第2話 お茶会のお知らせ➃

 ふわふわした気持ちのまま、気がつくと週末を迎えていた。

 日向葵は自宅最寄り駅で百合香と待ち合わせをし、電車で高校の近くまで行った。

 二人とも、いつになくおしゃれをしていて、そのせいなのかとてもそわそわしていた。

 日向葵はリボンタイのついた七分袖のシャツに膝丈のスカートを合わせ、いつもよりお行儀のよいスタイルに仕上げている。

 百合香は白地に小花柄の散ったワンピースを着ており、彼女がいかに本気なのかが伝わってくる。


「百合香、今日めちゃくちゃ可愛いね。いつも可愛いけど後光が射してるもん」

「大げさだよ。日向葵のほうこそ、いつもと違ってお嬢さんみたい」

「お父さんにも言われた! 『デートか⁉』って焦ってたから、百合香とお出かけって言ったけど」

「日向葵のお父さん、かわいいね」


 二人は仲良く並んで会話をしながら、スマホの道案内をもとに進んでいく。

 坂道を上がっていくと、景色の雰囲気が変わったのがわかる。

 家の周りをぐるりと囲む塀の立派さやその規模から、大きな家々が並んでいるのが見て取れるのだ。

 それらを横目に、なるほど、お金持ちが住んでいるエリアだと日向葵は感じていた。それも、昔からいるお金持ちだと。

 なぜなら、建ち並ぶ家々はどれも歴史を感じさせるものばかりだから。


「ねえ、今の家の表札見た? 〝勅使河原てしがわら〟って書いてあった!」

「日向葵、読めたの?」

「読めた! 前にクイズ番組で難読名字のやつでやってたの。難しいのは〝てし〟の部分だけで〝かわら〟は読めるもん」


 珍しい名字の家を見つけ、日向葵は興奮気味に言う。

 機会がなければ歩くことなどなかった場所のため、妙にはしゃいでしまっていた。


「ねえ、漢字三文字以上だとお金持ちの名字だって感じがしない?」


 キョロキョロと視線を泳がせ、ほかに珍しい名字はないかと日向葵は探す。

 このあたりにある家はみな裕福だとわかっているものの、まさにという名前を見つけたくなってしまっていたのだ。


「ああ、確かに。勘解由小路かでのこじとかね」

「うんうん。あと、伊集院いじゅういんとか綾小路あやのこうじとか花山院かさのいんとかね」

「わかるわかる。勝手なイメージだけどね。でも、漢字三文字以上縛りなら佐々木も五十嵐もそうだけど」

「そうだった! じゃあ、やっぱり大事なのは画数? 金持ちっぽさは文字が複雑ってことかな」


 とりとめもない、どうでもいい話をしているうちに、これまで見てきたのとは比べ物にならないほど立派な屋敷が視界に飛び込んできた。

 煉瓦造りの、いかにも洋館といった姿だ。その建物をぐるりと囲む生け垣は和の要素を感じさせ、それが不思議な魅力になっている。

 どこかが管理している小さめの美術館だと言われても納得できるくらい、荘厳な佇まいだ。


「ここ、だよね?」

「うん。住所も合ってるし、むしろここ以外にお屋敷って呼ばれてそうな建物はないよね」


 不安になって日向葵が百合香に聞くと、彼女もスマホを確認し、屋敷に視線を向けた。


「表札は……ないんだね」

「大きな家だからじゃない?」

「そだね……インターホン、押してみようか」


 屋敷の大きさに気圧された二人だったが、このまま呆然としているわけにはいかないと、思い切ってインターホンを押してみる。

 すると、ややあってから上品な女性の声が応対した。


『はい』

「あ、あの……お茶会にお誘いいただいて来ました」

『まあ、お茶会……あいにくですけれど、そういった予定はないのよ』

「えっ……」

 

 本当に申し訳なさそうに言われ、日向葵は驚いてしまった。何と言ったものかと言葉を探していると、ふつっとインターホンが切られてしまった。

 突然のことに日向葵も百合香も戸惑うしかなかったが、この家の女性からしてもきっと困ったものだろう。

 お茶会の予定などないのに、知らない人が招待されたと言ってやってくるなんて恐怖だ。だから、文字通り門前払いされても仕方がないだろう。

 そう自分を納得させようとしていたとき、門の奥、建物の玄関扉が開かれた。そして、中から可愛らしい老婦人が現れる。


「せっかくですから、どうぞ上がっていかれて」

「えっ」

「さあ、どうぞ」


 老婦人に笑顔で手招きされ、どうしようかと悩んだ。

 普通なら、招かれたと思っていたお茶会そのものが存在しないと言われたら、丁重に辞退して帰るべきなのだろう。

 だが、無性にお屋敷に入ってみたい気分になっていた。

 こんなところに入れる機会はめったにないと思ったからなのか。それとも老婦人が明るく感じがよかったからなのか。

 わからないが、日向葵は百合香と特に打ち合わせることなく、気がつくと門を開けて敷地の中へと入っていた。


「いらっしゃい」

「どうも……すみません、突然押しかけてしまって」


 玄関ホールで老婦人に出迎えられ、日向葵は申し訳なくなった。

 藤色の上品なワンピースを着こなす彼女は、あきらかに上流階級のマダムだ。そういった知り合いはいないからあくまでイメージにすぎないが、いかにもお金持ちの奥様といった雰囲気だ。

 本来ならば使用人だとかお手伝いさんのような存在がやるべき来客対応をこの人にさせてしまっているのだとわかって、恐縮した。


「いいのよ、そんなにかしこまらないで。もうね、こうやって不思議なお客様が来るのはずっと続いているから慣れているのよ」

「ええっ……そうなんですか」

「そうなの。だから、せっかくならおもてなしさせてちょうだい」


 何だかすごい話をさらりとされた気がしたが、老婦人が先導するように歩くからついていくしかない。

 陽射しが差し込む廊下を抜けてやってきたのは、両開きの扉の前。

 応接室と呼ばれるところなんだろうなとぼんやり考えながら中に入ると、何とそこには見知った顔があった。


「あ、えっと、田中先輩……?」


 長く大きなテーブルを囲む席のひとつに、日向葵と百合香の先輩にあたる田中が座っていた。

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