第2話 お茶会のお知らせ➅

「私たちを誘ったのは、女の先輩ではなかったですね……」


 田中が前のめりに、あまりにもじっと見てくるから、不安になって日向葵は百合香を見た。彼女も薄く頷きつつも、居心地の悪そうな表情をしている。


「私たち、男の先輩に誘われたよね? やたらと顔がきれいな……」

「美形っていうより、塩顔イケメンの……」


 日向葵と百合香は自分たちを部活及びこのお茶会に誘った人物について語ろうとして、違和感を覚えていた。

 実は、何か噛み合っていないのではと感じるのはこれが初めてではない。


「日向葵、塩顔イケメンって、あの怪談先輩と混じってない?」

「混じってないよ! 都賀先輩はイケメンかどうかわかんないじゃん! 前髪重くて基本目元隠れてるし」

「ああいうの好きなのかと」

「好きじゃない! あの人、何かムカつくもん!」


 百合香は自分たちの間にある違和感を拭いたいのか、日向葵が先輩と麦太郎を間違えているのではないかと言い出した。

 麦太郎のことをかっこいいと思ったことはないし、好みでもない。だから日向葵は憤慨するも、自分の記憶が混濁しているのは否定できなかった。


「あんたらを誘った先輩っていうのは、何年だ?」

「え、何年だろ……バッヂの色、何色だった?」


 田中の質問に、日向葵は戸惑いながら首をひねる。

 好みの顔過ぎて、バッヂの色を見ていなかったのかもしれない。思い出そうとしても、まったく思い出せない。

 忘れてしまった、というのとは、脳の感覚が違っていた。

 現実にあったことを忘れた、思い出せないというより、夢で見た出来事を思い出そうという感覚に近い気がする。

 どんな夢を見たのかまではおぼろげに思い出せても、そこで見た色まで思い出せることはまれだ。

 というより、そもそも色なんてついていただろうか?

 

「え、でも、夢なんかじゃなかったはず……昇降口近くの花壇で声をかけられて、名前を聞かれて、先輩の名前も聞いて……名前……名前? ねぇ百合香、先輩の名前って何だっけ? ……え?」


 日向葵は思い出そうと必死になって、ギュッと目をつむっていた。だが、どうにも記憶を探っても掴めそうで何も掴めなくて、その感覚に苛立ちとうすら寒さを覚えて目を開けた。

 すぐ隣にいる百合香に相槌を求めたのに、彼女は日向葵のほうを見ず、一心不乱に箒で床を掃いていた。


「え? は? 何これっ……ここ、どこ?」


 百合香の異様な仕草に驚いて自身を見ると、日向葵も箒を持っていた。そして、先ほどまでいた応接室ではなく、埃まみれの廃墟に立っていた。

 ひと目で廃墟だとわかったのは、電灯の灯りはなく、半分だけ開けられた破れたカーテンの向こうから射し込む陽の光がチラチラと宙に舞う埃を照らしていたからだ。

 

「百合香、百合香起きて! 何かやばい!」


 焦った日向葵は、百合香の肩を揺さぶって呼びかけた。すると、ぼんやりしていた彼女の目の焦点が合い、瞳に光が戻ってくる。


「……ここ、どこ?」

「わかんない! でも、さっきまでいたところじゃないよ! テーブルもお茶もなくなってるし、家主だっていうあのおばあさんもいない!」

「あれ、田中先輩……何かまずくない?」


 先ほどまで呆然としていたものの、百合香のほうが日向葵よりも冷静だった。自分たちのいる場所を見回し、部屋の奥で箒を支えに立つ田中を見つけて指差した。

 

「ちょっ……田中先輩! 起きて! 起きてったらっ!」


 日向葵は田中に駆け寄ると、その両肩を掴んで激しく揺さぶった。だが、彼は口を半開きにしたまま虚空を見つめ、反応する様子はない。

 そのただならぬ気配に日向葵は恐ろしくなったが、彼をこのままにしていいとも思えなかった。

 だから、迷った末に思いきり彼の頬をひっぱたく。


「すみませんっ!」


 一発ではだめだったかと、すかさず二発目の平手打ちを叩き込む。彼の目に光が戻ったのを見て、日向葵は慌てて謝った。


「え……俺、何してた……? ここ、どこ……?」

「わからないんです。でも、先輩も私たちも〝お茶会〟に招待されていたはずで、でも気がついたらこんなところにいて……」

「……そうだ……俺、お茶会に……今度こそあの先輩に会えるんじゃないかって思って……なんだよ、ここ! 気持ちわりぃなっ」

「ちょ、ちょっと……」


 正気に戻った田中は途端に慌て始め、逃げ出そうと玄関のほうへ向かった。

 ひとりにさせるのはまずいと思って日向葵も百合香もあとを追ったが、自分たちのいる場所のボロボロ加減にゾッとしていた。

 

「くそっ! 開かねぇ! 何でだよ!」


 玄関ホールまで追いつくと、田中がドアノブを必死にガチャガチャしえいるのが見えた。

 扉をバンバン叩き、しまいには体当たりまで始めたのにびくともしない。

 いかにも地味めで体を鍛えることとは無縁という感じの田中では力が足りないのかと思い、日向葵も駆け寄って体当たりを加えてみた。だが、扉はガッチリと固定されているかのように、少しの手応えもなかった。


「やばい……私たち、閉じ込められてる」


 お茶会にいたと思ったら廃墟にいるというだけで、十分まずいとは思っていたのだ。

 だが、扉はあるのにここから出られないというのはいよいよ危険だ。


「くそくそくそっ! どうすりゃいいんだよ!」

「田中先輩、ちょっと静かに!」


 パニックになって叫びだした田中を、百合香が鋭い声で制した。驚いた日向葵に、彼女は視線で扉のほうを示す。


「……日向葵も静かに。何か聞こえる」

「え?」


 彼女に言われ、日向葵は黙った。

 すると、確かに声が聞こえる。


『それは、ある屋敷で起きたことだった。高校生たちが、その屋敷で開かれたお茶会に誘われたのだ』



 

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