第5話 僕、冒険者の魔法使いを見るのは初めてです。

 故郷の村では、魔物はほとんど出てこなかった。

 思えば、この旅の道中、一度も魔物と遭遇していない。

 どこかに潜み、確実にシャランを仕留めるよう、力を蓄えていたのだろうか。


「マーブルは? こういう時の為に雇った冒険者だろ?」

「あの子も戦ったんだが、魔物の数は多いし、なんか普段よりも強いって言ってたんだよな」

「ってことは、魔法使いの冒険者のくせに負けたってことか?」

「善戦はしたんだけどな。これから運ばれてくるけど、あの子はもう戦えないだろうよ」


 魔法使い。

 言葉を連ねるだけで、炎や水を生み出す選ばれし者。

 素質が大事みたいで、一般の人が同じ言葉を発しても、何も起こらないで終わる。


 魔法使いは飲み水にも困らないし、虫も焼き殺せる。

 羨ましい限りだ。


「……酷い」


 運ばれてきたマーブルという名の魔法使いは、女の子だった。

 青がかった肩口くらいに伸びた紫色の髪、髪色と同じ紫色の瞳は、今は苦痛で歪んでいる。


 羽織った黒いマントは血で汚れ、一枚布の丈の短いローブはあちこち引き裂かれている。

 見える素足は、普段なら異性の目を誘うぐらいに、魅力的なものだったのだろう。

 けれど今は、魔物によって切り裂かれたのか、痛々しい程に半分以上の肉が抉れてしまっていた。


 恐らく、噛みつかれて、引きちぎられたか。

 このまま放置すれば、彼女の右足は壊死してしまう事だろう。


「……ジャン、私」


 シャランの目に、迷いが見える。

 治癒の力を使えば、あの程度の傷、一瞬で完治してしまうだろう。

 けれど、それはつまり、黄金の聖女の軌跡を残してしまうという意味でもある。


「シャランは、いつも通りに振舞えばいいと思うよ」

「うん……ありがと」


 でも、そんなのを理由に傷を治さないのは、シャランじゃないから。

 迷う彼女の背を押してあげると、眉を下げた笑みを残しながら、怪我人へと駆け寄った。


「どいて、今から彼女を治療します」

 

 シャランの黒い髪が、黄金へと色を変える。

 輝く手をマーブルさんの傷口へとあてると、傷口は埋まり、あっという間に治ってしまった。

 傷が治ったのを確認すると、シャランの髪は元の黒色へと戻る。

 

 その様子を見ていた開拓民の人々は、何が起こったのかと沈黙する。

 けれど、沈黙したのは、ほんの数秒のこと。

 

「す、すごいな!」

「アンタ、名のある僧侶様だったのか!?」

「傷の癒し手がいるってのは聞いたことあるが、まさかここまでとはな!」


 喝采が巻き起こり、皆がシャランを褒め称える。

 どうやら、シャランの話は、この村までは届いていないらしい。

 シャランは僕の側に戻ると「えへへ」と、照れのある笑みをこぼした。


「ねぇ、お願いがあるんだけど」


 喝采の中、シャランへと声を掛けたのは、誰でもない、マーブルという名の魔法使いだった。

 

「貴方の治癒の力があれば、きっと勝てると思うの。魔物はまだ村の周囲に潜んだまま、近寄らないように結界の魔法は使ったけど、いずれは壊される。見たこともない数なのよ。それでも、貴方の治癒の力があれば、私は絶対に負けない自信がある。お願い、私に協力して」


 差し出された手を、シャランはどうしたものかも一瞬迷うも。


「分かった。この村の人たちには、一宿一飯の恩があるしね」


 差し出された手を力強い笑みと共に、握り返した。


「ありがとう。私はマーブル・バレット、マーブルでいいわ」

「私はシャ……えっと、チチターブ、ターブでいいからね」

「ターブ、短い間かもしれないけど、宜しくね」


 あ、そっか、偽名か。僕もその名前で呼ばないと。

 それにしても魔法使いと僧侶のタッグか、どういう風に戦うのか、気になる。


「ジャンは毎日の作業で疲れているでしょ? 魔物討伐が終わるまで、休んでいていいからね」


 シャランに言われ、陰ながら落胆する。

 確かに、魔物相手に僕じゃ力不足だと思う。

 魔人との戦い、焼野原になったあの光景は、僕なんかが太刀打ち出来るものではない。

 

「分かった、気を付けてね」

「うん、絶対に勝って帰ってくるからね」


 シャランは優しく、包み込むように抱擁してくれた。

 ほんの数秒のことだけど、彼女の良い匂いがしてきて。

 それだけで、胸がドキドキしてしまった。


「じゃあ、行ってきます」

「クソ魔物め、今度は全部焼き殺してやるんだから!」


 魔法使いのマーブルさんと、黄金の聖女のシャランが一緒なら、負けないと思う。

 負けないと思うけど、何かあった時に側にいなかったら、僕はきっと後悔するから。


「お、アンタも行くのかい?」

「あ、い、いや、ちょっと、トイレに」

「……そうかい? まぁ、アンタ程の実力者が行かなくとも、あの二人に任せれば大丈夫だろうけどな。マーブルはあれでも、街で雇った一番高い冒険者だったんだ。そこにターブさんの僧侶の力が加われば、負けることはないだろうね」


 街で一番の魔法使いが使う魔法、やっぱり見てみたい。

 二人が向かった方へと僕も向かうけど、そのまま追いかけてしまっては、尾行に気づかれてしまう。

 魔物との戦いは危険だろうし、安全な場所からにしないと。


 道を外れ、一人森の中へと入り込んだ。

 このまま森の中にいれば、街で一番の魔法が見ることが出来るはず。


 超巨大な炎の球かな?

 空からの稲妻かな?

 それとも空気を凍らせる?


 どんな魔法なのか、すっごく楽しみだ。

 

「っとと……ん? あれは、スネークアント?」


 森の奥に、害虫がいる。

 アリの顔に胴体がヘビ、アリの脚を持つけど、動く時はヘビのように這いずる。

 集団行動が基本で、コイツが現れるとその日はずっと駆除し続けないといけない、厄介な奴。


 こんなのがいたら、魔物退治の邪魔になっちゃう。

 害虫駆除も石切り場で働く者の責務、しょうがない、僕が一人でやるか。

 ブレイドガードを斧状態にしてと……それじゃあ、一狩りいきますよっと。




【次回予告】

 ジャンは一人、何十体というスネークアントを駆逐する。

 彼からしたら平素と変わらない行為、だが、周囲はそれを普通とは思わない。


 第6話『僕、害虫駆除しただけですけど?』

 明日の朝7時、公開予定です。




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