後日談 健康のために

「ここはお肉でしょ!」


「いいやお魚です! お肉はこの前サイゼでも食べたじゃないですか!」


「お肉は何回食べたっていいの。それに今日は念願の下条君の手料理だよ? ぜぇぇぇったいお肉!」


「カップ麺の食べ過ぎでお子様舌になったんじゃないですか? 絶対に魚です!」


「お肉ったらお肉!」


「お魚、です!」


「「ぐぬぬぬ……」」


 俺は睨み合っている二人の肩をぽんっと叩いた。


「店内でコントすんな。めちゃくちゃ目立ってるぞ」


 そう、ここはスーパーの店内。鮮魚コーナーとお肉コーナーの境目で向かい合うように藤白と奈良瀬は言い争いをしていた。

 お陰で周りのお客さんにちらちらと見られて仕方ない。そればかりか「あらあら」みたいな生温かい目を向けられる始末だ。見ているこっちが恥ずかしい。


「あ、や……」


「な、ふ……」


 衆人環視に晒されていることに気付いた二人は頭も体もフリーズしてしまったのか、口をパクパク開けて固まってしまった。


「あとここでやられると邪魔だから、ちょっと離れような」


「う、ひ……」


「や、あ……」


 なんだこれ、壊れたテープレコーダーか何かか?

 真っ赤になった顔の前で手を振ってもうんともすんとも言わない。


 試しに持ってきたカートを二人に握らせて背中を押すと、ブリキのおもちゃみたいにぎぃぎぃと動き出した。ちょっと面白い。


「……こうなったらあれだね。下条君に決めてもらうしかないね」


「……ですね。このままでは埒が明きませんから」


 ブリキから人間に戻った二人は馬鹿みたいに真剣な眼差しを俺に向けた。

 そんなに大事なことかな……肉か魚かって。

 でもここでおちゃらけたらめっちゃ怒られそうだから真面目に考えるか……。


「うーん……二人ともカップ麺とかウーバーとかばっかりで味の濃いご飯だったから、今日は和食にするか。てなわけで魚で」


「なっ……」


「ふふん、流石は下条君ですね。よく分かってます」


 奈良瀬はドヤ顔で藤白を見下ろす。私の勝ちです、とでも言わんばかりの表情だ。

 おい、その謎マウントはやめろ。藤白が物凄い顔で歯を食いしばってるぞ。


「ほらほら、遊んでないでさっさと済ませるぞ。買うもの多いんだから」


「あ、遊んでなんかないよ! これは大事なことなの!」


「そうですよ! お肉かお魚かは今後の人生を左右する重要な問題ですよ!」


 俺はやいのやいの言う二人をスルーして人数分の鮭を手に取った。



 ***



「「おぉー……」」


 テーブルの上には俺が作った料理がずらりと並んでいた。

 鮭の塩焼き、冷奴、蓮根のきんぴら、筑前煮、だし巻き卵、そして味噌汁とご飯。

 完璧な和食ラインナップだ。途中で楽しくなって色々と作り過ぎてしまった。


「す、凄いよこれ……下条君凄い……」


「わ、和食が……和食が食べられるなんて……」


 藤白と奈良瀬は今にも涙を流しそうな勢いで感動していた。まだ食べてもないのに。

 どんだけ和食に飢えてたんだ。


「感極まってないで冷めないうちに食おうぜ」


「そ、そうだね。それじゃあ――」


「「いただきます」」


「はい、召し上がれ」


 二人はおずおずと味噌汁に手を伸ばす。こういう時どれから食べるかって人それぞれで面白いよな。莉子は迷わずメインから行くタイプ。俺は副菜から攻める派だ。

 俺は二人が口にするのを黙って見守る。味見したし不味いことはないと思うけど、やはり家族以外に料理を振舞うのは少しだけ緊張してしまう。頑張って作ったから不味いとか言われたら流石に泣くかもしれん。


 しかしそんなものは杞憂でしかなくて、


「――!! 美味しい! すっごく美味しいよこの味噌汁!」


「はぁ……体に染み渡りますね……最高です……」


 二人は美味しい美味しいと言いながら次々と料理を口にしていく。

 心の中でほっと胸を撫で下しながら、俺も筑前煮に箸をつけた。

 ……うん、美味いな。上出来だ。個人的にはもうちょっと味しみしみなのが好きだけど、時間もなかったし良しとしよう。


「下条君は凄いなぁ……こんな美味しいご飯を作れるなんて」


「これくらい誰だってやればできるぞ。俺だって最初は失敗したしな」


「え、そうなの?」


「玉子焼きとか真っ黒にしたことある」


 必要に迫られたから覚えたというだけで、別に自分に料理の才能があるとは思ってない。

 あ、いや……莉子よりかはあるな……あいつは異次元の料理下手だから。


「下条君でもそういう失敗するんだ。なんでも卒なくこなすイメージだったけど」


「下条君は陽キャ完璧超人ですからね」


「お、それは褒めてるのか? 貶してんのか?」


「もちろん褒めてますよー? 当然じゃないですかー」


「ならその棒読みやめて?」


 二人はくすくすと笑う。


「なんかいいね、こういうの」


「あったかいご飯ってだけで、やっぱり違いますからね」


 それはただ手料理だから、という話じゃないだろう。

 なんかこう、心があったかくなるというか、時間の流れがゆったりしているというか、言いたいことは分かる。


「お気に召してもらえたようで何よりで」


「ほんと、毎日でも作ってもらいたいくらいだよ」


「作ろうか?」


「……え?」


「あ……」


 それは、無意識に出た言葉だった。いつもの悪い癖。

 世話焼きの俺の口から勝手に零れ出た言葉。


(さ、さすがにこれはやばいか……?)


 もう吹っ切れたとは言ってもこれではまるで告白だ。

 毎日味噌汁を作ってくれ的なやつ。

 ただでさえ異性の、しかもとびきり可愛い女の子二人の家に行くのはハードルが高いのに、毎日ご飯を作りに行くだなんて……。

 それなんて通い妻?


 身から出た錆。後悔先に立たず。

 ぐるぐると回る思考の波に溺れかけた時――


「し、下条君のご飯が……毎日食べれる!?」


「い、いいんですかそんな贅沢!? い、いえでも毎日は流石に申し訳ないというか、莉子ちゃんのご飯だって用意しないといけないですよね……。やはりここは断腸の思いで身を引くべきでは……うぅん……でも下条君のご飯……ご飯……」


 俺の予想とは全く違った反応が返ってきた。

 そういえばこの二人、見かけによらず結構食い意地張ってるんだった。忘れてた。

 あと莉子のことも忘れてた。すまん莉子。俺がご飯作らないとお前餓死するもんな。料理できないから。


「あー、そうだな。確かに莉子がいるから毎日は無理かもだけど、たまになら全然大丈夫だぞ」


「ほ、ほんとに……? ほんとにいいの……?」


「俺が二人のこと心配なのもある。このままの食生活続けてたらいつか体ぶっ壊すぞ」


「そ、それを言われたら……」


「なんにも言い返せないですね……」


 結局のところ、これもただのお節介なのだ。

 俺の自己満足、俺が勝手にしたいだけ。


 だから――


「迷惑じゃなければ、むしろこっちからお願いしたいかな」


 二人が嫌だと言うまでは、勝手に続けさせてもらうとしよう。


「じゃ、じゃあ……お願いしようかな」


「下条君、ありがとうございます。下条君は救世主です」


「そんなにか」


 俺達は笑い合う。

 こうやって馬鹿言い合って、騒いで、はしゃいで、笑い合って。

 あったかい気持ちになれるこの時間が、やっぱり俺は大好きで。

 それを心の底から満喫できるのが、こんなにも心地いいなんて思わなかった。


「あ、そうなるとあれだね」


「ん?」


 藤白が少しだけ頬を赤らめる。


「下条君用の食器とか色々……揃えないとね……?」


「――ッ!!」


 体が熱くなって、さっきまで静かだった鼓動がうるさいくらいに鳴り出して。

 あぁもう、俺もきっと藤白みたいに顔真っ赤なんだろうな。


 今日のご飯、俺は割り箸だったし茶碗とかその他もろもろも別の食器で代用していた。

 そりゃそうだ。二人の家に来客なんて来ないから二人分の食器しかこの家にはない。

 だからその提案は今後定期的にご飯を作りに来るなら至極当然なものなんだけど……。


 二人の居場所に俺という存在が入り込む。

 その意味を考えないではいられなかった。


「そ、うだな……今度買い物に付き合ってもらえるか?」


 俺が平静を装いながら言うと、二人は微笑んだ。


「もちろん。お茶碗とお箸だけじゃなくてコップも欲しいね」


「ついでに足りないお皿とかも買い足しましょうか。その方が下条君がご飯を作る時楽でしょうし」


「あぁ、それならタッパーとかも欲しいな。そしたら作り置きできるから」


 俺は二人の指南役だ。二人の健康面についてもきちんと監督する責任がある。

 だからご飯を作りに行くのは、至極当然のことだ。


 ――なんて、言い訳染みた予防線を張ったりしながらも。


 俺は、次は何を作ったら二人は喜んでくれるかなぁ、なんて。

 藤白と奈良瀬の喜ぶ顔を想像しながら、次の献立を考えているのだった。




――――――――――――

これにて完結です。

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俺の役目は人見知りで働きたくないとかいう残念美少女達をトップVtuberにすること 八国祐樹 @yakuniyuuki

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