第1話 カーブミラーの怪➆

「……あると思う。ていうか、なくちゃ困る。よっぽどレアケースでなければ、この世に現物があるから被害が出てるはずだ」

「だったら……!」


 麦太郎の返答に、日向葵は安堵した。

 まだ助けられてはいない。だが、希望は繋がったままだ。


「今すぐ行こう。あっちの山って言ってたよな。今から行けば日が落ちる前に方をつけられるかもしれない」

「い、行くってどうやって?」


 歩き出した彼に、日向葵は戸惑った。すぐそこの山とはいえ、徒歩で行って日暮れに間に合うとは思えない。

 彼はポケットを探って、何かを取り出した。それは何かのキーだった。


「これで行く」

「それ、先輩の原チャ?」


 麦太郎は、オリーブグリーンと白の車体の原付の前で止まった。キーを見せたということは、これは彼のものということだろう。


「そ。人を乗せられるように二種だから」

「二種?」

「原付には一種と二種があって、二種じゃないと二人乗りは禁止なんだ」

「すごい! 用意がいいですね」


 日向葵は素直に感心したのに、なぜだか麦太郎は複雑そうな表情をした。


「……本当は可愛い女の子を乗せたいなって思って二人乗りできる免許にしたのに」

「よかったですね、可愛い私が乗りますよ!」

「まあ……女の子だからいいか」


 失礼なことを言われたのを流してやったのにさらに失礼で返してくるなんて、嫌なやつだ。

 日向葵は腹を立て、さっさと乗れと視線で麦太郎を促す。


「今からさ、またさっきみたいな怖い思いするけど……大丈夫?」


 ヘルメットを手渡しながら、麦太郎は尋ねてくる。自分用のヘルメットとは別にもうひとつのヘルメットを持っているということは、本当に女の子を乗せたかったのだろう。軽薄なやつだ。

 そんなことに意識が向くのは、これからのことを考えるのが嫌だからだ。

 さっきみたいな怖い思い──血まみれで土気色をした悍ましい怪異と向き合う恐怖を思い出すと、正直言って足がすくむ。

 変な方向に曲がった首や白目の部分にまで血が滲む瞳を目の当たりにして、これまで感じたことがない恐怖を味わったのだ。逃げ出したくなるのは当然だ。

 それでも、逃げるわけにはいかない。

 日向葵は返事をする代わりにヘルメットを被った。


「先輩が助けてくれますもんね」

「まあ、そうだな。でも、もう一度言っておくけど、俺ができるのは怪談を語ることだけ。漫画みたいな異能バトルを期待されても困る」

「……その力、十分異能バトルっぽいですけど。とにかく、ひとりじゃないから大丈夫です。百合香を助けられるのは、私しかいないし」


 麦太郎の後ろに座り、日向葵は「よし」と声を出す。無理矢理にでも気合いを出さなければ、気持ちが負けてしまいそうになるから。

 

「ちょっと待って、気が早い。今、ナビの設定してるから」


 二人乗りの流儀かと思い、麦太郎の腰にしがみつくと、何だか嫌な言い方でたしなめられた。それではまるで日向葵が彼にしがみつきたかったみたいではないか。腹が立ったが、ナビを設定してもらわないわけにはいかないから、仕方なく彼の作業が終わるまで待つ。


「山の中の倉庫とか、見つかるもんですか?」

「倉庫とは書いてないけど、山の中にあきらかに人工物がある。規模で考えても間違いないだろうから、とりあえず行こう」

「……はい」


 日向葵は今度こそ彼の腰に掴まる。

 エンジンがかかり、車体が振動したかと思うと、ゆっくりと走り出した。


(早く助けてあげないと)


 ゆるやかな斜面を上り山に入っていくと、暗くなりつつあるのをぐっと感じた。事が済んで帰る頃には夜になっているのだろうと考えて、不安な気持ちが増していく。

 この四日間、百合香はどんな気持ちでいたのか。お腹は空いているだろうし、心細かったのは間違いない。

 取り戻せたら、まずは一緒にご飯を食べに行きたい。そういえばこの前、ファミレスの新メニューが気になると言っていたのだ。二人で一品ずつ頼んでシェアすれば、二品食べられるねと。

 お腹がいっぱいになって落ち着いたら、家まで送っていくのだ。ひとりで家に帰るのが不安だというのなら、付き添って事情を説明してやるつもりだ。

 そんなことを考えているうちに、二人を乗せた原付は開けたところに入って止まった。


「ここだな。……うん、マジで回収したものここに積んでるって感じだ」


 そこは倉庫というより、だだっ広い駐車場のようなところだった。その地面に様々なものが積んであり、敷地の奥に申し訳程度に倉庫がある。

 低い柵に囲まれているが、登って入れそうだ。


「百合香!」

「ちょっと待って! 一応防犯カメラとかないか確認して! 俺たちこれでも進学校の生徒!」

「依頼主からお金だけせしめてきちんとリサイクルしない業者が防犯カメラなんかに費用使うわけないじゃん! 日和るな!」

「え、あ、まあ……そりゃそうか」


 麦太郎が止めるのも無視して、日向葵は柵をよじ登った。

 敷地に侵入すると、すぐさま周囲を見回す。

 カーブミラーを見つけなければいけない。錆びたカーブミラーなど特に価値などなさそうだから、きっとそのへんに打ち捨てられているだろう。そう思って早足で敷地を見て回っていく。

 すると、カーブミラーはあった。

 だが、困ったことにひとつだけではなく、同じようなものがなん本も無造作に地面に転がされていたのだ。


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