第2話 僕、彼女と一緒に旅に出ます。

「お帰りなさい、ジャン」


 シャランがいた。

 とても当たり前のように、僕を出迎えてくれた。

 自分の頬を抓る。痛い。夢じゃない。


 長い黒髪に、髪色と同じ色をした大きな瞳。

 聖女として旅立った服装ではなく、僕が良く知るワンピースに一枚上を羽織った服装。

 旅に出ていたからか、以前よりも肌が焼けた感じがする。

 でも、変化があるとしたら、それぐらいのもの。


 頭の中がどうにかなりそうだった。

 わかるのは、シャランが目の前にいるという事実のみ。


「シャラン」

「わわっ」


 胸が張り裂けそうになって、思わず抱きしめてしまった。

 鼻腔がシャランの香りでいっぱいになって、例えようがないくらいに幸せが僕を包む。

 生きていた、諦めていた彼女が、生きていたんだ。

 

「心配かけちゃって、ごめん」

「僕、もう、死んだものかと」

「うん、でも、大丈夫。私、逃げちゃったから」


 逃げちゃったから。

 妙な言葉に違和感を覚えて、彼女の両肩に手を置きながら、シャランの顔を見る。

 まっすぐな瞳、嘘なんか何ひとついていない。


「あのね、私……勇者ソフラン様を、見殺しにしちゃったんだ」


 勇者ソフランを見殺しにした。

 嘘じゃないと分かるからこそ、この言葉にはとても大変な含みがあると理解出来る。


 数分後、シャランの家族も招いての、緊急家族会議が開催される運びとなった。

 死んだと思われた娘が生きていた。

 彼女のご両親も僕と同様に、抱きしめ、しばらくは離れることが出来ずにいた。


 ようやく落ち着いたところで、テーブルへとつき、母さんが淹れた温かな紅茶で喉を潤す。

 もう話をしても大丈夫、そんな空気を見計らってから、シャランは語り始めた。


「えっと、一から説明するとね。まず、私は一応それなりに討伐隊の役には立っていたの。黄金の聖女、なんて大層な呼ばれ方をしていたけど、呼び名通りの活躍はしていたつもり。大変だったんだから、毎日運ばれてくる負傷した人を、全員治療してあげていたんだからね」


 シャランのような傷を癒す力を持っている人は、他にも数名いたらしい。

 けど、彼女のように素早く、完全治癒が出来るレベルではなかったとか。


「魔人って単体でもすっごく強いんだけど、他にも沢山の魔物を従えていたの。空っぽの鎧とか、顔が二つある犬とか、蛇の凄い大きいのとか。とにかくもう、凄い数の魔物がいたのよね。で、いくら倒してもキリがないってことで、誰かが調べに行ったの。そうしたら、沢山の魔物は大将である魔人、自らが生み出していることが判明したの」

「あらそうなの? 魔物って魔人が生みだしていたのね」

「叔母様も知らなかったでしょ? 私も驚いちゃった」

「魔人って、本当に迷惑な存在ねぇ」


 そんな、ウチの母さんと井戸端会議のように語られても。

 でも、この空気はどこかほんわか出来て、好きだ。


「でね、ソフラン様がこのままじゃキリがないっていうんで、魔物は軍隊に任せて、精鋭六人を集め、魔人を討伐しに行くって決まったの。私もその内の一人に選ばれちゃったんだけど、戦力っていうよりも、その場で治療する為について行った感じ。どんな怪我でもすぐに治せるからね。でもね、それでも勝てなかったの」

「すぐに治療出来るのに?」

「怪我ならね。でも、一瞬で炭になるぐらいに燃やされたら、それは無理な話よ」


 一瞬で炭。

 山肌に残る煤は、魔人の炎の後だったのか。


「ソフラン様が真っ黒こげになって、木炭のように燃えているのを見て、私は判断したの。絶対に勝てないって。そこからはもう、他の人なんて無視して、無我夢中で逃げたわ。腕の一本や二本は斬り落とされたし、足だって何度燃やされたか分からない。それでも、走りながら治療して、ひたすらに逃げたの。魔人からの追撃が来なくなったのは、丸一日逃げた後だったかな。助かったって思ったのと同時に、この後どうしようって考えたのよね」

「別に、気にせず街に戻っても良かったんじゃ」

「ソフラン様を見殺しにしたのに? 一人だけ生き残って、それが許されると思う?」

 

 大きくため息を吐くと、シャランはテーブルの上に溶けるように突っ伏した。

 

「同伴者として私がついて行ったことを、何人もの仲間が見ているの。他の全員が殺されたのに、私だけ無傷で帰ってきてお咎めなしだと思う? ううん、万が一、同伴者の誰かが生き延びていて、私の脱走を伯爵様に告げ口されていたら? そんなの、敗北の責任を問われて、問答無用で極刑に決まっているわ」


 葬儀の場でのソフランの父、ベールスモンド伯爵を思い出す。

 伯爵様は金貨千枚を褒賞として差し出してでも、魔人を討ち取ろうとしていた。

 息子を失った悲しみは、僕も痛く理解できる。

 シャランを失った悲しみは、人生の半分を失ったようなものだったから。


 何かに八つ当たりしてもおかしくない。

 息子と共に戦いに行ったはずの聖女が、一人無傷で帰ってきた。

 確かに、許せないかもしれない。


「家に帰らなかったのも、それが理由。無いと思うけど、見張られでもしたら、お母さんとお父さんに迷惑かけちゃうから。ジャンの家は村から離れているから、ひとけもないし、大丈夫かなって思ったの」


 確かに、僕の家は石材置き場も兼ねているから、村の中心部からかなり離れている。

 灯りとなる物を持っていなければ、この家に誰かが来たと、気づくことも無いだろう。

 

 シャランの語りが終わると、母さんは微笑みながら、彼女の手を握り締めた。 

 

「じゃあ、今後しばらくは、ウチでかくまってあげないとね」

「なに、ウチは石材屋も兼ねている。作業場のひとつでもシャランちゃんの部屋にすれば、数年は隠し通せるだろうさ。それに何か来たとしても、俺がシャランちゃんに指一本触れさせない。リゾンさん夫妻も、安心して娘さんをウチに預けてください」


 わっはっはと、父さんは筋肉で蓄えられた胸筋を揺らした。

 素手で山を砕くことの出来る父さんなら、確かに誰が来ても負けないだろう。

 僕はせいぜい、岩を握り潰すぐらいしか出来ないけど。


「……ダメなの」

「なんだ、シャランちゃんは俺のことが信用出来ないっていうのか?」


 ぐっと父さんが丸太のような握りこぶしを見せつけるも、シャランは首を横に振った。


「違うの。さっき、魔人の攻撃を受けたって言ったでしょ? その傷跡がね、こんな形をしているの」


 スカートの裾を捲り上げると、シャランの左足の太もも付近に、それは確かにあった。

 ひし形の枠に卍の刻印、刻まれた細かな紋様、誰が見ても普通の傷跡ではないのが分かる。


「多分、追跡の刻印か、何かだと思う」

「……シャランの勘違いとかじゃなくって?」

「残念だけど、違うと思う。だって、この村に戻るまでに、何度も魔物に襲われたから」


 ベールスモンド地方は、人の争いも魔物の数も少ない、長閑な場所なんだ。

 特に僕達の村付近では、魔物の姿すら見たことがない。


「ごめんなさい、私がこの場所にいると、絶対に迷惑が掛かるって分かっていたのだけど。旅立つ前にどうしても、お母さんとお父さんに会っておきたくて」


 両親に会って、別れの挨拶をしたかった。

 その為だけに、この村まで逃げてきて、僕の家を頼ってくれた。


 両親に包まれるように抱き合っているシャランは、まだ十六歳の女の子だ。

 彼女が悪い訳じゃない、無理なのは依頼してきた貴族にある。

 それを責任がシャランにあるとか、あっていいはずがない。


 でも、直訴した所で、何の意味もない事も分かっている。

 だから、シャランはこうして、ただ一人、この村まで逃げてきた。


「シャラン、この家を出て、次はどこに行くつもりなの?」


 聡明な彼女のことだ、あてずっぽうには行かないだろうとは、予想がついていた。

 若干の溜めの後、シャランは両親から離れて、椅子に座り直す。


「聖都イスラフィールに向かおうと思う。女神様のお膝元なら、この刻印も消せるかもしれないから」


 やっぱりだ。

 シャランは常に最善策を考え、先を読んで行動している。


「なら、僕も一緒に行く」

「ジャン……でも、ダメよ。聖都は遠い。領内の村や町には寄れないし、街道も使えないの。それにこの烙印もある。大丈夫、私には治癒の力があるから。黄金の聖女、なんて呼ばれているぐらいには、しぶとく生き抜いてみせるからね」


 そんな辛そうな笑顔が、本心の訳がないじゃないか。

 どれだけ強がって見せても、死の恐怖は、誰に拭えるものでもない。

 死を恐怖しないのは、既に死んでいる者だけだ。


「シャラン」

「……うん」

「僕もご両親も、ここにいる皆が、シャランが死んだと思っていた。話を聞いた時には涙し、葬儀に参列しても信じることが出来なかった。今ここで君を一人で旅立たせることは、君をもう一度死なせるのと同じ、とても耐えられるものじゃない」

「でも、本当に危険なんだよ」

「だとしてもだよ。僕は絶対に一緒に行く。いいよね、父さん」


 大人たちは、この村を離れる訳にはいかないから。

 急に全員で村を離れてしまうと、領主様に気付かれる恐れがある。

 もしそうなってしまったら、村の存続だって危うい。

 自由に動けるのは、僕だけなんだ。


「わかった。だが、そんなに急ぐ話でもあるまい?」

「そうですよ。それに聖都までの長旅になるのだから、それなりに準備は必要でしょう? 私の方でいろいろと用意してあげるから、今日はシャランちゃんも、リゾンさんも、ウチで止まって家族水入らずの夜を楽しんで下さいな」


 父さんと母さんが言うと、シャランの家族は「ご厚意に甘えます」と、あてがわれた部屋へと向かっていった。僕も町や討伐隊での疲れが急に襲ってきて、部屋に戻りベッドで横になると、泥のように深い眠りへとついてしまっていた。


 それからしばらくして。


「ルイさん大変だ! 害虫が山から下りて来やがった!」


 僕は、ホップさんの叫び声で、目を覚ます事となった。




【次回予告】

 旅立ちの前のアクシデント。

 ジャンの実力が、人知れず発揮される。


 第三話『僕、魔物が見えないみたいです』

 本日20時、公開予定です。

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2024年11月29日 20:00
2024年11月30日 07:00

呪われ聖女と逃亡譚。勇者を見殺しにしてしまった幼馴染の聖女と一緒に、ちょっと遠くまで逃げようと思います。 書峰颯@『幼馴染』コミカライズ進行中! @sokin

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