第18話 僕、また騙されたみたいです。

 門をくぐると、そこは緑豊かな庭園が広がっていた。

 地面も砂ではなく土へと変えられ、場所によっては石畳が敷かれている。

 花壇の通路で遊ぶ子供や、大樹の木陰で休む半裸の女性の姿もあったり。


 砂と石の国なのに、こんなにも綺麗に整った庭園があるなんて。

 それに小川も流れているし、奥には池もある。


「我らが主、オピシエ様もお越しになりますので、こちらにて少々お待ちくださいませ」


 案内してくれた人にお辞儀をした後、部屋の中を見て驚く。

 途中の廊下や庭園も凄かったけど、この部屋もまた凄いぞ。


「それにしても、広い部屋ね」

「天井があり得ないぐらい高いです、伯爵様のお城よりも大きいかも」

「凄いよ二人とも、この柱を見て」

「なによ、なにか魔人の手掛かりでもあったの?」


 駆け寄り、手に触れて感動する。


「見てよこの柱、こんな大きいのに一個の岩から出来ているんだ。波打つ感じはギリシアン様式を採用したんだと思う。それにこの柱は砂岩じゃない、堆積たいせき岩なんじゃないかな? あんなにも深い地層の岩を持ってきたとか、どれだけ大変だったんだろう、想像しただけで手に汗握っちゃうよね」

「あっそ」

「ジャン、良かったね」


 凄いな、この柱だけで金貨五百枚は必要なんじゃないかな。

 オピシエって人がどれだけお金持ちなのかは、この柱を見ただけで想像出来るよ。


「おや、三人揃ってそんなところで、何をされているのですかな?」


 部屋の柱を観察していると、大きなお腹のオピシエさんが、従者と共に部屋に来てしまった。

 残念、もっと柱とか壁を研究したかったのに。


「ほら、ジャン。いつまでも柱に触ってないの」


 マーブルさんに促されて、しょうがなく、僕も席に着いた。


「さて、お話を伺った後、私の方で少々動きましてね。まずは逃げた元奴隷についてですが」

「え、見つかったんですか?」

「はい。街から離れた砂漠にて、既に遺体として発見されていた、との事です」


 遺体。

 昨日一緒にご飯を食べて、女の子同士、三人仲良くしていたのに。


「何も着ておらず、裸のまま、何も持たずの状態だったとのことです。恐らく、あなた方が何かしら衣服を施したのでしょう? この国では他国の衣服というだけで価値がありますからね。それを元奴隷が着用していたとなると、問答無用で強奪の対象になってしまうのです」


 確かに、ナシちゃんはシャランの服を着ていたけど。

 それだけで、殺される原因になっていいものかよ。


「わかりました。情報、ありがとうございます」


 僕もシャランも何も言えずにいると、マーブルさんが感謝を述べてくれた。

 大人だと思った。僕はまだまだ、大人になれそうにない。


「いえ、どうやら貴方達は、朝からサードルマの街を駆けまわっていたみたいですからね。これ以上の徒労をさせる訳にはいかない、そう考えたまでのことです」


 僕たちの情報まで入っているのか。

 凄いな、オピシエさんの情報網。


「では、本題に入りましょうか。焼き印の形、これを誰から教わったか、でしたね」

「ええ、あの形は魔人の生贄と同じ形をしている。適当に作ったら同じになってしまった、というものではありません。烙印内部に刻まれた古代文字まで全て同じなのですから、適当で同じはあり得ないのですよ」


 確かに、シャランの烙印にも模様が刻まれていたけど、あれって古代文字だったんだ。


「それを教えた所で、我々にどんな利益があるのでしょうか?」


 すん……っと、オピシエさんの雰囲気が変わった。

 けど、そんな雰囲気ですらも、マーブルさんは臆さずに話を進める。


「利益なんか無いですよ。ただ、その印の形を知っている以上、その人物が魔人と浅からぬ関係である可能性が高い、ということを伝えたいだけです。要は警告ですね。少なくとも、この街は魔人の脅威に怯えていない。貴方みたいな豪族が多数いるにも関わらず、です」

「それはつまり、我々が魔人と通じているとでも、お考えなのでしょうか?」

「さぁ? どのように受け取って頂いても、私は結構ですけどね」


 なんか、険悪な雰囲気だけど。

 オピシエさん、テーブル上、顔前に組んだ手の奥から、睨むような視線を飛ばしてくる。


「ふむ、他国の人に痛くない懐を疑われるのも、あまり宜しい話ではありませんね。ですが、誤解を解くためだけに施しを与えるのも、良い前例とは言えません。会話をした感じ、貴方は相当な知識人だ。そしてその風貌、希少な魔法使いである可能性が高い。つまりは出資する価値があることを意味する」


 出資?


「貴方、お名前は?」

「マーブル・バレット」

「出身は?」

「ヒミツ」


 いつも通りの反応をマーブルさんがすると、オピシエさんは満足そうに頷き、耳に慣れない言葉を口にした。


「ベンスルー・コマネキクア」


 マーブルさんの眉が、僅かに反応した。


「ふふふっ、まぁいいでしょう。正直にお話しますと、残念ながら、焼き印の紋様を誰が知っていたのかは、私も把握していないのですよ。あの焼きごては我が家に代々伝わる調教道具のひとつでしてね、一体いつからあるのかと問われても、答えようがないのです」


「そうでしたか、それは失礼しました」


「いえ、ですが、貴方とはもっと話がしたいと思います。ですので、私に少々お時間を頂けないでしょうか? そうですね、これからそこの彼にひとつ、仕事を依頼したいと思います。彼が仕事から戻ってくるまでの間、貴方達二人は当家の来賓としての扱いを受ける、ということでどうでしょうか?」


 僕に仕事? 


「そちらの青年が背負っている盾を見るに、それなりの戦闘経験がおありだとお見受けする。ご存じかもしれませんが、この国には冒険者ギルドが存在しません。ですので、危険な仕事が発生したとしても、自分たちで片づけるしかないのです」

「となると、依頼内容は魔物の狩り、ということでしょうか? それならば、私の魔法の方が宜しいかと思いますが」


 マーブルさんが進言するも、オピシエさんは首を横に振った。


「貴方と話がしたいのですから、貴方が出て行ってしまわれては意味がないでしょう?」

「確かに、ですが彼は石工職人です。戦闘には不向きですが」

「いえ、実際に戦うのは、ウチの使用人たちです」


 使用人さん、門番とは違って、この部屋に来た人たちはかなり鍛えてある感じがする。

 服の上からでも分かる筋肉、オピシエさんの護衛、私兵って呼ばれる人たちかな。


「最近夜になると、サンドストーンウルフという、四足歩行の犬みたいな魔獣が現れるようになりましてね。これがまた数が多いんですよ。負けはしないが負傷してしまう使用人が多くいましてね。そこで、そちらの彼の盾で、少しでも敵の攻撃を引き付けて頂ければと考えているのですが、いかがなものでしょうか?」

「そうですか……ちなみにですが、報酬は?」

「使用人が全員無事に戻ってきたら、金貨三枚贈呈しましょう」


 金貨三枚、これは当分の宿賃になるぞ。


「わかりました。僕、やります」

「ちょっと、ジャン」

「大丈夫ですよマーブルさん。この盾があれば、なんとかなります」


 魔物は見えないけど、魔獣なら見えるしね。

 攻撃を防ぐだけでいいなら、僕でも役に立つはず。


「では、すぐに出立となります。ジャン様、宜しくお願いいたします」


 こうして、僕は使用人たちと共に、夜の砂漠へと向かうことになった。

 昼間は暑かったのに、夜になると上着が必要なぐらいに寒い。

 出立の時に頂いた上着を羽織り、襟元から寒気が入らないようにしながら、砂漠を歩く。

 白い息を吐きながら歩き、三時間ほどが経過したときだろうか。


「ようし到着だ。お前ら、やれ!」


 いきなり上着の襟部分を背後から掴まれると、そのまま僕の体は放り投げられてしまった。 

 砂漠に落ちるだけのはず。でも、落ちた地面がぬかるんでいるみたいで、手足がとられる。

 なんだこれ、沈む。体がどんどん沈む、抵抗すればするほど沈んでいくぞ。


「残念だったな坊主、それは流砂っていってな、砂漠に出来る天然の落とし穴なのさ」

「天然の落とし穴?」

「ああ、抜け出そうとしない方がいいぜ? 動けば動くほど身体が沈み、顔まで落ちると呼吸が出来なくなっちまう。まぁ、このまま朝まで待ったところで、太陽に焼かれるか、獣に喰われて終わりだがな」


 確かに、体が沈む。

 手を出せるけど、その分、足が沈む。

 ダメだ、これ、本当に抜け出せないぞ。


「じゃあな、そこのバカと仲良く死んでくれや」


 そこのバカ? 


「……どうも」


 月明かりの下、僕以外にもう一人、流砂にはまっている人がいた。

  

「じゃあなお二人さん! もう会うことはないだろうけどな!」


 使用人の人たちは、僕とその人を置いて、来た道を戻り始めてしまった。


 さすがに鈍感な僕でも分かる。 

 これ、僕、騙されたって奴だ。




【次回予告】

 サードルマに来てから騙されっぱなし。

 そんなジャンであっても、流砂を抜け出すのは困難らしく。


 次話シャラン視点『私、騙されたみたいです。』

 明日の朝7時、公開予定です。


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