勇者を殺した人類最強の敵、魔人。生贄の烙印を刻まれた幼馴染の聖女と共に、石工職人の僕は解呪の為、長い旅に出る。自分の実力が、勇者以上であるとは気づかずに。
第21話 私、何が一番大切なのか、心から理解しました。※シャラン視点
第21話 私、何が一番大切なのか、心から理解しました。※シャラン視点
沢山の使用人に囲まれながら、時間は無情にも過ぎ去っていく。
どこに行こうとしても、何をしようとしても、必ず見張りが付いてくる。
オピシエという男は、それほどまでに、マーブルさんの魔法を恐れているんだ。
けれど、マーブルさんの最強魔法は、一日に一回きり。
しかも、使った後はフラフラになり、場合によっては昏睡してしまう。
私だけじゃ、倒れたマーブルさんを運ぶことだって出来ない。
ジャンがいたから。彼がいれば、どんな量の荷物だって、軽々と持ち上げてくれるのに。
「……」
私に出来ることは、傷の治療だけ。
こんな能力、この状況じゃなんの役にも立たない。
黄金の聖女、なんて呼ばれていたのにね。
最近、自分の無力さが、とても歯がゆく感じる。
もっと、戦う為の力が欲しい。
「そろそろ、時間ですかな」
客間の入口を全開にして、沈む夕日を見ながらオピシエが言う。
「まだよ。まだ、陽が沈み切っていない」
「ですが、残り時間は僅かです。そろそろ準備を始めましょうか」
客間の外、庭園に用意された小さな炉、そこに火を灯すと、焼き
それを見た後でも、マーブルさんは腰に手を当て、強気な態度を崩さなかった。
「不要になった奴隷にだけ、焼き印をするんじゃないんだ?」
「ほっほっほ、いえ、この魔人の烙印を模した焼き印ならば、もしかしたら、貴方の魔力を封じ込めるのではないか、そう考えましてね。魔力を持たない奴隷に焼き印を施しても何も起こりませんが、魔法使いの貴方に焼き印を施したとなると、違う結果が出るのではないかと、そう期待したまでのことですよ」
焔の如く、真っ赤になった焼き印が、オピシエの手に握られた。
周囲にいた使用人たちが一斉にマーブルさんを取り囲み、彼女の着ている服を脱がし始める。
乳房の上、鎖骨の下の部分、真っ白なマーブルさんの肌が露出すると、オピシエは口角を歪ませた。
「抵抗は、しないのですか?」
「したところで、どうにもなりそうにないしね」
「ほっほっほ、それは賢明、さすがは魔法使い殿だ。では、まもなく日没――――烙印の儀式を、開始させていただく」
熱した鉄で、皮膚を焼きちぎる。
あんなものを押し当てられたら、痛みで、それだけで死んじゃう。
「……っ」
「ほっほっほ、熱いですか? まだ、触れておりませんよ? これからこれから」
マーブルさんが、苦悶の表情のまま、私を見る。
そうだ、私は治癒の力が使えるから。
どれだけ焼き印を押されたとしても、瞬時に治せる。
「おっと、皆さま、黄金の聖女様をこの部屋から連れ出しなさい」
「なっ、そんな」
「貴方には治癒の力がありますからな、焼き印をしたところで、治されてしまっては興ざめでしょう?」
私の力まで知っていたというの。
マーブルさんを助ける唯一の方法が、封じられてしまった
「では、陽が沈みましたね。魔人の烙印を今こそ、この娘の柔肌の上にッッ!!!」
――――ドンッ!!!!!
飛び上がるほどの縦揺。
な、なに? 地震?
「な、なんだ今の揺れは!」
開け放たれてあった客間の入口。
星が見え始めた庭園に、大きな白い石が置かれている。
あんなもの、ついさっきまで無かった。
皆が驚き、大きな石に注目していると。
石の背後からひょこっと、彼が顔を覗かせた。
「お待たせ、ちょっと遅れちゃった」
黒い髪を揺らせた素朴な笑顔が、私の心をどこまでも癒す。
生きていた、それだけで、心の底から嬉しい。
「あ、おい! ちょっと待て!」
使用人の何人かが私を捕まえようとしたけど、ダメ、そんなの。
無我夢中で走りだして、彼に飛びつき、力強く抱きしめる。
「ジャン! 生きているって信じてた! 良かった! ジャン!」
「シャラン……僕、結構臭いよ?」
「いいの、臭くたっていい! こうして一緒にいてくれれば、それだけでいいの!」
一番大切なものは、失った時に初めて分かる。
私にとっての一番大切な人は、間違いなく、彼だとわかるから。
「ごめん、怖い思いを、させてしまったみたいだね」
気づけば、涙を流してしまっていた。
私の頭を撫でてくれる、髪を梳いてくれる。
優しい言葉、力強い身体、彼の全てが私にとって一番だと、そう思えるから。
「でも、もう大丈夫だから」
「なにが大丈夫か! 勝手に大団円にしてもらっては困りますね!」
焼き
「この二人の宿泊料、金貨五十枚! 貴様に支払えると言うのですか!」
「うん。だから、これをわざわざ、ここに持ってきたんだ」
ジャンが持ってきた白い石、これって、そんなに価値のあるものなのかしら。
私には分からなかったけど、オピシエは瞠目しながら「まさか」と言葉を漏らした。
近づき、臭いを嗅ぎ、舌で直接舐める。
「これは……岩塩! それも、ああ、知っているぞ! これはクリスタルソルトと呼ばれる最高級の岩塩ではないか! しかし、採掘したとしても、ほんの拳程度の大きさしか採れないはずなのに!!!」
最高級の岩塩。
ジャンはそれをこんこんと叩くと、柔らかな笑みを浮かべた。
「良かった、オピシエさんが物の価値が分かる人で。安心して下さいね、ちゃんと鑑定してもらって、蒸留して塩へと生成すれば、最高級食材として利用できるって証明も貰ってきましたから。ちなみに、この岩塩の価格相場も調べてきました。三百グラム銅貨三枚、この岩塩は三百トンはあります。グラムにすると三億グラム、つまりは銅貨三百万枚、銀貨にして三十万枚、金貨にして三万枚の価値があります」
金貨三万枚、この岩塩ひとつで、そんなにも価値があるというの。
「いや、問題はそこではないッ!」
オピシエは焼き
「貴様、この岩塩をどこから持ってきた! どこに岩塩の鉱脈を見つけ出した!」
「それを言うはず、ないでしょう?」
掴まれた手を、ジャンは軽くあしらった。
その態度に憤慨し、オピシエは拳を強く握り締める。
「ぐぬううううぅ! これだけ大きな岩塩が採れたのだ、恐らくこれは岩塩鉱脈の一部にしか過ぎん! これを掘り当てた場所、そこを掘り進めれば、もっと沢山の、海にも匹敵する量の岩塩が採掘される見込みがある! そうなれば、額面は国家予算にも匹敵し、一次産業として我が国の予算が潤うこととなるのだ!」
「そうですね」
「働き手の無い孤児たちの仕事斡旋先にもなりえる! この国の不浄な部分、全てが清浄な形に戻る可能性があるのだ! 言え! この国のため、全ての恵まれない子供たちの為に、岩塩鉱脈の場所を私にだけ教えるのだ!」
「お断りします」
にこやかな笑顔のまま、ジャンは申し出を断った。
良かった、コイツは綺麗ごとを並べているけど、人の命を何とも思わない悪党だから。
権利を握ったが最後、全部、私利私欲の為に使い果たすに決まっている。
「それよりも、早く二人を解放して下さい。こうして岩塩を持ってきたのですから、二人分の宿泊料は簡単に支払えているはずです。もし、ご了承いただけないのならば、僕としても違う手段を取らざるを得ません」
ジャンの言葉が終わると、岩塩の背後から、見知らぬ男の人が姿を現した。
カウボーイハット、そこから覗く碧眼には、怒りの炎が見える。
「ボルト……始末したと、報告を受けておりましたがね」
「ああ、始末されましたぜ? ジャンがいなければ、間違いなく俺は死んでいた」
腰に下げた鞭を手に握ると、丸まった部分を一気に伸ばした。
「ほら、早くジャンの申し出を断れよ。金貨五十枚なんか要らない、岩塩鉱脈の場所を吐けって言えよ。それでようやく、俺もお前を殺す、大義名分を得ることが出来る」
この金髪の人、相当強い。
勇者ソフランに雰囲気が似ている。
「……ここで引かないほど、私は愚か者ではないのでね」
「へぇ、それは残念」
「だが、貴様たちだけで岩塩鉱脈をどう活かすことが出来る? お前たちが保持していては、宝の持ち腐れもいい所だろう? 出来るのか? 採掘から流通、販売するルートが、貴様たちに確保できるのか? 商売のことは商人に任せておけばいい。何も出来ず終わるのが関の山だぞ?」
オピシエが言っていることは、多分正しい。
岩塩鉱脈を見つけ出したところで、どう活かすのかは、私達には分からない。
「あー、なるほど」
そんな時、解放されたマーブルさんが金髪の人を前にして、したり顔をした。
「ボルトとか言ったわね、貴方、冒険者でしょ?」
マーブルさんが人差し指を彼の胸に当てると、ボルトさんもニヒルに微笑む。
「ああ、そうさ。そして冒険者は、冒険で得た情報を逐一冒険者ギルドへと報告する義務が発生する。岩塩鉱脈の件を把握した冒険者ギルドは、この国へとギルド設立を打診し、岩塩採掘の仕事、及び周囲に発生する魔獣駆除の依頼を出すだろうさ」
「岩塩回収、お使いクエストは、ギルドの必須案件だものね」
「その通り、採掘はまた別の依頼が必要だが、俺達には優秀な石工職人さんがいるもんでな。組合ルートはソイツに一任している。いずれは渡航して、採掘のプロが集まってくるだろうさ」
ジャンも口角を上げて、任せてねって顔をしている。
……凄い、今日一日で、ここまで動いてきたんだ。
岩塩を採掘し価値を鑑定させ、採掘方法の確立、流通の確保、販売の方法。
秩序保持の為の冒険者ギルドの設立は、誰よりもこの街の発展を願ってのこと。
それはつまり、オピシエ達が築き上げた街の形の崩壊とも言える。
まさに革命、それをジャンは成そうとしているんだ。
凄い……凄いな。
「そこまで話を聞いて、はいそうですかと、答えると思いますか?」
オピシエの奴、使用人に剣を握らせて、私達へと攻撃の体勢を取った。
明確な敵意、これは、戦いは避けては通れない。
「クククッ、岩塩の場所なぞ、拷問でもして吐かせてやればいい。今ならまだ、冒険者ギルドの設立も発生しない。この国には人類未踏の大砂漠がある。ある日突然、人がいなくなるなんざ日常茶飯事なんですよ! 相手は四人、坊主以外は殺しても構わん! 皆さん、かかりなさい!」
「「「「「「「「「「うおおおおおおッッッッ!」」」」」」」」」」
一斉に、使用人が襲い掛かってきた。
どんなに強がっても、こっちは四人、いずれは数で負けてしまう。
回復の力、目一杯、限界まで使わないと。
……と思っていたら、ボルトさんの手が、私の肩にかかった。
「大丈夫だぜ? ここまで用意周到だった俺達が、無策で突っ込んでくるはずがないだろう?」
乗せられた手を見るかたわら、視線はボルトさんの背後へと向けられる。
泣きそうな顔をした少女と共に、着飾った男の人の姿があった。
「ナシちゃん……」
可愛らしい白の柄物のシャツを着た少女は、間違いのないナシちゃんだった。
ナシちゃんの肩に手を置いた男性は、額に青筋を目一杯浮かばせながら、声高らかに叫ぶ。
「我が娘、シレムをよくも奴隷として扱ってくれたなッ! 悪徳商人オピシエッ!!!」
地響きのような咆哮、怒り心頭の言葉が響き渡る。
「貴様はレイター王国が侯爵、ギブン・ゾル・ハイターに対して刃を向けたと同義ッ! 貴様の首を持って、今回の始末とさせて頂くッ! 我が兵よ、この屋敷にいる全ての者を敵とみなせッ! 全部隊、突撃ィッッッ!!!!」
ナシちゃんのお父さん、レイター王国の侯爵様だったの???
レイター王国って、確か海の向こう、西側に位置する巨大国家だったはず。
そこのお姫様を奴隷にって……そんなの、許されるはずがないじゃない。
オピシエの兵の何十倍もの兵が攻め込むと、決着はあっという間だった。
抵抗した使用人は全員切伏せられ、オピシエ本人も全身を捕縛。
即座にコム・アカラ国の国王様の下へと、連行されることとなった。
「ぐぐぐっ……他国の人間がこんなことをして、許されるとでも思っているのですか!」
「安心しろ。既にコム・アカラ国王、ギアーズ陛下の了承を得ている」
「な……なんだとっ!? ちくしょう……ちくしょおおお――がふっ!」
「煩い口には蓋をするに限る。それでは行くぞ!」
あっという間の決着。
肩に入っていた力が、ぽんと抜けた。
そして、私は昨日一日かけて探し求めていた人の前へと、駆け足で向かう。
「ナシちゃん!」
「あ、あの……私、自分のこと、本当に、思い出せなくて」
初めて出会った時のナシちゃんは、演技でもなんでもなく、本当に死にかけていたんだ。
自分のことも分からないと語った言葉に、嘘偽りはない。
自分が誰だか分からずに、オピシエに言われるがまま、逆らうことも出来なかった。
「ごめん、なさい……私、貴方達に、あんなにも良くして貰ったのに……ごめんなさい」
とても、怖かったと思う。
「いいよ、ナシちゃんが無事で、本当に良かった」
「シャラン……ううえええぇ……ごめんなさい……ひっく、うええええぇ……」
誰も、ナシちゃんがしたことを、責めることなんて出来ない。
そもそもナシちゃんは何も悪くない、生きるた為にしただけのこと。
一番の悪党は、死刑でいなくなっちゃうから、それでいい。
「とりあえず、ここのお風呂、借りましょうか」
「……そうですね。ナシちゃん、また一緒にお風呂入りましょ? ここのお風呂ね、すっごい大きいの。私達三人でも溢れちゃうくらいに、とっても大きいんだから。だから、ね?」
差し出した手を、ナシちゃんは握りしめ、また泣き始める。
彼女が生きていて良かった、本当に、良かった。
【次回予告】
愛する人を救い、罪なき者に手を差し伸べる。
一件落着した一行は、束の間の休息を堪能する。
次話『僕、冒険者ギルドの仕事、頑張ります。』
明日の朝7時、公開予定です。
★おまけ★
「あ、ちょっと待ってね」
「……マーブルさん、それは何ですか?」
「これ? 炎の結界魔法をね、この屋敷の至る所に仕掛けてあったの」
炎の結界魔法? 炎が壁になるっていう、アレか。
地面に刻まれた魔方陣を、足でかき混ぜるようにして消している。
「焼き印をどれだけ押されてもさ、シャランがいれば治癒は簡単だし。だったら屋敷中に放火して、その隙に逃げようかと考えてたんだけどね。まさかジャンが本当になんとかするとは思わなかった。嬉しい誤算って奴よ」
抜け目ないなー。
さすがはマーブルさんね。
「やっぱり、私の目的には彼が必要なんだろうな」
「マーブルさんの、目的?」
「え? ああ、ううん、何でもないの。独り言だから、気にしないでね」
マーブルさんの目的、気になる。
そういえば、マーブルさんって一人なのよね。
故郷はあるみたいだし、なんで帰らずに旅を続けているのかな。
気になる……気になるけど。
「ほら、シャラン入るよ。ナシちゃんも、もう脱いじゃったわよ?」
今は、忘れよう。
せっかくのナシちゃんとの再会、心の底から楽しまないとね。
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