勇者を殺した人類最強の敵、魔人。生贄の烙印を刻まれた幼馴染の聖女と共に、石工職人の僕は解呪の為、長い旅に出る。自分の実力が、勇者以上であるとは気づかずに。

書峰颯@『幼馴染』12月25日3巻発売!

第一章 勇者を見殺しにした幼馴染の聖女

第1話 僕、彼女が死んだなんで、信じられませんでした。

 シャランが死んだ。

 間違いなく、そう聞こえた。


「ああ、ジャンもいたのか」


 僕の姿を見て、申し訳なさそうにホップさんは被っていた帽子を握りしめ、眉根を寄せる。

 父さんの下で働く石工職人見習いのホップさんが、父さんに嘘を言うはずがない。

 

「情報によると、既に二週間も前のことらしい。ベールスモンド伯爵の嫡男、ソフラン卿がシャランを連れて行ったのが三か月も前の事だから、魔人相手に良く戦ったと、言えるのだろうけどな……」


 シャランが死んだ。

 その言葉を、僕は信じることが出来なかった。


 シャラン・トゥー・リゾン。


 彼女には生まれつき、不思議な力が備わっていた。

 自慢の長い黒髪を金色へと輝かせながら、光る両手を負傷した部位へとあてる。

 たったそれだけで、血で滲んでいた膝小僧が、ケガをする前の状態に戻るんだ。

 

〝もう、痛くないでしょ?〟


 彼女は微笑むと、僕の手を取って、また遊ぼうと走り始める。

 子供の頃からそれが普通だった。シャランはどんな怪我でも一瞬で治療できる、特別な子。

 だから、勇者を名乗る貴族の目に、止まってしまったんだ。


〝魔人討伐に、黄金の聖女である、君の力が必要なんだ〟


 ベールスモンド地方は、人同士の戦争も、魔人の襲撃もない、とても長閑な地域だった。

 それを、ある日突然、見知らぬ魔人が街のひとつを壊滅させたらしい。

 シャランを誘い出しに来たのは、そんな魔人を討伐すべく編成された、伯爵様の軍隊だった。


 伯爵様の嫡男である、ソフラン・マカドミア・アレグレッソ・ベールスモンド。

 名前を言うだけで舌を噛みそうになる。

 自分を魔人討伐の勇者と信じて疑わない、愚か者の名だ。

 

〝ジャン、私、ちょっとだけ手伝ってくるね。大丈夫、必ず生きて帰って来るから〟


 行って欲しくなかった。 

 行くなら僕も一緒に行きたかった。

 魔人は、ある日突然、村を壊滅させることが出来るぐらいの力を持っている。

 それがどれだけ危険かは、考えるまでもなく、分かる。


 でも、石工職人の息子である僕が、魔人討伐を掲げた軍隊相手に、反旗をひるがえせる訳がない。

 

 シャランは貴族の息子に連れられて、魔人討伐へと旅立ってしまった。

 そして、死んでしまった。

 もう、あの笑顔を見ることが、出来ない。


「ジャン、今度、ベールスモンド伯爵が代表となり、戦没者を弔う葬儀があるらしい。シャランのご両親も参列すると聞いた。私達も参列しに行こう」


 貴族の勇者なんか、どうでもいい。

 シャランの幼馴染として、黄金の聖女の幼馴染として、僕は葬儀へと向かう事にした。


 戦没者を弔う葬儀は、街を悲しみ一色に染め上げる程に、盛大なものだった。

 中でもとりわけ盛大だったのが、勇者ソフランの墓標だった。

 噂によると、彼が陣頭指揮を執った部隊は、たった一体の魔人に壊滅させられたらしい。

 魔人の攻撃に成すすべもなく敗退し、戦線を維持する事も出来ずに逃げていたのだとか。 

 

 最終的に、勇者ソフランは数名の同伴者と共に、魔人へと奇襲を仕掛けた。

 そして返り討ちにあい、彼は亡き者になった。

 遺体すら見つかっていないのだとか。他の戦死者は無残な状態だったらしいけど。


 シャランは、そんな勇者ソフランの同伴者の一人だった。

 遺体こそ見つかっていないが、生き残れるはずがない。

 

「魔人ガーガドルフを討伐した者には、金貨千枚を褒賞として与える」


 勇者ソフランの父、ベールスモンド伯爵が、葬儀の場でこう叫んでいた。

 金貨千枚あれば、数年は遊んで暮らせる。

 そういう風に囁く人たちもいたけど、僕は違った。


「シャランの遺体も、遺留品も見つかっていない。討伐隊に参加して、何かないか探してくる」


 絶対に戦わないこと。

 それが父さんと母さんが出した、討伐隊参加の条件だった。


 僕は石工職人としての修行しかしていないから。

 魔人と戦えるような、魔法も力も無いから。

 あくまでシャランの形見を探しに行く、ただ、それだけ。


「荷物持ちを頼む。それと武器だが、その筋肉があれば、とりあえず斧ぐらいは持てるだろう?」


 討伐隊に参加する以上、役割は必須だ。

 ただついて行くだけでも、食料や衣服、つまり金が掛かる。

 編成された討伐隊は百人を超えた。

 ヤル気に満ち溢れた人たちの中、僕は一人、シャランの遺留品を探しながら歩いた。 

 道中何も無かったけど、何もないのが当然だったのかなって、現場に付いて思い知る。


「ここが、魔人ガーガドルフと、勇者ソフランの戦った跡地か」


 討伐隊の誰もが、想像しえなかった状況なのだろう。 

 誰一人として、敗北した勇者ソフランを責める言葉を発しない。


 真っ黒になった山肌、切り株が幾つもあり、切断面はどれも焦げている。

 黒い原因はすす、手で摘まむと真っ黒に染まり、焼け焦げた跡だと分かる。

 

 魔人がいなくて良かった。


 そんな空気の中、僕はシャランの形見が無いかを、一人探していた。

 彼女がしていたアクセサリーや、旅立つ時に手にしていた杖、肩から下げていたポーチ。

 何か一つでもないかと思っていたのだけれど、結局、何も見つけることは出来ず。


「街に戻るぞ」


 誰かの号令で、討伐隊は解散となった。

 討伐すべき魔人はいないし、戦った所で敗北は必須だろう。

 僕としても、シャランの形見を何ひとつ見つける事が出来なかったのだから、残る意味はない。

 

 本当に、何も無かった。

 せめて何か一つだけでも、持ち帰ってあげたかった。

 

 喪に伏したままの街から馬車に乗り、僕は故郷の村へと戻った。

 馬車が村に近づくにつれ、懐かしい景色が強引に彼女を思い出させる。


 二人で買い物をしたお店。

 二人で歩いた小道。

 二人で泳いだ小川。

 

 目頭が熱くなって、涙が勝手に零れ落ちる。


 永遠に一緒だと思っていた。

 死ぬまで一緒だと思っていた。

 

 止まらない涙を拭いながら、一歩一歩、両親が待つ家へと向かう。

 

 明日からも、世界は何も変わらない日々が続くのだろう。

 違うことと言えば、彼女がこの世界から、完全にいなくなってしまったという事だけ。 

 

 この空の下、どこを探しても、シャランはいない。


 いつか、帰ってきてくれると信じていたのに。

 僕と一緒になるって、約束してくれたのに。


「ただいま……」


 どうしようもない悲しみと共に、家の扉を開けた。

 多分、酷い顔をしている。

 母さんや父さんに、見られたくない。

 だから、俯いたまま、自分の部屋に行こうとしたのだけど。


「……おかえり」


 出迎えてくれたのは、誰でもない、幼馴染のシャランだった。




【次回予告】

 望外の再会に、ジャンは喜ぶ。

 しかし、彼女の身体には烙印が刻まれているのであった。


 第二話『僕、彼女と一緒に旅に出ます』

 本日16時、公開予定です。

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