第3話 動く二宮金次郎➃

 ファミレスで昼食後は、日向葵がかき氷を食べたいというからそれに付き合った。

 それでもまだ夜までは時間がある。だから、時間が潰せてなおかつ涼しい場所を求めて図書館に足を運んだ。

 自習室でも利用するのかと思いきや、日向葵と百合香は迷わず新聞資料室に向かう。

 

「ここ、あまり利用者がいないから少しくらいならおしゃべりできますよ。他に誰か入ってきたら諦めますけど」

「なるほど、そういう使い方してるのか」

「たまにですけど。テスト勉強一緒にしても、自習室だと声出せないでしょ? だから、百合香に解き方聞きたいときはここ使うんです」

「へぇ……」


 そんな使い方があるのかと感心すると同時に、なぜここに連れてこられたのだろうと麦太郎は不思議に思った。

 おしゃべりを楽しむためというわけではないだろう。後輩女子が自分とおしゃべりしたがっていると思うほど、自惚れてはいない。


「もしかして、作戦会議か何かするつもり?」

「あー、それもありますけど。ただ一緒に本読んでるのも退屈でしょ? どうせならおしゃべりできたほうがいいじゃないですか」

「そ、そっか……」


 少なくとも日向葵が自分と話すのが嫌ではないのだとわかって、麦太郎はほっとした。

 中学、高校ときちんと友人を作ってきたし、女子とも普通に口を聞く。だが、どこかで他人に引け目を感じるというか、踏み込みきれない感覚があったのは、絶対に小五のときのあの出来事があったせいだ。

 緩く浅く、深入りせずに無難な付き合いをしていたら、傷つくことも傷つけられることもない。親しくなって都賀家の人間たちがしなければならない〝怪異じまい〟について語ることも、できれば避けたいと思っていた。

 だが、なりゆきとはいえ日向葵および百合香には、ガッツリ事情を知られている。まだ親しくなったわけではないが、浅からぬ縁ができてしまった。

 それなら、怪談にまつわることには遠慮する必要はないのだろう。


「そういえば、先輩は怪談に納得性? がなくちゃだめって言ってましたよね。小学生のときに語ったものには、その納得性がなかったんですか?」


 日向葵は適当に新聞を広げながら言う。それを見て「朝食の席のお父さんじゃないんだから」と百合香がツッコんでいておかしい。


「納得性は、なかっただろうな。だってそのときは、怪談を語ることが何なのかわかってなかったから。俺の家が代々やってること……怪異を語り封じることには、怪異への理解と考察が必要だ。そのために、下調べが大事なんだ。何も知らず、見たまま体験したままを語るのは違うからな」

「じゃあ、二宮金次郎像のことも調べてあるんですか?」

「ある。かつての校長が寄付したものだった」


 麦太郎の小学校にあった二宮金次郎像が建てられたのは、昭和の終わり頃らしい。

 寄贈したのは、かつてこの小学校の校長を務めていた人物。

 その人は、校長の座を退いたあと、末期癌であることが発覚してから二宮金次郎像を寄贈したのだという。


「調べてわかったのは、まあそれだけなんだけど」

「セオリー通りだと、その校長先生の魂が宿ってそうですよね」

「俺もそうだと思ってるし、怪談として語るならそういう筋書きになるよな」


 麦太郎が引っかかっているところで、おそらく日向葵も引っかかったのだろう。


「……小学生を追いかけ回して怪我までさせて、ろくでもないね」


 じっと聞いていた百合香が、小さな声で言った。手厳しいなと思うが、彼女の意見を否定することもできない。

 麦太郎としても、あの二宮金次郎像には思うところがあるのだ。あれが本当に動き出さなければ、追いかけられて親友が怪我をしなければと、これまで何度も考えてきた。

 だが、怖がるだけしかできなかった自分のせいだともわかっているから、二宮金次郎像を責めることもできずにいた。

 

「いや、でも……何かな、何だかなぁ……違う気がするんだよな」


 日向葵は百合香とは違い、二宮金次郎像を悪いものだと断じれないようだった。

 彼女は善悪について考えるとき、善に意識が向くタイプなのだろうなと感じていたが、今もそうだ。

 彼女は二宮金次郎像にも、善性を見出そうとしている。


「まあ、とにかく行きましょうか」


 しばらく考え込んでいた日向葵だったが、閉館時間を告げる〝蛍の光〟が流れてきたことで、図書館から出ていかなくてはならなくなった。

 高校近くの市立図書館だからか、ほかの地域の図書館が十八時で閉まるのに対し、ここは十九時まで開いている。

 ここから駅に向かい、麦太郎の地元まで電車で約二十分ほど。駅から小学校まで十五分くらいかかることを考えると、着く頃にはちょうどいい時間になっているだろう。

 朝からずっと園芸部の活動をして、その後もなんだかんだ移動をして疲れているからか、それとも緊張しているのか。道中、会話という会話はなかった。

 何か話題提供をすべきだろうかと考えたが、やめにした。

 おしゃべりをするよりも、怪談をどう語るかを考えるほうが大事だからだ。

 あの学校の二宮金次郎像の由来について調べた。起きている怪異のあたりもつけている。

 だが、どう語るのかどう落としどころをつけるかは、これから起きること次第だ。

 そして、日向葵がいればうまくいきそうだと感じている。

 カーブミラーのときも屋敷のお茶会の件も、日向葵なしではあのオチにはできなかったはずだ。

 だから、彼女の怪異の解釈と落としどころを無駄にしないよう語ればいい。


「……なんというか、雰囲気のある学校ですね」


 正門まで到着し、小学校の外観を見て日向葵が言った。

 言葉を選んでいるものの、彼女の言いたいことはわかる。

 歴史があるといえば聞こえがいいが、ようは古いのだ。


「平成に入って一度建て替えられたらしいが、まあ古いよな」

「平成に入ってって……それでも築三十年以上じゃないですか。まあ、学校なんてそんなものか……」


 夏だから九時前とはいえまだそこまで暗くなってはいないが、日が落ちた景色の中に佇む校舎は何とも言えない気味の悪さがあった。

 だからなのか、日向葵が侵入をためらっているのが伝わってきた。


「何か、嫌だな。ここ……二宮金次郎像以外にも七不思議とかありそう」



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