勇者を殺した人類最強の敵、魔人。生贄の烙印を刻まれた幼馴染の聖女と共に、石工職人の僕は解呪の為、長い旅に出る。自分の実力が、勇者以上であるとは気づかずに。
第13話 僕、街の人から感謝されるらしいです。
第13話 僕、街の人から感謝されるらしいです。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
肩で息をする。
あの鉱石を砕くには、全力しかなかった。
周囲に散らばる青い鉱石、全部を砂には出来なかったけど。
どうやら、復活する気配は感じられない。
「はぁ、はぁ……倒したの、かな」
鉱石ごと魔人の肉体を全部粉砕したけど、まだ、ちょっと不安だ。
もったいないけど、この鉱石は全部砕いてしまった方がいいだろう。
砕いて砂にして、風に流してしまえば、復活はしないはず。
運が良かった。
魔人の身体が鉱石だったから砕けたんだ。
他の魔人には、絶対に通用しない。
「……っ、ジャン?」
倒れていたシャランが、寝そべったまま僕の名を呼んだ。
良かった、生きている。良かった……。
「シャラン、大丈夫?」
「う、うん……あれ? 私、どうしてこんな所に」
意識を取り戻したシャランは、周囲の鉱石を不思議そうに眺めた後、僕へと問うた。
「ジャン、魔人は?」
「魔人なら、僕が倒したよ」
「……え、うそ、ジャンが、魔人を?」
「うん。相手が鉱石の身体だったから、なんとかね」
鉱石の一つを握りしめて、砂に砕く。
倒した、という証拠は、どこにもないけど。
こうして僕とシャランが生きていることが、なによりもの証拠だ。
「シャラン、立てる?」
「うん……そうだ、他の人は」
超巨大魔獣イワオレックスだった魔獣の周囲に、倒れたままの人たちがいる。
みんな、息をしているようには見えない。恐らく、魔人によって殺されてしまったのだろう。
「……治さないと、全部、私の責任だから」
「シャラン……無理だよ、もう、息をしていない」
「でも、でも……」
子供の頃から彼女の側にいるから、出来ること、出来ないことは、僕も知っている。
シャランの治癒は、生きてさえいれば、どんな傷でも治すことが出来る。
でも、死んでしまった場合。
呼吸が止まり、心臓が停止した状態からの復活までは、出来ないんだ。
それを知ったのは、動物を蘇生させようとした時だったけど。多分、人も変わらないと思う。
「私、私が逃げているせいで……」
「シャラン、君のせいじゃない。悪いのは全部魔人だよ」
「……でも、そうは、思えないよ」
悲しみに明け暮れる彼女のことを、風がやんわりと包み込んでくれた。
風が、僕が砕いたメテオライト鉱石の粉末を空へと運び、倒れている人たちへと降りかかる。
魔人が攻めて来なければ、魔獣が攻めて来なければ、シャランは悲しまずに済んだのに。
シャランの心の傷をどう癒すべきか。
そんな事を考えていると、ふと、冒険者に降りかかったメテオライト鉱石が、緑色に輝いていることに気づいた。その輝きは次第に増していき、仕舞には辺り一帯全てが緑色に輝き、突然、緑色の煙を噴出し始めた、そして。
「……いっつ」
なんと、死んでいたはずの冒険者たちが、次々に起き上がってきた。
全身から緑色の煙を噴き出しながら、各々不思議そうな面持ちのまま立ち上がる。
「あいたたたた……なんなんだよ今の」
「おお? 俺、心臓貫かれたと思ったんだが」
「あれ? 私、生きてる? 生きてる……良かった」
なんだ? 全員、ほんのちょっと前まで呼吸すらしていなかったのに。
シャランが立ち上がると、まだ地面に残るメテオライト鉱石の粉末に触れた。
指につけ擦ると、それは緑色の湯気のような煙を上げる。
「ジャン、これ多分、復活の輝石だ」
「復活の輝石?」
「うん。私、勇者様との旅の時に一回だけ見たことがあるの。どんな傷でも、場合によっては死の淵からでも回復することが出来る凄い薬。これ、倒れている全員に掛けよう! 今からでも助けることが出来るかも!」
シャランの目に輝きが戻ると、彼女と協力して倒れている冒険者へと、粉末状の復活の輝石を振りかけて回った。高台にいた冒険者たちも全員起き上がり、何が起こったのかと目を白黒させた後、倒れている超巨大魔獣を見て、戦いが終わったことを悟る。
こうして、港町アラアマを襲った未曽有の危機は、無事討伐完了となったのだけど。
「報酬が支払えないってのは、どういうことよ!」
冒険者ギルドのカウンターにて、僕の首根っこを掴んだマーブルさんが叫ぶ。
「魔人を倒したのも、魔獣を倒したのも、ウチのジャン一人の活躍なの!」
「ええ、それは街の者たちも見ておりましたから、把握しております」
「なら、報酬はジャン一人に支払われるはずでしょ!」
食って掛かるマーブルさんに対し、ギルド職員は毅然とした態度のまま反論を述べた。
「ですから、それは先に申し上げました通り、ジャンさんが冒険者なら支払われたのです。ですが、ジャンさんは冒険者ではなく、アラアマ石工協会に務める職人さんです。職人さんである以上、我々冒険者ギルドは彼に対する支払いの義務は発生しないのです」
「だからって、金貨一枚すら払わないってのはどういう了見なのよ! 彼はこの街を救ったヒーローなのよ!? アンタ言ってたわよね!? 足らない分は街の人たちがお金を出し合って支払うって!」
「……そんなこと、言いましたっけ?」
「言った! 絶対言った!」
「そうですか、記憶にございませんね」
ああ、ダメだこれ。
絶対に支払わないつもりだぞ。
「マーブルさん、ここは諦めようか」
「金貨五百枚よ!? 誰が諦めきれますか! こっちは腹回りにデカい傷跡残しちゃったのよ! せめて金貨百枚は貰わないと、割に合わないのよ!」
マーブルさん、魔人の攻撃で身体を引き裂かれちゃっていたらしく、シャランの治癒の力で治すも、火傷のような傷跡がお腹周りに残ってしまったらしい。シャランが言うには、この状態が完治、ということらしく、元の状態に戻すのは不可能なのだとか。
「でも、あのお金は街の復興に充てられるみたいですし、多分、何をどう騒いでも無理かと」
「キーッ! くやしい! 私タダ働きって大っ嫌いなのよね! あー損した! あー損した!」
文句を言いながらも、マーブルさん、冒険者ギルドから報奨金を貰うのは諦めたみたいだ。
ノッシノッシと歩きながら、周囲にいる冒険者へと威嚇し、外へと出る。
近くにあった休憩所の椅子に腰かけると、果実飲料を購入して、乱暴に飲み始めた。
そんな彼女の横に、シャランが立ち、深く頭を下げる。
「あの、マーブルさん、ごめんなさい。私がもっと上手く治癒の力を使えていれば……」
「ん? ああ、さっきのは売り言葉に買い言葉って奴ね。蘇生してくれたんですもの、ターブに何も文句は無いわよ。それにしても、冒険者の数が多少減ったとはいえ、これからどうしましょうかね。残金は金貨三十枚、船が来るまで残り七日、コム・アカラに渡っても仕事があるとは思えないし」
海を渡ったが最後、帰ってこれない可能性が高い。
でも、それだとしても、僕とシャランは海を渡らないといけない。
あの魔人は、間違いなくシャランを狙っていた。
それに彼女は直に聞いたらしい、シャランが、魔人ガーガドルフの生贄だと。
絶対に、烙印を消さないといけない。
そうじゃないと、シャランは死ぬまで、魔人の恐怖と戦わないといけないんだ。
「あの、マーブルさん」
「なによ」
「もしよければ、これまでの報酬として、金貨十枚を受け取って下さい」
元々、マーブルさんは僕たちに協力してくれているだけだから。
報酬を貰ったら、それでおしまいの関係だから。
帰ってこれないかもしれない旅に、付き合わせる必要はない。
片眉を上げると、マーブルさんは値踏みするように僕を見た。
「アンタ達と一緒に旅をしたのは、開拓村を出た時からだったわよね」
「はい、あの時も魔人が来るって話で、一緒に逃げたんですよね」
「そうね。その旅でも、私は貴方達の食料や飲料水の為に、魔法を使ったわよね」
「……? はい、そうでしたけど」
「それ以外に、このアラアマに到着してからも、毎日のように魔法を使ってお金を稼いだ。ほとんどターブの治癒の力に頼らずね。冒険者ギルドでの交渉も、面倒な手続きも、全部私が肩代わりしたの。大体三十日間……あらあらあら、大変よお二人さん」
トントントンと、人差し指でテーブルを叩く。
「私への報酬は、金貨百枚と勘定が出ているわ」
「ひゃ、百枚?」
「希少な魔法使いを三十日も拘束して働かせたのよ? それでも安いぐらいだと思うけど?」
魔法使いを雇った時の相場って知らないけど。
そういえば、開拓村の人が、マーブルさんは街で一番高い冒険者って言っていたっけ。
だとしたら、金貨百枚っていうのは、嘘でもなんでもない正規の値段なのかも。
嘘だろ、支払えないよ、そんな金額。
「……って、いう話になっちゃうけど?」
背もたれに身体を預けると、マーブルさんはちゅーっとストローで飲み物を飲み始める。
「今更仲間外れにしないでよねー、いきなり言われてびっくりしちゃったじゃない」
「じゃ、じゃあ、さっきの金額は……」
「あれはマジ。でも、別に催促なんかしないし、お金が出来たかなー? って時に貰う予定だから。なんかね、アンタ達からは凄い大金の匂いがするのよね。一緒にいたらいずれ大金持ちになれそうな、そんな予感がするの。という訳で、これからどうしよっか?」
僕達がお金持ちになれる……のかな?
今のところ、烙印を消したら故郷に帰って、家業を継ぐ予定だけど。
「あの、ひとつだけ質問、いいでしょうか?」
「ターブちゃんからの質問は、ちょっち怖いなぁ……で、なに?」
「ああ、いえ、その……どうして、マーブルさんはお金にこだわるのかなって、思いまして」
シャランの質問に対し、マーブルさんは頬杖をつきながら笑顔になって一言。
「ヒミツ」
それだけ言うと、またストローで果実飲料を飲み始めてしまった。
絶対に教えない、鼻歌歌いながらリズム取っているけど、あの顔はそんな感じだ。
「そういえば、ジャンって今日は仕事じゃないの?」
「ああ、はい、なんでも予定よりも早く片付いたとかで、もう船が出るまで仕事がないんです」
「あら、じゃあ賃金いくらだったの?」
「そういえば、まだ貰っていませんね」
結局、最後まで岩運びとクズ岩砕きだったからな。
何度か街の石階段の整備とかもさせて貰えたけど、それだって多い訳じゃない。
貰えて金貨十枚ってところかな。
「おお、こんな所にいたのか」
さてどうするか、という所で、石切り場の親方が僕を見つけた。
「報酬を渡そうかと思っているのだが、ちょっとだけ事務所に来てもらえるだろうか?」
「はい、分かりました」
「結構な大金でな。さすがに外では渡せんのよ」
結構な大金? シャランとマーブルさんと目を合わせた後、三人無言のまま席を立った。
「これが、ジャン君への報酬だ」
閑散とした石切り場の事務所にて、ズンッ、と置かれた布袋。
凄く大きくて、紐解いて中を見ると、中身が全部金貨だった。
「親方、こんなの僕、受け取れません」
「いやいや、君のお陰で予定していた人件費や、その他出費を諸々抑えることが出来た。街を救ってくれたお礼とか、そういうのが含まれている訳ではないぞ? その金額は、ジャン君への正規の報酬額だ。遠慮せず受け取って欲しい」
え、でも、この金額。
金貨百枚以上はあるぞ、こんな大金、受け取っていいものなのかな。
「……受け取っておきなさいよ」
「マーブルさん、でも」
「そのお金があれば、目的が達せられるでしょ? それに――」
耳元へと近寄ると、彼女はこう囁いた。
(ああは言っていたけど、これは多分、街の人たちからのお礼なの。受け取らない方が失礼ってものよ)
街の人からのお礼。
そうか、冒険者ギルドの、あの人の。
「……わかりました。親方、ありがとうございます」
「寂しくなるな。またこの街に寄ることがあったら、気軽に顔を出すといい。ジャン君ならいつでも大歓迎だ」
「はい、その時はまた、大岩でもなんでも担いで運びます」
「ありがとう、期待しているよ」
こうして僕達は、路銀以上の有り余るほどのお金を、無事入手することが出来た。
それから七日後、予定通り船が到着し、僕達は沢山の人に見送られながら、港街アラアマを後にする。
次なる目的地、砂漠と岩の国、コム・アカラ。
サードルマ港からナルル運河を南に進んだ先にある、聖都イスラフィール。
その地でシャランの烙印を消すこと、それがこの旅最大の目的。
お布施のお金も、帰りの路銀も、これだけあれば足りるだろう。
けれども、僕は知らなかったんだ。
コム・アカラという国が、貧困国家、奴隷国家だという事を。
【次回予告】
第三章〝砂漠の街、サードルマの悪徳領主〟
白浜の街アラアマから、大海原へと舞台は変わる。
様々な町へと寄港する船、行く先々でジャンは新たな知見を得ることになる。
次話『僕、いろいろなことを学びました』
明日の朝7時、公開予定です。
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