第2話 お茶会のお知らせ⑤

「どうも……」


 日向葵が驚いて声を上げると、彼は会釈してきた。その顔には笑みなのか動揺なのかわからない表情が貼りついていて、何なんだろうなと日向葵は思う。

 田中は部活の先輩だから、何か教えてくれるだろうとこれまで何度か話しかけたことがあるが、ビクビクしていてそのくせどことなく攻撃的な雰囲気で、日向葵たちは話しかけるのをやめてしまった。

 極度に人付き合いが苦手な人間というのはいる。おそらくそういう部類なのかと思っていたが、こうしてお茶会に来ているのだから意外だ。

 あの素敵な先輩が田中のことも誘ったのだろうかと考えたとき、老婦人に声をかけられた。


「さあさ、座ってちょうだい」

「あ、はい。ありがとうございます……」


 いつまでも立っていては失礼に当たるだろうと、日向葵は百合香と目配せして、田中の斜め前に座った。あまり離れたところに座るのも露骨だ。かといって正面や隣は嫌だった。その結果、斜め前に座ることになる。


「こういう不思議なことでもないとお若い方と話す機会なんてないから、嬉しいわ」

「私たちも、こんなに素敵なところを訪れることができて光栄です」

「高校でも、話題なんですよ。坂道を上ったところにすごく大きなお屋敷があるって」


 老婦人は席につくと、嬉しそうに日向葵と百合香を見つめた。だから、二人は顔を見合わせて喜びを伝える。

 「せっかくだからおもてなしをさせて」と言ったとおり、老婦人は紅茶と焼き菓子を勧めてくれた。いつのタイミングで用意したのだろうと少し不思議だったが、もてなし慣れている人にとっては気づかせないのが当たり前なのかもしれないと思った。

 しかし、日向葵たちは手土産を持参したことを伝え、それから手をつけ始めた。やはりそれが一般的なマナーだったのか、特に何も言われない。

 二人は近所で人気の洋菓子店に寄って、きれいなケーキをいくつか買ってきていた。

 食べ慣れた味で美味しいが、目の前に出された薫り高い紅茶も、こんがりきれいに焼けたクッキーも非常に興味を惹かれた。

 それでも、二人は買ってきていたペットボトルのミネラルウォーターでケーキを流し込む。飲み物も持参すべきだと気がついたのは駅についてからで、かといって何を買えばいいのかわからなくて、無難に水を買ったのだ。

 とはいえ、何だか妙な気もしていた。お茶会には手土産を持参してそれしか食べないのがマナーだなんて、じゃあ一体なんのためのお茶会なのだろう?


「ここもね、昔は毎日のように人が訪れる賑やかな場所だったのよ。こことは別にパーティーができる大きなお部屋があって、たくさんの人が集まっていたの」


 日向葵がぼんやりとお茶会の意義について考えていると、老婦人が弾む声で言った。

 それから彼女は、この屋敷がかつては旧華族の別邸だったことや、とある財閥が所有していた時代もあること、ここで開かれた華やかな催しについて楽しげに語った。

 お茶会もそうだが、夜会などという言葉とは無縁の世界で日向葵たちは生きている。だから、老婦人の語るこの屋敷での思い出の数々はそれこそまるで夢物語のようで、聞いているうちに日向葵もわくわくしてきた。


「すごいなぁ。ダンスパーティーってやつですよね? そういうの憧れます。踊れないけど」

「踊れなくても楽しいわよ。きれいなドレスを着てね、仲のいい人たちとおしゃべりをするのもいいものよ」

「おしゃれをすると特別な気分になるの、わかります! いいなぁ」


 日向葵はかつてこの屋敷がたくさんの人で賑わっていたときのことを想像してみた。

 着飾った人々が踊ったり、おしゃべりしたり、各々自由に過ごしている姿を。

 パーティーだから、きっと美味しいものもたくさん出るのだろう。

 今のところ、ちょっとおしゃれなホテルのビュッフェくらいしか知らないから、日向葵の頭の中には正しい夜会の様子は思い浮かべられていないが。

 百合香は日向葵と違い、屋敷の建物自体に興味があるのか、有名な建築家が建てたものなのかだとか、修繕や増改築はしているかだとか、そんなことを聞いていた。

 そういえば、彼女が進路のひとつに建築関係の学科を検討していると言っていたのを聞いていたため、なるほどなと日向葵は思う。

 老婦人は百合香の質問にも丁寧に答え、建築家の名前とその人がほかに手がけた有名な建物、そしてこれまでの屋敷の変化について答えてくれた。

 歴史ある建物だとはいえ、屋敷について何でも答えられる老婦人のことを日向葵は尊敬し始めていた。たとえ自分がここに暮らしていても、こんなふうに来歴を覚えることはできないだろうと。


「なぁ」


 そんなふうに、有意義で楽しいおしゃべりを続けていると、不意に斜め前から声をかけられた。

 そちらに視線を向けると、会話に一切参加していなかった田中が日向葵と百合香を見ていた。


「あんたらは、誰に誘われてこのお茶会に来た? あの美人な女先輩か?」

「美人な女先輩って……誰?」


 田中の質問に、日向葵と百合香は顔を見合わせて首を傾げた。

 

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