第2話 お茶会のお知らせ➆

「……都賀先輩? 都賀先輩が外にいるんだ!」


 聞こえてきたのは、怪談のような語り出しだった。そして、その声は知っているものだ。


(外にいるなら開けてくれたらいいのに! って、それができないのか……できないから、語ろうとしてるのか。つまり、私たちはまた怪談に、怪異に巻き込まれたのか……)


 出してもらおうと声を発したものの、少し考えてそれが無駄だとわかった。

 麦太郎ならきっと、扉が開くならとっくに開けてくれているだろう。

 彼のことは正直まだよくわからないが、悪い人間だとは思っていない。

 彼には怪異を語って封じるという使命があるから、前回も今回も利害の一致みたいなものだ。

 だから、彼が以前百合香を助けるために日向葵に協力してくれたのは、百パーセントの善意とはいえないだろう。

 それでも、彼がカーブミラーの現物のある山の中まで原付で連れて行ってくれたことや、実はその後日向葵たちの迎えが来るまでさりげなく近くにいてくれたことなどを振り返ると、彼の善性を信じてもいいと考えている。

 だから、黙って彼の声に耳を傾けた。


『高校生たちが、部活の先輩に声をかけられるんだ。「今度、知り合いのお屋敷でお茶会があるんだよ。よかったら来ない?」と。高校生たちはその魅力的なお誘いに、一に二もなく頷いてしまう。誘い自体が魅力的だったのもあるだろう。だが、憧れの先輩に声をかけられたからというのが大きな理由だったのかもしれない。

 とにかく、高校生たちはウキウキしながらお茶会当日、お屋敷に向かった。ところが、インターホンを鳴らして出てきた家主に言われてしまうんだ。「お茶会なんて、やっていませんよ」と。家主がいうには、そういったことはこれまでも何度もあったらしい。だから慣れていると言って、途方に暮れていた高校生たちを屋敷の中へと招いた。

 家主は上品な老婦人で、お茶とお菓子でもてなして、屋敷の来歴について語ってくれた。たくさんおしゃべりをして、高校生たちは家主と楽しい時間を過ごす。

 だが、ふと気がつくと自分たちが素敵なお屋敷ではなく、埃まみれの廃墟にいることに気がついた。手にはなぜだか、掃除道具を握っている。

 実は、この屋敷はずいぶんと前から廃墟になっていて、おかしな噂もあったらしい。お茶会に招かれたと言って、誰もいない屋敷のインターホンを鳴らすのをたまに見かけるという噂が。この屋敷は、もしかしたらかつての日々を取り戻したいのかもしれない。未練を遺したこの屋敷は、寂しさゆえか屋敷という性質からか人を集め続けるのだろう』


 麦太郎の語りを聞きながら、なるほどなと、日向葵は納得していた。

 自分たちのほかにも被害者がいたことは、田中の存在でわかっている。彼の口ぶりからすると、どうやら今日が初めてではないらしい。

 ということは、ほかにもこんなふうに誰かに呼ばれて、ありもしないお茶会に参加するために屋敷を訪れた人々がいたはずだ。


「都賀先輩、私たち、どうやったらここから出られますか?」


 語りが止まったのを見計らい、日向葵は扉の向こうに尋ねた。


「ごめん。下調べしてもそこまではわからなかった。屋敷はおそらく、かつての状態を再現するために集めた人間に掃除をさせているんだと思う」

「えー、やだー……こんなとこ、ちょっとやそっと掃除したくらいじゃきれいにならないよ。きれいになるまで帰さないっていうなら帰れないよ。あきらめて業者呼んでくれよ……」


 麦太郎の答えに、日向葵は絶望する。彼の推測は正しいのだろうが、あまり役に立つ気がしない。

 だが、怪談を語ることである程度怪異に干渉できるのだからどうにかしてよと思ったところで、ひらめいた。


「この屋敷の、未練を晴らしてあげなくちゃいけないのかな……」


 先ほどの、老婦人と交わした会話を思い出す。

 かつてここはパーティーが開かれていて、たくさんの華やかな人々で賑わっていたのだという話だ。

 きっと、楽しかったのだろう。誇らしかったのだろう。

 日向葵たちに見せた幻の中の屋敷は、とても立派だった。

 だから、せめてそのときの姿に近づきたいと、集めた人間たちに掃除をさせているのかもしれない。


「ああ、もうだめだ……窓割って出ればいいんじゃねぇかな⁉」

「ちょっと、田中先輩!」


 ずっと呆然としていた田中が、ふらふらと窓に近づいていった。彼の細腕と手にしている箒では窓はきっと割れないだろうが、屋敷を傷つけるのは止めたかった。


「……何よ、これ。本当に信じられない。そんなふうに生きた人間に迷惑かけるんなら、燃やしちゃったほうがいいんじゃないの?」


 ずっと何かを考え込んでいた様子の百合香が、そんな物騒なことを言い出した。彼女が今すぐ火をつけられるような道具を持っているとは思えないが、燃やしたいと思ったら知恵と執念でやってしまいそうだと思って、日向葵は焦った。


「百合香、落ち着いて。田中先輩もね。ここを出たいのはわかるし、私もそうだけど、もう少し穏便に行こう。それに、たぶん窓割るとか燃やすとかは通用しないと思う。オバケが出てきて襲ってきたわけじゃないけど、これは怪異が起こしてることだから」


 二人を止めるために言ったことだが、百合香にしか通じなかったらしい。彼女はハッとしてまた考え込む顔になったが、田中は信じられないのか信じたくないのか鼻で笑った。

 百合香は半月前にカーブミラーに引きずり込まれているから、怪異が存在するのも、どんなものなのかも知っている。信じるとか信じないとかではなく、認めるしかない。


(おばあさん、私たちお客さんが来たことで嬉しそうにしてたな……きっと、ここを定期的に人が訪れる場所にしたいんだ)


 先ほどの老婦人とのやりとりを思い出し、日向葵は考える。何かきっといい落としどころがあるはずだと。

 だが、ゆっくり考えている時間はなさそうだ。

 田中は気分が悪いのか怖いのか落ち着かなさそうにしているし、百合香もご機嫌斜めだ。日向葵自身も、可能な限り早く出たい事情が発生していた。


(これからも定期的に掃除しに来てあげるって言う? 何か違うな。もっとこう、向こうのお願いも叶えつつ、こっちが主導権握ってる感じにしたい……そうだ!)


 のっぴきならない事情を抱えた日向葵は、必死に頭を働かせた。そして、ひとつの案を思いつく。

 だめかもしれないと冷静な思考が追いつくより先に、高らかに宣言する。

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