「グーテンベルクのふしぎな機械」を読んで

てるる

『グーテンベルクのふしぎな機械』を読んで

「グーテンベルクのふしぎな機械」


ジェイムズ・ランフォード:著

千葉茂樹:訳

あすなろ書房


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 先日 鐘古こよみさまの

「ぐちゃぐちゃ悪魔と文字使い」

https://kakuyomu.jp/works/16817330654073681042


という作品を拝読しました。

グーテンベルクにより活版印刷がもたらされて

宗教改革も真っ只中の十六世紀、

植字工(印刷工の一部)が主役のお話です。


 大変面白くて作者さまとお話ししていたところ

「これお勧め!」と

絵本をひとつ紹介していただきました。

表題の「グーテンベルクのふしぎな機械」です。

内容は、グーテンベルクが

誰にでも読めるよう、活版印刷で聖書を製本した時のことを

とても丁寧に分かりやすく説明している絵本です。


 紙、というものをどうやって用意するか

インクは?

文字は?

印刷機は?


 丁寧に描かれたイラストと本文がお互いを補い合って

子供達にも分かりやすく製本工程を説明しています。

そして何よりも、「資料」としての価値が計り知れない。

当時の印刷に関わる人々と道具類、服装や建築に至るまで

かなり調べて描いているように見受けられました。


今回、私はこの本の絵についてご紹介したいと思います。


 当時の人々の様子が散りばめられたカバーを

めくる……前に、剥がしてまずは表紙を確認。

うーん、残念ながらカバーの印刷と同じですね。

オマケは無いかぁ。

サービス精神旺盛な日本人作家(特にマンガ家さん)だと

いろいろとオマケが描かれていることもあるのですが

アレって結構な手間と費用がかかるそうです。

出版社と著者のどちらが負担しているかは存じませんが

多分著者なんじゃないかなあ、と思っています。

今回はカバーと同じとは言え、

イラストが印刷されているだけでもありがたいですね。


 んで、おもむろに表紙をめくってみます。

路考茶ろこうちゃの優しい色合いの地にドイツの伝統的な書体

フラクトゥーアが並んでいて美しい。

全然読めませんが雰囲気は良いから問題無い。

きっと聖書の文言なんでしょうねえ。


 そして花蔓草地の見開き中扉を開くと

未だ夜の静寂に眠るドイツ

(当時の正式名称:ドイツ人の神聖ローマ帝国)

マインツ市の情景が静かに横たわっています。

第二次大戦時に爆撃されたマインツ大聖堂も

かつての荘厳な尖塔の姿を見せてくれています。


 さて、最初に紙の制作から始めなきゃですね。

ページの隅っことは言え、

工房の横で元気にくるくる回る水車が目を惹きます。

あー、上掛け式かあ、いいなあ、

羨ましいなあ。

高低差余裕で取れてるんだろうなあ。

あれなら動力として充分だろうよ。

こっちは平地だからねえ。

下掛け、胸掛けが精一杯。

しかもお蕎麦屋さんの観光水車なんて

水をモーターで汲み上げてから掛けるという本末転倒っぷりだし。


 おっと脱線しました。


 杵打つ音は

「コトコト コットン コトコト コットン」

なんて軽快なリズムではなく、

「ギキィッ ゴトン ギキィッ ゴトン」くらいのペースでしょう。

紙の原料を力強く粉砕する

働き者の杵の音が聞こえてくるようです。

おや?材料をこぼしてしまって

頭を抱えてる職人さんも見えますね。


 表紙を革の装丁にするので皮鞣し職人もいますね。

鞣し工程に付き物の悪臭と 小汚い液体 こえだめのときもあるも絵で良く分かります。

鼻を摘んで胡乱に眺める近所のご婦人方の姿で一目瞭然。

風情ある木の枝やカラスも素敵。

(……だけど臭いで動物の屍肉があると期待してるのかも)


 この悪臭も皮鞣し職人が嫌われた理由のひとつ。

「死」に関わる不浄の職として

かつては理不尽にも徹底的に彼らが差別されていたことを

チラッとでも子供達に伝えてほしいですね。

鼻を摘むご婦人方と、職人達の服装の違いもぜひ見てほしいところです。

だいたいザクセンシュピーゲル大昔の階級主義の法律書 建 国 神 話 現地民を駆逐してやったぜからして酷い。


 あくまでも現代日本人の感覚ですが、

自分たちが口にしたり身に付けたりする

『動物の命を奪った加工品』なのに、

神からそれを施された自分たちは美しく善良で清らかな存在で、

穢れているのは実際に手を下す卑しい賎民達だけ、

という傲慢さに気づいてもいないところが何とも言えません。

日本でも同じ差別がありました。

残念ながら未だにそれは連綿と引きずられているようです。


 さて気を取り直して。


 音がうるさい製紙や、

悪臭のする皮鞣し工程は郊外で行って

今回の作業場は市街のようです。

小洒落た建物で裕福そうな商人が砂金の取引をしています。

居眠りした職人の所には砂金ドロボーっぽいのが!?


 うわー、面白い!

建物の壁に日時計がありますよ!

「このとけい、へんだよー?」と

絵を見た子供に聞かれた大人達の対応次第で

未来の科学者が誕生するかもしれないと思うと

によによしてしまいます。


 金箔を作るための砂金が

何処から誰の手によってもたらされるかも

絵を見るだけでしっかり分かる。

これを見て、当時のヨーロッパの人以外の人種が

どのように扱われていたかにも

子供達が意識を向けてくれるかもしれません。

そこは説明する大人達、心して話してあげてほしいところ。


 外で使う大鍋には脚が付いていて 竈 かまど要らず。

焚き火の上では 鼎 かなえを四本足にしたような大きな鍋で

圧搾した亜麻仁油を煮詰めています。

インク作りの工程は、また郊外の農村ですね。

ススを集めた子供達はまっくろくろすけです。


 お次は活字の鋳造と植字ですね。

活字ひっくり返してますねぇ、あっはっは。

猫さまが足元をちょろちょろしたようです。

こぼれた活字で猫さまが怪我などしませんように。

 文選箱 活字入れひっくり返したら堪ったもんじゃないんですけど

東洋と違って文字数少ないから問題無いね!がんばれ!


 柴を燃料にした鋳金炉の足下にはちゃんと吹子もあって。

二階では 筋 引 き 機 リーネルマシンでしょうか?

目を酷使していそうな職人さんが精密作業に勤しんでいます。

偽造されないように、己の誇りと技術の粋を凝らして

細かい飾り文字を制作していますよ。


「コイツを真似できるもんならしてみやがれ!」



 木製印刷機の組み立てはまた市街のようです。

一抱えもある巨大な木螺子もくねじはブドウの圧搾機を参考にしたもの。

材木の表面を整えるかんなは西洋式で押すタイプ、

……って向こうの人が描いたんだから当然か。

和かんなと洋かんなの違いを説明してあげるのも良いですね。

お父さん(もしくはお母さんやじいちゃんばあちゃん)の

株も上がろうというもの。


 窓もこの頃になると板ガラスが(高級ではあるものの)普及し始めてるだろうし、中折れ式の板戸の雰囲気がねえ、良いわ〜

十六世紀は奇抜な服飾が流行った頃ですが

職人達の作業着がまたカラフルでピーターパンちっく。

染料はどうしていたのかしら?

草木染めか工業系かも調べたくなってきました。

そう、子供に聞かれてもカッコよく答えられるように

保護者の皆さんは日夜研鑽を積まねばならないのです。


 イラストだけでも当時の風俗がよく分かる。

作者さまは時代考証頑張ったんだろうなあ、

一時が万事と言いますか、ひとつキチンとしていると

全てにおいて、手を抜かずに調べていそうな信頼感が出ますね。

ボタンは使わずにかぶり物をピンで留めているようです。

靴はハーフブーツみたいなのを履いていますが、

柴刈りに行くような農民?は靴もなく

包帯状の布を脚に巻いているだけですね。

よほどお金が無いんでしょう。


 本文には無いものの

脇の方ではしれっとろうそく作ってる女性陣がいたりして

ああ、照明もまだろうそくだったっけ。

ろうそくの灯火のもと、活字を拾って 版 下 出来上がり予想図通りに並べていきます。

そして日本語と違ってアルファベートと数字くらいだから

活字の種類が少ない!

組み上がっても机一つで足りちゃうんだもの。

 ぜひとも日本の活版印刷職人のところへ遍歴に来て欲しかったものです。

通常でも二千五百あまりある我が国の活字と戦ってみるが良い。

全部じゃ無いが、私の同級生はこいつをひっくり返したぞ!?

(注意:

学生の頃の話です。仕事では無いので大丈夫

……大丈夫ったら大丈夫。

もちろん戻すの総出で手伝いました見返りは無かったとも)


 版が組み上がってもすぐにインクを乗せてはいけません。

紙の準備をしてから、丁寧に組版へインクを乗せていくのですが

その情景にうっすらとトンボの影が。

日本とは逆に、ヨーロッパではトンボDragonflyは不吉の象徴です。

(何しろ邪悪とされている 竜 Dragonが名前に入っているくらいです)

窓の外も暗雲が垂れ込めてきていて変化の兆しが見えます。


 力一杯プレスして版を印刷しているとき、窓の外には嵐の稲光。

グーテンベルクの後ろ姿も陰になって、その表情は定かではありません。

これまで羊皮紙に一枚ずつ写本するのが常識だった世の中が、

根底からひっくり返ることを暗示しているのかもしれませんね。


 黒いインクで刷り上がった紙は

美しい装飾を施され、彩色されていきます。

とても高価な材料や

(粉にした宝石や、貴重すぎて妖精の食事とも言われたサフランなど)

金箔も使って豪華に仕上げていきます。


 だいたいのページに誰かしら失敗したり邪魔が入ったりで

ユーモアを見せてくれるのですが、

刷り上がった紙にインク瓶ひっくり返すのはお約束なんでしょうかね?

高価な彩色後だったりしたら目も当てられないんですが。

「ぐちゃぐちゃ悪魔」を彷彿とさせてくれます。


 大勢の職人達の手を経て、そろそろ聖書が出来上がりそうです。

製本職人たちはページを重ねて背を縫い固め、

鞣し革で豪華な表紙に装丁していますね。

検品する目も一際厳しく、仕上がりを確かめています。

後ろで見つめているのは、

差し戻しをされないかと心配しているのかしら?


 紙と印刷機の普及で爆発的に近代へと向かう時代。

マインツ市にも厳かな夜明けが訪れました。


 ……とばかり思って見ていたのですが

ありゃりゃ?

この文章を書くのにちょっと検索してみたんですが

ライン川を手前にマインツ大聖堂を仰ぎ見るとなんと西向き!

これ朝焼けじゃない・・・・・・・・・わ。

朝に西空が赤いんなら夜明け直前の光景ですね。

まさに黎明を表しているような空です。


裏表紙では伝統的な花蔓草紋様から

段々とコンピュータの基盤回路図へと移り変わり

更なる技術の進歩を暗示しています。


 本文では丁寧にあれとこれを用意してこうやって、と

工程を説明していますが

そちらは読んでのお楽しみ。

特に黎明期の印刷製本に興味のある方には超お勧めです。


 そう、「本好きの下剋上」ファンのあなた、あなたですよ!

絶対後悔しないからポチってみ?




最後に。


鐘古こよみさまへ

 台 湾 の 活 字 格調高くも難解な旧字体がごとき

重厚かつ、てんこ盛りの感謝を。



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蛇足(にしては長文)ですが

絵本に関係のない水車よもやま話もこちらに。


製紙作業で敏腕ならぬクモ手を振るうこの水車。

領主の占有品ではなかったのかしら?

中世では粉挽きなどは税として上前を跳ねることが出来る

格好の 打ち出の小槌 じいちゃんばあちゃんのさいふでしたから、

水車や石臼など私有は許されなかったはず。

製紙作業でも製粉と同じように

成果物の何十分の一かを物納していたのかもしれませんね。

まあ、隠れて私有してる村もそこそこあったようではありますが。

(力は弱いけれどちょっと私用にする程度なら、

直径数十センチから1メートルくらいの小さな水車かくせるヤツでも使えます)


 ちなみに水車小屋は領主の所有で、

小屋の管理人は嘱託された役人です。

水車はもちろん石臼も持ち去られるわけにはいかない重くても皆んなで頑張りゃ運べるさ財産ですから

鍵の掛かる『水車小屋』で厳重に管理していました。

 水車はその構造上、大きな音がするので

大抵は村はずれに設置されています。

人目につきにくい場所で、かつ大きな音がする密室とくれば

(窓なんてものは無いか、あっても極小)

よからぬことを致す者どもも出てこようというもの。

借金で首が回らないご婦人方が連れて来られることも常態と化していたとか。

そんな所でも管理人は小遣い稼ぎをしているんです。


(この絵本では小屋ではなくて機構がそのまま露出しています。

健全ですね!)


 水車・石臼金のニワトリを使用する際には納税分の上に

役人の横領分も当然の如く 上 乗 せ ぼったくりされるから

水車小屋の管理人は蛇蝎が如く嫌われていました。


「(イエスの肉たる)パンを食いたきゃ水車を使え、石臼を使え、

使った分だけ物納すんのは当然だからな!」


と言われりゃあ使いたくなくなるのも当たり前の話。

農民達がパンを食さずに粥雑炊になったのも分かろうというものです。

貧乏だからパンが食べられないってだけじゃあなかったようで。



「小役人の懐肥やすなんざ業腹でぃ

パンなんぞ食わねぇでも生きてけらァ

おいらァそんなもん使わねぇよ」


……な、お人もそこそこ居たとか居ないとか。


 そしてファンタジーあるあるですが

マーケットで購入してきた粉類に

砂利が混ざってて云々、というやつ。

収穫や袋詰めが雑で混入、と言うよりも

粉挽きの石臼の品質が低くて

『穀物と一緒に石臼も削れているから』が大きい。

がりがりじゃりじゃり

水車風車の剛力で削られた石臼が砂利と化しているんです。

 

 いずれの日にか読者諸氏が転生した時には

かさ増しに敢えて砂利を混ぜ込んでいる

「バレなきゃいいや商人」に

引っかからないことを切に祈ります。

……砂利混入の粉類を常食した人は

遺体の頭蓋骨見るとすぐに分かるそうですよ?

歯がすり減っているから!

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