第20話 僕、凄いものを見つけちゃいました。

 一晩明け、太陽が砂漠の大地を容赦なく照り付ける。


 暑い、あれから何度も流砂から抜け出せないかもがいてみたけど、ダメだった。

 むしろ状況は悪化、首まで沈み、僅かでも動くと呼吸が出来なくなる。

 太陽が憎い。このまま流砂に埋もれてしまった方が、楽になれそう。 


「すまないね、俺では、君の役に立てそうにない」


 僕と一緒に流砂に埋められている男の人。

 あまり動いていない彼は、洋服で日陰をつくり、涼し気な顔をしている。

 とはいえ、腰まで流砂に浸かってしまっているのだから、彼の方も無事とは言えないのだけど。


 癖のある、後ろに流した金髪、青い瞳に色白の肌。

 遠く、外国から来た観光客の一人、なのだと思う。

 痩せこけた身体が、流砂二日目を迎えている。彼の限界も近い。


「ひとつ、質問をしてもいいですか?」

「質問? ああ、死ぬ前なんだ、なんでも喋るよ」

「貴方は何をして、この流砂に嵌められたのでしょうか?」


 昨晩、僕を連れてきた使用人が、この馬鹿って、彼のことを言っていた。

 何かをして、彼は流砂に嵌められ、殺されようとしている。


「とある貴族様にね、娘を救出して欲しいって頼まれたんだ」

「それに失敗して、こうして処分されそうになっていると」

「ああ、まぁ、そういうことだね。サバタ・ナル・ラムール・オピシエ、奴が抱える奴隷の中には、観光として入国していた娘も多くいるんだ。行方不明になった娘を探したくとも、船の出航は待ってはくれないからね。母国に戻った後、冒険者ギルドへと依頼し、俺が派遣されたってわけ」


 冒険者だったのか。

 全然、そんな感じに見えない。


「この国には冒険者ギルドが無いからな。恐らくはオピシエのような有権者が、冒険者ギルドのような、勧善懲悪な組織の介入を拒んでいるのだろうけどよ。それにしても、まさか、娘を見つけ保護しただけで流砂に放り込まれるとは。俺としたことが、まったく、とんだ失態だぜ」

「貴族の娘さん、救出したんですか?」

「ああ、やることはやったぜ? 組織に引き渡して、その後どうなったかまでは知らんがな」


 凄いな、救出して組織に引き渡すとか。

 思っていた以上に、有能な人なのかも。

 

「あと、もうひとつ、質問してもいいですか?」

「どうぞ?」

「この流砂って、どのぐらい深いと思います?」


 身体全部沈んじゃったけど、足が付く感じがしない。

 水と砂、それが混じって泥になっているんだ。

 つまり下には水がある、水脈があるということは、岩盤があるということ。


「そうだな、聞いた話によると、コム・アカラの砂漠地帯をなんとかしようと考えた奴が昔いたらしくてな。そいつが砂漠の砂を掘り進めたところ、百~百五十メートルくらいで地質が変わったって話だぜ? メートルって、分かるか?」

「はい、石工職人でしたので、物の計り方は学びました」


 百五十メートルくらいなら、いける。


「ま、一番下にいった所で、馬鹿みたいに硬い岩盤なんだろ? どうにも出来ないさ」

「でも、そうしないと、助からないですし」

「だろう? だから諦め……おい、まさかお前」


 行くしかない。

 助かるために、行くしかないんだ。


「情報ありがとうございます、上手くいくことを願っていて下さい」

「いや、無茶だろ。だがまぁ、このままここにいても死ぬだけだからな。……坊主」


 放り投げられた袋、水袋かと思ったら、中身からっぽじゃないか。


「水なんか入ってねぇよ。その代わり、空気が入ってる」

「ああ、なるほど。いざという時に、使わさせて頂きます」

「おう、頑張れや」

「はい」


 流砂の底まで潜り、岩盤をたたき割って、その下の水脈に抜ける。

 ここから脱出するには、それしか方法がない。


 目一杯息を吸い込み、覚悟を決め、目を閉じて流砂の中に潜る。

 水と違い、浮力で浮くことも無い。

 ただただ沈む。でも、身体にまとわりつく泥のせいで、進みはかなり遅い。

 泳ぐようにしても全然、下に行かない。

 上にもいけないのに、下にも行けないとか、どれだけだよ。



【十分経過】



「……っ」


 呼吸を止める訓練は、さすがにしたことがない。

 ずっと走る訓練はしていたから、結構な時間止められるけど。

 時間にして、三十分はいける。 

 でも、たった三十分だ。

 それで、岩盤までたどり着いて、岩盤を砕かないといけない。



【二十分経過】



 無謀、だったかな。 

 あのままでいたら、いつか助かったのかな。

 ……無いな、それは絶対にない。

 誰も助けに来ないから、ここが処刑場として成り立っていたんだ。

 

 一体何人が、この流砂で犠牲になったのだろう。

 時折手にぶつかる固形の物体、それが何かを確かめることは出来ないけど。


 肉もない、骨だけになった遺体。

 それが、何個も、何個も、僕の手に当たっている感じがする。


 このままじゃ僕も、この人たちと同じように――――


「……っ!」


 ダメだ、僕は帰らないといけない。

 シャランとマーブルさん、二人を助け出さないといけないんだ。



【三十分経過】



 潜り始めて、どのぐらいが経過したのかな。

 苦しい、呼吸が出来なくて、体中が針で刺されてるみたいに、痛い。


 酸欠で頭の中がおかしくなりそう。

 痛い、苦しい、つらい。



【四十分経過】



 そういえば、あの人の名前、聞きそびれちゃったな。

 一晩一緒だったのに、全然、会話してなかったや。


 でも、言わせて下さい。

 名も知らぬ人、頂いた水袋、使わさせて頂きます。

 

 もう、肺の中に、空気はない。

 流砂の中、泥や砂が入らないように、水袋を口にくわえる。

 慎重に、でも、それでも目いっぱいに。


「すーーーーーーー……」


 水袋が完全に凹むと、それ以降は空気が吸えなかった。

 うん、苦しいけど、肺に空気が補填できた。

 多少はなんとか、まだ、潜れる。


 水袋が無かったら、死んでいた。

 助かったら、あの人も絶対に助けないと。



【五十分経過】

 


 潜って、


    潜って、


        潜って、



   どこまでも潜り続けて。


     

        潜って、


    潜って、


潜って、 

 



【六十分経過】




 ――――コツンッ




「……!」


 触れた、指先に何か硬いのが触れた。

 手を広げる。間違いない、岩盤だ。


 助かる。

 これを壊せば、僕達は助かる。

 力を込めて、思いっきり、叩く。


 ゴッ、ゴッ、ゴッ……


 壊せば、助かるのに。

 水の中で拳を振ったのと同じ。

 全然、威力が出ない。


 ダメだ、振ったらダメだ。

 何度振ってもダメ、これ以上はもう、呼吸がもたない。

  

 振ったらダメ。

 なら、振らなければいい・・・・・・・・

  

 岩盤との距離、一センチもなし。

 左手で岩盤を掴み、右手の指、第二関節を当て、握る威力だけで……叩く!



 ドンッッッッ!!!!!


 

 いける、さっきよりも力が伝わっている!

 岩盤の点穴に届くように、ひたすらに打ち込む!



 ドンッッッッ!!!!!

   ドンンッッッッ!!!!!

      ドンッッッッ!!!!!


 行け、行け! 

 行け!! 行け!!! 

 いけえええええええぇ!!!


 ドンッ! ドンッゴンッ! ゴンッゴンッゴンッ! 

  ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン!!! 

       ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!


 

 ドガベギィィッッ!!! 

 


 鈍い音。

 この感触。

 この感じは。



 ――――砕いた。



 冷たい水が、一気に噴き上げてきた。

 流砂の下に眠る水脈が、地上へと向けて噴出する。

 この波に乗れば、僕も一気に地上に行ける。


 …………あれ?


 落ちる? 身体が、落ちている?

 水脈から水が無くなったから、空間が出来てしまったから。


 嘘だろ。


 まとわりつく泥と一緒に、どこまでも落ちていく。

 どこに落ちていくんだ。

 シャランとマーブルさん、二人を助けないといけないのに。


 呼吸が出来なくて、息が、もう、ダメだ、死ぬ。


 途端。

 体に纏わりつく流砂と共に、地面へと打ち付けられた。 


「ぐはっ!」


 痛い、背中、すっごい痛い。

 しかも泥、砂と泥を飲んでしまった。


「げほっ、ゲホッ!」


 砂が、泥が、口の中にたくさん。


「ゲホッ! ゲホッ! ペッペッ! ごほっ、ごほっ! あー、あー!!!!!」


 喉が痛い……で、でも、息ができる、呼吸ができる!

 けど、吸い込んだら砂が肺に!

 くそっ、呼吸したいのに、吸えな、ゲホッ!


「あー……あ……」


 ようやく、呼吸も砂も収まってきた。

 まだ、口の中がジャリっとするけど、なんとか、平気。


 しかし、真っ暗だ。

 僕が落ちてきた天井の穴も見えない。

 壁とかにぶつからないように、盾斧を握っておこう。

 

 と、思ったら、盾斧を握る時に、斧が何かにぶつかって火花が散った。

 鉱石? というか、洞窟での火花とか、爆発しないで良かった。

 父さんが言ってたんだよな、洞窟ではガスが溜まってることがあるって。

 

 火花か、なら、泥まみれの服を燃やしてしまえばいいか。

 泥が固まったら痛いし、燃やしてしまうには丁度いい。


 ……よし、点火した。


 ガスもない、呼吸もできる、爆発もしない。

 ということは、どこかに繋がっているということ?

 

「うおあああああああああああああぁ!」

 

 突然の悲鳴。

 灯りを向けてみると、さっきの金髪の人が、僕が抜けてきた穴から落ちてきた。

 ドガンッ! って、僕と同じように背中を打つ。

 

「うがっ! いってぇーーーーーー!」


 痛いよね、ごめん、助けられなくて。

 

「……大丈夫ですか?」

「いきなり流砂が凹んでよぉ! ああ、お前さんが何かしたんだなって思ったら、そのまま地下に引きずり込まれたんだ! ああ、ちっくしょう、いってぇなぁ……って、おい、ここ」


 天井から、絶え間なく泥と砂が落ちてくる洞窟にて。

 洋服を燃やした灯りの下、彼は白い壁へと向かって歩き始める。

 

「これ、まさか」


 白い壁をペロリと舐めた男の人は、目を見開きながら僕を見た。


「岩塩じゃねぇか!」

「岩塩? ……岩塩鉱脈って、ことですか?」


 岩塩鉱脈、父さんから聞いたことがある。

 昔、海だった場所がせり上がって来て、そのまま塩となり固まった鉱脈が存在するって。

 この穴の底、全部……っていうか、どこまでも真っ白なんだけど。


「ああ、しかもかなりの絶品だ。色が白いだろ? これはクリスタルソルトって言って、岩塩の中でも一番希少価値が高い。ほとんどの野菜や果物に合う絶妙なまろやかさが売りなんだが、まさかこれがこんな規模で見つかるとはな……これは、ヤバいものを見つけちまったなぁおい! 大金持ちになれるぞこりゃ!」


 価値が高い、それがこれだけの量があれば。


「……あの、冒険者さん」

「ボルトだ。ボルト・ザ・カイマリー、一緒に流砂に飲まれた仲だ、名前ぐらい知っておこうぜ!」


 差し出された手を、握り返さずに、僕は問う。


「ボルトさん、僕の名前はジャン・ルイって言います。あの、ひとつだけお願いがあるのですが」

「お願い? なんだ? 俺に出来ることなら何でも引き受けてやるぜ?」

「あの、この岩塩、この見える部分にある分は、僕に譲って貰えないでしょうか?」


 ボルトさん、泥だらけの顔のまま、すくめたままの肩を軽く上下させた。


「そりゃあ、見つけたのはお前さんなんだから、別に構わないが?」

「ありがとうございます、じゃあ、遠慮なく持っていきますね」

「岩塩鉱脈は、一度見つけたら相当な量が期待できるんだが……というか、どうやって持っていくつもりなんだ? 空気の流れがある以上、どこかには通じているとは思うが。見た感じ、近くに出口はねぇし、機材も工具も何もねぇぞ?」


 出口は、天井にあるから。

 既に穴は広がり、綺麗な青空が見える。 

 泥が砂を固め、天然の大穴を作ってくれたみたいだ。


「あれだけの穴があれば、僕は持っていけます」


 岩塩は硬い、でも、所詮は塩だ。

 手刀で切り抜いて、長方形、十メートルぐらいの高さにしたものを、地面に優しく倒す。


「すげぇな……」

「ボルトさんも、一緒に出ませんか?」

「あ、ああ、そうさせて頂くとしよう。どうやって出るのか、さっぱりだけどな」

「岩塩の上に座っていて下さい、僕が放り投げますから」

「何を馬鹿な……って言いたいところだが。お前さんのことだ、マジなんだろ?」


 コクリと頷くと、やれやれって感じで、ボルトさんは岩塩へと腰かける。


「信じるぜ。まぁ、出来るだけ優しく頼むわ」


 岩塩を持ち上げて、天井の光刺す穴へとめがけて、思いっきりぶん投げる。


「うおぎゃあああああああああああああぁぁぁぁ…………!!!」


 なんか悲鳴が聞こえたけど……うん、大丈夫みたいだ。

 無事、岩塩は穴を抜けて、地上へと戻ったっぽい。

 流砂が泥で固まった穴の壁を蹴って、僕も地上へと戻ることが出来た。


 あは、ボルトさん、岩塩に押しつぶされてる。

 助けてあげると、彼は今日、何度目かのため息をついた。


「いやはや、とんでもない化け物だな」

「化け物? どこかに魔物がいるのですか?」


 見渡す限りの砂漠、魔物どころか生き物が見当たらないけど。


「ああ、いや、そういう意味じゃねぇ」


 何がいたんだろう?

 まぁ、いいか。

 

「ボルトさん、この穴、他の人に見つからないようにしないとですよね」

「見つけたところで、どうにも出来ねぇだろうし、そもそも人なんか来ねぇよ」

「それもそうか。じゃあ、戻りましょうか」

「戻る? お前まさか、オピシエの所に戻ろうっていうのか? せっかく助かったのに?」


 泥まみれの服を叩いて着なおし、山のような岩塩を担いでっと。


「大切な人がいるんです。あの二人を助けないと、僕だけが助かっても意味がない」

「……そうか、なら、俺も協力してやろうか」

「ボルトさん」

「オピシエの奴をぶっ潰さないと、また被害者が出ちまうからな」


 こんなこと、許していいはずがない。

 シャランとマーブルさん、二人が簡単にやられるとは思えないけど。

 

「それじゃあ、走ります。振り落とされないで下さいね」

「了解、死ぬ気でしがみつくぜ!」


 既に二日目の陽が沈みかけている。

 急いで戻らないと。




【次回予告】

 砂漠に眠る岩塩大鉱脈を発掘したジャンは、手土産を担いで街へと戻る。

 囚われの身であるシャランとマーブルは、果たして無事なのだろうか。


 次話シャラン視点『私、何が一番大切なのか、心から理解しました。』

 明日の朝7時、公開予定です。

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