番外編② 市園菜月の苦悩
私は今日、陽翔と結乃ちゃん、真白ちゃんの四人でサイゼに来ている。
初めて二人とお喋りした時に約束した皆でご飯を食べようの会だ。
驚いたことに、これは結乃ちゃんと真白ちゃんの二人の方から切り出してきた。
遅くなってごめんなさい、一緒に食べようって。
私としてはもう学校で皆と一緒に食べてるからそんな気にしないでよかったのに、二人はちゃんとあの時の約束を守ろうとしてくれたみたい。
本当は切り出すの凄い勇気いただろうにね。結乃ちゃんも真白ちゃんも凄い。
あ、ちなみに陽翔はその場にいたからおまけでついてきた。
「うぅん、どうしよう……パスタにするかピザにするかハンバーグにするか悩む……」
「結乃ちゃん、やっぱりここはハンバーグにすべきですよ。炭水化物よりもたんぱく質です」
「た、確かに……! カップ麵ばっかでたんぱく質取れてないからね」
「お前ら野菜も食え野菜も。マジで体壊すぞ?」
「と、取ってるよ……? ほら、カップ麺の中にキャベツ的な何か入ってるじゃん」
「よし、藤白に取っての野菜に対する認識がその程度だと言うことがよーく分かった。野菜のなんたるかを教えてやる」
「えぇ……いいよ別に。ね、真白?」
「私は……野菜も食べたいですけど……」
「え、なんでここで裏切るの? 野菜好きだったっけ?」
「だ、だって最近……ちょっとお腹のお肉が――」
「下条君、サラダも食べよう。サラダを食べればハンバーグ食べても0カロリーだから」
「そのサラダに対する熱い信頼はなんなんだ……?」
三人はメニューを見ながら楽しそうに会話をしている。
結乃ちゃんも真白ちゃんも、もう孤高の姫君なんて呼ばれてた頃とは似ても似つかない。それくらい表情豊かに、楽しそうに笑っている。
それはとても良いことで、本当なら友達の成長を喜ぶべき所で――
それなのに、私の胸の内はずっと霧がかかったみたいにもやもやしている。
その感情がなんなのかなんて、考えるまでもないことだった。
(最低だな、私……)
「菜月はどれにする?」
陽翔の声にハッとして、私は顔を上げた。
「え? あ、えーっと、私はミラノ風ドリアかな」
「了解。温玉乗ってる方な」
「え……」
「あれ違った? いつもそっち頼んでるから」
「あ、ううん……。温玉乗ってる方でお願い」
陽翔は「うぃー」なんて軽い返事をしながら注文用紙に記入していく。
反対に私は、隣にいる陽翔にこの胸の音が聞こえてないかドキドキしていた。
私達は幼馴染だ。小さい頃から一緒にいて、相手の趣味嗜好だって大体把握している。
それは分かってる。分かってるけど、でも――
こういう何気ない所もちゃんと見ていてくれてるんだって思うと、やっぱり嬉しい。
気付けばもやもやはどこかに消えていて、ただ心臓の音だけが鳴っていた。
(あぁもう、単純だなぁ)
そんな自分に内心で苦笑しながら、私も皆の会話に混ざる。
ご飯が運ばれてきて皆で食べて、他愛もない雑談をして、楽しい時間が流れていく。
しばらくして、
「菜月。実は話しておきたいことがあるの」
結乃ちゃんが突然真剣な表情を浮かべた。
「話しておきたいこと?」
「うん、菜月は当事者だから……教えておかないとって思って……」
結乃ちゃんと真白ちゃんはお互いの顔を見合わせて、小さく頷いた。
「私達、実はね……」
「Vtuberとして配信活動をしているんです」
「うん、知ってるよ」
「ごめんね、菜月はストーカーから私達を守ってくれたのに今まで黙ってて――え?」
「え、知ってる……んですか?」
「まぁなんとなく、だけど。だって二人とも警察からの事情聴取の時にそれっぽい話してたでしょ」
「「あ……」」
Vtuberとは言ってなかったけど、それでも配信のリスナーにストーカーされてて……という話はしていた。
莉子ちゃんもVtuberしているし、陽翔の最近の趣味もVtuberだ。どうして陽翔が突然二人と接点を持ったのかずっと疑問だったけど、妙に納得したのを覚えている。
「でも、ありがとね。ちゃんと伝えなきゃっていう二人の気持ち、とっても嬉しい」
「あ、う……いやそんな……私なんて……」
「うぅ……自分が卑しい存在に思えてきます……」
「久しぶりに見たな、そのリアクション」
なんか変なこと言ってる陽翔は置いておいて、私は二人の手を握る。
「応援してるよ。頑張って!」
分かっていた。
結乃ちゃんと真白ちゃんが変わったのは陽翔のお陰で。
陽翔が何か吹っ切れたみたいに変わったのも、二人のお陰なんだって。
それが私には羨ましくて。
やっぱり少しだけ、妬いてしまった。
***
結乃ちゃんと真白ちゃんと別れて、私達は桜並木を歩く。
お互いに会話はない。
でも気まずくはない。
こういう空気が心地いいと思えるくらい、私達はずっと一緒に過ごしてきたから。
横目で陽翔を見る。何度も何度も見てきた横顔。何度も見てきたのに、未だにドキドキしてしまう。
こんなにドキドキしてるだなんて、陽翔は知らないんだろうな。
でも、ここ最近はドキドキ具合が特に顕著だ。
少し前までは陽翔の顔を見ると、どちらかというと心配の方が勝っていた。
普段は表に出ないけど、ふとした時に見せる影の落ちた表情とか、我慢しているような、後悔しているような……そんな風に見えたから。
今の陽翔にそういう危うさは感じられない。
まるで昔の――中学以前の陽翔が見せていたような晴れやかな姿。
私がずっとずっと好きだった陽翔の姿。
その姿を見る度に嬉しくもなり、陽翔を変えたのが私でない事実に悔しくもなる。
「陽翔、変わったよね」
「そうか? 別にいつも通りだけど」
「変わったよ。迷いがないっていうか、吹っ切れたでしょ?」
「あー……」
陽翔は照れくさそうに頬をかいた。
ずきりと胸が痛む。
「まぁ、そうだな。色々うじうじしてたのが馬鹿らしくなって、もうあれこれ考えるのは止めたよ」
「陽翔は根がお人好しだからね。もちろん良い意味だよ?」
「お人好しってのは……そうかもな。どうにも世話を焼きたがる性分みたいで、こればっかりは直しようがないらしい。困ったことにな」
陽翔は苦笑する。
それを見て私は、考えるまでもなく自然と言葉が漏れ出していた。
「そんな陽翔が、私は好きだよ」
「え……」
驚いたように目を点にしている陽翔を見て、私は思わず微笑んだ。
「幼馴染、だからね」
「あ、あぁ……そうだな」
私には勇気がない。
はっきりと気持ちを伝える勇気も、今の関係を壊してしまう勇気も。
そのまま陽翔とは途中で別れて、私は一人住宅街を歩く。
考えるのは陽翔のこと。
陽翔が中学時代のトラウマから立ち直って高校に進学できたのは、莉子ちゃんのお陰だ。
莉子ちゃんが塞ぎ込んでいる陽翔を見て、どうにか自分にできることはないかって考えて、それでVtuberになることを思い付いた。
当時の陽翔はずっと家に引き籠っていてVtuberにどっぷりハマっていたらしいから、きっと自分がお節介を焼く相手になろうとしたんだろう。
結果的にそれは成功して、こうして陽翔は高校生活を送っている。
そして結乃ちゃんと真白ちゃん。
二人もVtuber活動をしていて、それがきっかけで陽翔が胸に抱いていた不安とか恐れとか後悔みたいなものを取り去ったんだ。
私はずっと陽翔と一緒にいたのに、二人は私ができなかったことをあっさりとやってのけた。
それが悔しくて悔しくて堪らない。
こんな感情抱きたくないのに、止められない。
どうすればよかったんだろう。
どうすれば私は陽翔の力になれるんだろう。
「……私もVtuberになろうかなぁ」
それはつい口についた言葉で、特に意味なんかないはずだった。
なのに、私の体は無意識の内にスマホを取り出していて――
「あ、もしもし莉子ちゃん? ちょっと相談があるんだけど……うん」
もっと私を見てほしいから。
他の誰にも負けたくないから。
一人だけ置いてけぼりなんて、そんなの嫌だから。
私は今日もまた一歩を、踏み出すのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます