第11話 私、負けちゃうかも。※シャラン視点

 私とマーブルさんを含めた討伐隊は、高台から討伐対象を見て、ただただ茫然としていた。

 

「大きすぎる、あんなのどうやって攻めればいいんだよ」

「大砲とか、攻城兵器とかが必要なんじゃないのか? 無理だろあんなの」


 周囲の冒険者たちがボヤく。

 ある意味、依頼書通り。

 足回りだけで巨木よりも太い。

 顔の部分から長い鼻が伸び、そこからチロチロと炎が見える。 

 尻尾だけは可愛らしい感じだけど、それ以外は完全に魔物。


 山がそのまま歩いているみたいで、一歩進むだけで振動が伝わってくる。

 全体を覆いつくす、鈍く輝く超巨大な岩石。

 ジャンが見たら喜ぶかもって思ったら、少しだけおかしかった。


 唯一の救いは、巨体が故に、とてつもなく遅いこと。

 こちらの攻撃は、どんなものでも当たってくれると思う。 


「だが、やるしかねぇ、間違いなくアイツの進路は港町アラアマだ」

「ああ、悲嘆していてもしょうがねぇな」

「遠距離部隊はイワオレックスの注意を引いてくれ!」

「俺達はアイツの足に張り付いて、なんとか攻撃してみる!」


 こうして、イワオレックスの討伐が開始となった。

 高台に残る人や、駆け下りる人、私たちはもちろん、高台からの攻撃組だ。

 

「炎属性かぁ、私の魔法じゃ、ロクにダメージ入らないかも」


 マーブルさんは炎の矢を放ち、顔や胴体ではなく、岩の部分を狙い続ける。

 鼻から炎を吹いているのだから、炎を肌に当てても意味がないと判断した結果だ。

 水や氷の魔法使いがいれば良かったのだけど、そんな都合よく魔法使いがいるはずがない。

 冒険者ギルドに一人いればいい方なんだ、それぐらい、魔法使いの数は少ない。


「弓矢に爆弾括り付けてあっから、気を付けろよ!」


 狩人の一人から放たれた矢がイワオレックスの顔に直撃し、爆発した。

 黒煙でしばらく見えなかったけど、それが晴れると、無傷であることが分かる。

 

「ちっ、通用しないか。ここは魔法使いの姉ちゃんみたいに、岩を狙うが良策か」


 いろいろな攻撃を仕掛けるも、全然、通用しない。

 頼みの足を攻撃しにいった人たちだけど、彼等の武器もダメみたい。

 硬い皮膚に弾かれちゃって、刃が刺さっていない。

 中には剣が折れちゃった人もいる。

 これだけの人数が集まってもダメなんじゃ、討伐なんて無理だよ。


 私が、ここにいるから。

 私のせいで、皆が困っている。


「おい、イワオレックスが動きを止めたぞ!」


 誰かが叫んだのを耳にして、下げていた顔を上げる。

 巨大魔獣が歩みを止め、私の方を見ている。


 ……そうよ、倒す必要なんてない。 

 私を目指しているのだとしたら、私がここからいなくなればいいんだ。


「何を考えているのか分かるけど、それはなんの意味もないよ」


 マーブルさんに腕を捕まれ、強引に引き戻される。


「アンタが逃げた所で、アイツはもうここにいるんだ。倒さなかったら、どこかの街がまた被害に遭うだけの話さ。私達に出来ることは、ここでアイツを食い止めるか、討伐するしかないってこと」


「……食い止めたって、倒せないんじゃ意味がないじゃないですか」


「意味はある。最近の依頼は国が発注しているって言ったでしょ。私達の尻ぬぐいは国がしてくれる。素人の集まりの冒険者なんかじゃない。戦う為のプロ、軍隊がアイツの相手をしてくれるの。だから、私達がすることは、ここでの足止め。それぐらいなら、私達でも出来る」


 マーブルさんは両手を前に突き出すと、呪文の詠唱を始めた。


〝たゆたう炎の子……集まりゆだね、熱波のごとく、燃えよ、舞えよ〟


 一日一回限りの、最強魔法。

 前に聞いた時よりも、言葉が強い。


〝狂えよ! 熱く! 激しく! 我をほとばしらん!〟 


 突如、風が狂い、突風が吹き荒れる。

 魔力の奔流、虹色の輝きが彼女を包み込むと、光は帯へと姿を変えた。


「最大出力とか、一体いつぶりだろうね」


 ニヒルに微笑む。

 これまで一度として見たことがない、マーブルさんの本気。

 周りの冒険者や、イワオレックスの足元にいた冒険者たちも、異変に気付き、避難を始める。


 輝きが魔法陣となって、相手を包み込む。

 幾層もの光が連なり、超巨大魔獣を包囲した。



 ――――――「ラウム・コンプレッションッッッ!!!!!!!!」



 音が、消える。


 輝きが星となり、世界は一瞬、とてつもなく歪んだ。

 渦を巻いた世界が限界まで引きちぎれようとすると、初めて、対象が鳴いた。

 苦痛に歪む声、その声が聞こえた刹那、空間が一瞬で元に戻る。


 反動が、始まる。


 ピンク色の魔法陣が収縮し、世界を引き寄せようとした。

 でも、それも元に戻り、そしてまた吸い出す。

 爆縮、とてつもない爆破の力が、世界を根幹から破壊する。


 これが、魔法の力。

 これが、マーブルさんの本気。


 私の味方は、実は、とんでもない人だったのかもしれません。





『貴様、少々邪魔だな』





 ピンク色に輝く世界の中で、異物が紛れ込んできた。

 虫の翅を生やした、頭に二本の長い、触覚のような角が生えた生き物。

 全体的に青く、人の形をしているけど、人の形をしていない。

 猛禽類のような鉤爪に、魔女のように伸びた歪な三本の指。


 ――――魔人だ。

 角の下にある翡翠色をした目が、マーブルさんを捉えている。


「逃げて!」


 咄嗟に出た叫び。

 でも、それでも、間に合うはずがなかった。

 

 マーブルさんのお腹に、爪が食い込む。

 

 イワオレックスが爆破される背景の中で、マーブルさんの身体は上下に引き裂かれた。

 あれだけの超魔法を使った直後なんだ、対応できるはずがない。

 誰も動けなかった。


 地面に足を付けたままの下半身を、空中を舞う上半身が見つめる。

 

 間に合う。

 私なら、まだ間に合う。


『ほう、そこにいたか。ガーガドルフ様がこぼした贄よ』


 魔人、ガーガドルフ。

 名を聞いただけで、歯がカチカチと音を鳴らす。

 怖い、怖い怖い怖い、でも、今は恐怖に震えている場合じゃないから。


 泣きそうだけど、強引に歯を食いしばる。

 両手を光らせて、髪を黄金へと変えて、治癒の力を発動させる。


「マーブルさんを治します! 他の人は、現れた魔人の討伐を!」


 脳裏に焼き付く、魔人ガーガドルフとの決戦の場。

 あの時も、こんな感じだった。 

 魔人は、人の速度を優に超える。 

 剣を振り下ろすよりも速く突き刺し、一歩を踏みしめる間に姿を消す。

 

「マジかよ、なんにも当たらねぇ!」


 放たれた矢よりも速く動き、外したが最後、自身が標的にされる。

 ごめんなさい、私、こうなるって分かって、魔人の討伐と口にしてしまった。

 だって、そうじゃないと、彼女が死んでしまうから。


 上半身と下半身を合わせて、治癒の力を発動させる。

 勇者ソフランの時は、一瞬過ぎて間に合わなかったから。

 彼の身体は真っ黒に燃え尽き、骨すら残っていなかったから。

 

 でも、引き裂かれたマーブルさんなら、まだ治すことが出来る。

 他にも、身体を貫かれた程度の傷なら、治すことが出来るから。

 お願いします、だから今は、私達の囮になって下さい。


いささか疑問だったのだ。何故、こんな人間の雌に、ガーガドルフ様がこだわっているのかが』


 あれだけいた冒険者たちが、全員やられている。

 虫のような翅を広げると、その魔人は叫んだ。

 

『だがッ! 血翅ちばねのウェルスゴーン・フリッケンは全てを理解したッッ! 黄金に輝く人間の雌は、いずれ我ら魔族にとって強大な壁となるッ! だが、今ならたやすいッ! 今なら手ぬるいッ! 雑魚が雑魚のまま葬り去ることすなわち魔族にとっての利潤ッ! よって、貴様は烙印を施された。あの偉大な魔人王、ガーガドルフ様の手によって』


 巨大な手で顔を覆いながら、冷めた瞳で私を見下す。

 マーブルさんの治癒は終わった、だから、離れないと。

 

『愚かな、この血翅ちばねのウェルスゴーン・フリッケンから逃げられるとでも?』


 振り向いたのに、前にいる。

 速すぎる、人の速度を優に超えている。


 ――――バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォッッ!


 背後からイワオレックスの咆哮が聞こえてくる。

 あれだけの大爆発だったのに、倒せなかった。

 

 無理だよ。

 魔人とか魔獣とか、人が勝てる存在じゃないよ。

 

 どうしてこんなのがいるの。

 どうして人の敵なの。

 勝てる訳ないよ。

 助けて。

 誰か。


『諦めるが美。安ずるな、貴様はガーガドルフ様が直々におあやめになるそうだ』


 視界が揺れる。意識が飛ぶ。

 なら、もう、起きたくない。

 このまま、永遠に、起きたくない。


 …………ジャン、ごめんね。





 ――――血翅ちばねのウェルスゴーン・フリッケン視点――――





 人間の雌の、髪色が黄金から黒へと変わった。

 薄気味悪い色だ、触れるのも憚られるが、魔人王ガーガドルフ様の為、致し方ない。

 尻尾で胴体を巻き上げ、吊るすとしよう。

 

 ……しかし、先の咆哮は一体なんだ?

 

 私が生み出した超生命体鉱石魔獣が、悲鳴を上げるなぞあり得ないのだが。

 魔獣の足元をうろつくゴミどもは全て始末し、先の魔法程度でのダメージもないはず。


 一体何に反応し、悲鳴を上げたのか。


 止むを得ん、ガーガドルフ様に報告すべく、見分が必要か。

 翅を広げ、魔獣の背へと向かい、そして、我が目を疑った。


『……なんだと』


 我が目は、一体何を見ている。

 超生命体鉱石魔獣が、倒されているだと?

 全身の鉱石が破壊され、弱点である背中へと強大な一撃を喰らい、息絶えているだと?


 馬鹿な。

 一体何が起こった。


 魔獣の鉱石は我が肉体と同じ、メテオライト鉱石で出来ている。

 人間の力では破壊することはおろか、傷ひとつ付けることすら不可能なはず。


 ……。


 この、血翅ちばねのウェルスゴーン・フリッケンが分からない、、、、、だと。

 分からない、、、、、だけはあってはならぬ、ガーガドルフ様に報告が出来ぬではないか。 

 私が無知だと思われてしまう、馬鹿にされてしまう、蔑まれてしまうッ!

 これまで築き上げてきた地位が、名誉が、理想が夢散してしまうではないかッ!


 分からない、、、、、だけはあってはいけないッッ!!!

 この血翅ちばねのウェルスゴーン・フリッケンは、万能であるべきなんだッ!!!


 我が体を巡る魔力が沸騰する。

 頭が破裂しそうなまでに痛む。


 くっ、一体なにが、我が生み出し魔獣を倒したというのか。

 こんなものを見なければ、知らなければ苦しまずに済んだものを。


 …………そうか。

 ……そういうことか。


 ふふふっ。


 そうだ、私は見ていない。

 この血翅ちばねのウェルスゴーン・フリッケンは優秀であるべきなのだ。

 魔界の参謀、我が知識、我が魔道、我が美貌に敵う者なし。

 クククッ、私としたことが、こんなことで狼狽えてしまうとはな。

 まだまだ、精進が足らないということか。


 ……。


 ……む?


 なんだ、身体のバランスが、崩れる。

 どうしたというのだ、我が体に、一体なにが。


 ……尻尾が、ない。

 尻尾がない……尻尾がない、だと!?

 尻尾がないだとおおおおぉッ!!!?


 一体いつの間に斬られた!? 誰が、どのようにして! ……む!?


 ……人間の雌を抱えて走る、人間の雄がいる。 

 アイツか、アイツが私の美麗極まる尻尾を切断したというのか。

 アイツが…………ッッ!! アイツガァァァァァッ!!!


 憤りを超えた怒りが、我が肉体を硬質化する。


『絶対に許さんぞ、人間共がああああああああああああああぁ!!!!』




【次回予告】

 魔人の力は、人知を超えるものであった。

 怒り心頭のウェルスゴーン・フリッケンとのバトルが、始まる。

 

 次話『僕、鉱石なら砕けます』

 明日の朝7時、公開予定です。

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