第8話 僕、今後を決めたいと思います。

 ベールスモンド伯爵の領地は、キングスリーム国にある。

 僕達がいるアラアマの街は、そこから遥か西、国境を越えたパルクス国だ。

 その距離は遠く、街道をそのまま行けば関所を通らなくてはいけない。


 それ程までに離れた場所なのに、シャランの名は賞金首として、冒険者ギルドに掲載されてしまっていた。


 それが意味すること。

 まず第一に、シャランの生存がベールスモンド伯爵にバレているということが挙げられる。

 息子である勇者ソフランが死んだにも関わらず、黄金の聖女が生きて、しかも逃げている。

 ひねた考えをすれば、シャランが魔人と手を組んで、勇者ソフランを殺した。

 そう思われている可能性だってある。


 実際には、殺された直後に見殺しにしたのだから、それはそれで言い訳としては苦しい。


 第二に、隣国の冒険者ギルドに掲載されているということは、周辺国家のほぼ全てに情報が拡散されたとみて、間違いないだろうということ。


 これでシャランは魔物のみならず、人も敵になってしまったということだ。

 街を歩く時も、宿に泊まる時だって、シャランは顔を隠して生きていかないといけない。

 それどころか、聖都イスラフィールでの解呪すら難しくなった可能性がある。

 

 賞金首なんだ。

 知らない人が見たら、シャランは間違いなく悪人という判定を喰らってしまう。

 

 ……改めて、掲載された情報を確認する。


 シャラン・トゥー・リゾン、十六歳。

 似顔絵は、まぁまぁ似ている。

 見る人が見たら分かるレベル。

 

 罪状は、特に掲載されていない。


 補足情報としては、伯爵嫡男、ソフラン・マカドミア・アレグレッソ・ベールスモンドと共に、魔人ガーガドルフ討伐隊として参加した者の一人、と記載されている。


 情報提供し、捕縛に役立ったというだけで、銀貨一枚。

 捕縛し、冒険者ギルド、もしくはベールスモンド伯爵へと手渡した者には、金貨一枚。

 対象が亡くなっていた場合、支払い報酬は無効とする。

 

 銀貨一枚と金貨一枚か。

 魔人ガーガドルフ討伐が金貨千枚だったから、なんだか凄く安く感じる。


「これは、賞金首というよりも、尋ね人扱いね」

「……そうなのですか?」


 共に情報を確認していたマーブルさんが、軽くため息を吐いた。


「ええ、賞金首が高額だと、それだけで受け手の人数が減るの。金額が高いってことは、命の危険があるって意味だからね。それに比べてこの金額なら、誰でも小遣い稼ぎに丁度良いって思えるでしょ? 絨毯戦術としては、こっちの方が圧倒的に厄介だけどね」

 

 そういうものか。

 確かに、報告だけで銀貨一枚なら、軽い気持ちで報告とかしちゃうかも。


「ただ、恨まれているかどうかは、判断が付きづらいわね。報酬支払条件のひとつに、生きたままと記載されてでしょ? 悪意のある賞金首には、生死を問わないって書かれるのよ。どちらにせよ、旅が面倒臭くなったと思って間違いはないわね。少し離れましょうか、誰かに聞かれたら、それこそ面倒ごとになるわよ?」


 ……。


 ……あれ?


 マーブルさん、報告しないのかな。

 なんとなしに見ていると、彼女の紫色の瞳と目が合った。


「あの程度の金額で、私が裏切るとでも?」

「……ああ、いえ」

「大丈夫よ、安心してね。これでも受けた恩はきちんと返す派の人間なの。ターブには命を助けて貰った恩がある。そう簡単に裏切ったりはしないわよ」


 いま、あの程度の金額って言ったよね。 

 吊り上がったら裏切るのかな……なんて、そんな揚げ足を取る必要はないか。


「あの、マーブルさん」


 シャランがマーブルさんの手を握る。


「私の両親は、家は、大丈夫なのでしょうか」


 よく見たら震えている。

 賞金首になってしまったんだ。

 家族にも迷惑が掛かっているかもしれない。


「……気休めにしかならないけど、大丈夫だと思う。さっきも言ったけど、この掲載内容に悪意はないの。本当にターブが憎い場合、この情報のどこかに、当人にあてた警告として、家人拘留中とか書かれていてもおかしくない。それが無い以上、伯爵の目的はターブ本人じゃなく、別の所にあると思う」

「別のところ?」

「一番は、魔人についての情報でしょうね」


 魔人ガーガドルフ。

 討伐対象であり、金貨千枚の報酬は、冒険者ギルドにも掲載されたままだ。

 

「ターブは間近で魔人を見た一人、どんな攻撃をして来たのか、僅かでも情報が欲しいというのが本音だと思う」


 マーブルさんの言う通りだ、敵の情報は、あるだけあった方が有利になる。


 炎系の魔法を使うのなら、水や氷が弱点の可能性だと考えられる。

 攻撃時の力の強さや、どれだけの魔物を生み出せていたのか。


 掲載情報によると、勇者ソフランが指揮していた魔人討伐隊は、全滅したと書かれている。

 唯一魔人と対面しているシャランが持つ情報は、喉から手が出るぐらい欲しいのだろう。


「二番目は、息子の情報。ターブを見るに、嫡男は亡くなっているのでしょう?」

「……はい」

「でもね、恐らく、伯爵様は嫡男の死を認めていないと思うの」


 マーブルさんは目を細めると、腕組みしながら小声で語る。


「伯爵様が嫡男の死を認めていれば、勇敢にも戦った名誉ある……みたいな言葉が先に付くと思うの。でも、それが無かった。言葉だけ見れば、まだどこかで戦っているみたいにも読める。だからこそ、ターブのことに関しても、恨みではなく、息子がどうしているのかを聞きたいって思っているのでしょうね」


 シャランの治癒の力は、黄金の聖女と呼ばれる程のものだから。

 そんな聖女が生きていたとなると、伯爵様としても期待してしまうもの。

 まさか、聖女が勇者を見殺しにして、一人逃げているなんて想像もしないのだろう。


「どういう経緯があってターブがここにいるのかは、私は知らないし詮索もしない。でも、私がターブだったとしたら、一旦伯爵様に面会して、自分の誤解を解いてしまった方がいいとは思う。相手は魔人なんですもの、いくら聖女の力があったとしても、想像を超える殺され方ってあると思うし」


「……そう、ですよね」


「それに、時間が経てば経つほど、伯爵様は期待してしまうし、裏切られた時の反動は大きくなってしまうものよ? 今はこの程度かもしれないけど、目撃情報ばかりが募ってくると、次第に〝逃げている〟っていう事実にも気づくかもしれないし」


 グゥの音も出ない程の正論。

 マーブルさんの意見は、いまシャランがすべき一番に大事なことだ。

 伯爵様のもとに出向き、あったことそのままを説明する。

 シャランが魔人と対峙して逃げてしまったとしても、しょうがない事だと思うんだ。


 勇者ソフランは一瞬で炭にされてしまった。

 聖女の力があったとしても、どうしようも出来ない。


「でも……」


 シャランは僕の方を見て、上唇で下唇をきゅっと噛んだ。

 伯爵様のもとに戻れない理由、彼女に刻まれてしまった烙印。

 魔人を伯爵様のもとに送り届けてしまう可能性がある以上、彼女は帰る訳にはいかない。


「他にも何か、理由があるのね?」

「……はい」


 肩をすくめながら息を吐くと、マーブルさんはやれやれと首を振った。


「詮索はしないけど、乗りかかった船ですもの、内容によっては協力してあげなくもないけど?」


 シャランと目を合わせ、互いに頷く。

 

「あの、マーブルさん、宿屋に向かっても宜しいでしょうか?」


 人に聞かれたくない話ということは、すぐにも理解してくれたらしい。

 「いいわよ」と一言だけ残すと、彼女自ら先を歩き、宿屋へと案内してくれた。


「いらっしゃい、一泊朝夕の二食付き、一人銀貨一枚、三人で三枚ね」


 支払いを済ませ、二階の部屋へと案内される。


 アラアマの宿屋は、石造りで部屋も広く、窓を開けると素晴らしい景色が飛び込んできた。

 遠くに見えるのはロベスク廃鉱山だろうか、麓の森を抜けて、随分と歩いてきたもんだ。

 

 と、一人感傷に浸りそうになったところで、マーブルさんにぱたんと窓を閉められた。

 

「人に聞かれたくない話をするんじゃなかったの?」


 ごもっとな意見に、首をすくめる。

 窓を閉め、薄暗くなった部屋で、各々適当に座る。

 小さくため息を吐いた後、シャランは細い肩を、より小さくしながら語り始めた。


「まずは、これを見て下さい」


 シャランがたくし上げたスカートの先、太もも部分に刻まれた、ひし形の烙印。

 

「……見たことない形ね。まさかこれ、魔人が付けたの?」


 無言のまま頷くと、マーブルさんは更に近寄り、烙印を確認する。


「微量の魔力が放出されてる。これ、何かをおびき寄せてる感じがするけど、まさか」

「……はい、恐らく、魔物や魔人そのものを、引き寄せているのだと思います」

「マーキングされたってこと? 初めて見た。ちょっと写させてもらってもいい?」


 指を太ももに当て、サイズや烙印の形を確認する。

 その後、紙と筆を取り出すと、かなり正確に模様を描き始めた。

 魔法使いって、こういう事もするんだ、勉強になる。


「……恐らくですが」

「んー?」

「開拓村を襲った魔物や、魔人も……」

「あー、うん、そうだろうね。貴方たち来るまで魔物なんていなかったもの。ボロイ商売だなって思っていたのに、急に難易度上がり過ぎて死ぬかと思ったわよ」

「ごめんなさい」

「ああ、いいって、キメラバイトの分は後から追加で報酬貰ったから」


 いつの間に。

 マーブルさんって、抜け目ないな。


「うん、こんな所かな。まぁ確かに、こんなの付けられてちゃ、伯爵様の所になんて戻れないわよね。魔物と魔人を案内しているようなものですもの。それで、これを消す為に、聖都イスラフィールを目指していたと、ふむふむ、納得」


 説明するまでもなく、全てを理解してしまった。

 マーブルさんはシャランのスカートを元に戻すと、烙印を写した紙を丁寧にしまいこむ。

 

「それで、マーブルさん」

「ん? ああ、いいわよ。どうせ仕事終わった所だし、一緒について行ってあげる」

「本当ですか! ……でも僕達、報酬を支払うだけのお金がないんですが」

「え? ちなみに、幾ら持っているの?」


 僕とシャランが両親から手渡された路銀は、全部で金貨十枚。

 これまで無駄な買い物は何一つしてこなかったから、そのまま残っている。

 

「金貨十枚となると……船賃入れて、聖都イスラフィールまでギリギリなんじゃないの?」

「そうなんですか?」


 僕も両親も、シャランも聖都イスラフィールなんて行ったことがない。

 二人でどれだけの旅費が必要なのか、なんて、考えたことも無かった。


「とりあえず、先に船がどれぐらいで乗れるか、聞きに行きましょうか」


 超長距離での航路となると、本数も全然ないのだとか。

 これで当日便とかあれば、まさに運命とも言えたのだろうけど。


「コム・アカラのサードルマ港行き? 波の状態にもよるけど、多分、次は三十日後だねぇ」


 どうやら、僕達は運命から見放されていたらしい。




【次回予告】

 船が出ない以上、長期滞在が必要となってしまった。

 宿賃に船賃、何もせずとも金は減る。当面の路銀を稼ぐべく、ジャンたちは働き始める。

 だが、足止めを食らう。その意味を、三人はまだ理解していなかった。


 第9話『僕、職人として働きます』

 明日の朝7時、公開予定です。


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