第三章 砂漠の街、サードルマの悪徳領主

第14話 僕、いろいろなことを学びました。

「凄い、もうアラアマの街が見えなくなっちゃった」

「本当……あ、ジャン、ほら、あの遠くに見える山って、ロベスク廃鉱山なんじゃない?」

「ああ、そうかも。さすがに開拓村までは見えないね」


 シャランと二人、船の欄干に掴まりながら、遠くに過ぎ去っていく風景を眺める。

 天気も良いし波も綺麗だし、船旅って結構楽しいかも。


「アンタ達、寒くないの?」


 マーブルさん、相変わらずの星柄の帽子に、温かそうな毛皮のポンチョを羽織りながらも、隙間風が入らないように胸元を握り締めて、ガタガタと震えている。


「マーブルさんも一緒に見ませんか?」

「ムリムリ、寒すぎて風邪ひきそう。長い船旅になるんだから、客室に引きこもっていた方が無難よ」


 なら、ローブの丈を長くするとか、下に防寒用のパンツとかを穿けばいいのに。

 素足なままの太ももを寄せながら、マーブルさんは船室へと姿を消してしまった。


 その後も、僕とシャランは船の甲板から見える景色を楽しんでいたのだけど。

 次第に大陸から遠ざかっていくと、見える景色は海だけになってしまって。

 

「そろそろ、僕達も客室に戻ろうか」


 見るものが空と海しかないんだ、さすがに僕達も客室へと向かおうかとシャランに話しかけると。

 彼女は僕の方を見ながら、可愛らしい笑窪を作り、にこやかにはにかん、、、、だ。

 何気ない仕草に、ちょっと、ドキッとする。


「どうしたの? そんな笑顔になっちゃって」

「え? だって、ジャンと二人で旅行みたいで、なんか楽しいなって、思っちゃって」


 二人で旅行。

 そう言われると、そういう風に考えられるのかも。

 考え始めた途端、頭の中がシャラン一色に染まる。

 

 シャランは覚えているのかな、小さい頃にした約束。

 僕と二人で、一緒になろうねって、そんな。


「ごめんね、そんなお気楽な旅じゃないし、巻き込んだのは私なのにね。なに言っているのかな、もっとしっかりしないと」


 出来た笑窪に指を押し当て、ムニムニと笑窪を消そうとしている。

 そんなことをしている彼女が愛おしくて、思わず僕も笑みを浮かべてしまった。


「僕も、楽しいよ」

「……」

「シャランは笑っていた方がいい。早く烙印、消せるといいね」

「ジャン……うん、そうだね。ありがと」


 ムニムニしていた手が止まると、シャランは頬を赤く染めた。

 恥ずかしい言葉を言ってしまったのかなと、僕も急に恥ずかしくなる。

 

「なにアンタ達、二人して顔真っ赤にして」

「マーブルさん。な、なんでもないです」


 客室にいたはずなのに、どうして。

 というか、僕達の顔が真っ赤なら、マーブルさんの顔は真っ青だ。


「あらあら、お邪魔虫だったかしら? でもね、私としてはそうも言っていられない状況なの」


 フラフラしながら、マーブルさんは欄干へと向かう。


「どうしたんですか?」

「うるさい」

「え」

「船酔い、早くどっか行って」


 多分、欄干から吐くのだろう。 

 僕としても見たくないし、足早に甲板から客室へと向かった。


 パルクス国の港街、アラアマを出航してから三日が経過した。


 航海は順調で、船はキングスリーム国、つまりはベールスモンド領のある国の南方、ナジェッカー領にある港町、ママンダへと到着した。


「ママンダにて二日間の停泊となります! 出航日までには必ず船に戻るよう、お願いいたします!」


 船員さんの軽快な叫び声が響く。 

 普通なら、舩を降りて、観光を楽しんだりするのだろうけど。

 シャランは賞金首だから。

 ベールスモンド伯爵の息が掛かるこの地には、降りることは出来ない。


「私は降りるわよ。出航まで宿屋で寝て、船酔いを治してくるわ」


 この三日間、マーブルさんは吐くか寝るかの生活を送っていた。

 唇が真っ青に染まった彼女のことを、止めることは僕達には出来ない。

 ぜひとも完治して来て欲しい、毎日毎日苦しそうな彼女を見るのは、僕達としても辛い事だから。


 二日後。


「酔った……なによあの薬、全然効かないじゃない」


 船酔いを再発させたマーブルさんと共に、船はママンダを出航する。


「次の国はドッグポーカーか……良かったわね貴方たち、肌の色が白くて」

「肌の色が白いと、何かいいことがあるのですか?」


 ベッドで横になりながら、マーブルさんは両手の人差し指を重ね合わせ、剣戟の真似をした。


「ドッグポーカーはね、肌の色で差別する国なの。すぐ南の国、コム・アカラとの長い戦争がそうさせたらしいんだけどね。南国コム・アカラの人の肌は、日に焼けていたからか、ほとんどの人が産まれながらに褐色肌なのよ。だから、ドッグポーカーの国民は褐色肌の人を人間と思わない。両国は地続きの国なのだけど、国境には長城が設けられているの。絶対に受け入れないっていう姿勢、結構凄いわよ?」


 国境線全てに長城があるとか、あんまり想像できない。

 どれだけ大きいのか、一度見てみたいものだ。


「魔人や魔物も襲ってくるのに、人同士で争いごとなんて、一番意味ないと思うんですけど」


 ベッドに座りながら、シャランが聖女らしいことを口にした。


「そうねぇ……ねぇシャラン、コム・アカラがどんな風に呼ばれているか、貴方知ってる?」

「えっと、砂と石の国、ですよね」

「正解。砂と石しか無い国からしたら、ドッグポーカーの緑豊かな、どんな作物も育つ肥沃の大地がどれだけ羨ましい存在か。生きる為に食べる、食べる為に戦う。あの二国は、互いの正義によって戦っているの。ドッグポーカーがもっと大きくて、コム・アカラの国の人を全員救えるぐらい、食料を生産出来ていれば、そんな事にもならなかったのかもしれないわね」


 マーブルさんが語ったこと。

 それはきっと、理想論なのだと思う。

 出来なかったからこそ、戦争し、国境に長城が設けられてしまったんだ。


「まもなくドッグポーカー、ハバナロ港に到着します! 船舶内の清掃作業を行いますので、お客様は指定の宿屋へと移動をお願いします! 停泊帰還は五日! 四日目から船へと戻ることが出来ますので、必ず五日目の朝までにはお戻りになるよう、お願いいたします!」


 この前と同じ船員さんが、気分のいい声で案内をしてくれている。

 

「本当は降りたくないけど……しょうがないか、シャラン」

「うん、念のため、顔は隠しておくから大丈夫」


 いろいろと警戒していたけど、ドッグポーカー国にまで、シャランの情報は渡っていなかった。

 

「もしかしたら、もう諦めたのかもね」


 冒険者ギルドを確認し終わった後、マーブルさんはそう言い残し、宿屋へと姿を消した。

 逃げた聖女を追いかけたところで、息子が帰ってくることはない。

 なんだかんだ、結構な日数が経過している。

 諦めた、という可能性は、もしかしたらあるのかもしれない。


「もしそうだとしても、私は一度、伯爵様に顔出しした方がいいのでしょうね」

「その時は、僕も一緒に行くよ」

「ジャン……ありがとう。その為にも、烙印、消さないとね」


 逃げ帰って来たときと違って、シャランは少しだけ、前向きになった気がする。

 フェイスベールを外すと、彼女は微笑みながら、僕の手を握った。


「行こ」

「行こって、どこに?」

「そうね、せっかくだから……長城とか、観に行く?」


 船が出るまで五日もあるのだから。

 マーブルさんにも声を掛けてみたけど、彼女は宿屋から動かなかった。

 船酔いのダメージが相当なのだろう。ベッドに寝かすが、きっと正解だ。


「なんか、ドッグポーカーの食事って、味が薄いね」

「……うん、塩が足りないのかな」


 何か食べてから長城に行こう。

 そう思って入った飯屋さんは、正直、美味しくなかった。

 空腹だけを満たすと、その足で長城へと向かう。


「うわ、すっごい。こんな大きいのが、どこまでも続いているの?」

「でも、その凄い建築物は、隣国への憎悪によって造られたのよね」

「そう考えると、なんとも言えなくなるね」


 ドッグポーカーとコム・アカラの国境線でもある、どこまでも続く長城。

 長城の上に行くことが出来るみたいで、お金を払い、二人で上がってみることにした。

 

「世界が二つに割れている」


 そうとしか言えなかった。

 ドッグポーカー側は緑豊かな国なのに、コム・アカラ側は砂漠一色。

 長城を境に別世界へと隔てられた理由は、言葉にせずとも理解出来てしまった。


 僕達が向かうコム・アカラが、こんなにも何もない、どこまでも続く砂の世界だなんて。

 

「でも、この先に、聖都イスラフィールがあるんだよね」

「うん。そこにいる女神様なら、私の解呪も、きっと」


 岩と砂だけの大地か。

 ふきすさぶ風にも砂が混じっているように感じられて、見ているだけで息苦しくなる。

 

「降りようか」

「うん」


 想像以上に、厳しい旅になるかのもしれない。

 その日の夜、砂漠を渡れる為の道具を購入しようと言うと、マーブルさんはお腹を抱えて笑い出した。


「ひーっ、ひーっ、あー笑っちゃった。アンタたち、まさか、砂漠を渡ろうとしているの?」

「え、だって、長城から見た景色が凄かったんですよ?」

「それはそうでしょうけど、ふふっ、あっはは、あーおっかしい。大丈夫よ、長城から見えるのは、コム・アカラのほんの一部だから。船で向かうサードルマ港からはナルル運河まで歩いていけるし、確かにそこは砂漠だけど物資運航もされているし、目印となる石塔もある。ナルル運河からは船も出ているから、結局また船旅の始まりよ」


 え、あんなに砂と石しか無かったのに、船?

 全然、イメージが湧かなかったのだけど。

 そう言われてみれば、他の乗客も、そんな装備をしていない。


「コム・アカラはね、観光名所が凄く多いの。自分たちで物を生み出すことが出来ない土地だから、観光での収入がとても大きい国なのよね。だから、観光客相手には、かなり突っ込んでくるから気を付けてね。砂漠用の装備なんかしていたら、本当に砂漠に連れてかれちゃうんだから」


 マーブルさんの言葉が真実だと理解したのは、船を降りてすぐのことだった。

 砂と石の国、コム・アカラ、サードルマ港に到着した僕達を出迎えたのは、


「船旅お疲れ様! お荷物持ちましょうか!」

「俺、いい宿屋知ってるよ! 案内は銅貨一枚でいいよ!」

「私、美味しいご飯処案内出来るの! 一緒に行きましょ!」

「僕、ここら辺の観光名所全部案内出来るよ、行きませんか!」


 凄まじい勢いの、商売根性が染み渡った子供たちの、何百という出迎えだった。




【次回予告】

 長い船旅を終えた三人は、無事、サードルマの街へと到着する。

 貧困国家と呼ばれる町で、ジャンは瀕死の奴隷少女と出会う。


 次話『僕、甘ちゃんみたいです』

 明日の朝7時、公開予定です。


 あらすじにも載せてありますが、ジャン君たちが旅している世界地図です。


https://30369.mitemin.net/i910315/


 三人がどのように移動しているのかを知ることが出来るので、良ければ参照にしてください。

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