第1話 カーブミラーの怪➅
カーブミラーがそこにないということは、どういうことなのだろうか。
「え……何でないの? だって、私さっきそこで……」
「かつてはそこにあったんだ。それは間違いない。事の厄介さは、もうすでにそこにないのに、あったときと同じ怪奇現象が起きてるってことなんだよな。拐われた武田百合香を取り戻すには、さっき見た幻のカーブミラーじゃなく、実体のところに行く必要がある」
「実体……」
現在はその場所にないカーブミラーから出てきた怪異に襲われただなんて、どこまで非現実を極めたら気が済むのだろうかと、日向葵は愕然とした。
だが、そもそもすべてが非現実的なのだ。
それならば、とことんそのあり得ない事象に向き合うしかないのだろう。
「……先輩、ここのカーブミラーがどこにあるのかは調べられてるんですか?」
麦太郎が実地調査をしたと言っていたのを思い出して、日向葵は尋ねた。
「いいや、まだだ。市とか県とかの管轄ではなくて、ここん家の人が設置してたことまではわかったけど、撤去されてからの行方までは……」
「わかりました」
麦太郎が〝ここん家〟と指差したのは、カーブミラーがあったはずの場所のそばに建つ家だ。表札には寺田と書いてある。
カーブミラーなんてみんな行政の管轄だと思っていたが、そうではないらしい。
だが、そんなことはどうだっていい。
日向葵がしなければいけないのは、カーブミラーの行方を追うことだ。
「あ、ちょっと」
日向葵は覚悟を決めて、目の前の家のインターホンを押した。それを見て麦太郎がおののいているが、聞こえないふりをした。
「すみません。東高校の者です。今、学校の課題でこの地域の調査をしておりまして、少しお話を聞かせていただけませんか?」
学校の課題で地域の調査をしている。日向葵が調べているのは、この地域の道路の変化について。まず現在の道路やそばに建つ建物について調べ、そこから十年、二十年、三十年と遡ってどんな変化があったのか調べている──それが、咄嗟に考えついたシナリオだった。
百合香だったらどうするのかを考えて、思いついた。彼女は〝嘘も方便〟のプロで、何か困ったことがあったときにあっと驚く方法を考え出してくれる。その多くがこういった嘘で、それを間近で見てきたから真似してみた。
『東高校の生徒さん? まあ、お勉強熱心ね』
インターホン越しに感じのいい女性が出てきたことで、日向葵はほっとした。もし愛想のない人だったら、本題まで話を持っていく前に心が折れてしまっていただろう。
かいつまんで調査の主旨について伝え、女性──寺田さんが知る限りのこのあたりの地理や変化について教えてもらった。
話し好きの中年女性といった感じで、聞き出すのに苦労はしなかった。
だから、本題のカーブミラーについてもさらりと聞いてしまうことにする。
「そういえば、道路の設置物についても調べているのですが、このお家にあったカーブミラーって、いつ頃撤去されたのですか?」
話している間、ずっとボロが出ないかとドキドキしていたのだが、一番聞きたいことを口にするのが最も緊張した。これが聞けなければ、何の成果もないことになる。
それに、カーブミラーの行方がわからなければ詰みだ。百合香を取り戻せない。
『あー、あのカーブミラーね』
日向葵は緊張して次の言葉を待つ。疑われてなさそうなのが幸いだ。
『あれはね、おとうさん──夫の父親が設置してたものだったんだけど、何年か前に錆びて危ないってことで撤去したのよ。何年前だったかしら……確か二年くらい前かな。次のを設置しなきゃと思ってそのままで、でも今のところ事故も起きてないからいいかなって』
「えっと、そういうのの回収って、市とかに言うんですか? それとも、自分で業者に頼むんですか?」
寺田さんが大してカーブミラーに関心がなさそうなのを感じて、日向葵は焦った。つい二年前まではここにあったことまではわかったのだ。あきらめるわけにはいかない。
『あー……うちは業者に頼んだわ。でも、それはあんまり言わないでほしい……ここだけの話だけど、格安のリサイクル業者に頼んだから』
寺田さんはそこで、言いにくそうに言葉を切った。
『あとから近所の人に聞いた話だと、そこのリサイクル業者は客から金だけ取って、引き取った品をきちんとリサイクルせずに山に捨ててるっていうのよ。一応、向こうの山に倉庫を持ってて、そこに置いてるって建前らしいけど……という話だから、学校の課題には書かないでおいてね』
「わかりました!」
必要なことが聞けてほっとしながら、日向葵は元気よく返事をした。ついでに、費用を払って業者に引き取りを依頼したのだから寺田さんは悪くないというフォローもしておく。
お礼を伝えてやりとりを終え、日向葵は後ろに控えていた麦太郎に向き直る。
「……君、結構ヤバいやつなんだね」
頑張ってひと仕事やり遂げたというのに、なぜだか彼はドン引きした顔で日向葵を見てくる。
「何がですか? 嘘をついたことですか?」
「いや、違う……コミュ力ヤバいなって。俺も方便なら嘘も仕方ないと思ってる派だけど、何がすごいってあんなに知らない人と話弾ませられたことだよ。ちょっと怖いな。オバケより異次元だ」
どうやら彼は日向葵の社交性に驚いているらしい。
自分だって女子に臆することなく声をかけていそうなタイプのくせに、何を驚くことがあるというのだろうか。だが、大人と話すのが苦手というタイプかもしれない。同級生相手には調子に乗るくせに大人と話すときはやたらと声が小さいやつというのはいる。
そんなんで大丈夫なのかと呆れそうになったが、彼が一緒にいてくれるだけでも心強い。
彼には彼の使命があるからなのかもしれない。それでも、日向葵を助けてくれ、そして百合香のことも助けてくれようとしているありがたい存在だ。
「カーブミラーの実体がありそうな場所は聞き出せましたが……まだ、処分されずにこの世にあると思いますか?」
今一番重要なことを、日向葵は尋ねた。
その問いに、麦太郎の表情も引き締まる。
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