第2話 お茶会のお知らせ➀
陽射しに初夏を感じ始めた朝の中庭で、日向葵は百合香と並んで花壇の草を抜いていた。
「こうして草抜いてると、日常に帰ってきたって気がするね」
半月前に体験したあり得ないほどの非日常の出来事を思い出し、日向葵はしみじみと言った。
百合香が怪異に拐われて、彼女を取り戻すために怪談師とともに怪異と対峙するという稀有な経験をした。
それから数日は、まだ恐怖が自分のそばから離れないような、怖さと落ち着かなさを感じていた。だが、半月も過ぎれば夢だったのではないかと感じるほど、その感覚もぼやけてくる。
「また今度声かけるから」と言っていた怪談師・都賀麦太郎からも、あれ以来何も音沙汰はない。同じ学校にいるのだから顔を合わせそうなものだが、学年が違うからか見かけることもなかった。
「本当にね。てか、草生えすぎじゃない?」
百合香は自分のそばに積まれた草を見て、うんざりした顔をした。こまめに抜いているから背丈は伸びていないが、それなりの量がある。
「うん、元気よすぎ。てか、これまで私たちが朝の水やりに来たときには草、あんまりなかったじゃん? たぶん、誰かが抜いてくれてたんだと思う。でもそれが、ここ数日はない気がする」
「だからか……ノリで入部した人たち、いなくなったかな」
「園芸部ってさ、ぶっちゃけ何よって感じするもんね」
並んで草を抜きつつ、自分たちが所属する園芸部の地味さに遠い目をした。
二人とも、高校では部活には入らないつもりだったが、なんとなくの流れで園芸部に入ってしまったのだ。
活発ですばしっこい日向葵は運動部からの勧誘があったし、百合香は生徒会執行部から声がかかっている。
だが、どういうわけか二人仲良く園芸部に入っているのである。別段、どちらも花が好きというわけではないのに。
「ねえ、そういえば、私たちを勧誘したやたらと顔のきれいな先輩、一度も見かけてないよね?」
草抜きの手を止めて、百合香がふと思い出したように言った。それを聞いて日向葵も、自分たちがこの部活に入ったきっかけを思い出す。
「本当だ! そういえばそうだったよね! 塩顔イケメンに声をかけられたんだった」
入学式後の一週間くらい、どの部活も熱心にビラ配りをしていた。見学だけでもと声をかけてくる部活もあった中、そのどれにも興味を持てなかった二人の関心を引いたのが、園芸部だったのだ。
活動内容はいたってシンプル。校内で花壇の水やりや草抜きなどの手入れをするというものだ。朝の水やりは気がついた人がやればよく、放課後の部活動も週に三回ほど。
学業に支障をきたすことなく、それなりに張り合いになるのではないかと、入部を決めたのだった。
「『二人ともお花の名前だね』ってあの先輩、言ってくれたのにな……一度も会わないのはおかしくない?」
自分だって今の今まで存在を忘れていたくせに、文句じみたことを日向葵は言う。
「そうだよね。別にあのきれいな顔目当てに入ったってわけじゃないけど、いないと思うと腑に落ちないっていうか」
「きれい……きれいっていうより塩顔じゃない?」
「まあ、何にせよあの先輩には一度も会えてないね。新入生の顔合わせのときにいた人たちも見かけないけど」
「だよね。この部活の今の規模感すらわからん」
百合香と話しながら、確か自分たち含めて七、八人くらいの部員数だっただろうかと思い出す。それでも部としての体裁を保てるギリギリではあるが、今はあきらかにその人数すらいない。
「てか、かろうじていた二年の先輩すら最近見かけないじゃん」
「田中先輩だっけ? 水やりしてくれてたし、たぶん草抜きしてくれてたのもあの人なのにね」
「田中先輩……もしかして今この部活、私と百合香だけになっちゃったとか?」
日向葵は、校内にある数々の花壇を思い浮かべて憂鬱な気持ちになった。
サルビアやマリーゴールド、ベゴニアなどの比較的に世話が簡単な花ばかり植えられているものの、二人だけで世話をするとなると大変だ。
気楽そうな部活だと思って入部したのに、これでは話が違うと思い始めたとき、自分たちのそばにふっと影ができるのが見えた。
誰かが近くに来たのだろうと振り返るより先に、爽やかな声に話しかけられる。
「いつも花壇の手入れ、ありがとう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます