第4話 僕、開拓するのは得意なんです。
ロベスク廃鉱山を抜けた後も、僕たちは相変わらずの獣道を進んだ。
伯爵の領地は広く、関所の無い場所から抜けるとなると、十日は必要だろう。
ここまで来ると、水や食料の問題も出てくる。
シャランの治癒の力は、傷は治せても病気は治すことが出来ない。
適当な泥水を啜っては、のちのちお腹が大変な事になる。
今更だけど、廃鉱山の水を回収しておけば良かったと、ちょっと後悔。
山を通過してきた水ならそれなりに綺麗だろうし、煮沸すれば飲むことも出来た。
食料も母さんが持たせてくれた乾燥肉の在庫が残り数枚、他は干した果物が袋にある程度だ。
切り詰めた食事生活。
シャランは空腹からか、いろいろな物を発見しては、僕へと報告してくる。
「あ、見てジャン、美味しそうなキノコがあるわ」
「毒キノコだね。ベニテンテンダケ、食べたら死ぬよ」
「ジャン、リンゴ! リンゴがなってる!」
「珍しい、マンチニーニだね。食べたら死ぬし、木や葉に触れるだけで大変な事になるよ」
ここら辺一体は、毒を持った食べ物が多いな。
周囲に毒性の植物があると、自然とこういう植物だらけになってしまうのかも。
説明が終わると、恨めしそうな目でシャランがこちらを見ていた。
「毒物に詳しいんだね」
「父さんと山を探索に行くことが多かったからね。その時に、いろいろと教わったんだ」
石切り場での作業をするにあたり、山の植物は切っても切れない関係になってしまう。
作業員が毒物に触れて亡くなったりすると、責任は管理者にあると国王様が定めている以上、毒物の知識は必要以上に覚えておかないといけない。どれぐらい辛いか、試しに食べてみろって父さんに言われた時は、本当、死ぬかと思った。
そんなやり取りをしながらも、山の中を歩き続けること三日。
ついに、僕達の食料は底をつく事態へと、陥ってしまっていた。
「お腹空いた、何か食べたい」
目当ての街までは、まだまだ遠い。
このままではシャランが餓死してしまう可能性だってある。
何かないかと探索しながら歩くこと、一日。
ようやく、彼女が口に入れても大丈夫な果物を、見つけることが出来た。
「シャラン、これ」
「……なにこれ、また毒物?」
「ううん、サルナシって果物」
丸い、親指と人差し指で輪っかを作ったぐらいの大きさの果実。
緑色をした果実のヘタを取って、シャランへと手渡す。
「それ、食べることが出来るの?」
「うん、中身を吸い出すようにして食べるんだ」
鼻を近づけて、くんくんと匂いを確認すると「良い匂い」とシャランは笑顔になった。
果実の先端の皮を指で剥ぎ、口をすぼめあてがうと、一気に吸い込む。
食べ方のお手本を見せた後、シャランも同じようにしてサルナシを吸い込む。
「美味しい」
瞳を輝かせながら、シャランは二個目へと手を伸ばしていた。
僕も一つもぎり、サルナシを食す。
果実独特の芳醇な甘さと、舌先にいつまでも残る味覚が次を欲してしまう。
空腹から何個も食べたくなってしまうけど、サルナシは程々にしないといけない。
以前、父さんに怒られたんだ。食べすぎると大変な事になるぞって。
「あ、シャラン、サルナシなんだけど」
「なに?」
見ると、シャランの足元には、数えきれないぐらいのサルナシの皮が落ちていた。
「えっと……そろそろ止めないと舌が麻痺しちゃうし、お腹を壊しちゃうかも」
注意するのが遅かったみたい。
「もっと早く言ってよ、ジャンのバカァ」
シャランは見事なまでにお腹を壊し、舌が死んでしまったのかピリピリすると嘆き始める。
そこから更に三日、ついにシャランは歩くことすら出来なくなってしまっていた。
「黄金の聖女の旅は、ここで終わるのね」
「バカなこと言わないの。サルナシの食あたりは七日くらいで治まるから、我慢してね」
とはいえ、この状態でシャランと旅をする訳にはいかない。
夜、木の洞で暖を取りながら周囲を警戒していると、ふと、遠くに狼煙が上がっているのが見えた。
木の上から確認すると、肉眼で分かるぐらいの距離に、いくつかの明かりが見える。
「シャラン、村があるよ」
「……村? 地図には、そんなの無かったはずだけど」
「地図に無いってことは、伯爵様の息が掛かってない可能性があるんじゃないかな?」
それはつまり、山賊や野盗の集落の可能性があるって意味でもある。
けれど、シャランをこのまま、飲まず食わずで放置する訳にはいかない。
何も持たない旅人なんだ、食料のひとつやふたつ、きっと分けてくれる。
そんな期待を胸に、僕は全ての荷物とシャランを背負い、明かりへと突き進んだ。
近寄ってみると、存外、普通の村だった。
周囲を簡易的な柵で囲い、家もそこそこ建てられている。
区画整理された感じではなく、適当に作っている感じだ。
遠目に見ると、地面にそのまま寝ている人の姿もある。
人が集まり、とりあえず開拓した、そんな感じだ。
「あの、すみません」
槍を持った門兵みたいな人に、声を掛けてみる。
「ここは、村、なのでしょうか?」
「おお、まだ名前も無いけどな」
「というと、ここは開拓中、という事でしょうか?」
「ああ、ベールスモンド伯爵様が、林業が出来る場所を増やせってんでな。俺達はその先遣隊だ」
ベールスモンド伯爵様か。
まぁ、そうだよね。
まだここは伯爵様の領内だし。
「というか、山のような荷物で気づかなかったが。背負っている女の子は、病気か?」
「ああ、いえ、サルナシを食べすぎて、食あたりに」
「……本当か? 下手な病気を蔓延させちまうと、作業が遅れちまうからな」
このままだと、村の中に入れないかも。
「あの、この子、名を
シャランと伝える訳にはいかない。
ここは安全のため、偽名を使う。
「まぁ、お前らが困っているのは、見れば分かるが」
「そこで提案なのですが、僕も開拓作業を手伝いますので、彼女に温かな食事と寝床を提供していただけないでしょうか? これでも石工職人の息子なので、即戦力として働くことが出来ますよ」
「石工職人?」
「はい、石切り場で岩を削り、石材へと加工して、街に搬送する仕事をしていました」
「力仕事か……そうだな、男手が増えるのは大歓迎だ」
「では」
「ああ、ただ、見ての通り、余っている家はない。自分たちの寝床は自分たちで用意するんだな。出来上がるまでの間、彼女だけは面倒を見ておいてやる。それでいいか?」
「それで大丈夫です。食料とお水だけ、宜しくお願いします」
「なら、ついてこい」
門兵さんに案内された家へとシャランを預け、僕は適当な地面に布を敷き、眠りについた。
朝。
夜明けを迎えると、僕はさっそく仕事へと駆り出された。
山の中に開けた場所があると思ったけど、それは違う。
自分たちの手で開けた場所になるよう、木を伐採しているんだ。
「道具は?」
「大丈夫です、自前の物を利用します」
背負っていた盾を、斧へと変換する。
まだ手の付けられていない巨木の前に立つと、僕は勢いよく、ブレイドガードを振るった。
ドガン! ドガン! ドガン!
おおよそ木こりが出さない音を出しながら、三回ほどフルスイングを叩き込む。
すると、それだけで、巨木はメキメキ音を立てながら、ゆっくりと倒木してくれた。
次の瞬間、周囲から拍手と歓声が上がる。
「お前さん、凄いな」
「石切り場での作業でも、似たようなことをするんです」
「ほう、お前さん職人さんか。なら、あの大岩の処理もお願い出来るだろうか?」
村の開拓地点からほど遠くない場所に、彼の言う大岩が存在した。
「見上げる程の大きさだろう? 掘り返しても底が見えんし、ビクともしないんだ」
「確かに、これは立派な
「どうだ? なんとか出来そうか?」
「はい、岩相手が本業ですから、お任せ下さい」
表面が流れる紋様のように見えるから、
特徴としては、
岩に触れ、岩の形成された流れを読み取る。
指で擦り、流れに沿って、ピンポイントに手刀を叩き込んだ。
「ははっ、おいおい、道具も使わずに岩を削るつもりか?」
「……いえ、僕にはまだ、それは出来ません」
父さんは石切り場での作業の時に、道具を使わない。
手刀だけで、真四角に岩を削ることが出来る。
凸凹や丸い岩も、父さんが撫でるだけで、真四角の石材に変わるんだ。
「割れます、お気をつけて」
叩き込んだ手刀から、振動が内部へと伝わり、波紋として衝撃が伝わる。
岩が形成された時の歪に沿ってヒビが入ると、ドズン、という音と共に、大岩は真っ二つに割れた。
僕には精々、手刀で岩を割る事しか出来ない。
父さんの言う通り、僕はまだまだ未熟者だ。
「このままでは石材として利用できませんから、少し削りますね」
「お、おお……」
手刀を作り、岩の表面に当てる。
数回スライドさせて、ようやく表面が平らになった。
それを上下左右こなした後、そこから更に石材として使えるサイズへと、大岩を割り続ける。
枚数にして三十枚ってところか、結構、いい岩だったな。
「こんな感じで、どうでしょうか?」
「あ、ああ、お前さん、凄いな」
「……僕は全然、凄くありませんよ」
父さんなら、あれだけの大岩があれば、中をくりぬいて家へと変えてしまう。
それも素手でやってのけてしまうだろう。僕はまだ、あのレベルには到達出来ていない。
その後も木を伐採し、木材へと加工する作業を手伝い続ける。
陽が沈み始めると、作業終了と声を掛けられ、僕も村の中心部へと戻った。
「お前さんのお陰で、予定よりも早く村が仕上がりそうだ!」
「ああ、たんと食って、明日以降も宜しく頼むぜ!」
広場に設けられた焚火で、肉を焼き、野菜を炒める。
まだ家としての機能が果たせていないから、この村全体が家、という認識なのだろう。
開拓民同士の絆が深い、とも言えるのかな。
大きな炎を囲むようにし、僕達は美味しい食事を頬張る。
「アンタぐらいの大物を、その辺で寝かす訳にはいかねぇ」
「ああ、窮屈かもしれんが、俺達と一緒に寝ようぜ」
「本当ですか? ありがとうございます」
作業員が眠る小屋へと案内され、僕もそこで眠りにつくことに。
虫を気にせず、温かな布団で寝ることが出来るのって、やっぱり幸せだ。
そんな日々を三日ほど過ごすと、ようやく、シャランの体調が回復した。
「チチターブ、良かった、元気になったんだね」
「チチ? ……ああ、うん。お陰様でね」
偽名を使ったこと、彼女はすぐに理解してくれた。
「また助けられちゃった。私、もっとしっかりしないと」
「今回は、僕の注意が遅かったから、僕にも責任があるよ」
「……ありがと。ジャンは優しいね」
寝床から出ると、開拓民の皆が僕達を出迎えてくれた。
「なぁ、このまま一緒にこの村で過ごさないか?」
「石工職人のアンタがいれば、この村の開拓もあっという間に終わる」
何も無ければ、とても嬉しいお誘いだけど。
「大変だ! 村の外に魔物が沢山現れた!」
そういう訳にはいかない事情が、僕達にはあるんだ。
【次回予告】
烙印により引き寄せられし魔物の大群。
村を守るために、魔法使いのお姉さんがいたのだが。
第5話『僕、冒険者の魔法使いを見るのは初めてです。』
明日の朝7時、公開予定です。
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