第3話 僕、魔物が見えないみたいです。
よく聞く言葉がある、山の虫は都会の虫よりも肥えているね、と。
緑豊かな山で生きる虫は、餌も豊富にあり、その身を太らせていることが多い。
都会では十センチにも満たない虫が、山では一メートルになっている、なんてのも珍しくない。
僕の家は石材置き場になっているけど、その奥は森深い、どこまでも続く山となっている。
山の中に石切り場を設けて、巨大な石材を切り崩し、加工して街へと搬送する。
毎日手伝いに行っているけど、害虫が作業場に下りてきた、なんてのは珍しくないんだ。
「もう害虫が下りてきたの? この前退治したばかりなのに」
「文句を言う暇があるなら動け、虫共が村に辿り着く前に仕留めるぞ」
害虫といえど、巨大化した虫はそれなりに厄介だ。
人なんか簡単に切り裂いちゃうし、掴まれたら最後、強靭な顎で骨まで噛み砕かれる。
それなりの防具と武器が必要になるんだけど。
「ジャン、今日はこれを使え」
外に出ると、父さんが僕に巨大な盾を手渡してきた。
盾だけど、側面が刃のように鋭く研がれた、特殊な盾だ。
「これ、父さんの職場に飾ってあった大盾じゃないか」
「本当なら旅立つ時に渡そうと思ったんだがな。丁度いい機会だ、この盾の使い方を教えてやる」
盾の使い方? 攻撃を防ぐか、研がれた側面で斬るんじゃないのかな?
そう思いながら見ていると、父さんは無骨な指で、盾の裏面にあるスイッチを押し込んだ。
途端、バネの力で持ち手が下へとずり落ち、持ち手がそのまま柄になる。
「凄い、盾が斧になった」
「ああ、盾斧……シールドアックスと呼ばれる特殊な武器種でな。昔、父さんが見習いの時に、師匠でもある祖父から頂いた大切な武器なんだ。武器名、ブレイズガード。平時は盾として背中に背負えるし、戦う時は斧にもなる優れものだ」
試しに斧状態で振り回してみる。
仕掛け武器の割には柄がしっかりしている、振り回しても
近くにあった切り株に振り下ろしてみると、切り株を超え、地面まで叩き割ることが出来た。
「ジャン、お前は力も剣の技術もない半端者だ。だが、その武器を使えば、人並みには戦えるようになる。シャランちゃんの旅は生半可なものではない。お前が足手まといになったりするんじゃないぞ」
「わかっているよ。武器、ありがとう。それじゃあ害虫駆除、とっとと終わらせよう」
「ああ、そうだな」
父さんがくれた盾斧、ブレイズガードを使って、山から下りてきた害虫の駆除にあたった。
斧よりも切れ味が鋭くて、軽いのに甲虫類の甲殻ですら叩き潰すことが出来る。
吐き出してくる毒液も盾に変えることで防げるし、これは便利だ。
朝方から始まった害虫駆除だったけど、数が多くて、終わる頃には日が暮れてしまっていた。
シャランの刻印に惹かれた魔物が、どこかで悪さをしているのかもしれない。
シャラン……まさか、先に一人で旅立ってないよね?
そんな不安を抱きながら急ぎ家へと向かった。
「お帰りなさい。害虫駆除とか、大変だね」
当然のように、シャランが出迎えてくれる。
気づかれないように、一人胸をなでおろす。
「職場が山にあるからね、しょうがないよ」
「私は山に行かないから見たことないけど、虫とか大きいんでしょ?」
「そうだね、結構大きいと思うよ。それよりもシャラン」
彼女の荷物が既にまとまった状態で、玄関付近に置かれている。
大きなリュックに、小さなバッグやポーチも多数。
「明日の朝、出発?」
「うん。そのつもり」
「凄い量の荷物だね」
「パパとママが、今日一日かけて準備してくれたの。本当はもっとずっとこの村にいたいけど、魔物が攻めてきたら、村の皆に迷惑かけちゃうから。今日も何度か、傷が疼いたんだ。多分、魔物が近づいて来ているのだと思う。……今は、大丈夫だけどね」
害虫の数も不自然に多かった。
シャランの烙印が魔物を引き寄せているのは、間違いないのだろう。
「聖都に行って、烙印、消そうね」
「……うん。消した後、この家で匿ってもらおうかな」
「ふふっ、何日でも、ウチは大歓迎だよ」
冗談が言えるぐらいには、彼女にも余裕が出てきたみたいだ。
僕も汗を流した後、明日の準備をし、普段よりも早く眠りにつくことに。
「じゃあ、行ってきます」
「二人とも気を付けて。必ず帰ってくるんだよ」
翌朝、というには早すぎる時間に、僕達は故郷を後にした。
霧深い道を、僕とシャランは歩き続ける。
僕達が住まう村、カムラの村からずっと南に行った所に、聖都イスラフィールがある。
街や村、街道を使うことは許されず。
お尋ね者になっている可能性がある以上、関所も使えない。
よって、歩くのは獣道が基本となる。
人の手が入っていない道は、歩くだけでも時間が掛かるものだ。
「まずは、ベールスモンド伯爵の領地を抜けることを、第一に考えているの」
途中、休憩がてら、母さんが用意してくれたご飯を食べながら、シャランと地図を眺める。
伯爵領にいる限り、馬車も船も使うことが出来ない。
徒歩で聖都イスラフィールまで行くのは、さすがに無計画が過ぎる。
ベールスモンド領は東西に広く、南側は山岳地帯となっている。
聖都イスラフィールは南、しかも海を渡らないといけない。
関所も超えられない僕達が取れるルートは、南ではなく西だと、シャランは言った。
「西というと、ロベスク廃鉱山を抜ける感じ?」
「廃鉱山……ジャン、知っているの?」
「うん、昔、父さんと行ったことがあるんだ」
結構前に、石切り場の新規開拓が必要だからと、父さんと下見に行ったことがある。
鉱石が採れた鉱山は、普段と違う石が採れる可能性があると、父さんは言っていた。
でも、権利の問題とかで、手出しは出来なかったみたいだけど。
「じゃあ、中に入ったこともあるの?」
「うん、あの時のままなら、そのまま反対側に抜けられたはずだよ」
「そっか、そのままなら助かるね」
僕達がロベスク廃鉱山へと辿りつけたのは、その会話から一日が経過した後の事だった。
予想では三日くらい掛かるかと思ったけど、シャランも結構歩けるらしい。
冒険用の重い厚手の服で全身を守り、靴だって普段履かないような厚手のブーツなのに。
彼女の綺麗な黒髪は、今は汗で肌に張り付き
道なき道を歩いてきたからか、服の至る所が汚れている。
昨晩だって寝たのは地面に敷いた布の上だ。
虫が来ないように火の番はしてあげたけど、それだってちゃんと寝られているか。
けれども、彼女は疲れを見せない足取りで僕の横に並び立つと、廃鉱山の入口を見上げる。
勇者ソフランとの旅が、彼女を強くしたのか。もしくは、もともとこれぐらい動けたのか。
僕の思案を他所に、彼女は廃鉱山の入口を観察する。
「やっぱり、灯りが無いと厳しいよね」
「外からはそう見えるけど、中は光石が沢山あるから、そうでもないんだ」
「そうなの?」
「うん、結構明るかったよ。鉱山で松明とか使うと、煙で大変な事になるからね」
鉱山であった名残なのだと思う。
掘られなかった光石が天井や壁に点々とあって、柔らかな光で足元を照らしてくれる。
手の届く位置にあった光石を採ると、それを小瓶の中に入れて彼女へと手渡した。
「シャラン、これ」
「わぁ、可愛い」
彼女は受け取った小瓶を腰に着けると、にっこりと微笑んだ。
照らされた顔がとても可愛くて、ちょっと、ドキっとした。
「じゃ、行こうか」
「うん、ありがとうね、ジャン」
彼女の一言一言が、僕の胸を疼かせる。
一緒について来て良かった。生きていてくれて本当に良かった。
廃鉱山の中は、獣道よりも歩きやすかった。
天井が低かったり、急な階段や狭い道もあったけど、なんとか通り抜けることが出来る。
狭い場所を通り抜けた時に、頬に冷たい感触があった。
「壁が濡れている。天井から?」
見上げると、理由は分からないけど、天井が濡れている部分があった。
雪解け水か、雨が地面を伝って濡れているのか、水脈があるのか。
どちらにせよ、薄暗くて湿った場所というと、住まう者たちが存在する。
「シャラン、待って」
「え、なに……ひっ」
害虫だ。
山ほどではないけど、それなりに大きなムカデが壁を這っている。
鎧ムカデ、一、二、三……全部で八匹。
もうちょっと広い場所に行けば、駆除は簡単だけど。
「ジャン、逃げよう!」
「え?」
「え、じゃない、魔物だよ! 早く逃げないと!」
魔物? 鎧ムカデしかいないけど?
害虫以外にも、魔物がいたの?
僕には分からないけど、シャランが言うのなら、魔物がいるのだろう。
ひた走る彼女について行くと、やがて廃鉱山は終わりを迎える。
「良かった、抜けることが出来た」
「うん、ケガしなくて良かった」
「あんなのが住み着いているなんて、もうここは通りたくないわね」
どんなのが住み着いていたのかな。
気になるけど、足手まといになるのは嫌だから、言葉にはしなかった。
【次回予告】
廃鉱山を抜けた二人だったが、シャランが食中毒を起こしてしまう。
煙の上がる地図にない村を発見すると、二人は助けを求めるのだが。
第四話『僕、開拓するのは得意なんです。』
明日の朝7時、公開予定です。
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