第3話 動く二宮金次郎②
一度は「別に面白くもないから」と話すのを拒否したものの、日向葵が「お昼ご飯食べながらでいいから話してください」としつこく言うものだから、結局麦太郎が折れた。
誰かに話すタイミングが来たのかもしれないという、あきらめもあった。だが、それより百合香の顔が怖かった。どうやらこの美少女は、親友である日向葵の機嫌を誰かが損ねようとしている気配に敏感なようだ。
恨まれたくないし、もったいつけるものでもないしと思って、彼女たちに促されるまま再び、高校近くのファミレスまで足を運んだ。
「言われた通り、着替えを持ってきててよかった」
Tシャツとハーフパンツ姿になっている麦太郎は、同じく夏らしい格好になっている二人を見て感心していた。
昨日部活に関する知らせをメッセージアプリにもらったとき、着替えとして普段着を持ってくるようにと言われてその通りにしたが、正直ピンとは来ていなかったのだ。
汚れたジャージのまま帰宅すればいいだけじゃないかと思っていたのだが、寄り道をするのなら着替えが必要なのは当然だ。
「やっぱり部活帰りには寄り道したいじゃないですか。なので、私たちは絶対に着替えを持ってるんですよ」
「なるほどなぁ」
これまで部活に入っていなかった麦太郎にとって、部活帰りに寄り道したいという気持ちはわからない。だが、半ば強制的とはいえ活動に参加するようになった以上、こういった打ち上げ的な場面にも居合わせたほうがいいのだろうなと思う。
「どうしようかなぁ。ミックスフライ定食にしようと思ってたけど、冷たいパスタあるならそれにするしかない!」
「どうせ二種類あるからどっちにしようかで今度は迷うんでしょ? だったら両方頼んで半分ずつにする?」
「百合香ありがとー! じゃあそうする! かき氷もあるね、食べられるかなぁ」
「お腹痛くなるから今度にしなよ」
メニューを広げ、日向葵と百合香は仲良くキャッキャしている。
私服姿の後輩女子二人と一緒にいるところを同じ高校の連中に見られたらどうしようか……などと一瞬考えたのが馬鹿らしくなる。
この現場を見られても、まさかデートと間違われることはないだろう。二人が仲がいいせいで、麦太郎が女子二人をはべらせているようにも見えない。
「先輩はどうしますか?」
「俺は……夏野菜カレーにする。あ、じゃあ注文するな」
タッチパネルを操作して、三人分の料理を注文した。自分の分のドリンクバーを頼むつもりはなかったが、無料チケットを日向葵が持っているとのことで、三人分頼むことになった。
各々飲み物を取りに行って、注文していた料理が運ばれてくると、日向葵が視線で何かを促してくる。
それで、麦太郎はここに来た目的を思い出した。
「本当にさ、別に楽しい話じゃないんだけどさ……」
「そうやって引っかかってるならなおさら、誰かに話したほうがいいですよ。で、こんな話、誰彼構わずできるわけじゃないでしょ?」
「まあ、そうか」
ただ聞きたいだけだろうに、まるで悩み相談に乗るかのような雰囲気で日向葵は言う。彼女の意識の何割かは運ばれてきた目の前の冷製パスタに向けられているのが気になるところだが、確かに言われてみればそうだ。
いつまでも気にしているくらいなら、誰かに話してすっきりしたほうがいいのだろう。
「俺の通っていた小学校には、今時珍しく二宮金次郎の像があるんだけど、この像には噂があったんだ」
「それって、夜な夜な動き出すとかですか? あと、目が光るとかアクロバティックな動きをするとか」
「そうそう。うちの小学校のは、『夜の学校に忍び込むと二宮金次郎像に追いかけ回される』っていうシンプルなやつだったんだけど」
「あ、じゃあ先輩は忍び込んだんですね!」
この手の話が好きなのか、日向葵は前のめりになって聞いてきた。
この子が喜ぶような胸踊る話ができたらよかったんだけどな……と思いながら、続きを話すことにする。
「そう、忍び込んだんだ。友達五人で。何がきっかけだったのか忘れたけど、言い合いになってさ。『本当に二宮金次郎像は動くのか』って。噂を信じてる派と信じてない派がいたんだ。それで、よせばいいのに夜の八時過ぎにそれぞれ家を抜け出して学校に行った。道中、一時間くらい見張ってみて動かなかったら帰ろうって軽く話してたんだけど、そんなに簡単にはいかなくてさ」
話しながら麦太郎は、あの夜のことを思い出していた。
今みたいな夏ではなく、秋の終わり。暮れるのが早くて夜の八時ともなればすっかり暗くなってしまっていた。
学校への道のりは街灯があるからまだよかったが、到着して敷地に入ると暗かった。スポ少でサッカーをやっている子たちの話だと、人感センサーのライトがついているということだったが、門からではなく植え込みの隙間から敷地内に侵入したから、そのライトに照らされることもなかった。
最初は小声でワイワイしていたのだが、暗くてあまりにも静かだったから、だんだんとみんな気が滅入っていった。九時くらいならまだ職員室に誰か残っているのではないかと思っていたのに、その日はたまたまだったのかいつもなのかわからないが、明かりは消え人の気配はすっかりなくなっていた。
だから、二宮金次郎像に到着する前にみんな怖じ気づいてしまった。
「二宮金次郎像、コの字型の校舎の中庭にあったから、昇降口を通り抜けられない以上、グルッと回らないとたどり着けなかったんだ。暗くて静かすぎてみんなちょっとずつ気持ちが萎えていたから、中庭に行く前に嫌になったやつがいたんだよ。そいつが帰ろうって言い出して、もめたんだ」
麦太郎を含む五人のうち、二人がもう帰ろうと言い出した。だが、あとの二人は「ここまで来たのに何で帰るんだよ」と言って残ることを提案した。
麦太郎は、どちらの言い分もわかった。もうこのくらいにして帰りたいという気持ちも、ここまで来たのに帰るわけにはいかないという気持ちも。
だが、そんな場でどちらの気持ちもわかるとは言えなかった。雰囲気的に、決断を下さなければならなかった。
「俺は正直、一番仲がいいやつが帰ろうって言ってたから、そっちに賛成してもよかったんだ。でも、しなかった。〝怪談師〟として自分がどこまでやれるか試してみたいって気持ちもあったから……あとになって、もっと違うやり方があるんじゃないかって思ったけど、そのときはわからなかったんだ」
計画性がなく行きあたりばったりで、怪談を、怪異を語るということをなめていた証拠である。
小学生だったから仕方ないと思いつつも、小学生なりの準備はできたはずなのだ。
「俺が残るのに賛成派に加わったことで、さらにもめたよ。帰りたいほうも必死だったんだよな。あとちょっとで殴り合いに発展するんじゃないかって勢いで言い合いが始まって……でも、それどころじゃなくなった。出てきたんだよ、二宮金次郎像が」
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