第10話 僕、超巨大魔獣を見るのは初めてです。

 港町アラアマでの生活が始まって、既に二十日が経過した。


 マーブルさんの予想通り、魔物は毎日のようにアラアマを襲い、冒険者ギルドへの依頼は後を絶たない状況が続いている。


 当初はそれを喜んでいたものの、最近はそうも言えない状況に変わってしまった。

 依頼が絶えない噂を聞きつけ、周辺諸国から冒険者が集まり始めたのだ。

 冒険者ギルドの長が、援護要請を出した可能性もある。


 とにかく、今、アラアマの街は、冒険者で溢れ返っている状態だ。

 右を見ても左を見ても冒険者なのだから、相当なのだと思う。

 

「これだけ増えちゃうと、依頼が発生しても受注出来ないのよねぇ」


 ギルド近くにある休憩所で、マーブルさんが愚痴をこぼした。

 

「それに、支払い主がパルクス国になっちゃったのも問題なのよね。国が発注する場合すっごい安いのよ。民間とは違って一律幾らって決まっているから、絶対にそれ以上出さないし。国民を守る大義名分があるから、名誉なことだろって言うんだけどさ。名誉なんかじゃお腹は膨れないし、懐は潤わないのよねぇ」


 頭の後ろで手を組んで、椅子を斜めにしながら器用にくつろぐ。

 果汁たっぷりの炭酸飲料を手にしながらなのだから、本当に器用だ。


「ちなみになのですが、今ってどれぐらい稼いだのでしょうか?」

「一応、金貨三十枚はあるわよ」


 金貨三十枚。

 目標の金貨二十一枚に到達しているじゃないか。


「あ、その顔、もう充分じゃないかって感じでしょ? 甘いわよ、これじゃあ片道分の路銀にしかならないし、お布施の分だって全然足らない。それに何より、一番大事な私の報酬がまったく無いじゃない。これでもガメツイ方なの、タダ働きなんて絶対にしないからね?」


 そう言われると、何も言えない。


「僕の方のお賃金も、幾らになるか分からないですしね」

「ジャンは、石工職人としての仕事、どんな感じなの?」


 飲み物に合わせたクッキーを摘まみながら、シャランが問う。


「初心者の仕事しかしてないよ。石を削ったり運んだりしているだけ」

「じゃあ、あんまり当てには出来ないって事よね」


 マーブルさんに言われ、シャランと二人で意気消沈する。

 お金を稼ぐって大変だな、どうにかして残り十日で、金貨二十枚ぐらい稼げないものだろうか。


「おい! なんか凄いのが出てきたらしぞ!」

「討伐報奨金、金貨五百枚だってよ!」

「マジか! おい、行ってみようぜ!」


 突然、周囲にいた冒険者たちが騒ぎ始めた。

 二人と顔を合わせた後、僕達もギルド近くへと向かう。


「超巨大魔獣が出現したよー! 討伐対象金貨五百枚! なお、一人での参加は不可とします! 最低十名からパーティを組んで挑んで下さいー! 超巨大魔獣が出現したよー!」


 ギルド係員がビラ配りのように、討伐対象の依頼書を配布していた。

 ふわり飛んできたそれを受け取ると、三人で中身を確認する。


「超巨大魔獣イワオレックス、なにこれ、こんなの見たことないよ」


 依頼書には討伐対象の絵も描かれているのだけれど、そこには四つ足の、巨大な岩の塊のような何かが描かれていた。比較対象に棒人間の絵も描かれているけど、その差は数百倍、とてつもなく巨大だということが絵から想像できる。


 尻尾もあり、口からブレス……炎かな? も、吐くと書いてある。

 これが魔物……ん? 魔物じゃないのか? 魔獣?


「あの、マーブルさん。魔獣と魔物って、何か違うんですか?」

「基本的に一緒だけど、魔獣の場合、元となる動物がいる場合が多いのよね」

「元となる動物……え、こんなに大きな動物がいるってことですか?」

「さすがにいないと思う。動物を魔獣として変える内に、巨大化したと考えるが妥当かな」


 へぇ……さすが魔法使い、頭が良い。

 

「にしても、金貨五百枚かぁ。討伐した場合、恐らく山分けよね。あんまり美味しくないかも」

「冒険者だけで百人以上いますもんね」

「一人金貨五枚じゃ、さすがに命懸けられないわよ」


 それを察してか、参加組と様子見組とで、結構な温度差を感じる。

 参加組は凄いな、こんな超巨大な魔獣を相手に勝つつもりでいるのか。


「……あの、マーブルさん」

「んー? どしたのターブ、そんな困った顔して」

「この魔獣、討伐依頼が出たという事は、なんらかの被害が想定された、って意味ですよね」

「まぁ、そうだろうね。海に帰るだけなら、討伐しないだろうし」

「となると、私目掛けて、この街に向かっているんじゃないかって、そんな気がするのですが」


 ……え。

 

 この超巨大魔獣が、アラアマの港町に接近しているってこと?


 しばしの沈黙のあと、マーブルさんがハイって挙手をした。


「おーい! ギルドの人―!」

「はい、なんでしょうかー!」

「これってもしかして―! この魔獣がこの街に向かっているのー?」

「はい! その通りですー!」


 二人の会話を耳にして、冒険者一同が動きを止めた。

 討伐失敗は、そのまま街の壊滅を意味する。

 

「ですのでー! この街を救う為にも、冒険者の皆さまにお願いしたいのですー! 助けてくださーい! このままでは近日中に、この街が壊滅してしまいますー! 報奨金が足りなければ、街の者たちで出し合いますので、どうか、どうかー!」


 おお、依頼から嘆願に変わった。 

 様子見組も「しょうがねぇなぁ」と立ち上がり始める。

 

「まぁ、ウチ等は逃げる訳にはいかないよね」

「ごめんなさい」

「ターブのせいじゃないでしょ。ここに残るって計画を立てたのは私な訳だし。さぁーってと、ひと稼ぎしてきますかね。十人じゃないとダメって言っていたから、どこかのパーティに混ざりましょうか」

「あの、僕は」

「ダメよ、危険だから宿で待っていてね」


 相変わらず、僕はのけ者だ。

 こういう時に戦えない自分が、とても情けなく感じる。

 僕にも戦う力があれば良かったのに。


 二人を加入させてくれるパーティはすぐにも見つかったみたいで、討伐メンバーは街の外へと向かってしまった。

 

 さっきまで人で溢れていたギルド前の広場が、今は閑散としている。

 なんとなしに椅子に座ると、僕の肩をポンと叩く人がいた。


「お前さん、討伐隊に参加しなかったのか?」


 僕の肩を叩いた人物、それは石切り場の親方だった。


「僕じゃ、魔物退治の役に立たないですから」

「そうか? 一番役に立つと思うが」


 お世辞かな。

 ここの街の人は、良い人ばっかりだ。


「まぁいい、戦わないのなら、避難所まで一緒に行くか」

「避難所……そうですね、ありがとうございます」

「とはいえ、依頼書にあるような巨体が相手じゃ、どこに避難しても大差ないだろうがな」


 寂し気な笑みを親方がこぼすと、それに合わせたみたいに、地面が揺れた。

 

「……この振動」

「おお、超巨大魔獣って奴だろう」


 姿が見えないのに、こんなにも揺れるなんて。

 超巨大魔獣イワオレックス。

 歩くだけでこの振動、どれだけの巨体なのだろうか。


 僕には戦いに向かった二人に対して、祈る事しか出来ない。

 両手を合わせて、目を閉じ神様に願う。


 シャランとマーブルさんが、無事に帰ってきますように。


 ……。


 ―――― ズシーン……


 また揺れた、さっきよりも大きい。 

 本当にこの街に近づいてきているって、分かる。


 祈る手をそのままに、閉じていた瞼を開けた、すると。


「……なにあれ」


 山の向こう、遠くに魔獣の姿がチラっとだけ見えた。

 それだけ大きいってことなんだけど。

 それより僕が気になったのは、魔獣を包む鉱石だ。

 

「なんじゃ、あのサイズの鉱石は。しかも見たことがない、未知の鉱石の可能性があるぞ」


 親方も気づいたみたいだ。

 山のように大きい鉱石とか、一体どれほどの価値があるのだろうか。

 どうしよう、触ってみたい、手に入れてみたい、叩いてみたい。


「あ、坊主!」

「親方すいません、ちょっとだけ、ちょっとだけ見学してきます」

「いやいや! どんな魔法で攻撃するかもわからねぇんだ! 近くに行ったらあぶねぇぞ!」


 親方の止める声は、未知の鉱石を目にした僕には届かない。

 気づけば胸をワクワクさせながら、一人魔獣へと、全速力で走ってしまっていたのであった。





【次回予告】

 白波の町アラアマを襲う超巨大魔獣イワレックス。

 山のような大きさの魔獣と対峙するマーブルとシャラン。

 二人はまだ知らない、魔獣の側に、魔人が潜んでいることを。


 次話、シャラン視点『私、負けちゃうかも』

 明日の朝7時、公開予定です。

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