第19話 私、騙されたみたいです。※シャラン視点

 ジャンが居なくなった後も、マーブルさんとオピシエさんの会話は続いている。

 会話というか、駆け引きみたいな感じで、部屋の空気は重く冷たい。

 

 さっき、少しだけオピシエさんが口にした言葉。

 

〝ベンスルー・コマネキクア〟


 オピシエさんはマーブルさんについて、何かを知っている感じがした。

 そしてそれは多分、マーブルさんが知られたくないこと、なのだと思う。


「では、このコム・アカラにてより商売を発展させるには、観光名所以外にも一次産業として、自分たちで作れる何かが必須だと、マーブルさんはそうおっしゃる訳ですな?」

「ええ。観光名所の多くは、一度足を運べば二度も行きたくなるような場所ではありませんし、聖都イスラフィールへの巡礼者の多くは、観光名所そのものに興味を持ちません。せっかくの港町なのですから、ここでお金を落とす価値のある物を作れるようになれば、孤児たちが観光客へと物乞いすることもなくなり、街自体が清浄されると、私は考えております」


 な、なにか、難しい話し過ぎて、私にはちょっと分からないかも。

 探り合いから街の未来に話題が変わった辺りから、会話に熱を帯びてきた感じがする。


「しかし、その一次産業を何とするか、これが難題ですな」

「砂と石の国ですものね。内陸は砂漠、沿岸は塩害、どちらも農作物には向いておりません」

「ふむ、マーブルさんの魔法で、砂漠に雨を降らせたりとかは?」

「私は炎の魔法が主ですので、水の魔法は不得手なのですよ」

「そうですか、それは失礼しました」


 大きなお腹を揺らしながら、ぴしゃりとおでこを叩く。

 それと共に、オピシエさんのお腹が地響きのように鳴った。


「随分と話し込んでしまいましたな、そろそろ夕飯にしましょうか」


 ぱんぱんと手を叩くと、彩り鮮やかな料理が次々に並べられていく。

 沸き立つ湯気からして美味しそうなスープや、香辛料の匂いが凄いお肉。

 昨日のジャンオススメのお店も美味しかったけど、今日のはランクが違う感じ。


「仕事に向かった彼等が戻ってくるのは、恐らく明け方になることでしょう。お二人に関しましては、お約束通り来賓でございますから、本日はこのまま、屋敷にてごゆるりとお寛ぎになって下さい」


 こんなお屋敷で宿泊できるなんて、身ひとつの私達からしたら、ありがた過ぎるお誘いだ。

 ナイフで切り分けた肉汁滴るお肉を頬張ると、美味しすぎてっぺたが落ちそうになる。


「このスープの中にある白いもにゅもにゅって、なんなのでしょうか?」

「ああ、それはワンタンと言いまして、遠い東の国から取り寄せた逸品になります」


 食べると、ワンタンの中にもお肉が隠れていて、濃厚、なのにスープがあっさり。

 右から左まで全部美味しい、ジャンも一緒に食べられたら良かったのに。

 食事を終えた後、使用人に案内されて、私達は湯浴みをすることになったのだけど。


「ほわぁ……大きい、こんな大きいお風呂、初めて見ました」

「空の下での岩堀の露天風呂とか、私も初めてだよ」


 マーブルさんと二人で入るには大きすぎる温泉に肩まで浸かって、ゆっくりと足を延ばす。 

 腰の熱が足の指先、頭のテッペンにまでいきわたると、自然と力が抜けてしまった。

 

「昨日は、ナシちゃんと一緒だったのにね」


 ぽろっと、マーブルさんからこぼれ出た言葉に反応し、涙腺が緩む。

 昨日の今ぐらいの時間に、私達は三人で湯浴みをしていたんだ。

 こんなに大きくない、桶だけのお風呂に、無理して三人で入ったりして。


「私、未だに信じられません。ナシちゃん、本当に自分の意志で盗んだのでしょうか」

「さぁね。でも、真実を知ろうにも、本人にはもう聞けないし」


 人を信じるという、とても簡単なことが、この国では難しいのかな。

 星空を見上げながら、過ぎてしまった時が戻らないことを、一人悔やむ。


 一晩明けて、次の日。

 私達は、その簡単なことが。

 この国ではとても難しいということを、改めて思い知ることとなった。


「これは、一体なんの冗談でしょうか?」

「冗談? 私は冗談が好きではありませんね」

「では、この請求書は、一体どういうことでしょうか?」


 宿泊料と書かれた紙、そしてそこに書かれた金額は、金貨五十枚と記されていた。


「どういうことと申されましても、一泊二食付き、この国であれだけのもてなしをしたのですから、当然の金額だと思われますが?」 

「私達、全て無料だと思っていたのですが」

「いつ、私が無料だと言いましたか? 来賓としての扱いをする、としか言っておりませんが」

「だとしても、ジャンが帰ってくるまで、それまではこの館にいて欲しいと」

「ええ、ですので、話し合いの場に関しては無料とさせて頂きます。その後の夕飯、湯浴み、宿泊料はまた別です。全て正規の価格でございますので、本日中にお支払いのほど、宜しくお願いいたしますね」


 そんなの、支払える訳がないよ。 

 だって、そもそもオピシエさんは、私達がお金を盗まれた事だって知っているはずなのに。


「なるほど、そう来たか」


 マーブルさん、腕を組んだまま大きく肩を上下させ、大げさに息を吐いた。


「アンタ、最初からこれが目的だったんだろ?」

「ふふふっ、どうとでもご自由に? 支払えなければ、この国の法に基づき、あなた方二人は私の奴隷ということになります。クククッ、魔法使い、しかもベンスルー・コマネキクア出身の魔法使いとあれば、それだけで貴族社会に箔が付くというもの。私が逃すはずがありません」


 舌なめずりしながら、気持ち悪い笑みを浮かべる。

 うううっ、近寄りたくない。こんなオジサンの奴隷とか、想像したくないよ。


「まぁ、そんな素直に従ったりはしないけどね」


 マーブルさん、杖の先を光らせ始めた。

 そうだ、こんな奴、やっつけちゃえばいいんだ。


「おおっと、私を攻撃しない方がいいですよ? これでもこの街を一任されている身でしてね。私に何かあれば、すぐさま方々へと連絡が飛んでしまいます。そうですね、キングスクリーム王国、ベールスモンド伯爵の耳にも、すぐに入ってしまうのではないでしょうか? ねぇ? 黄金の聖女様?」


 この人、私が賞金首だってことを、知っているんだ。


「情報料で銀貨一枚、捕縛で金貨一枚でしたか。ですが、この手の場合、報奨金の金額はあてになりません。黄金の聖女様のみが知りうる情報を、ベールスモンド伯爵は知りたがっている。そしてその情報の価値は青天井、どこまでも値を吊り上げることが出来る。クククッ、ナシという餌が釣った魚が大きすぎて、興奮が収まりませんよ」


 嫌味に笑う口を押えようとせず、オピシエはお腹を揺らし続ける。


「ナシという餌? アンタ、まさか」


「ええ、貴方達がナシと呼ぶ少女は、私がそこらに撒いた疑似餌です。観光客の皆さまは道徳心のある【良い人】が沢山おりますからね。お腹を空かせた元奴隷の少女がいたら、救いの手を差し伸べてしまうのです。心優しき人が多くて、反吐が出ますよ。無論、そういった輩は、残さず私が骨まで頂きましたけどね」


「貴方が、ナシちゃんに盗みを……」


「はい、貴方たちを薬で眠らせ、金を盗み次第、砂漠へと来るよう命令しておきました。奴隷ですからね、主人の命令は絶対なのですよ。ナシも、元はどこぞやの貴族の娘だったらしいですけどね。記憶を消し、一年も調教すれば、そこいらの奴隷と変わらないものです。その点、貴方には期待していますよ? マーブル・バレットさん?」


 いつの間にか、部屋には沢山の使用人の姿があった。

 抵抗したところで、取り押さえられてしまう。


「……貴方」


 使用人の中に、見覚えのある人がいた。

 昨日の夜、ジャンと一緒に狩りに行った人だ。


「ジャンは、ジャンはどうしたの?」

「ジャン? ああ、昨日の男か。あの男なら流砂に飲まれて沈んでいったよ。今頃は砂丘の奥底で死んだか、流砂で身動きが出来ずに太陽で焼け死んでいるか、砂漠の獣に喰われたか。なんにせよ、生きてはいないだろうさ」


 ジャンが、死んだ?

 なにそれ信じられない。

 ジャンが殺されたとか、絶対ないよ。 

 ないない、あっちゃいけない。そんなの絶対にダメ。

 ダメなんだから。

 嘘でしょ。


「まぁ、そういう訳です。黄金の聖女様に関しましては、貴重な交渉材料、人質ですからね。手荒な真似はいたしません。ですが、逃げないよう、足枷だけは付けさせて頂きますがね。そちらのマーブルさんに関しましては、このまま寝室へと共に向かいましょうか」


 オピシエが掴んだ手を、マーブルさんは払いのける。

 でも、他の使用人が数人がかりで彼女を取り押さえてしまった。

 

「ふふふっ、抵抗したら聖女様が、もしかしたら大変なことになってしまうかもしれませんよ?」

 

 地に伏せている彼女の顎を手に持ち、オピシエはニタリと笑う。

 脅しだ、しかも、私を餌にしての、脅し。


「マーブルさん! 私なんか気にせず、魔法で倒しちゃってください!」

「……シャラン」

「いいんです! 元々私は勇者を見殺しにした、最低な女なんですから! だから、私なんか見殺しにして、一人で逃げて下さい!」


 そうよ、それでいいの。 

 私を見殺しにして、マーブルさんだけでも生き延びてくれれば、それでいい。


「調教でもなんでもすればいいわ! だけど、マーブルさんを巻き添えにするのはやめて!」

「おい、小うるさい聖女様を黙らせろ」

「やめて、離してよ!」


 ああ、ダメだ、勝てない。

 聖女だなんだって言われても、戦いでは常に後方支援。

 こういう時に、私は何も出来ない。


 数人の男に圧し掛かられて、何人もの手で顔を押さえつけられたら、喋ることも出来ない。 

 私の手を強引に引っ張りだすと、にたり顔のオピシエは私の小指を握りしめる。


「少々、痛いですよ?」


 握られ、小指が反り返る瞬間。


「わかった、降参」


 マーブルさん、手にしていた杖を、放り投げてしまった。


「マーブルさん!」

「アンタが傷ついていたら、ジャンが悲しむでしょ? とはいえ、あの子も死んじゃったんだっけ?」

「そうよ、だから、マーブルさんだけでも」

「それもちょっとね。私が降参すれば、私達の命は助かるんでしょ?」


 マーブルさんの問いに、オピシエは醜い笑みを浮かべながら首肯した。


「ええ、約束は守ります」

「なら、ここは素直に従うとするわ」

「そうですか、では――」


 近寄るオピシエの手を、マーブルさんは再度払いのける。

 そして誰も近寄らせないように、両の手から魔法の光を輝かせ始めた。


「でも、支払い期限は本日中、ですよね?」


 そうだ、確かに、そう言っていた。

 

「ですので、期限までは、来賓として過ごさせて頂きますね」

「……だが、貴様達には支払う能力など」

「私はね、彼が簡単に死んだとは思えないの」


 マーブルさんは私の手を取ると、ニッコリと微笑む。


「ジャンは生きて帰ってくる。それも、とびきりのお土産を手にしてね」

「マーブルさん……」

「だってそうでしょう? 彼が貴女を残して、先に逝くなんて想像できる? こんなにも遅くなっているんですもの。きっと、物凄いお土産を手に入れたに違いないわ」


 気休めなのだと思う。

 僅かばかりの時間稼ぎ。

 でも、それだとしても、その方が、希望が持てるから。


「という訳で、丁重にもてなしていただけるかしら? もし約束を反故にするのであれば、やけくそになった私の最強の魔法を、今ここでお見舞いしてさしあげますが?」


 マーブルさんの両手が更に輝きを増すと、オピシエたちは距離を取った。

 最強呪文、ラウム・コンプレッション。 

 巨大魔獣の足を止めたあの魔法を屋敷内で使用したら、被害がどれほどのものになるか。

 

「ふん、今日の日没までだ! 陽が沈み次第、貴様たちを捕縛し、教育し直してやる!」

「どうもありがとう、部屋は?」

「客間だ! 監視も付ける!」

「ケチね……まぁいいわ、後はのんびりと待つとしましょうか」


 ジャンは絶対に帰ってくる。

 彼が戻ってきたら、私達は逃げてしまえばいい。

 私達は、すべて逃げるところから、始まっているのだから。




【次回予告】

 狡猾であり卑怯。

 オピシエの罠に嵌った二人は、ヒーローの帰還をただ待ち続ける。 


 次話『僕、凄い物を見つけちゃいました。』

 明日の朝7時、公開予定です。

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