第二章 白波の街、アラアマの激戦
第7話 僕、魔法使いに憧れます。
開拓民の村は、とても居心地が良くて、いつまでも滞在したくなる村だったけど。
どういうことか、起きてみると、村の人たちが一斉に荷物をまとめていた。
「どうしたんですか?」
「ああ、アンタか。アンタも急いで避難した方がいい」
「避難?」
「どうやら、魔人が近くにいるらしいんだ」
魔人。
その呼び名を耳にするだけで、背筋が凍る。
勇者ソフランを一瞬で灰にし、周囲一帯を焼き尽くし、切り刻むことが出来る存在。
シャランを、殺そうとする存在。
僕も慌てて荷物をまとめ、別の小屋にいるはずのシャランを探した。
「シャラン」
誰もいない部屋の中、彼女は一人、膝を抱えて座り込んでいた。
呼びかけると顔を上げ、泣きそうな表情で僕を見る。
「ジャン、魔人が……魔人が、近くまで来ているって」
「うん、だから、僕達も逃げよう」
「なんで、追いかけてくるのかな」
「その烙印のせいだよ。それを消す為にも、聖都イスラフィールに行かないと」
僕は魔人を見たことがないけど、その恐怖は想像が出来る。
あれだけの破壊を前にして、恐怖しない人間なんていやしない。
勇者ソフランを馬鹿にしていたけど、今は違う。
最強の敵を相手に、立ち向かうことが出来るんだ。
勇者の名は、伊達じゃない。
「お、いたいた」
小屋の外に、マーブルさんの姿があった。
もこもこが付いたポンチョを着た、温かそうな恰好だ。
「ターブさんとジャンさん、貴方達はこれからどこに行くの?」
「えっと……僕達は、イスラフィールに向かう途中なんだ」
ここからイスラフィールへと向かうには、結構大変だったりする。
まずはベールスモンド領を南に抜けて、ナジェッカー領を抜ける。
海を渡って三つの小国のどれかを渡り、ドッグポーカーへと入国。
そこから陸路でコム・アカラへと入り、聖河ナルルを下った先に、ようやく聖都イスラフィールへと到着することが出来る。
とてもじゃないけど、徒歩で行ける距離じゃない。
途中で馬車か、馬そのものを借りないと厳しいと思う。
「そうなんだ、じゃあパルクスから船で行くのが、一番の近道ね」
「パルクスから、船が出ているのですか?」
「そうだけど。え、知らなかったの? まさか、そのまま南に行くつもりだった?」
パルクスは、ベールスモンド領の北西に位置する、小さな国だ。
地図で確認すると、確かに海岸線には面しているけど。
「パルクスから海路で南下して、コム・アカラにそのまま入国するのが一番早いよ」
「知りませんでした、教えて頂き、ありがとうございます」
「いいって。じゃあ、私も一緒に行こうかな」
「え、マーブルさんも一緒に、ですか?」
「うん。この村、無くなっちゃうからさ。それに魔人の襲来は、冒険者ギルドのギルド長に報告しないといけない案件だし。ベールスモンド領の冒険者ギルドに戻るよりも、パルクスのアラアマって街に行く方が近いのよ。という訳で、一緒に行きましょ」
魔法使いのマーブルさんが一緒なのは、とても心強いことだ。
黄金の聖女のシャランと、魔法使いのマーブルさん。
この二人がいれば、魔人相手でも互角、いや、それ以上に戦えるかも。
「シャラン、マーブルさんも一緒に来てくれるって。だから、ここから逃げよう?」
「……うん、ごめんね、なんか急に、怖くなっちゃって」
魔人の怖さを誰よりも知っているのは、シャランだから。
どれだけ怖がっていても、しょうがない事だと思う。
「あ、そうそう、ジャン君って荷物持ちが主な仕事なんでしょ?」
「まぁ、はい、そうですけど」
「開拓村の人たちがね、テントとか毛布とか、好きなの持って行っていいって言ってるのよね」
「え、ホントですか?」
「あまり大荷物だと、逃げるのが遅くなっちゃうからって。だからジャン君、可能な限り荷物、持って貰えるかな?」
可能な限りって言われると、ちょっと怖いけど。
でも、それでも、テントや毛布、水入れや食料とかが貰えるのは、ありがたいことだ。
三人で持てるものをひたすらに集めた結果――僕の荷物は、小山のようになった。
「すっご、よく持てるね」
「石切り場での仕事に比べれば、まだまだ軽いかな」
一回の搬送で山みたいな大岩ひとつ分、まるまる運ぶ時もあるんだ。
それに比べたら、テントやそこらの荷物は、どれだけ持っても軽い。
ある程度の荷物をまとめ外に出てみると、村の人たちは既に誰もいなかった。
家やある程度の道具がそのまま残されていて、なんだかちょっと物寂しい感じ。
昨日の夜まで、そこの焚火でご飯を食べていたのにな。
「サヨナラの挨拶も出来なかったね」
「ごめんね、全部、私のせいだから」
「そういうつもりで言った訳じゃ……とにかく、僕達も出発しよう」
魔物の襲撃に、魔人の襲来。
全部、シャランが悪い訳じゃない。
何もかも、魔人が悪いんだ。
魔人、ガーガドルフ。
どんな奴かは知らないけど、絶対にいつの日か、誰かが倒してくれるはず。
……うん、僕は逃げよう。死にたくないし。
逃げ始めて三日が経過した。
開拓村を後にした僕達は、そのまま北西へと向かい、次の街を目指す。
「仕留める、ラーバ・ボウ!」
マーブルさんの魔法は、どうやら火炎系の魔法らしい。
炎で作った矢がそのまま動物を貫き、こんがり丸焼きにしてくれる。
やっぱり魔法使いって便利だ。川の水を煮沸できるし、飲み水にも困らない。
「一日に撃てる魔法の回数が決まっているから、そこまで便利じゃないよ?」
「そうなのですか?」
「うん。私の場合、第三等級の魔法使いだから、それなりの回数撃てるけどね」
知らなかった。
聞けば、シャランの治癒の力も、実は回数制限があったらしい。
「私の治癒の力は、一日に十回が限度なんだよ? そういえば、ジャンには伝えたこと無かったかも」
なんでも、勇者ソフランとの旅に出た時に、自身の限界について調べたのだとか。
何回傷ついても大丈夫なのか。確かに、この情報はとても大切だと思う。
「マーブルさん、第三等級って、なんですか?」
「ん? あー、それは内緒。ごめんね、ちょっと言えない」
言えないのか、残念。
「じゃあ、今から行くアラアマって街が、マーブルさんの故郷なんですか?」
「違うし、故郷がどこかも言えない」
秘密が多い人だな。
「ごめんね。代わりに、私がどんな魔法を使えるのかなら、教えてあげられるよ?」
「本当ですか! 見てみたいです!」
「んっふふー、じゃあ、ちょっと離れていてね」
立ち上がると、マーブルさんは開いた両手を、草原へと向けた。
「ブレイズ・ウォンド! いでよ、灼熱の壁!」
呪文と同時に、僕達を取り囲むように、地面から炎が吹き上がった。
凄い、右から左まで、全部炎だ。
「これが、開拓村の時に使っていた結界ですか?」
「うん、これって単なる炎に見えるけど、触るとちゃんとした壁なんだ」
「へぇ……」
「あ、触っちゃダメだよ。炎だし、火傷するよ」
危なかった。
凄いな、炎が壁って、あんまりイメージ出来ない。
マーブルさんが手を戻すと、炎も消えてしまった。
「じゃあ次は、ちょっと大きい音がなるから、気を付けてね」
「はい」
すると、また両手を前に突き出して、今度は呪文の詠唱を始めた。
〝たゆたう炎の子、集まりゆだね、熱波のごとく、燃えよ、舞えよ、狂えよ、熱く、激しく、我をほとばしらん〟――――「ラウム・コンプレッション!」
ぐにゃりと、目の前の草原が歪んだ。
直後、何も無かった空間が、いきなり大爆発を起こす。
真っ赤な炎がさく裂すると、爆風が襲い、黒煙と火の粉が空へと舞い上がる。
凄い、なんだ今の、あんなの喰らったら一撃で死んじゃうよ。
「にひひー、これが空間爆破、私が今使える最強の魔法なんだ」
振り返ると、八重歯を見せながら、マーブルさんは得意げに微笑む。
「すごい……すごいですよマーブルさん!」
「でしょー? もっと褒めてくれていいのよ?」
「最強です! マーブルさんがいれば魔人だって倒せますよ!」
「あっははは、そうねぇ、絶賛魔人から逃げている所だけどねぇ」
「そんな魔法あるなら、もっと早く言ってくださいよ!」
「にゃははー、でもね、これ、一日一回が限界なんだ」
一日一回の最強魔法。
なんて心くすぐられる言葉なんだ。
「……私だって、攻撃魔法、いつか使えるようになるし」
隣にいるシャランが、すねた感じでぼそっと呟く。
「治癒の力に攻撃魔法まで使えたら、それはもう賢者じゃないか」
「……え?」
「賢者シャラン、とても良い響きだと思うよ」
「そんな、賢者とか、私には荷が重いというか」
「大丈夫、シャランならなれる。僕は信じているよ」
「……ジャン」
シャランの攻撃魔法っていうと、魔法名は聖なる光とかになるのかな。
そもそも聖属性の魔法とか、聞いた事もないけど。
「そういえばさ」
「ん?」
「その子の名前、チチターブじゃなくて、シャランっていうの?」
……。
……あ、しまった。
普通にシャランって呼んでた。
「ここ何日間か観察していたけど、一回もチチターブって呼んでなかったし。どうして偽名を使っていたのか、マーブルお姉さんに教えてくれるかなぁ?」
マーブルさんの両手が、真っ赤に燃えている。
ダメだ、この人に嘘は通用しない。
かと言って、全てを打ち明けるのは、いろいろと不味い。
開拓村の件だって、聞きようによっては、シャランが原因とも受け取れなくもないんだ。
彼女の太ももに残る烙印、これがある限り、シャランは魔人に狙われ続けている。
そんな人をアラアマの街に入れられるか! って言われても、何も反論できない。
そしてもう一つの理由。
伯爵様の怒りを買ってしまっていた場合、シャランは賞金首になっている可能性がある。
お金を欲しているマーブルさんだ、賞金のために敵に回る可能性だってゼロじゃない。
どうするか、二人で沈黙していると。
「……って、尋問したいところだけど」
マーブルさんの両手の炎が、消えた。
「私も隠し事いっぱいあるから、これでお相子ね」
「……ありがとうございます」
「シャランって名前の方が可愛いし、私もそっちで呼んでもいいかしら?」
「えっと……人が多い所では、ターブの方でお願いします」
「そ、わかった。じゃあ今は、シャランちゃんにしておくわね」
シャランが賞金首になっていないことを、願うしかない。
賞金首になっていた場合、ベールスモンド領を抜けても、人が敵のままだ。
それが一番分かるのが、ありとあらゆる情報が集う、冒険者ギルドなんだけど。
パルクス国、白波の街、アラアマ。
そこの冒険者ギルドでは、
「あら、そういうこと」
シャラン・トゥー・リゾンという名の賞金首が、デカデカと告知されているのであった。
【次回予告】
賞金首として掲載されてしまっていたシャラン。
聖都へと逃げないといけない、だが、そんな二人にとても現実的な問題が浮上することに。
第8話『僕、今後を決めたいと思います。』
明日の朝7時、公開予定です。
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