第6話 アレイン14歳の夏。少年とお星さま
「―――やあ少年、この公園は風が気持ちいいね。人気がなくて静かなのもいい。読書が捗りそうだ」
14歳の夏。
雑草が伸び放題の村の公園。
ベンチに座って分厚い本を読んでいたその
彼女は銀髪の襟足をやたら伸ばした不思議な髪形をしていた。(後にウルフカットと呼ぶのだと知った。)
タイトなズボンとシャツの上から白衣を羽織る彼女は、この何もない田舎の村で、ハサミで切り取られたように浮いていた。
「人気がないのは俺から皆逃げたからだよ」
俺は鬼子だと、村の奴らから言われている。
親の顔は知らない。物心ついた頃には、山の廃屋で一人で暮らしていた。森の果実を採り、獣を仕留め、時には魔物を返り討ちにした。やがて、誰に教えられるでもなく俺は気付いた。俺は誰よりも強いことを。
どんな獣、どんな魔物を見ても、恐怖を感じることはなかった。というか、他の奴が言う『恐怖』とか『恐れ』とかいうヤツが俺にはよく分からない。
村の奴らが心底怯えるルーンベアとかいう魔物と山で出会った時も、俺が抱いた感想は『思ったよりも小さいな』だけだったし、次に『まあ、普通に勝てるな』と思った。
実際、ルーンベアの頭は俺の拳一発で潰れたザクロみたいになってしまった。こんな弱くて柔らかいヤツ相手に、大人の冒険者たちは徒党を組んで決死の覚悟で挑むらしい。
食料は山で採ることができるが、衣服や調味料などはそうはいかない。俺は時折山を下りて、村で買い物をしていた。
採取した綺麗な石や、動物の毛皮や牙を売り、お金を貰って、商品を購入する。何もおかしなところはない。
それなのに、村の奴らは俺のことが気に入らないらしい。俺と顔を合わせるだけで、嘲り、侮蔑、嫌悪、不安、そんな色の混じった視線で俺を見てくる。
――不気味な子だ。
――親は何処に行った?
――たった一人で魔物を狩るなんて…。
――本当は魔族じゃないの?
特に俺と同年代の奴らはやたらと俺を目の敵にしてきた。あまりにもしつこいし、舐められるのも苛ついてきたので、小突いてやったところ…。
「絡んできたガキ大将の足を粉砕してから誰も俺も近づかなくなったよ」
村の奴らは、一切俺に絡んでこなくなった。目を合わせようともしない。俺が村に来ると、皆家に閉じこもる。まあ、閉じこもった所で、俺は買い物に来たのだから、店には入るが。店員の顔はいつもひきつっている。
同じベンチに腰掛けながらそんなことを俺は言う。
「ふうん。そうなんだ」
「俺は鬼の子どもらしいよ。だからアンタも近づかない方が良い」
「なるほどなるほど。わかった。だけど、私の判断を決めるのは、世間の評価ではない。君の言葉でもない。私の意志だ」
女性の瞳が俺を覗き込んだ。山で見つけた琥珀みたいだな、と俺は思った。
「私はね、君と話をしたいんだ。私の名前はステラ。また会おう少年。いつもこの時間にはここで読書しているから」
その言葉は14歳の俺には何も響かなかったが、山でできる暇つぶしと言えば魔物を虐めるくらいだったので、俺は毎日公園に通うことになった。俺は兎に角、退屈していたのだ。
ステラは俺に様々な話を振ってきた。
「少年。雨の水はどこからきていると思う?」
「恋と愛の違いは何だろうね」
「人は何処から産まれて何処に行くのかな」
「人は弱い。だからこそ支えあって生きているんだよ」
ステラの話は俺には難しすぎて分からないものも多かったが、彼女の掠れた声は不思議と心地よかった。
「知っているかい、少年? 今、世界では魔王が復活し、魔族と魔物が跋扈し、たくさんの人々が悲しみに暮れている」
「少年、君は強いね。山に住む幼子がルーンベアを一人で狩った、そんな眉唾な噂を頼りにこの村に来たけれど、こうして何度も顔を合わせて確信した。あの噂は真実だ」
「多分、君は誰よりも強いんだろう。世界の誰よりもずっと。だからこそ、その力には意味があると思わないかい、少年? その力、世界を救うために使う気はない?」
それでも、やっぱり。俺にあの
「―――ばっかじゃねえの? 意味わかんねぇ」
どうして俺が他人の為に力を使わなければいけない?
力の意味? 人は人と支え合って生きている? ステラの言葉は綺麗な響きを持っている。それは何となく分かる。分かるが、俺にはその美しさをいまいち理解できない。石の上を流れる雨のように、その言葉が俺に染み込むことはない。
だって、他人は俺に何もしてくれなかった。
俺が知っているのは、投げられた石の感触。そして他人の肉と骨を砕いた快感だけだ。
他人は俺に何も与えてくれなかったのに、どうして俺だけが誰かに何かを与えなければいけない。余りにも不公平じゃないか。
「ステラの言う通り、俺は強い。誰に頼らなくても生きてきたし、生きていける。世界なんて知ったことかよ」
吐き捨てた言葉に対して、ステラは怒るでもなく、悲しむでもなく、うんうんと頷いた。
「それもまた世界の真理だろう。残酷だけど、それは君にとっての真実だ。少年、君の言っていることは間違いではないよ。…なるほど、ここからは平行線、か…」
少年、とステラが薄く微笑んだ。
「勝負をしよう。約束だ、少年。もし私が勝ったら、君は私の言うことを一つだけ聞く。いいね?」
そんな提案を受ける理由なんてなかったが、俺はそれを了承していた。
「……分かったよ」
結局、こうなったか、という諦めがあった。過程こそ違ったが、俺はやはり他人と関わることなんてできないんだ。
他の奴らと同じように、今から俺はステラを壊す―――。
俺は拳を握りしめた。ミシミシと筋肉が鳴り―――。
「それではデュエルだッッ!!」
突然ステラは立ち上がり、叫び出した。手には気付けば紙の束が握られている。魔物の美麗なイラストが描かれた紙だ。
「―――は?」
「え、少年知らない? 今王都を中心に大流行しているカードゲーム、マジックオブモンスターズを? 勝負って言ったらこれだろう? 常識だよ?」
「し、知らない」
14年間の人生で一番の衝撃だった。そんな常識は俺にはない。
…俺がおかしいのか?
自分が他人と違う自覚はあるから、自信は持てない。お前が間違っていると言われれば、そのまま信じてしまいそうになる。
「ここは田舎だからね。ということは自分のデッキも持ってない?」
「あ、当たり前だろ」
「そっかー。まじかー。困ったなぁ。まあいいや、仕方ない。私はデッキを幾つか持ってるから一つ貸してあげよう」
懐からデッキを一つ取り出して俺に渡してくる。ちらりと見えた白衣の裏側はカードで一杯だった。何故か俺は「うわぁ…」と悲鳴だか呆れだか分からない声を上げた。
「あ、ありがとう?」
「お礼を言える子は好きだよ、少年。しかし、ふふふ! 初心者だからと言って私は全く手加減をしてやらないがね!」
悪い笑みを浮かべながらステラは言う。
「ひ、卑怯すぎる!」
「それが大人になるということだよ、少年! まずはデッキをシャッフ、やめろ少年! シャカパチはやめろ!」
「え、カードを混ぜるんでしょ?」
「そうだけど、そのやり方はだめだ! カードが痛む!」
「はあ、分かった」
「分かればよろしい、いざデュエル、開始ィっ!!」
そして、勝負の結果は―――。
「ば、ばかなぁ!! 私のロードオブバンバイアがっ!?」
「俺のキングスライムの効果により、ロードバンパイアを吸収。ステラのフィールドはがら空きだ。ステラにダイレクトアタック。これで俺の勝ち」
俺の圧勝だった。
「な、なんだとう!!」
「いや、初心者の俺に負けるってステラ弱くね?」
「く、くうううう!!」
「泣いているし…」
なんとステラは目元を真っ赤に腫らして、目尻に涙を浮かべていた。いい大人が、である。
「な、泣いてない! 少年、私は大人だよ? 子どもと違って大人はそう簡単には泣かないよ?」
白衣でごしごしと、顔を拭いてステラはニヤリと笑った。
「ふ、ふん。少年、これで終わりと思わないことだ! 必ず私は君を泣かして見せる! そして敗北を認めさせてあげよう!」
「趣旨変わってね?」
俺を泣かせることが目的になっていた。
そんなこんなで、俺とステラは毎日のように苛烈な勝負を繰り広げることになったのだ。
「今日はオセロだ!」
「はい、これで白の全滅!」
「ぎゃああああ!!!」
「ダーツには自信があってね」
「これってワザとやらないと真ん中以外には刺さらないよな?」
「ふざけるな!」
「こうなったら運ゲーで勝負だ! ババ抜きをしよう!」
「ババは一番左だろ? 滅茶苦茶顔に出てるぞ」
「なんだとっ!?」
その悉くに俺は勝ち続けた。その度にステラは泣き叫び、俺は呆れ果てた。
「ふ、ふふふやるね、少年。まさかこの私がここまで手こずるとは思わなかったよ」
「俺もステラがここまで勝負ごとに弱いなんて思わなかった」
「だが、明日こそは必ず私が勝ってみせる!」
「言ってろ」
気付けば夏が終わろうとしていた。彼女と過ごすようになって一月が経とうとしていた。
俺の日常は変わらない。山ではいつも一人だし、森の果実を採り、獣を仕留め、時には魔物を返り討ちにする。
だけど、
「あれ、この木の実ってこんなに美味かったかな?」
「…山小屋からの景色って結構綺麗だったんだな」
世界がいつもと、少しだけ違って見えるようになっていた。
◆
そして、世界はまた一変した。
地獄があった。
村が燃えていた。
魔族の襲撃だった。
間が悪く、俺が山に戻り、寝ている時に奴らはやってきた。事態を察した俺が大急ぎで村に降りた時には、全てはもう決していた。俺は遅すぎたのだ。
「ステラッ!? ステラ!!?」
俺はその名を叫びながら走った。
俺とステラが勝負を重ねた公園は、無残にも廃墟になっていた。ベンチは粉々になっている。その傍らに、ステラが倒れていた。
胸に、大穴が空いていた。
俺はステラを腕に抱く。初めて感じるステラの重さは余りにも頼りなく、布ごしに伝わる体温は絶望的に冷たかった。ひゅっ、と俺は息を飲んだ。
生きるため、数えきれない動物たちの命を奪ってきた。暇つぶしに魔物たちを屠ってきた。だから、命が消える予兆が俺にはわかる。もう、ステラは、助からない。
胸のあたりがざわざわした。口の中がカラカラだった。血が沸騰するように熱い。全部、産まれて初めての感覚だった。
「や、やあ。少年……。昨日ぶり…、きょ、今日の勝負は、なにを、しよう…か」
輝きが褪せたステラの瞳が俺を捉えた。
「そ、そんなの…」
今は、どうでも良かった。
どうでもいいけれど…、なら俺は今ステラと何を話すべきなのだろう。
「…ふふ。村の皆は?」
「全員無事だ。アンタがすべての建物に結界を貼ったおかけで…」
本当だった。ステラは凄い魔法使いだった。全員を守り抜いた。壊すだけの俺なんかとは、比べるべくもない存在だった。
「よかった。魔族は……」
「俺が、追い払ったよ」
「ありがとう、強いなぁ、少年は…」
「あ、当たり前だろ! 俺は最強なんだから…」
俺は笑った。何も嬉しくないし、何も楽しくない。なのに何故か俺は笑っていた。俺の笑顔をステラの瞳に焼き付けてほしかった。
なのに。
「ふふ、そう、だった。少年は最強だ。……あ、私の勝ち」
「え」
「ほら、涙…」
ステラの震える手が俺の目尻に撫でた。
確かに俺は泣いていた。
笑いたいのに、涙が止まらなかったのだ。俺の意志に反して、俺の身体はちっとも言うことを聞いてくれなかった。
「涙を流させたら、私の勝ち、だったろう?」
「ああ。ああ。そうだな。俺の負けだよ」
ステラの手を俺は握りしめる。強く、強く。
俺が強く握ったら、普通なら骨が砕けるくらい痛がるだろうに、ステラは何も言わなかった。もう、痛覚も残っていないのだ。
「ス、ステラ。な、何かお願いはないのか。言ってたろう? 自分が勝ったら一つ言うことを聞いてもらうって!」
「ああ、あれ、ね。あれはいいんだ、もう…」
「そんなことあるもんか! 言え! 俺に何をしてほしい! 俺は何をすればいい! どんなことでも叶えてやるから!」
彼女は言った。
「だったら」
俺の往く道が決定する。
生きる目的、力の意味、旅路の果て。
「世界を――――救って」
◆
だから。
だから。
「悪いなクルーテル。俺は世界を救う男だ。その手はとれない」
約束、だからな。
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