第2話 お茶会のお知らせ②

「あ、先輩……!」


 声のしたほうを見ると、そこにいたのは例の先輩だった。

 日向葵と百合香を園芸部へと誘った、塩顔イケメンだ。


(やっぱり、こういう安心できる感じのあっさりした顔が好きだなぁ)


 好みの顔を前にして、日向葵はぽーっとなっていた。ふと隣を見ると、男子に見惚れることなどなさそうな百合香まで頬を染めている。

 だが、無理もない。

 日向葵たちが対峙しているのは、同年代の男子とは思えない、落ち着いていて魅力的な人なのだから。


「今日は二人だけ?」

「え、あ、はい! いつもより草が生えていたので、念入りに抜いてました。ね、百合香?」


 素敵な先輩とお話できて嬉しいものの、ひとりで話すのは落ち着かなくて、日向葵は助けを求めるみたいに隣の百合香に話を振る。

 だが、いつも頼りになるはずの彼女は、はにかみながら頷くだけだ。

 仕方なく、日向葵はドキドキしながら先輩に向き合う。


「サルビアは育てやすいけど実は水枯れに弱くて下の葉が枯れたりするから、水やりの量やタイミングには気をつけてあげてね」

「は、はい!」

「ベゴニアも同じかな。ベゴニアの場合は葉っぱに水がかかるのを嫌うから、ジョウロなんかを使って株元にそっと水をあげてね」

「わかりました!」


 先輩が花の世話についてコツを話し始めたから、日向葵は急いでスマホを取り出してメモした。

 先輩はほかにも、マリーゴールドや百日草、これから植える予定のマツバボタンの手入れ方法を教えてくれた。

 憧れの先輩と話しているのと、〝園芸部っぽい〟ことをしているのとで、日向葵は感激していた。

 自分がやりたかったのはただ水やりと草抜きをやるだけの作業ではなく、こうして世話のコツや気をつけるべきことを教わりながらの活動だったのだと気がついた。


「阿部さん、熱心に聞いてくれるから嬉しいよ。来年以降、自分が先輩になったら、今度は阿部さんが教える番だからね」


 あっさりした感じのいい顔に微笑まれ、日向葵はさらにぽーっとなる。

 日頃から、花を世話するにあたっていろいろ知りたいことがあったはずなのに、頭がぼんやりとして思い出せない。


(何でだろ? 私ってこんなに頭が悪かったっけ? 何でこんなに頭がぼーっとしてるんだろ? 好みの人を前にしてるから?)


 日向葵は頭が働かないながらも、自分が少しおかしいのではないかと感じていた。

 確かにうんと賢いほうではない。東高校を受験するにあたって、百合香の手をずいぶん焼かせた。

 それでも、こんなふうに頭が回らないのも言葉が出てこないのも、普通だったらあまり考えられないことだ。

 百合香にいたっては、日向葵よりずっと賢いし、いつだって冷静である。

 そんな彼女が自分の隣で恋する乙女のように頬を染めて黙っているなんて、普通ならありえないことだ。


「あ、あの……」

「そうだ。いつも頑張ってくれてる二人に素敵なお誘いがあったんだ」


 このまま話し続けるのは何だかまずい気がして声を上げたとき、先輩がとびきり甘い笑顔を向けてきた。

 その瞬間、また日向葵の頭はぼんやりした。


「今度、知り合いの家でお茶会があるから、ぜひ来てほしいんだ」

「お、お茶会……」


 素敵な笑顔と素敵な響きに、日向葵は夢見心地となった。

 先輩とお話できただけではなく、プライベートなお誘いまで受けてしまった。

 ぼーっとしてしまいながらも、日向葵はスマホのメモアプリにお茶会の日時と場所を記録する。

 そういえば、高校の近くに大きな家があると聞いたことがあったのを思い出した。家というより屋敷と呼ぶに相応しい大きさらしい。


(知り合いの家でお茶会とか、おしゃれすぎる……そんな集まりに呼んでもらえたのか。嬉しいなぁ。先輩も来るんだよね? ドキドキするなぁ)


 そんなことを考えて、日向葵はそれからずっと放心していた。

 それは、チャイムが鳴るまでずっと。


「え、ちょ、やば!」


 チャイムの音が耳に届くと、途端に日向葵はパッチリ目を開けた。眠っていたつもりはないが、まるでうたた寝から飛び起きたかのような気分だ。

 隣にいた百合香も同じだったようで、二人で顔を見合わせると頷きあって、慌てて抜いた草を片づけて手を洗って各々の教室に向かったのだった。

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