第16話 僕、騙されたみたいです。
「シャランの烙印からは魔力を感じるし、烙印の傷は普通の傷じゃない、いつまでも治らない切傷みたいなものなの。でも、このナシちゃんのは単なる火傷。誰かが焼き
焼き鏝を人に押し当てるとか、信じられない。
何も言えないでいると、マーブルさんが軽くため息を吐いた。
「奴隷制度のあるこの国じゃ、そんなに珍しいことじゃないわよ? さっきナシちゃんが言っていたように、この国では名前すら与えられない捨て子が沢山いるの。両親が徴兵されて、そのまま帰ってこないとかも日常の光景よね」
「両親って、母親もですか?」
「ええ、女には女の役割があるのよ。兵士から民間に戻ってみたら、奥さんには子供が五人も六人も出来ていた、とかね。まぁとにかく、管理のため、奴隷の子に焼き鏝を当てるのは、この国では普通のこと。だから珍しくはない。でもさすがに、魔人の烙印を真似るのはない。今は魔力こそないけど、これが媒体になって魔力を宿し、結果として魔人を引き寄せでもしたら洒落にならないわ」
なんか、今のって凄い話だったんじゃ。
戻ってきたら子供が五人も六人もって。
誰の子だよ。
いけない、頭を切り替えないと。
皆の視線がナシちゃんへと向けられると、彼女は烙印を服の上から両手で抑える。
「これは、ナシはもういらない、という意味です」
「いらない?」
「新しい子が来たので、ナシはもう、いらない、という意味です」
新しい子、それはつまり、お店で働く従業員が……っていう意味じゃ、ないよな。
さっきマーブルさんが言っていた奴隷制度。
つまり彼女は奴隷だった、という意味なのだろう。
「意味じゃないの、誰が付けたかを聞きたいの。貴方の元ご主人様って、誰?」
「ご主人様は、サバタ・ナル・ラムール・オピシエ様です」
「オピシエね、分かった」
そこまで語ると、ぐぅぅぅぅ……と、ナシちゃんのお腹が鳴った。
恥ずかし気にというよりも、申し訳なさげに自分のお腹を抑える。
「うるさくして、すいません、でした」
「いいよ別に、それよりも食欲が出て来て良かった。食べ物沢山買ってきたんだ。さっきの男の子が結構食べちゃったけど、ナシちゃんも食べたらいいよ」
「そんな、助けて貰ったのに、ご飯まで、いただけません」
おろおろしているナシちゃんを見て、マーブルさんもヤレヤレと肩をすくめる。
「好きなだけ食べたら? 幸い、どこかのお人好しのお陰で、お金にはそんなに困ってないし」
まだ金貨は百枚以上残っているんだ。
ナシちゃん一人をお腹いっぱいにした所で、ダメージはゼロに等しい。
「そうだ、どうせなら外でご飯にしませんか?」
「外?」
「はい、さっき買い出しに行った時に、いいお店紹介して貰ったんです。最近マーブルさん、ほとんど食べてなかったですし、ナシちゃんもマーブルさんも、いっぱい食べた方がいいと思うんです」
十日以上の船旅で、マーブルさんはすっかりやつれてしまっている。
頬もこけてしまっているし、これはあまり良い痩せ方ではない。
「そうね、ベッドで寝るのも飽きてきたし。ご飯ぐらいは食べに行きましょうか」
夜のサードルマの街は、観光客の多い港町だけあって、陽が沈んだ後も人だかりが絶えない。
港からの目抜き通りに面した店々には明かりが灯り、賑やかな声があちこちから聞こえてくる。
「オススメされたお店だけあって、美味しいわね、これ」
「お肉がほふほふです! この砂バジリの漬け焼き、もう一本下さい!」
テーブルの上に並べられたお肉料理の数々、お肉だけじゃない、砂と石の街なのに、緑色に輝く瑞々しい野菜だって卓に並べられている。串に刺さった肉をひとつまみ頬張ると、塩味の効いたパンチのある味が口いっぱいに広がって、なんていうかもう、美味い!
「港町だからね、他の街から輸入されてくるから、無い訳じゃないのよ。ほら、ナシちゃんも食べなさい」
「あ、あの……す、すいません、いいんですか? 私、いつも、こんなには……」
「いいんですよ。もう、ナシちゃんは解放されたのですから」
烙印の意味は、もう要らないってことだから。
奴隷からの解放、つまりは自由を手に入れたって意味でもある。
シャランの言う通り、何事も前向きに考えないとね。
「……はい、ありがとう、ございます」
「そうだ、じゃあ今日はナシちゃんの解放祝いってことで、ほら、乾杯しよ!」
「かんぱい? ……よく、わかりません、でも……はい、かんぱい、です」
四人で楽しみながら、たらふくご飯を食べると、それはもう幸せしかなくて。
「ジャン、アタシ等三人で湯浴みしてくるから」
「ああ、うん、いってらっしゃい」
「……覗きに来たら、容赦なく魔法ぶっ放すからね?」
「行かないよ。行くはずないでしょ」
「そうかなぁ? さっきナシちゃんの胸、しっかりと見てたくせに」
「シャランまでなに言っているのさ。ほらほら、行った行った、肉の臭いが染みついちゃうよ」
「あははー、それ美味しそう。じゃあ、また後でねぇ」
三人、親友みたいに仲良くなっちゃって。
結局ナシちゃんのことを、湯浴みを終えてもマーブルさんは離さないまま。
「それじゃあジャン、アタシ等こっちの部屋で寝るから、ジャンはソファで宜しくね」
「元々そのつもりだったよ、おやすみ」
「ジャン、明日はジャンがベッドで寝ていいからね」
シャラン優しい。その気持ちだけで充分だ。
「ありがとう、でも、僕はこっちで大丈夫だから」
「ジャンって本当に優しいよね。ありがと、おやすみなさい」
ナシちゃんも無言でペコリとお辞儀をして、三人で寝室へと消えていった。
湯浴みを終えたナシちゃんの髪、凄く艶やかだった。
あんな子が奴隷だったとか、あんまり考えたくないな。
砂漠に一滴の水か。
昔の人達も今の僕と同じ、ここの国の人を助けようとして、頭を悩ませたんだろうな。
どうすることも出来ない。
今の僕じゃ、ナシちゃん一人すら、救えることが出来ないんだ。
明日以降はどうしたものかな。まぁ、いいか。寝よ。
「やられた!」
……なんだ? マーブルさん、なにか叫んでいる?
「ジャン!」
うわ、マーブルさん、薄明りの中、下着姿のまま寝室の扉をぶち開けてきた。
「あの、どうしたんですか?」
「ナシに路銀全部盗まれた!」
え?
「路銀全部って、金貨百枚以上?」
「だから、全部! この部屋を通ったはずなんだけど、ジャン気づかなかったの!?」
気づいていたら捕まえていたと思う。
というか、路銀全部って不味いんじゃ。
「路銀を入れていた袋って、マーブルさんのバッグの中ですよね?」
「うん!」
「それを、どうやって」
「私達が寝ている間に盗んだに決まっているでしょ! ああ、いい、今は違う! 急いであの女を探さないと! 昨日着させた服のまま逃げているはずだから、この国なら目立つはず! ジャンも急いで!」
自分の頭を小突いていたかと思うと、いきなり着替えて外へと走り始める。
僕も着の身着のまま走り出し、シャランも僕に続いて外へと駆け出す。
白ずんだ空から白日へと姿を変えるほどの時間を、僕達は走り回った。
目につく人、全員に質問しながら駆けまわるも、成果はなく。
「完全にやられた、服だって売ったか捨てたかしたでしょうし、髪だって切って髪型も変えているはず。というか、既にこの街にはいないかも。金貨百枚以上あるんですもの、今日出航の船に飛び乗ったか、街道を使って遠くの街に逃げたか。……ああ、くそ! 完全に油断した! 私としたことが!」
冬季のアラアマとは違い、サードルマは夏季だ。
やたら熱い日差しの下、額から汗を滝のように流しながら、マーブルさんが叫ぶ。
「とりあえず、走って汗かいちゃいましたし、何か飲み物を買いませんか?」
「どうやって? 路銀全部盗まれたのに?」
「じゃあ、宿屋に戻って、少し休みませんか?」
「だから、お金がないのに、どうやって宿屋を利用するつもり?」
太陽がテッペンに上がる頃になって、僕達は自分たちの置かれた立ち位置を理解した。
「僕達、外国に来て、お金が一枚も無いってこと?」
【次回予告】
物乞いの少年に続き、元奴隷であったナシにまで裏切られてしまった。
一文無しになったジャン達は、砂漠の街サードルマで、どのようにして生きるのか。
次話『僕、富豪の家に行くのは初めてです。』
明日の朝7時、公開予定です。
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