第2話 お茶会のお知らせ③

 予鈴を聞いて慌てて走って何とか遅刻を回避して教室に到着した日向葵だったが、その後も本調子とはいかなかった。

 気がつくと、週末のお茶会のことを考えてしまうのだ。そして、お茶会のことを考えると、意識は自ずと先輩に向かう。


(知り合いのお茶会に誘ってくれたってことは、先輩も来るってことだよね? 嬉しいけど、緊張しちゃうな……)


 気持ちがふわふわして、頭の中はそれでいっぱいだ。

 どんな格好をしていくのが適切だろうかとか、先輩の私服はどんなだろうかと考えていると、頭はどんどんぼんやりしていく。

 そして、気がつくと昼休みになっていた。

 昼休み、クラスの友達とお弁当を食べてひとごこちついていると、出入り口付近が少し騒がしかった。戸口に立って男子のひとりが誰かと話している。


「あ、二年の人だ。うちのクラスに何か用ですか?」

「人、呼んでほしくて。ここ、二年A組って聞いてるから合ってると思うけど。アベさんいる?」


 自分の名前が呼ばれた気がしたけれど、日向葵はすぐに反応しなかった。応対している男子が日向葵を見て、首を傾げてからすぐに別のところに視線を向けたからだ。


「うちのクラス、アベが二人いるんですよね。〝こざとへん〟の阿部と〝安い〟の安倍。どっち?」

「えっ……どっちのアベだろ」


 来訪者は予想外のことを聞かれたからか、あきらかに戸惑っていた。字で書けばすぐに思い浮かべられることでも、音だけ聞くと戸惑うのは理解できる。

 それらのやりとりを聞いて、日向葵は何となく来訪者が誰なのかわかった気がしていた。日向葵の席からでは応対している男子の背中しか見えないが。


「そうだ……下の名前が雑草みたいなほうのアベ」

「あっ! 阿部日向葵のほうか! おーい、阿部ー! 二年の先輩が呼んでるぞー」


 〝下の名前が雑草みたい〟と聞こえたタイミングで、すでに日向葵は立ち上がっていた。

 足早に戸口に向かうと、応対していた男子を押しのけて、来訪者に対峙する。


「あ、阿部さん」

「ちょっと先輩ー⁉」


 廊下に出ると、日向葵は来訪者──都賀麦太郎に向かって鋭い視線を向けた。

 緩くウェーブがかかった重めマッシュな前髪の向こう側で、彼は日向葵の様子におののいていた。


「えっ……怒ってる? やっぱりクラスに来られるの、嫌だったか」

「そうじゃなくて! 私の名前はヒマワリの日向葵ちゃんなんですけど! 雑草じゃなくてお花!」

「ああ、そこで怒ってたのか……ごめんって」


 日向葵の怒りの理由が自分が想定していたことと違うとわかって安堵したのか、麦太郎はヘラっと笑った。

 その顔にムカつきつつも、怒っていても仕方がないと思い直す。


「それで都賀先輩は私に何か用ですか?」

「連絡先、聞いときたいなって……その、協力してほしいとき呼べないじゃん、連絡先知らないと」

「あー……いいですよ」


 〝協力してほしいとき〟という言葉を聞いて、日向葵は一瞬ためらった。

 彼が日向葵に協力してほしいこととは、怪談のことだろう。

 信じられない話だが、彼は語ることで怪異を封じるという能力がある。

 話だけ聞けば「何を馬鹿な」と思うが、日向葵は実際に体験している。彼の能力を目の当たりにし、そして助けられている。

 また怖い思いをするなんて真っ平なのだが、彼のおかげで百合香を救うことができた手前、断れなかった。

 助けてもらったお礼がまだだから、連絡先くらい交換せねばならないのだろう。


「まあ、恩があるので協力もやぶさかではありませんが、今週の土曜はだめですよ。予定があるので」


 自分には素敵な予定があるのだと思い出して、日向葵はえっへんと胸をそらす。

 憧れの先輩にお茶会に誘われたのだと考えると、また頭がふわふわしてきた。


「予定って、補習とか課題とか? うち、中間の成績悪かった生徒は早めに救済する仕組みだもんね」

「何で私が馬鹿なこと前提なんですか? 違います! お茶会に誘われたんですぅ!」


 麦太郎が同情の目を向けているのがわかって、日向葵はまたムカついた。

 だから、どんなに素敵なお誘いなのかを口にする。


「学校から少し歩いたところに、お屋敷があるじゃないですか。そこでお茶会があるらしくて、家の人と知り合いだっていう先輩に誘われたんです。お屋敷ですよ? お茶会ですよ? 素敵じゃないですか?」

「……へぇ、〝お茶会のお知らせ〟か」


 薄い反応しか示さなかったのに、麦太郎は途端に興味を持ったようだった。


「まだ把握できてないけど、まあ、危険度は高くないか……」

「都賀先輩も行きたいんですか? でも、招待されてないと行けないと思います」


 麦太郎が羨ましがっているのかと思ってニヤリとしたが、どうやら違うらしい。

 彼は少し考え込んでから、「楽しんできて」と言った。


「それと、お茶会には手土産を持っていくのがマナーだからね。で、持参したものを優先的に食べなきゃなんだよ」

「へ?」

「ま、常識だから知ってるか」


 手土産はまだしも、それを優先的に食べなくてはいけないなんて知らなかった。だが、〝常識〟と言われると知らないとは言い出しにくくて、日向葵は慌てて頷く。


「し、知ってますとも! 常識です! 当たり前です!」

「だよね。ならよかった。武田百合香も一緒に行くなら、よく伝えておくんだよ。『持参したもの以外は食べるな』って」

「わかってますって! 百合香が知らないはずないでしょ!」


 日向葵が必死に言うと、麦太郎は薄く笑って「健闘を祈る」と言って去っていった。

 なんなんだ、ムカつく! と思いつつも、内心で日向葵は「助かったー」と思っていた。

 お茶会に手土産を持参する考えもなかったし、持参したものしか食べてはいけないなんて知らなかったから。


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