第15話 僕、甘ちゃんみたいです。

 船を降りた僕達を出向かえた子供たちの数は、数えきれないほどだった。 

 でも、一回声を掛けてダメだと判断したら、他の渡航客へとすぐさま切り替える。

 判断が早い、考える間もなく次から次へと来るから、こっちは考える時間すらない。


「あ、でも、何人かの旅行客は、子供たちと一緒に行くんですね」


 見れば、数人の大人たちが子供に手を引かれながら、サードルマの街へと向かっている。

 客引き成功って感じなのかな、あんなのでも成功するんだ。


「あれは、あまり良い物じゃないわね」


 マーブルさんの顔が陰る。

 何がダメなんだろう? 恰幅の良い男の人と、幼い少女が数人だけど。 


「良い物じゃない?」

「ジャンは知らなくていい」


 これだけ言うと、マーブルさんは歩き始めてしまった。


「私達も宿屋を探しましょうか。ようやく船旅が終わったんですもの、まずはゆっくりと休みたいわ」


 なんだろう? シャランを見るも、彼女も困った感じの、眉を下げた笑みを浮かべていて。

 二人だけ理解しているみたいで、なんだかちょっと、のけ者にされた感じがした。


 宿屋に到着すると、マーブルさんは最近恒例になってしまった、ベッドダイブを敢行する。

 揺れないベッドで眠るのが、船酔いの一番の薬なのだとか。

 眠りについてしまったマーブルさんはそのままに、シャランと二人で旅の荷物を片付ける。

 

 船で洗えなかった洗濯物や、大きな荷物に積んだままの道具の手入れ。

 やることは結構沢山あって、気づけば陽が沈み、夕闇が街を包み始めていた。


「そういえば、この宿屋って夕ご飯ないんだっけ」

「そうだったかも。私片付けておくから、ジャン、買い出しお願い出来る?」

「うん、なんか適当に食べるもの買ってくるよ」


 銀貨一枚あれば、夕飯三人分は買えるかな。

 いそいそと出かける準備をしていると、寝ていたはずのマーブルさんが声を掛けてきた。


「ジャン、貴方、外に出かけても、貧困の子供を助けたりするんじゃないわよ?」

「何をいきなり。寝てたんじゃないんですか」


 突っ伏した顔をこちらに向けて、ベッドから動かずにマーブルさんは語る。


「いい? この国には〝砂漠に一滴の水〟っていう言葉があるの。貴方達も長城から砂漠を見たんでしょ? あの砂地に水を一滴与えたところで、なんの意味もないの。貴方が気まぐれで貧困の子供を助けたって、その子が何か変わる訳じゃない。一生面倒を見るのなら良いかもしれないけど、一晩、一食だけ助けたって、それは貴方の自己満足にしか過ぎないんだからね?」

「なんでそんな、決めつけみたいに言うんですか」

「ジャンが良い人だから」


 良い人と言われると、否定できない。


「この国では、良い人は喰われるだけの運命なのよ」

「肝に銘じておきます。何か食べたいものありますか?」

「なんでもいい、美味しいのでお願い」


 それが一番難しいと思うのですが。

 ともかく、外出しないと始まらない。


 楽な恰好に着替えて街へと出ると、人の多さに圧倒された。 

 自分の歩く速度で歩くことが出来ないぐらいに、人が多い。

 そして事前情報通り、ほとんどの人が日に焼けた褐色肌をしている。

 小麦色とはまた違う感じ、でも、違いがあると言ったら、それだけのこと。

 

「これ、いくらですか?」

「銅貨一枚、お兄さんかっこいいから、一個おまけしとくよ」

「本当ですか? ありがとうございます」

 

 ほっくほくの湯気立つジャガイモを、黒いパンで挟んだ美味しそうなの。

 パンの上に掛かった白いソースが、これまた美味しい。

 硬い黒パンが、これのお陰でふやかしながら食べることが出来る。

 観光客向けの味なのかも、かなり美味しい。


「あの、このパン、もう二個貰ってもいいですか?」

「あら、美味しかった? でもあまりおまけ出来ないの、銅貨三枚ね」

「いえ、このオマケの分も支払いますよ。銅貨四枚ですよね」


 しっかりと支払うと、機嫌を良くしたのか、他の美味しいお店も紹介してもらえることに。

 あちこちのお店に行き食べ歩いていると、あっという間に両手が食べ物で埋まってしまった。


 これは、この国の人たちは商売上手なのかもしれない。

 必要以上に食べちゃったし、残りは二人用に持って帰ろう。


 そんなことを考えながら、宿屋に向かおうとすると。


「……ん?」


 僕の服の裾を掴む、小さな男の子の姿があった。

 三歳から四歳くらいかな、まだ喋ることも出来ないのか、裾を掴んだまま離そうとしない。

 それと……やっぱりこの国が貧困なんだなって分かるぐらい、痩せている。


「食べる?」


 聞くも、男の子は食べようとしない。

 グイグイと引っ張って、僕をどこかへと案内しようとしている感じだ。


「ごめん、僕、そろそろ宿屋に戻らないといけないんだ」


 そう伝えると、その子は僕の方を見て、真っ黒な瞳を涙で滲ませた。


「ねぇちゃ」


 たどたどしい言葉、数少ない言葉を紡ぐと、その子は大粒の涙を流した。


「ねぇちゃ、たすけて」


 意味は、すぐに理解出来た。

 明るくて賑やかな繁華街。

 その一角で、倒れている痩せこけた少女の姿があった。

 

 ボロ布を身に纏い、骨と皮しかないぐらいにやせ細り、浅い息しかしていない。

 靴すらなく、シャランやマーブルさんのような、美を追求する余裕すらない。

 黒くて艶の無い髪は、ちぎれてしまう程に栄養がなく、虫が彼女の身体を這いずり回る。


「まだ、生きているのか……?」


 肌に触れ、彼女の体温を確かめる。

 恐ろしい程に冷たい、でも、呼吸はしている。


 手にしていた飲み物やパンを与えようとしても、飲み込もうとしない。

 意識がなく、今にも死んでしまいそうな感じがした。


〝外に出かけても、貧困の子供を助けたりするんじゃないわよ?〟


 頭の中を、マーブルさんの言葉が走る。

 でも、それでも、目の前で死にゆく人は、助けない訳にはいかない。


 少女を抱きかかえると、小さい男の子と一緒に、宿屋へと戻った。

 そして予想通り、マーブルさんの怒声が響き渡る。


「アンタさ、私が必死になって忠告したの、聞いてなかったの?」

「聞いてたけど、こんなに小さな弟さんがいるんだ、放置は出来ないよ」


 男の子は、多めに買っておいたパンを頬張りながら、笑顔でスープに手を掛ける。

 

「どれだけ小さかろうが関係ないの、今はシャランの治癒の力と、馬鹿なアンタのお節介で助かるかもしれないけどね。いずれはまたこの子たちは衰弱して、倒れて死ぬ運命なのよ。この国はそういう国なの、なんで理解しないかな。ジャンって本当に甘ちゃんよね」


 別に、甘ちゃんでいいし。 

 俯きながら唇を尖らせていると、シャランが助け船を出してくれた。


「あの、マーブルさん、私からも謝罪します。私たちはまだ、そこまで割り切れるほど大人じゃありません。目の前に救える命があれば救ってしまいますし、助けられるなら助けてしまうんです。買い物に行ったのが私だったしても、恐らく助けてしまったと思います」


 シャランの言葉に、マーブルさんは買ってきたパンを頬張りながら、一言だけ返した。


「それは、偽善っていうのよ」


 しばらく無言の時間が過ぎた後、治癒を終えた少女が意識を取り戻し、茫然と僕達三人の顔を眺める。はらりと落ちた黒い髪、髪色と同じ黒い瞳は、僕やシャランと同じだ。違うのは、日焼けして、浅黒い色をした肌色だけ。他は何も変わらないのに、道端で誰にも助られずに死ぬなんて、やっぱり受け入れられないよ。


「ねぇちゃ」


 食事を終えた男の子は、僕のことを指差しする。

 無言のまま少女は立ち上がると、僕の前へと来た。


「あの……」


 可愛らしい声、彼女は僕の前に膝を付き、両足を揃えて座る。


「助けて頂き、ありがとうございます。ですが、私には恩を返す方法がこれしかありません。こんな貧相な身体で良ければ――」


 言いながら、少女は着ていたボロ布へと手を掛けた。

 痩せコケていようが年齢の近い異性なんだ、咄嗟に目を背ける。


「ダメダメダメダメダメ! 何してるのアンタは!」

「そんなことする必要ありませんから! 服も用意します! まずはこっちに来てください!」


 全裸になろうとした少女のことを、シャランとマーブルさんが抑え込んだ。

 そして、何かに気づき、彼女たちは動きを止める。


「これ、まさか」

「シャランの烙印と、同じ?」


 少女の左胸を見て、僕も息を飲んだ。

 魔人の烙印、シャランと同じものが、なんでこの子にも。


「あ、ジャンは見ちゃダメだよ」

「まったく、油断も隙もないわね。とりあえず先に着替えましょ、ほら行くよ」


 烙印があったのだから、見るのはしょうがないと思うんだけど。 

 あっという間に別室へと向かうと、着替えを済ませ、部屋へと戻ってきた。

 

 薄い長袖のシャツに、チェック柄のロングスカート。

 以前、シャランが着ていた服だけど、この子が着るとまた違った印象を受ける。


「はい、改めて自己紹介」

「……えっと、名前は、ナシといいます。名前が無かったので、そう、呼ばれていました」

「そっちの男の子は?」

「男の子は……すいません、全然、知らない子です」


 え、知らないの。

 だって、ねぇちゃって。


「そういうこと。ジャン、わかった?」


 嘘だろ?

 この子、自分がご飯食べたいから、ナシちゃんを助けるように仕向けたっていうのか?

 本当かよ、えー、信じられない、嘘でしょ?

 

「ねぇちゃ! たすけて!」


 歯の欠けた笑みを残し、男の子は満腹になった腹をさすりながら、一人出て行ってしまった。

 夜中だったけど、追いかける気にもならない。 

 あの言葉だけを覚えて、世渡りしてきたって言うのかよ。

 世界、広すぎだろ。


「さてと、それよりも、話を本題に戻しましょうか」


 マーブルさんが部屋の鍵を掛けると、ナシちゃんへと正対する。


「その烙印、誰に付けられたの?」

「誰? それって、魔人の烙印じゃないんですか?」

「違う。だって、この烙印から魔力感じないもの」



【次回予告】

 シャランと同じ烙印を持つ少女、ナシ。

 彼女との出会いは、三人の旅に大きな意味をもたらす。


 次話『僕、騙されたみたいです。』

 明日の朝7時、公開予定です。

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