perfume

かもめ7440

第1話


香水は使われている香料の種類によって、

その香りが消えていく速さに違いが出る。

だから、付けた時から段々と香りが変わっていく。

匂いはこの三段階で表されて、「香りのピラミッド」と呼ばれ、

香りの特徴をあらわす「ノート」とは、元々音楽用語で音符のこと。


〇トップノート

数分から十分。揮発性が高く、液体から気体になりやすい。

はじめに香って早く消える、レモン、オレンジ、ペパーミントなどが使われる。

〇ミドルノート

二~三時間。その香水のイメージが一番よく伝わる、香りの心臓部。

ローズやジャスミンなど、花の香りやスパイス系の香りが使われる。

〇ラストノート

数時間~半日。最後まで残る香り、自分の肌に馴染んで、

自然と消えていくので、残り香ともいう。

ウッディ系の香りや、バニラ、ムスクなどが使われる。


 *


ちなみに薔薇の中でもよい香りが取れるのは、

ブルガリアローズなど種類が限られ、

一四〇〇個の薔薇の花から、たった一グラムしか薔薇の精油はとれない。

無限の精神の軋轢の襞を知ろうというもの。

狼藉性、中毒性、怠慢性、幻覚性の精髄といえそうな―――もの。


ところで、よい匂いがする木のことを香木という。

伽羅、沈香、白檀などがある。

金木犀は秋に甘い香りを放つ日本三大香木。他は沈丁花、山梔子。

金木犀は中国で「桂花」と呼ばれることが多く、

緑茶にブレンドして香りをつけた「桂花茶」もよく知られている。


天然香料のうち動物性の香りは、

ムスク、シベット、アンバーグリス、カストリウムの四種類だけ。


 *


植物は虫に受粉を助けてもらうために、花から香りを発して、

遠くにいる虫を呼び寄せている。

植物は花の香りに惹きつけられてやって来て、

受粉を手伝ってくれたミツバチなどにご褒美として花蜜をあげる。

香水って植物のフェロモンのようなもので、

こういったコミュニケーションは日常的に行われている。

―――人間は、医療や介護の現場で、オフィスのシーンで、

ホテルのおもてなしに、演出に、美容に使われている。

あと、女装好きの夫が、妻のお気に入りのパンティと、

シルクのローブを羽織った時の薫り豊かな―――お供に・・・。


 *


香水は、香料の濃度によっていくつかの種類に分けられる。


〇パルファム(Parfum)

香料の濃度が一五パーセントから三〇パーセントで、

持続時間は五~七時間。

非常に濃厚で、特別な日に使われることが多い。

〇オードパルファム(Eau de Parfum, EDP)

香料の濃度が一〇パーセントから一五パーセントで、

持続時間は四~五時間。

日常使いに適しており、深みのある香りが特徴。

〇オードトワレ(Eau de Toilette, EDT)

香料の濃度が五パーセントから一〇パーセントで、

持続時間は三~四時間。

カジュアルに使いやすく、初心者にもおすすめ。

〇オーデコロン(Eau de Cologne, EDC)

香料の濃度が三パーセントから五パーセントで、

持続時間は一~二時間。

軽い香りで、夏やオフィスシーンに最適。

〇オーデサントゥール(Eau de Senteur, EDS)

香料の濃度が一パーセントから三パーセントで、

持続時間は一時間程度。

アルコールフリーのものが多く、肌に優しいのが特徴。


  *


中世のヨーロッパは人口が増えたのにもかかわらず、

みんなで使えるトイレが不足していた。

「お花を摘みに行きます」ができなかった時代がある。

当時の人々は便器で用を足して道路や川に捨てていた。

当然嫌な臭いが街のあちこちから漂う。

その匂いを消すために香水文化が生まれた。

(ハイヒールが広まったのも、道に捨てられた便などで、

靴が汚れないようにするためという話がある)


またヨーロッパやアメリカの人々が香水を使うようになったのは、

体臭が強い傾向の体質の他、肉中心の食生活も関係しているといわれている。

(入浴しない習慣が根付き、きつくなる体臭を誤魔化す為。

ペストと公衆浴場)

肉をよく食べると身体から匂いが出やすい、というのもよく知られている。

肉食系女子は焼き肉が好きなんだなと勘違いしていた僕でも知っている。


なお、中世のヨーロッパでは獣臭が流行っていた。

吐き気を催すような臭いと、えもいえぬ良い匂いとの違いは、

その濃縮具合によって生み出される。何も手を加えなければ、

糞便のものすごい臭いだけだがするのに対し、

水で薄め、他の香りと混ぜると、香水が長持ちして肌に残り、

なんともいえない体臭を漂わせることになる。

ほんの少し、エッセンスとして使用する獣臭ならば、

淫らな気分を導き、官能と結びつく、

アグレッシヴでセンセーショナルな薫り。


今日でも多くの人気フレグランスの原料は、

獣臭を放つものが多少は入っている。

没薬(ミルラ)、エゴノキ、ラブダナムなどの香りは、

頭皮の汗臭さや刺激臭がするバルサミコ酢のような、

臭いだと思うかもしれない。コスタスの根からとった油は、

官能を呼び覚ます香りがするが、ベーコンの脂のにおいによく似ている。

ハイビスカスからはアンブレッドシードオイルがとれるが、

これはムスクと同じように、強い汗と脂の臭いがする。

だが当時は希釈することなく、ダイレクトに悪臭を身にまとった。


動物の臭いを取り入れるのには、実用的な理由があった。

昔の医者は鼻腔は脳に直接つながっていると考えていた。

つまり、臭いが体にかなりの影響を及ぼすということだ。

そこにはおける強い臭いは、病人や死にかけている人が醸し出す、

不吉な臭いを打ち消し、身を守る盾になってくれる可能性があった。

因習とか、愚かな文化といえばそれまでかも知れない。

医療の進歩、衛生学という概念が主流になると、

ドレスの襞やウィッグのカールや、扇をあおいで臭いを撒き散らすよりも、

爽やかな花の香りなどを、

そこはかとなく漂わせるのが新たなトレンドになった。


俄かには信じがたいけれど、現代では、

死肉の香りをさせたゾンビ系の香水とか、

ポテトの香りをさせた香水とか、はたまた腐った牛乳の香水とかが、

誕生しているよう―――だ。

もっぱらはちゃんとした理由があるけれど、

因習とか、愚かな文化といえばそれまでかも知れない。


  *


香水を付ける時は、

肌から一〇センチから二〇センチはなしてスプレーをする。

香りを弱くしたい場合は、

外出する三〇分前に香水をつけると、香りが落ち着いてから外出できる。

逆に香りを強くしたい場合は、香水をつける場所を工夫することで、

香りの強さを調整できる。

別の言い方をすれば、香水もウエストより上だと印象的に香り、

ウエストより下だとさりげなく香る。

上は、首筋、肘の内側、ウェストの両側。

下は手首の内側、太腿の内側、スカートやジャケットの裾の裏、

膝の内側、足首など。


また太い血管が通う手首や耳の後ろなど、

体温が高いところに付けると、香りが拡がり易くなり、

香りをより楽しむことができる。


  *


古代エジプト人は香りの効用に早く気付き、

いくつもの香料を組み合わせて「キフィ」という香料を作っていた。

香りを使うことといえば、紀元前三〇〇〇年からといわれ、

ミイラを保存するため。

香料を使って、いい状態で長く保存させようとしていた。

ギリシャ時代は香り付きの油「香油」を身体に塗る、

習慣が拡がっていた。

西洋医学の父といわれる、

ヒポクラテスは香りが病気に効くという指摘を、

していたらしい。

十四世紀には、香料をアルコールにとかして香水ができた、

これが現在の香水に近いものだ。


古代の人達は香りと神と人間をつなぐ大切な橋渡し役と考えて、

宗教の儀式に使っていたといわれている。

紀元前三〇〇〇年、香りの煙を神々に捧げる。

香りは神聖なもので、香りのする木をたいて、その煙に乗せれば、

死者を来世でも生かせると信じられていた。


紀元前五〇年、クレオパトラは、薔薇の花弁を浮かべた、

ミルクバスに毎日入り、その後、身体中に香油をぬったといわれている。

クレオパトラの死後まもなく、彼女が使っていた香水のレシピ本が世に出た。

それから二〇〇〇年以上が経過し、現代の科学者たちが、

その香りを再現したらしい。

「古代エジプトの香水や軟膏のベースは、

現代のようにアルコール性のものではなく、

植物オイルや動物性脂肪に由来するものだった。

香りのいい樹脂、樹皮、ハーブを燃やした煙から抽出するか、

樹脂や花、ハーブ、スパイス、

木などを液体に浸してふやかして香水が作られた」らしい。


ただ、レシピが書かれた象形文字の正確な意味は、

長い年月の経過と共に失われ、

(それはたとえば僕のグラマラスな詩が、

一瞬一刻、暗号と化していくように、)

クレオパトラ時代に葬儀や神殿の儀式で使われたオイルの名前だけで、

その調合についてはいまとなっては皆目見当がついかない。

ギリシャやローマの記録を翻訳するのは簡単だが、

何世紀もギリシャやローマの支配下にあったにもかかわらず、

記録を書いた者はたいてい香水を作った人間ではなく、部外者、

信頼性は低いと考えられる。

とりたてて"香りの実の油"と呼ばれる成分についてはよくわかっておらず、

議論になっている。


とはいえ、古代の香水工場の発見、香水壜の調査によって、

クレオパトラの香水はスパイシーで甘い香りだったのではないか、

という結論のようなものが結ばれている。

粉にしたばかりの没薬やシナモンなどのスパイシーなベースに、

甘い香りを合わせた、えもいわれぬ配合の良い薫りのものらしい。

―――「香り」ではなく、「薫り」とするところに、

僕の定型詩研究や、象徴詩、難解詩の一端が伺えるみたいなものだ。


なお古代のローマでも香料は広く使用されていて、

特にバラの香りが好まれていたという話がある。

ローマの皇帝ネロは、バラの香りに惚れ込み、香油を体中に塗ったり、

部屋をバラの香りで満たすことを楽しんでいたと言われている。

―――現代では間違いなく、黒歴史認定を受けそうだが、

僕もバラの香りは好きだ、ただ、明らかに気持ち悪いので、

人に言わないだけ―――だ。

文明とは時折、そのような不具合や支障を発生する。


十四世紀頃、「ハンガリーウォーター」の誕生。

高齢の追う気が若返りの水を使って美しくなり、

若い王子から求婚された言い伝えがある。オーデコロンの元になった。


十六世紀ころ、香り付き手袋が人気。

フランス王妃カトリーヌ・ド・メディシスがイタリアからフランスにつぐ時、

おつきの調香師が、香り付きの革手袋をフランス王に贈るとたちまち大流行。

フランスで香り産業が大きく発展する。

ちなみに香料用植物を栽培を広めたのも彼女だという。

香水が日本に来たのは江戸時代。

一六一三年イギリス人、ジョン・セーリスが、

薔薇の香水を平戸藩主の弟におくったという記録がある。

資生堂が「日本人による最初の本格的な香水」といわれる、

「花椿」を生み出したのは、一九一七(大正六)年。


十七世紀には、ドイツで世界初となる香水である、

「ケルンの水」が誕生した。

ベルガモットを基調に、

ローズマリーやラベンダーなどのハーブを、

高濃度のアルコールに、漬け込んで調合した香水。


十九世紀ころ、産業革命で合成香料が登場

貴族のものだった香水は、合成香料が発明され、

量産できるようになり、みんなが楽しめるものになった。


二〇世紀頃、ファッションとして香水が使われ、

シャネルが香水革命を起こしたことでも知られている。

ちなみに人間の性的関係においては、

外見や社会的ステータスが注目されがちだけど、

相手の「体臭」も性的魅力の評価に関わっていることが知られている。

「独身男性と既婚男性の匂い」に対する女性の評価を調べた研究では、

女性が独身男性と既婚男性の匂いを嗅ぎ分けられることが示されている。

天使が思わず堕天使になってしまう程に魅惑的なただれた僕等は、

―――シャボン系、オリエンタル系、フローラル系、

ハーブ系、バルサム系、フゼア系、シトラス&フルーティ系、

ウッディ系、スパイス系・・。


嗅覚は科学的に最も見過ごされている人間の感覚だが、

僕等の性行動や社会行動は、鼻と密接に結びついている。

男性は毎日何千もの配偶子を生産するが、女性は月に一度だけ。

男性よりも女性の方が生殖活動に費やすものが大きいので、

生物学的に自分により合う相手を探すように設計されている。

さて、どうでもいいことを書くが、

マックスプランク電波天文学研究所の、

天文学者であるアルノー・ベロッシュ氏は、

銀河の中心部にある星雲からの電波を解析し、

「ギ酸エチル」と呼ばれる物質が存在することをつきとめた。

このギ酸エチルはラズベリーやラム酒の風味の元になる物質で、

宇宙の香りを再現したというフレーバーティー「SPACE TEA」は、

このベロッシュ氏の発見を元に開発されている。

宇宙の薫り、それは何とも言えない好奇心をくすぐるパワーワードだ。


他にも、数十年前に宇宙飛行士の訓練のためにNASAが開発した、

「宇宙の香り」というのがあるらしく、

門外不出で関係者しか嗅ぐことが許されていなかったのだが、

アメリカの情報自由法によって「宇宙の香り」の詳細が公開され、

そのレシピを元につくられたのが「Eau de Space」だ。

ある宇宙飛行士によるとスモーキーでビターらしいので、

ふうんとハルキ・ムラカミするけど、

ここって宇宙じゃなかったのでしょうかという、

野暮なことを言ってはいけない。


「NOSE SHOP」という香水専門店が香水ガチャなるものを爆誕させ、

気軽に試せるミニサイズの香水、値段も懐も諭吉も―――って賤しいな、

でもとりあえず、MajiでKoiする5秒前。

あと、君のドルチェ&ガッバーナの、その香水のせいだよ。

女っていうのは出会って、

一週間後に結婚式の費用を貯め始めているかも知れない、

もう、小田和正、言葉にできない。

ビートルズがタラップを降りて来た翌年。



  *


香りというのは空気中に漂っている小さなガスの粒が、

鼻の奥の粘膜に付くことによって感じる。


「匂い」は一般的な匂い、

「臭い」は嫌な匂いを意味する場合に使われることが多い。

匂いのある物質は二〇万種とも四〇万種ともいわれている。

さて、人間が匂いを感じる場所は鼻の一番奥、眼鏡をかけた時、

支えが鼻にあたるところの内側にある。

人間は鼻の奥にある一円玉くらいの大きさの嗅上皮というところで、

匂いを感じている。


鼻には真ん中を仕切る壁があり、右の鼻の穴に入った匂いは右の脳に、

左は左の脳に届いて、混じり合うことがない。

匂いを感じる時に働く鼻の奥にある神経細胞は、

人間で五〇〇万個、犬には二億個ある。

ちなみに動物の中でもっとも匂いに敏感なのは、

アフリカゾウだという話がある。

アフリカゾウは約二〇〇〇種類のにおい受容体を持っている。

嗅覚は地上にいる生き物だけでなく、

水の中にいる魚などにもあるといわれている。

香りと記憶では、プルースト効果が知られている。

人間は匂いより視覚的な情報に頼ることが多い生きだが、

記憶の中からこれまで行ったことがある場所を思い出し、

目的の場所に辿り着くプロセスはこの効果によく似ている。

記憶を処理する領域と匂いを処理する領域が連携しているのだ。


香りで記憶が思い出されるのは、脳の中に記憶を保管するところがあって、

香りを感じる嗅覚だけがここへ直接信号を伝えることができるから。

嗅覚は「原始的」な感覚といわれている。

嗅覚は昔の動物たちが視覚や聴覚よりも早く、最初に身に着けた特別な力。

美味しい食べ物を見つけたり、敵を一早く見つけたりするのに役立つ。

サバイバル状態においてとても大切な感覚。だから他の感覚と違って、

脳にすばやく呼びかけるルートを持っている。

脳髄の祝祭という時間。


  *


日本にはお香の文化。平安時代。当時貴族たちは香料を複雑に合わせて香りを

楽しんでいた。枕草子や源氏物語にもお香に関することがのっている。

江戸時代に入ると、髪の毛を結わえる時に香油を使ったり、

化粧水に鼻の香りをつけたりして、庶民の間でも香りを楽しむ文化が拡がっていた。


千年も昔、日本の貴族階級は、各家それぞれ秘密の香りの調合の仕方で、

「自分の家の香り」を持っていたといわれている。

そして事物が時間とともに化石や岩石になっていくことを、

君も悠っくりと、知っていくのだろ―――う。

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