冬、晴れた日の回想
ある晴れた冬の昼下がり。
待合室の長椅子にできた陽だまりに陣取った吾輩は眩しげな目で外を眺める。
それはなかなかに至福の時間である。
今日のように風など強く吹いていればなお良い。
寒風の吹き荒ぶ駐車場や身を縮めて道路を行き交う人間たちを見ると、屋内の快適さを満喫する自身との対比になんともいえない優越感が胸に湧き上がる。
もちろん外に出てみたいなどとは露ほども思わない。
ものごころがついてからというもの、ついぞそんな乱暴な感慨を持った覚えはないはずだ。
ただ外の世界にまったく興味がないといえば、それは嘘になるかもしれない。
吾輩だって太古のルーツをたどればサバンナあたりで狩りをする獰猛な肉食動物と同種である。物陰に息を潜め、獲物との距離を測り、そして跳躍の瞬間を逃すまいと全神経を集中する。そのような野生本能が吾輩のDNA螺旋のどこかにひっそりと眠っているはずなのだ……たぶんだけど。
しかしそれが発動する可能性はこれからの一生を通じてやはりないだろうと感じている。
ま、去勢もされちゃったしね……ふんッ。
そういうわけで吾輩は外を眺めているだけで十分に満足できる。
それ以上は望まない。
望む必要もない。
要するにテレビと同じただの娯楽である。
けれどふとしたときにガラス向こうにポツネンとたたずむ自分を想像してみることもある。
するとなんとなく落ち着かない気分になった。
背中がムズムズとして、足の裏が床を踏んでいないような気分。
そんなとき吾輩はブルンと一度身震いをして、その空想を打ち消す。
わざわざ外に出ていく家猫の気が知れない。
心底、そう思った。
いや、そう思っていた。
奴との出会いがなければずっとそう信じて疑いもなかったはず……。
どうやら揺らぎかけているらしい信条から吾輩は目を逸らすべく、長椅子の上でごろりと寝返りを打った。そして同時に頭に浮かんだヤスジロウの姿にひとつ小さなため息を吐く。
そういえば、あれからもう十ヶ月近くも経つのか。
その感慨とともに吾輩は駐車場脇の植え込みに目を移し、そこに立つ桜の木をぼんやりと眺めた。まばらに枯れ葉を残す若い樹は寒風にさらされ、凍えて身を震わせているように見える。けれど目を凝らせば、その枝先には無数の小さな膨らみが見て取れる。
もうすぐ春がやってくる。
不意に彼の声が鼓膜に甦った。
「ゴクラク、春が来たらおめえにも見せてやりてえな。空いっぱいに広がる満開の桜ってやつをよお」
吾輩は吹きつける風に枝を揺らせる矮小な桜があのときの痩せ細ったヤスジロウの姿に重り、吾輩はもうひとつ小さなため息を落とした。
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