

「大丈夫、この依頼は、私とジャンだけでやってみせるから」

「シャランと僕だけ?」


 それって事実上、僕だけって意味なのでは?

 シャランは治癒の力が使えるけど、それ以外は何も出来ない、普通の女の子だ。

 攻撃力は皆無、出来ることと言えば応援ぐらいしかない。

 それでも充分、僕からしたら百人力だけど。


「私ね、開拓村の時も、アラアマの街の時も、今回も……私、なんの役にも立ってないの」

「そう? シャランには治癒の力があるんだから、気にする必要はないと思うけど。ねぇマーブルさん」

「そうねぇ、私はシャランに命救われているから、役に立ってない、なんて言えないわよねぇ」


 マーブルさんのお腹周りは、今も傷跡が残ったままだ。

 身体を切断されるほどの大怪我を、シャランは治癒している。

 めちゃくちゃ役に立っていると思うけどな。


「治癒の力は確かに凄い。でも、私だって戦えていれば、そもそも怪我だってしてないと思うの」

「でも、シャランは剣も斧も持てないよね? 攻撃魔法だって使えないし」

「うん、だから、私でも使えそうな武器の使い方を、ボルトさんから教わったんだ」


 言うと、彼女は背中に隠していた丸めた鞭を取り出すと、シュルルと伸ばし、一度だけ鞭を振るった。

 パァンッ! という、マーブルさんの空間爆破の魔法みたいな音が、室内に響き渡る。


「え、なに今の、凄い」

「それなりに命中もするようになったし、当たった時の破壊力も結構凄いんだよ? 治してあげるから、ジャン一回喰らってみる?」


 ご遠慮しておきます。


「なるほどね。それなりに鍛錬を積んだから、実戦で試してみたいってことね」

「はい、でも、さすがに一人は心細いので、ジャンと二人で行きたいなって……どう、かな?」

「別に、僕は構わないよ」

「やった! ……コホン。じゃあそれ、受注でお願いします」


 シャランがどれだけ戦えるのか、僕としても興味あるし。

 僕個人としても、最近まともに戦った記憶がないし。

 鍛錬という意味を込めて、この依頼書は丁度いいのかも。


「はいはい、じゃあ前と同じ、私名義で受注しておくからね。依頼期限は三十日以内、討伐したサンドストーンウルフの尻尾を十本持って帰ることで、依頼終了となります。報酬は銀貨三枚、討伐したサンドストーンウルフの亡骸は依頼者が回収するから、場所の把握だけはお願いね」

「なんだか、マーブルさん、正規職員としてもやっていけそうですね」

「基本、なんでも出来る女ですので。それじゃあ行ってらっしゃい、冒険者に幸あらんことを」


 マーブルさんの営業スマイルが輝いている。

 これは、無駄に冒険者が常駐するタイプの冒険者ギルドになりそうだ。


 その後、サンドストーンウルフは夜行性ということもあり、僕とシャランは仮眠をとることに。

 空き家になったオピシエの家をちょっと借りて、宿屋代わりとして利用している。

 マーブルさん曰く、迷惑料としてそれぐらいしても問題ないのよ、とのことだ。


「じゃあ、行こうか」

「うん。なんか、緊張するね」


 昼間は死ぬほどに熱い砂漠地帯だけど、夜は嘘みたいに冷える。

 吐く息が白いのだから、故郷の真冬なみの寒さなのだろう。

 昼間は薄着一枚だけど、夜は厚着、しかも上に数枚羽織るレベルだ。

 あまり着こむと動きが制限されてしまうから、最低限の防寒装備で挑む。


 サードルマの街を出てしばらく進むも、何も現れず。

 思い返してみれば、僕が流砂に放り込まれた時だって、姿は見せなかったんだ。  

 かなりの距離を、街から離れないといけないのかもしれない。 


 街道という名の砂の道、砂漠だから、石で道を設けても砂が埋めてしまう。

 石柱は、目印としては弱い。でも、これだけが頼りだ。


 しばらく進むと、砂漠の中にテントが見えた。

 灯りも無く、誰か休息しているのかもと思い、静かにしていたのだけど。

 よく見れば、テントは引き裂かれ、休めるような状態ではなかった。


 グルルルルル……。


 そして、唸り声が聞こえてきた。

 テントの中に、少なくとも一匹はいる。

 シャランを見ると、彼女も恐々としながらも、手に鞭を構えた。


 今回の戦いは、シャランが主役だから。

 僕は、盾役に徹する。

 

「僕がおびき寄せるから、シャランはサンドストーンウルフに攻撃を」

「わかった」

「よし、それじゃあ……うおおおおおおぉい! こっちだ! こっちに来いよ!」


 ガンガンと盾を叩き、音を立てると、テントの中にいたサンドストーンウルフが姿を現す。

 砂漠の砂の色と同じ毛並み、犬よりも大きい身体に、強靭さが分かる四つ足。


 あれぐらいなら勝てる、うん、一体なら勝てる。

 でも、テントから現れたのは、一体ではなくて四体。


 しかも声に反応したのか、砂丘の方からも遠吠えが聞こえてきて、あれよあれよとニ十体くらいに増えてしまった。 

 

「呼び過ぎだよ!」

「ごめん」

「もう、負けたらジャンのせいだからね!」


 負けたら死ぬと思うのですが。

 まぁ、死なないように戦うけどね。


 駆けてくるサンドストーンウルフの攻撃を、盾で防ぎ、転んだところをシャランが鞭で討つ。

 結構な威力で、鞭の弾ける音と共に、サンドストーンウルフの顔が綺麗に弾けた。

 

「うわ、すご」

「やった! 私の攻撃、通用する!」


 転ばせているとはいえ、シャランの扱う鞭の精度はかなり高かった。

 動きが止まったら確実にヒット、走っている最中でも、伸びた鞭が足を絡めとる。

 鞭が絡み、動けなくなったサンドストーンウルフは、僕の盾で押しつぶす。


 十、二十、三十と討伐数を重ねていくと、しばらくしてサンドストーンウルフは逃げ始めてしまった。

 動物と同じ、勝手に増える魔獣は絶滅が望ましい。

 とはいえ、深追いは禁物。

 砂漠で迷子とか、想像もしたくない。


「尻尾を斬るところまでが冒険者だよ」

「うぅ……なんか、ごめんなさいって感じがするね」

「もう死んでいるのだから、ごめんも何もないよ」


 半分はシャランにナイフを持たせて、尻尾を斬らせてみた。


 指で骨とのつなぎ目部分を探し、ナイフをあてがって、皮と肉だけを斬るようにすれば、案外すんなりと尻尾は切ることが出来る。最初こそ、斬る感触や滲み出る血に怯えていたシャランだったけど。それも回数こなせば慣れてきたのか、さくさくと斬るようになった。


 死体は砂の中に埋めて、持ってきた伸縮する旗付きの棒を突き立てて、仕事は終わり。

 

「よし、朝になる前に帰ろう」


 陽が出たら一気に気温が上昇する。

 そうなる前に戻らないといけない。


 二人で歩く帰り道、シャランはこんな質問をしてきた。


「私、役に立てたかな」

「充分すぎるぐらい、役に立っていたよ」

「そっか、へへ、良かった」


 よほど嬉しかったのか、シャランはそこら辺に鞭を振るい始めた。

 心地よい破裂音が響き渡り、彼女の喜びの感情が音となって僕にも伝わってくる。


 シャランが嬉しいなら、僕も嬉しい。

 だから、そのまま何も言わず、放置していたのだけど。


 一発だけ、砂を狙っていた鞭が、隠れていた岩にぶつかった。

 鞭は岩に当たると軌道を変え、僕の方に飛んできた。


「あ」


 戻そうとしたんだろうね。

 その動きが鞭をしならせ、鞭の先端が僕のお尻に当たった。 

 ッパァンという破裂音のあと、僕のお尻が弾ける。


「ぎゃあああああああああああああああああぁッッッ!!!!」


 想像を絶する痛み。


「ああああああああああああああぁ! ああああああああああああああぁ!」


 鞭の一撃で、厚着していた服から下着まで全部破け、僕のお尻の肉も一撃で持っていかれた。

 死ぬほど痛かった。それはもう、トラウマ級の痛さだった。


「ご、ごめん! ジャンごめん! すぐ治すから! ほんとゴメン!」


 人生で一番叫んだと思う。

 魔人の攻撃よりも痛かった。




~ 第三章 砂漠の街、サードルマの悪徳領主 完 ~




【次回予告】


~ 第四章 セージャガから、愛を込めて ~


 街を救い、自分をも見つめなおし、それでも旅は続く。

 聖都イスラフィールへと向かう為に、ジャン達はナルル運河へと向かう。


 次話『僕、赤ちゃんを大事にしようと思います。』

 明日の朝7時、公開予定です。


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