第17話 僕、富豪の家に行くのは初めてです。

「男はいらないんだよな、そこの姉ちゃんなら紹介出来る仕事があるけどよ」

「荷物運び? そんなの、この街じゃあ腐るほどいるよ」

「石切り場? この砂と石の国に、そんな山がどこにあるよ」


 ナシちゃんを探すのを諦めて、当面の金銭を工面すべく方々回ったけど。

 これは不味いぞ、この街、何も仕事がない。


「これは、アラアマの街みたいに、魔物が襲ってくるのを退治するしかなさそうですね」

「魔物が襲ってきたのを退治して、誰がお金をくれるの?」

「え? 冒険者ギルドから報酬が貰えるんじゃないんですか?」

「この街のどこに、冒険者ギルドがあった?」

「ないんですか? てっきり、大きな街にはどこにでもあるものかと」


 木陰の下、大汗をかきながら寝そべっていたマーブルさんは、気怠そうに上体を起こした。


「そもそもね、冒険者ギルドって、仕事斡旋の場所でしかないのよ。冒険者が金銭に困って、野盗とかをしない為に設けられた制度なのね。このサードルマの街においては、斡旋出来るだけの仕事が存在しないの。あっても貧民街の人たちが全部終わらせちゃう。魔物の襲撃があったとしても、街が襲われた程度じゃ富裕層はお金を出さないし、お金がある人達は私兵を雇っているでしょうからね」


 そういうものなのか、知らなかった。

 

「だからね、もういっそのこと、先人に習って野盗をするしかないのかなって」


 マーブルさん、暑さのせいかとんでもない事を口にしたぞ。

 そんなマーブルさんを諭すべく、シャランが口を尖らせる。


「ダメです、そんなことをしたら本物の賞金首になっちゃいますよ」

「貴方こそ、もう本物の賞金首じゃない」

「そうですけど……」


 言い負かされてどうする。


「とりあえず、元気な内に、やることだけはやりに行きますか」

「やることって、何かありましたっけ?」


 重い腰を起こすと、マーブルさんはお尻をぱっぱと払いながらこう言った。


「サバタ・ナル・ラムール・オピシエ、ナシの雇い主に、烙印の形を変えろって言いに行かないとね」


 そういえば、そんなこと言っていたっけ。

 すっかり忘れていたけど、ある意味、ナシちゃんに関する唯一の手掛かりとも言える。


 オピシエさんの家に関する情報は、すぐさま入手することが出来た。

 サードルマの街の最奥、富裕層の中でもトップクラスが住まう豪邸。

 

「無駄に、でっかい家ねぇ……」


 砂と石の国宜しく、砂岩で造られた家は、どこぞのお城並みの大きさを誇っていた。

 茶色いレンガのように固まっているけど、これ、間違いなく砂岩だ。


「本来崩れやすい砂岩に水を掛けて、密度を圧縮しているのか、なるほど」

「そこに関心を持つのはジャンぐらいのものね」

「さすがは石工職人ですよね」


 砂岩と砂岩の間、モルタルじゃない何かが混ぜ込まれている。

 実家の方だと単純に大石を積み上げていって、重量で組み上げる家が基本なのに。


「シャラン、これ凄いよ。砂岩に水をかけて圧縮しているだけじゃない、流れ出た泥をそのまま接着に利用しているんだ。崩れやすい砂岩の硬度を上げて、壁としての役割を成立させている。結構な職人さんがいるんだと思うよ」


「はいはい、分かりました。じゃあ中に入りましょ」


「お城とかも砂岩なのかな? 積み上げたら崩れちゃう程度の硬度しかないのに、どうやって建築しているんだろう? 砂岩は精密なデザインとかには向いているけど、建築には不向きなはずなんだ。見学してみたいな、この奥の家ぐらいの高さが限界なのかな?」


「ジャン、マーブルさん行っちゃうから、行こ」


 むぅ、この素晴らしさが理解されないとは。

 せっかく凄い職人さんがいるかもしれないのに。


「オピシエ様に謁見したいだと? 誰だ貴様らは」


 頭にターバンを巻いた門番に足止めされてしまった。

 腰から下げた剣は幅広で、鞘は無く、刃がむき出しになったままだ。


「アンタのとこの奴隷がね、こんな烙印を施されていたんだけど」


 そんな門番に臆することなく、マーブルさんは以前模写した魔人の烙印が描かれた紙を、門番へと見せる。


「ああ、それはオピシエ様が不要になった奴隷に付ける焼き印だな。奴隷は手放すと、また奴隷として商品に並べられていることが多いんだ。同じ奴隷を二度も購入したところで、意味がないだろう? 再購入をしない為に、決まって左胸の部分に焼き印を付けるんだが、それがどうかしたのか?」


 奴隷はまた奴隷として商品に並べられる。

 自ら自分を売りに出しているってことか。

 この世の終わりみたいな言葉だな。


「別にアンタのご主人様の性癖なんかどうでもいいんだけどね。この烙印は魔人が生贄に付ける印とまったく同じなのよ。今は何も問題ないかもしれないけど、いずれはこの烙印自体に魔力が宿り、魔人をおびき寄せてしまう可能性があるの。一か所削るとか、なんでもいいから印の形を変えるよう、伝えてくれないかしら?」

「魔人? 何を馬鹿なことを」

「それと、この印を誰から教わったのか、これも教えて欲しい」

「なぜだ?」

「魔人と通じている可能性があるからよ、それぐらい言わなくても分かるでしょ?」

「違う、なぜ貴様如きの頼みを聞かなければいけないのかと聞いている」


 失礼な物言いだと判断されたのか、門番の表情が険しいものに変わった。

 

「魔物じゃないの、魔人よ? 魔人が攻めてきたら、この街だって終わりでしょうに」

「サードルマの街には私兵を抱える豪族が多数存在する。いざとなったら一丸となって魔人と戦うさ。武装した我々が負けるはずがない。……そうか、分かったぞ? 貴様、オピシエ様に難癖付けて、金銭を要求するつもりだな?」


 いくら武装したところで、魔人相手に勝てるとは思えないけどね。

 焼け野原にされて、何も出来ずに消し炭だと思うよ。

 

「善意で進言しているだけよ。確かに、アンタのとこの元奴隷に、全財産盗まれたけどね」

「それはそれは、ご愁傷様なことだな。だが、ウチから追い出した奴隷は絶対にここには戻ってこない、理由は先ほど伝えた通りだ。何を期待しているのかは知らないが、物乞いなら帰った帰った」


 これ以上は何も聞いてくれそうにないな。

 門番の一人が剣に手を掛けているし、諦めて、とっとと他に行った方が良さそう。

 

「うむ? 先ほど、お金を盗まれたと、言っていたようだが?」

 

 門の奥、砂岩で建てられた豪邸から、一人の男が姿を現した。

 生やした黒ひげを指で摘んでは伸ばし、たぽんたぽんのお腹を揺らしながら歩いてくる男性。

 テカテカした顔をしながらも、にじみ出る年齢のシワは隠しきれていない。

 若作り中年のおデブちゃん、って感じだ。

 

「オピシエ様! はっ、この者たちが当家に仕えていた元奴隷により、金銭を奪われてしまったとのことです! 他に、奴隷への焼き印に対しても、形を変えて欲しいと言っておりました!」


 おお、門番さん、まるで別人じゃないか。

 ウチの作業場にも、父さんが見ていると頑張る人がいるけど、同じ感じかな。

 

「それはそれは、大変なことになってしまいましたな」

「いえ、お金の方は私達でなんとかします」

「となると、焼き印の方ですか」

「はい。それと、誰からあの印を教わったのか、教えて頂きますでしょうか?」

「……なるほど、少々込み入った話になりそうですね」


 ――――パンパンッ。

 オピシエさんが手を叩くと、即座に人が集まってきた。


「来客です、丁重に対応を」

「はっ、ではご客人、奥へとどうぞ」


 いきなり態度が変わったけど、ついて行っていいものなのかな。


「ほら、何しているの。行きましょ」


 こういう時のマーブルさん、すっごい頼りになる。 

 ついて行って、後は何とかなれーって感じかな。




【次回予告】

 サードルマの富豪、オピシエ。

 彼の家に入り込んだ一行は、更なる闇へと誘われる。


 次話『僕、また騙されたみたいです。』

 明日の朝7時、公開予定です。

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