第6話 僕、害虫駆除しただけですけど?
……ふぅ、ようやく全部片付いた。
次々に沸いて出てくるんだもん、面倒臭いったらないよ、ほんと。
なんで巣もないのに、こんな場所に沢山いたのかな?
まだ女王の巣作りの時期じゃないし、なんか変なの。
もう、マーブルさんの魔法、終わっちゃったかな。
既に薄暗いし、なんか静かだし、帰ろ。
うぇ、返り血というか、返り体液が、臭う。
先に小屋に戻って、着替えようかな。
「おやアンタ、随分汚いねぇ」
開拓村の洗濯物係のオバちゃんに、さっそく指摘されてしまった。
「すいません、害虫駆除していたら汚れちゃって」
「替えのシャツを用意してやるから、先に湯でも浴びて来な」
「すいません、ありがとうございます」
お湯があるって、やっぱりいいな。
水と違って、頭からかぶると、それだけで凄くサッパリする。
石鹸も用意されているし、さすがは伯爵様依頼の開拓村だな。
「ありがとうございました、シャツ、後で洗って返しますね」
「いいよ、アンタ相当な働きをしたって聞いているからね。それは報酬のひとつさ」
「え、そうなんですか? ありがとうございます」
大した働きもしていないのに、シャランを介抱してもらって、洋服まで貰えるなんて。
伯爵様って、相当なお金持ちなんだろうな……。
……金貨千枚を依頼金に出せるぐらいなのだから、金持ちに決まっているか。
「あ、ジャン」
外に出ると、シャランとマーブルさんの姿があった。
「お帰り、魔物退治、成功したんだね」
「成功……なのかな? マーブルさんが襲われた場所には、一匹もいなかったのよ」
「そうなの?」
僕が驚いていると、魔法使いのマーブルさんも、疑念の表情のまま近づいてきた。
「おかしいのよね、私の結界は破られていたのに、キメラバイトが一匹もいないなんて」
「キメラバイト?」
「合成獣って呼ばれる、魔物の一種よ。私が戦った時には三十体以上はいたはずなのに、全部いなくなるなんてあり得ない。どこかに巣があるか、キメラバイトよりも凶悪な魔物が食い散らかしたか。とにかく、いないものは討伐なんて出来ないわ。特別報酬を追加で貰えるチャンスだったのに……ああん、もう! くやしい!」
マーブルさん、テッペンに星の飾りがついた三角帽子を握り締めて、ぎりぎりと歯ぎしりしてる。
そっか、彼女は雇われた魔法使いだから、魔物を倒したら報酬が貰えるんだ。
世の中、いろいろな職業があるもんだね。
「はぁーあ、私も湯浴みしてサッパリしよ。ターブも一緒にどう?」
「あ、うん。走り回ったから汗だくだったんだ。ジャン、湯浴み終わったら一緒にご飯にしよ」
「わかった、焚火の辺りで待ってるね」
二人が湯浴みを終えるまで、適当な場所で待つとするか。
それにしてもキメラバイトか。合成獣っていうぐらいなんだから、凶悪な獣なんだろうな。
どんなのか想像もつかないや。
そうだ、ブレイドガードの手入れをしておかないと。
結構な数のスネークアントを倒したから、刃の部分が脂でダメになっちゃうとこだった。
背負っていた盾を手に持ち、側面の刃の部分へと布を当てる。
手入れを怠ると武具はすぐにダメになっちゃうし、下手な人間が砥ぐと切れ味は落ちる。
けれど、丁寧に時間を掛けて磨き上げれば、どんな武具も長持ちするし、切れ味も落ちない。
というか、切れ味が復活してる? 布で拭くだけで切れ味が蘇るなんて、不思議な盾だな。
それにこの盾、表面に凝った紋章があるんだけど、何かを表現しているのかな。
剣と盾、それに炎と太陽? うねる線は海かな、とにかく価値はありそうな感じ。
それと裏面のギミック、ボタンを押すだけで盾から斧に変わるけど、戻す時もボタンを押すだけで済んでしまう。一回分解して中身を見てみたいけど、外したが最後、元に戻せなそうな気がする。父さんの師匠から受け継がれてきた由緒ある盾なんだから、大事にしないと。
……ん? それにしても、このギミック、他の形にもなりそうな気がする。
それに、何かをハメる装置部分もあるような? 全然、よく分からないけど。
「うわ、それカイザーセンチュリオンの紋章じゃない」
突然話しかけられて、ビックリした。
いきなり真横にマーブルさんの顔があって、彼女は僕の盾に興味津々といった感じ。
「凄い、いいなぁ、これ売ったら金貨五十枚ぐらいになるわよ?」
「金貨五十枚?」
そんな高価な盾だったの? これ、金貨五十枚?
「カイザーセンチュリオンって、なに?」
髪をタオルで包んだシャランも隣に座ると、僕の盾をマジマジと見つめる。
「仕掛け武器の名工、カイザーセンチュリオン。鍛冶師の名前でもあるんだけど、彼が作った武具はとにかく普通じゃないのよね。単なる杖が長剣になったり、鞭のようにしなる剣を造ったり。叩きつけると火を噴くハンマーとか、とにかくギミックが半端じゃないのよ。この盾も、何か仕掛けがあるでしょ?」
「ああ、うん。後ろのボタンを押すと、斧になるよ」
カシャンっと形を変えると、マーブルさんはヒュゥっと口笛を吹いた。
「凄い、しかも強度が普通の斧と違う。柄の部分が信じられないぐらいに硬い。それにこの斧、ちょっぴりだけど魔力を感じるわね」
「え、魔力?」
「本当に、ちょっぴりだけどね」
へぇ、そうなんだ。
切れ味が復活するのって、魔力のお陰なのかも。
「とにかく、一生ものの宝物にしなさいってことね」
「……うん、教えてくれて、ありがとう」
「別にいいわよ。それよりも、ご飯にしましょ、お腹減っちゃった」
「あ、私も、ジャンもまだでしょ?」
「うん。シャ……ターブと一緒に食べるの、久しぶりだね」
「ふふっ、そうだね。もう食べすぎたりしないように、注意しないとね」
三人での食事は、とても美味しいもので。
一人よりも二人、二人よりも三人。
一時だけでもこうして食卓を囲むことが出来て、ホントに楽しかった。
――――数時間後、マーブル視点――――
「マーブルさん、ちょっと来てください」
「……なに?」
「寝ている所すみません、森の奥に、魔物の死骸が見つかったんです」
「魔物の死骸? わかった、すぐ行く」
虫たちも寝静まった、真夜中の森の中。
あまりの臭気に、思わず鼻を摘まむ。
それと同時に、想像以上の惨状に絶句した。
何十……いえ、何百体の死骸なの。
これだけの数のキメラバイトを、一体何が殺したの。
「これ、マーブルさんが戦った魔物ですよね?」
「ええ……ちょっと調べてみるから、周囲の警戒を怠らないで」
「了解しました」
切断面からするに、斬ったというよりも、押しつぶした感じね。
何体かは吹き飛ばされて、樹木に身体を打ち付けられたままの状態で死んでいる。
魔物? キメラバイトを圧死させられるぐらいの、凶悪な魔物が存在したの?
可能性があるとしたら、オーガとか、ドラゴンとか、巨人系か。
でも、そんな巨体が近くにいたら、誰かが気づくはず。
……。
……ん?
地面に、足跡がある。
サイズ的に人の足跡、凄い力で踏ん張ったからか、めり込むように跡が残っている。
まさか、これだけの数の魔物を、人が倒したっていうの?
ううん、それはない。こんな事が出来るなんて、それはもはや人間じゃない。
人間じゃないとしたら……魔人?
魔人が、開拓村にこんなにも近づいていたというの?
これは、私一人じゃ無理だ。
一旦街に戻って、ギルド長に報告しないと。
【次回予告】
マーブルの報告は、開拓村に激震を走らせる。
ジャンが目覚めると、開拓村は解体を開始していたのだが。
第7話『僕、魔法使いに憧れます。』
明日の朝7時、公開予定です。
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