第9話 僕、職人として働きます。
宿に戻り、改めて僕達が置かれた状況を確認してみる。
まず、宿賃が一人銀貨一枚。
三人での宿泊となると、一日銀貨三枚を使用し、それが三十日続く。
合計、銀貨九十枚。
銀貨十枚が金貨一枚に相当するから、金貨九枚とも言える。
朝と夜の食事はついているから、最悪、昼は何も食べずに過ごしても大丈夫。
そして船賃。
一人金貨四枚、三人で十二枚必要となる。
宿賃で金貨九枚。
船賃で金貨十二枚。
合計金貨二十一枚。
つまり、金貨二十一枚が、僕達に最低限必要な路銀ということだ。
無論、ここに解呪のお布施も必要だろうし、帰りの路銀も必要になる。
「全然足りない」
マーブルさんへの報酬どころの話じゃない。
このままじゃ聖都イスラフィールにすらたどり着けないじゃないか。
「二人で南へと歩く道程だったら、問題無く行けたのかもね」
マーブルさんが申し訳なさそうに呟く。
確かに、徒歩でなら行けたのかもしれない。
途中に海はあるけど、パルクスからコム・アカラのような長距離ではないんだ。
路銀という考えだけなら、徒歩ルート一択だったのだと思う。
「……いや、南に向かっていたら、どこかで通報されて、捕まっていると思います。徒歩の場合、何か国も歩かないといけないし、船よりも時間が掛かってしまうから、絶対にどこかで旅が終わる。パルクスからの航路でコム・アカラに向かう、この選択で間違いないと思います」
自分に言い聞かせるように、頭の中を整理しながら語る。
三十日という日数を待たなくてはいけないとしても、それでも航路の方が早い。
賞金首になった以上、僕達は街道を歩けないし、馬車も使えないんだ。
完全なる徒歩、それに獣道となると、どれだけ時間が掛かるか。
ぱんっと、急にマーブルさんが両手を打った。
音に驚いて、僕もシャランも彼女の方を見る。
「まとめると、貴方達は路銀として金貨がまだまだ欲しい、私は貴方達に協力して報酬が欲しい。つまりはどう考えても、お金稼ぎがしたいっていう訳よね」
「そうですけど、そんな都合よく稼げる仕事なんて」
「あるわよ? それに、今なら大量報酬が稼げる可能性だってある」
あるの? しかも大量報酬? なんだろう、想像も出来ない。
シャランを見るも、彼女も顔に疑問符を浮かべたままだ。
「私の仕事、なんだと思う?」
「……冒険者」
「ええ、そして貴方の足には、何が刻まれている?」
「魔人の烙印……あ、まさか」
マーブルさんの口角が、いやらしく歪んだ。
「そういうこと。普段は仕事の数なんて全然ないけど、貴方がいれば仕事は山ほど入ってくる」
「でも、それだとこの街が」
マーブルさん、かんらかんらと笑いながら、右手を扇のように上下に仰いだ。
「大丈夫だって、アラアマの街には冒険者ギルドがある。魔物が襲ってくればくるだけ喜ぶ連中だらけよ? それよりも、仕事を奪われないように、きっちりとギルドを見張ってないとね。さぁさ、善は急げで、とっととギルドに向かいましょ!」
とても、悪い考えだと思う。
でも、今はそれに頼るしかない。
冒険者ギルドで仕事を受けるには、一旦冒険者として登録しないといけない。
僕はともかく、シャランは賞金首なんだ。絶対に登録は出来ない。
「賞金首と行動を共にしていた貴方も、いずれはお尋ね者になるかもしれない。登録はヤメておいた方が賢明でしょうね。大丈夫、受注も報酬受け取りも、全部私がやっておいてあげるから」
おんぶに抱っこで申し訳ないけど、マーブルさんの言う通りだと思う。
僕がシャランの足を引っ張るような真似だけはしたくない。
マーブルさんがギルドに貼り込むようになって、三日後。
「仕事、もう発生しちゃった♪」
嬉しそうな顔をしながら、マーブルさんが依頼書を片手にやってきた。
それはつまり、シャランの烙印が発動している、という意味でもある。
気分としては、喜んでいいのか悲しんでいいのか、微妙な所だ。
「あ、そうそう、ジャンの仕事も見つけてきたわよ」
僕の仕事?
「貴方、石工職人なんでしょ? この街は見ての通り石造りの建物が多いから、職人さん大歓迎なんですって。紹介状を預かってきたから、親方の所で修業兼お金稼ぎ、頑張って来てね。それじゃあシャランは顔を隠して、私と一緒に魔物退治に行きましょうか」
「え、私、行って大丈夫でしょうか?」
「大丈夫よ、化粧と顔を隠すフードを被っちゃえば、バレないバレない」
ぽふんと、シャランの顔を隠すようにフード付きのマントを掛ける。
「それに、ずっと暗い宿屋の中じゃ、気が滅入っちゃうでしょ?」
優しいな、外から見られないように窓を閉め切ったこの部屋じゃ、確かに息苦しい。
僕もシャランも、マーブルさんの気遣いに感謝だ。
「二人とも、気を付けてね」
「どれだけ傷ついてもいいんですもの、楽勝楽勝♪」
シャランの治癒の力、一日に十回のはずだけど。
でも、マーブルさんは遠距離が主体だから、ケガ自体しないのかもね。
「さてと、僕も出発するか」
二人を見送った後、僕はマーブルさんの紹介状を頼りに、仕事場へと足を運んだ。
波の音色を聞きながら、一時間ほど歩いた場所にある石切り場。
切り崩し、地層が露になった岩壁。
沢山の石を叩く音、にぎやかな掛け声。
実家みたいで、とても落ち着く場所だ。
「あの、すみません」
「んー?」
「この紹介状を預かったのですが」
「ん? おお、仕事希望者か。とりあえず責任者来るまで、そこのクズ石を砕いておいてくれねぇかな」
「クズ石ですね? はい、分かりました」
クズ石砕きは、初心者の仕事だ。
クズ石は、石材としての石を造った際に、余ってしまった端材とも言われる。
見れば、クズ石が山のように積み上がっていて、人の手によって破砕機へと放り込まれていた。
拳サイズのクズ石が砕け、粉微塵になっている。
砂利として再利用するのだろうか? それとも水と混ぜてモルタルかな?
ともかく、粉微塵にするだけなら、とても簡単だ。
破砕機に入らない大きさのクズ石を砕くのが、僕の仕事という事だろう。
トンカチやノミを使っているみたいだけど、この程度の石なら、道具なんかいらないでしょ。
「よいしょ」
ぐっと握るだけで、ベギヂィッ! と音を立てて、石が粉微塵になった。
海が近いからかな、白い石が多くて、なんか綺麗だ。
あはは、なんか、実家に戻ったみたいで、楽しい。
「すいません」
「んー?」
「クズ石が無くなってしまったのですが」
「は? んな訳ねぇだろ。どれだけの量があったと……え、は? マジでねぇの?」
楽しいと、つい手が早くなっちゃうんだよね。
破砕機の前にいた人達も、仕事なくなっちゃったと、申し訳なさげにしている。
「あー、じゃあ、こっちの作業手伝ってもらえる? 石切り場からデカい岩を運ぶんだけど、デカすぎて人手が足りねぇってんだけど」
「搬送ですね? 分かりました」
行ってみると、小山みたいな大きな石が、ゆっくりとゆっくりと動いていた。
岩の下に丸太を入れて、縄で岩を縛りそれを引っ張って運ぶらしい。
「あの、これ、どこまで運ぶんですか?」
「あー? 船に乗せんだよ。商品だからな」
「なるほど、分かりました」
ここから港なら、歩いて持って行った方が早いだろうに。
皆が運んでいる丸太の間に入って、腰を屈めてと。
「は? ……え、ちょっと待て! 作業員止まれ! 馬鹿が下に入り込んじまった!」
「はぁ!? 無理に決まってんだろ! 急に止まれねぇよ!」
「止まれ! 止まれえええええええぇ…………! ……え?」
ズンッと、大岩が僕の背中に乗った。
支える両足の筋肉がビキビキ音を立てる。
背後に回した両手で岩を落とさないように掴んで、背負うように持ち上げてと。
「ふぅ……」
深く息を吐いて、体勢を整える。
こんなに重いの、久しぶりだな。
「嘘だろ……持ち上がっただと」
「どれだけ重いと思ってんだよ」
「化け物じゃねぇか……」
なんか、いろいろと声が聞こえてくる。
「あの!」
「……」
「あの!」
「え、あ、お、おう?」
「あの、これ、港でいいんですよね?」
「あ、ああ…………お前さん、大丈夫なのか?」
「はい、僕の実家も石工職人なので、これぐらいの岩をよく運んでいましたから」
「お、おお、そ、そうか……石工職人なら、そう……なのか?」
よし、とりあえず運ぼう。
港までだから、小一時間程度で運べるはずだ。
「あの、ここでいいですか?」
「あ、ああ、まだ船が到着してないんだ。こんなに早く運べるとは、思っていなかったからな……」
大岩を下ろすと、ドズンッ、という音と共に、砂埃が舞った。
ふぃー、久しぶりに重かったな。
最近シャランとマーブルさんの荷物しか持ってなかったから、身体が鈍っていたのかも。
「おい! アンタ!」
ゴキゴキと肩を鳴らしていると、見知らぬお爺さんが走ってきた。
「お前さん、ウチで仕事希望なんだよな!」
「え? あ、はい。でも、次のコム・アカラ行きの船が来るまででお願いしたいのですが」
「コム・アカラ行きの船……次はいつだ!」
お爺さんが質問すると「二十五日ちょっとっすー!」と声が聞こえてきた。
「分かった! じゃあそれまでの間、アンタと契約をさせてくれ!」
「え、契約ですか」
「ああ! 報酬は最終日に耳を揃えてキッチリ払う! 頼む、この通りだ!」
報酬は最終日か、宿賃はあるし、日払いにこだわる必要はない。
むしろ、しっかりとお金を稼ぐことが出来て、僕としても大助かりだ。
「はい、喜んで」
「よおおおおおおぉし! これで大幅に工期を削減できるぞ! お前等、仕事奪われんなよ!」
大岩を運んだだけでこんなにも喜ばれるとは。
ここら辺の石工職人さんは、お仕事をゆっくりとこなす感じなのかな?
そんなことしたら、ウチの職場だと父さんに怒鳴られるけどなぁ。
その後も、大岩を運んだり、岩を平らに加工したりして、あっという間に夕方になってしまった。
「また明日、宜しくお願いします」
やっぱり、岩や石を相手に仕事をするのって、楽しい。
シャランと旅をして思う、僕は根っからの職人なんだろうなって。
「あ、ジャン」
宿へと向かう途中、シャランに呼び止められた。
呼び止められたはずなんだけど、彼女らしき人がいない。
「ジャン、こっち」
もう一度呼ばれて、側にいる顔を隠した女性がシャランだと気付く。
「全然わからなかった、顔に掛けた布、それに洋服も全部変えたんだね」
「フェイスベールって言うんだって。マーブルさんが女性で顔を隠すなら、これが一番違和感がないって教えてくれたの。服装もね、烙印が見えないように、パンツにした方がいいよって。あまりこういうの着たことないんだけど……どうかな?」
顔の下半分を隠すフェイスベールに、長袖のシャツに温かなモコモコの付いたジャケットを羽織り、下はダボついた感じの腰回りに対して、足首の方はキュッとすぼまっている。
シャランはいつもスカートだったから、こういう服装はとても新鮮だ。
「いいと思う、とっても可愛い」
「……ふふっ、ありがと。ジャンはいつも褒めてくれるね」
「別に、他意はないよ。可愛いから可愛いと言っているだけで」
「いいの、嬉しいだけだから。あ、マーブルさん報酬受け取ったみたい」
ニッコニコのマーブルさんの手には、随分と膨らんだ布袋が握られていて。
「今日は豪勢にいきましょうか! 酒場に行くぞ、酒だ酒だー!」
と、上機嫌を隠さずに、僕達を酒場へと誘った。
「いや、僕達まだ十六歳だから……」
「十六歳だから、なに? 私十八だけど、アンタ達ぐらいの時には飲んでたわよ?」
「え、そうなんですか?」
「別に飲んじゃダメなんて決まりはないし、ほれほれ、行くぞー!」
いくら稼いだのかは知らないけど、次の船賃に差し支えないように、お願いしたいところだ。
――――???視点
『……烙印の反応が、動いていない、か』
ガーガドルフ様が取り逃した、治癒の力を使う人間の雌。
コイツを私が仕留めれば、ガーガドルフ様はご満足されるだろうか。
だが、奴等が潜んでいる場所が、少々厄介だな。
冒険者ギルド、戦うことに慣れた人間が多数確認できる。
それに若干だが、きな臭い波動も感じる。
この感じ……いや、さすがにそれはあるまい。
ガーガドルフ様が攻め込んだ地からは遥か西、こんな場所に目的の人間がいるとは思えん。
『月が、明るいな』
月光の下、血で染まった人間共の屍が、異臭を放つ。
まったくもって汚らわしい、存在するだけで反吐が出る。
「うっ、ううっ……」
『ほぉ、まだ生きているのか』
「……い、いつの日か、お前たち魔の者を滅ぼす、勇者が……」
『そうか、良かったな』
「ぐがぁッ! ………………」
無駄に、しぶとい生き物だ。
翅を広げ、月光を浴びながら、空へと飛び立つ。
『人間とは、無駄にしぶとく、無駄に賢く、無駄に生きる生き物だ。この魔人衆が一人、
【次回予告】
白波の町アラアマにて、三人は順調に路銀を稼ぎ続ける。
シャランの烙印の力、魔人をおびき寄せる力が、ついに発動してしまう。
次話『僕、超巨大魔獣を見るのは初めてです。』
明日の朝7時、公開予定です。
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