Episode.4...迷いの国のアリス

 カマクラは近くに雪の山が出来た。ΣAΣ〈マム〉が見ててと言った。綺麗な氷の矛が出てきたのだった。

 「どうしたのこれ?」ユキは聞いた。

 「木を埋めたの」ΣAΣは微笑んだ。「綺麗でしょう?人が入ってもおかしくない」

 何を言い出すんだろう、と思えた。何かの冗談じゃないかと思えたが、しかしその氷の矛を見ていると、神秘的で宝石を武器にしたらこんな風になるかもなと思えた。

 「あの、すみません。人を見かけませんでしたか?」綺麗な女の人だった。大人びた印象の女性。「蔵人と言うんですけれども」

 「どうしたんだい?」後ろから現れたのは由貴。「蔵人さんと言うのかい?」

 「そうです」カマクラに入ってきた謎の女性。白い厚手のマフラーと灰色のコートが寒そうだった。「あたしの好きだった人だったんです」

 「そんなことは軽々しく言わない方が良い」由貴は言った。「もっと心の奥の海底に沈めてしまえばいい。錨のように、さ。君もなかなか思い切ったことを言うね。好きだなんて。僕は海の底の物言わぬ貝になりたい」

 「そんな常套句を言っている場合?」ΣAΣはいった。「好きな人を探したら?」

 「ユキって言います」ユキは言った。「カフェに行きましょう。何かあったまるものが飲みたい」

 「これをあげる」女性は亜紀と名乗った。「水の形をしたイヤリングだけど、貴女に似合う」

 ありがとう、とΣAΣが代わりに行った。ユキはしばらく黙ったまま、亜紀の先を行く。Caféに案内した。マスターが注文を聞いた。ユキはビーフシチュー、亜紀は、チーズフォンデュ。女子達の座談会だった。由貴とΣAΣはいない。

 「聞いて。あたしはずっと誰かを好きになったことがなかった。誰かを見ても、時代の先が気になって風の先を読む力が必要になってくるだろう、とあきらめていた。蔵人は、頼りなかったけれども、単に孤を追求する社会の有様を物語っていた。彼は時代の先駆者だった。何を付けても、彼だけはあたしと思いを一つに出来るだけの大きな体躯があった。それは1秒、1秒と彼のいない中で、彼が大きくなっている彼の姿を見て、あたしは彼を怖がって病気になることになったの。そしてこの迷いの国に迷い込んだの」亜紀は一気に言った。パンを口に運ぶ。「病気にかかった後は覚えていない。気が付いたらここへ来てた」

 「あたしは由貴さんは、洒落た人だった。何を付けてもさらっとこなすだけの颯爽とした風みたいな人。追憶の想いはいつも久遠のごとく突き抜けてく。でも彼はね、一つだけ人間らしいところがあって、それは人を大事にしているということ。とても人思いで、あたしにだけはいつもジョークを飛ばしていたの。風見鶏みたいにシュールなデザインのジョークを軽く飛ばして笑っちゃうの。それが素敵だった」

 「貴女は、まだ男の人を慣らすには早すぎる。時も、記憶も、タイミングも何もかも早すぎる」亜紀は言った。「だって中学生でしょう?」

 「違うの。タイミングは前からあった。時期に後も前もない、と思ったのはお爺さんの死からかな。猫の人形のジャックが、きさくに相談に乗ってから、あの時に押して損したらどうしようなどとは思えないくらい好きだったから」

 そう……、と言って亜紀は黙る。二人で食べましょうとだけ言い、亜紀は言った。

 静かな晩餐だった。このまま死んでいるのかもしれないな、と思い亜紀は静かに笑顔になった。死はいつだって静かな時を迎え過ごしたいから。平和と安寧こそが亜紀の想い。

 「ゲームをしましょう。あたしが食べているのは何でしょう?」亜紀は言った。

 「パンでしょう?」

 「本当に?」

 しばらく考える。「甘いもの?」

 「食べたら甘くなるかもしれないもの」亜紀は、ウインクした。

 「ポテト」ユキは言った。

 「当たり」亜紀は微笑んだ。「トマトの可能性は考えなかった?」

 「ひょっとしたらニンジンかもと思ったけど」ユキはウインクした。

 「ニンジンはあたしは嫌いだから口に入れないわ。口には美味しいものしか入れない主義なの」亜紀はジョークを言った。「冗談よ」

 「うん。分かった」

 マスターに亜紀はユキの分まで払った。

 二人でユキの家に帰る。日記には一杯写真が貼ってあった。亜紀のウインクした顔、ユキの牛肉をほおばった顔。

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〈Short short story.〉星と共に堕ちる雪に. Dark Charries. @summer_fish

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