第7話 激突 

 魔族を殺して、世界を救う。それが俺の最強の意味だ。


「そうか。残念だ、アレイン。初対面だが、お前とは何かしら通じ合えるものを感じていたのに」

「怖いわお前。距離の詰め方が早すぎるんだよ」

「くく、魔族の同胞からもよく言われる。自分ではよく分からんが」


 クルーテルは口元に手を当て、可笑しそうに笑った。

 そして、

「では、死ねっ!! 人間風情っっ!!」


 奴の纏う空気が一変する。視認可能な程の濃密な魔力が黒い渦となり、奴の身体に纏わりつく。俺は拳を握りしめた。


 白亜の床を踏みしめる。

 ビシリ、と床が砕けた。俺は奴の元に一気に駆け、拳を叩き込もうとし―――。


 

「っっ!!???」


 俺はバックステップし、思わずクルーテルから距離をとった。


 思わず唇が吊り上がる。はは、いつぶりだよ、俺が後ろに下がるなんて! 


「アレイン!」

 シンデリカが魔法で何らかの援護をしようとするのが、視界の隅に見える。

「やめろシンデリカ、手を出すな! 刺激するな!」


 本当に絶対にやめろ! 

 俺の認識が正直甘かった。こいつ、かなり強い。さっき戦ったグリオンとかい魔族とは比べ物にならない。


 俺は自分の右手を見る。


「俺が、火傷、しただと…?」


 掌の皮が赤く爛れていた。ブラック・ドラゴンの鱗を難なく貫き、4つの魔剣を砕いた俺の拳が、である。何より、一体何が起こったのかさっぱり分からないのが不気味だった。


「ほう、やるな。右腕を吹き飛ばす予定だったが…、まあいい。ほら、次だ!」


 俺の右の二の腕が同様に爆ぜる。続いて足首にも攻撃があった。


 やはり回避ができない。

 どれだけ素早く動こうか、タイミングを逸らそうが、確実に俺に当ててくる。


 そもそもこの攻撃は何だ。爆発か? 炎か? それとも純粋な魔力か? それさえも分からない。


「―――魔界の話は知っているか?」


 ………お前が説明してくれるのか。まあいいや、ありがとう。


「この実存世界には透明なガラスのように、見えない魔力の世界、魔界が重なっている。触れることは叶わず、見ることもできないが確かに魔界はあるのさ。人族やエルフ、お前たち人間は実存世界の魔力を操り、魔法を行使するが、それには限界がある。例えば実存世界には、冷たい炎などない。世界に存在しないものを創ろうとすれば、多大な労力と代償が求められる」


 しかし、とクルーテルは続ける。


「俺たち魔族は、世界に重なる魔界の魔力を操る。魔界は魔力だけで形作られた世界だ。世界の法則には縛られない。自由に発想し、自由に魔法を創ることができる。そして、実存世界と魔界は密接に関係している。魔界で起こった出来事は実存世界にも影響を及ぼすのだ。つまり俺たち魔族は、自由な魔界で魔法を発動し、それを現実に持ってきている。だからこそ、魔族の魔法は強い」


 …少し、分からなくなってきた。

 横のシンデリカは真剣な顔でうんうんと懐いているが、俺が馬鹿なだけか?


「もっとも、実存世界に引っ張ってくる以上限界はあるがな。世界の修正力とやらを受けるのだろう。冷たい炎を例に出すなら、魔族は魔界でそれを作り出せるが、実存世界に持ってきた瞬間に、ぬるい炎にまで修正されるだろう。だが、異なる2つの血を持つオレは生まれつき、2つの世界の魔力に敏感なんだよ。故に、世界の修正力とやらを搔い潜るコツが何となくわかる」


「つまり……?」


 本当に何が言いたいんだこいつ。正直、もう全然分からないぞ。もう、聞き流していいか?


「俺は修正されることなく結果だけを実存世界に持ってこれる。こういえばお前にも分かるか? 俺が爆ぜろと思えば腕は爆ぜるし、死ねを思えば生物は死ぬ。それは回避も防御も不可能だ、絶対にな」


 ……こいつの魔法、割ととんでもなかった。



 『説明できない魔法』。

 魔族の仲間内で、クルーテルの行使する魔法はそう呼ばれている。


 因果を無視して、実存世界に結果だけを呼び出す魔法。

 魔界ではすでに攻撃は終わっている。故に回避は叶わない。


 結果だけが実存世界に持ち込まれるから、その攻撃はとても曖昧だ。爆発なのか、炎なのか、純粋な魔力なのか、誰にも分からない。距離を無視し、時間を無視し、防御を無視し、結果だけを示す。


 どんな強大な力を持つ魔族でも、こんな芸当はできない。

 世界から排斥された混血児が世界を欺く。なんという皮肉、なんという因果。

 

(アレイン。お前がいくら強かろうが、この魔法の前には無力だ!!)


 確信を籠め、クルーテルは必殺の一撃を放つ。


 しかし。



 彼は、最強だった。


 轟! と空気の爆ぜた音がした。光が明滅する。アレインがクルーテルの魔法を防いだ音だった。


「な、に?」


 一瞬信じられず、クルーテルは瞼をパチパチとさせるが、現実は変わらない。


「ばかな!? オレの『説明できない魔法』がっ!」

「適当すぎるだろう、その名前。改名を勧める。その機会は2度とないが」

「ちいっ!!」


 舌打ちしながら、クルーテルは再度魔法を放つ。アレインが拳を軽く振るう。それもまた防がれた。

 

「……お前、まさか魔界が見えているのか?」

「知らん」

「いいや、それはおかしい。例え見えていたとしても、魔族でなければ魔界の魔力に干渉することはできない! 魔界を経由する俺の攻撃を防ぐことなんて、できない!」

「だから知らん」

「やはりお前はオレと同じ、魔族の血―――」

「だから知らんと言っている」


 何となく攻撃が弾けそうだから、弾いてみた。アレインにとってがそれが全てだ。


 強いて理由を挙げるならば。


「俺が最強だからじゃないか? アンタの攻撃にはもう慣れたよ」

「ッッ!! アレインンンンッ!!!」


 クルーテルが犬歯をむき出しにして、吠える。己の過去、宿業、人生、努力、全てを一瞬で否定された気がした。


「おおおおおおお!!!!! 死ねええええ!!!」


 魔界を経由し、極大の魔法をぶつける。


 そんな激情の発露をやはりアレインは拳で粉砕しながら、尋ねる。ふと問いたくなったのだ。己と確かに重なる部分のある、この魔族に。


「お前、大切な奴はいるか?」

「いるわけないだろう、そんなもの!」

「そうか、俺と同じだな」


 余りにも迷いのないその言葉を聞いて、アレインは笑った。


 結局、アレインにはステラの言葉の全てが分かった訳じゃなかった。

 自分は変わらず一人で生きていけている。人と人が支え合う、その本質は分からない。


 それでも。


「シンデリカ!!」

「な、なにっ!?」

「前も聞いたけど、姉さんは大切か!!」

「え、今聞くそれ!? も、もちろん! たった一人の家族だもの!!」


 人は誰かを大切に想い、それを失うことはどうしようもなく悲しい。


 それだけは分かるから。


 自分には、もう大切な人はいないけれど、誰かの大切なステラくらいは守りたいから。

「アレイン! 後ろに姉さんいるから!」

「分かってる! 加減はする!!」


 最強は駆けた。

 魔族も吠えた。


「いくぞ、魔族」

「上等だ、人間!!」

 

 確かに二人には重なる部分もあった。互いに捨て身、守る者すらいない者たち。


 ただそれだけ。

 近くて遠い、故に交わることは決してない。


「「死ね!!!」」 


 そして。


 万象を重ねた殺意の放流と、ただの拳が、激突した。




 立っていたのは、アレインだった。これもまた当然の結果だった。


 クルーテルは胸に大穴を開けて、床に倒れている。真っ赤な血が薔薇のように床に広がっていた。明らかな致命傷、もう助かる見込みはないだろう。


「くそっ、ここまでか」


 彼が見る最期の景色は、エルフの都エルレインだった。彼が追われ、絶望し、憎み、焦がれた都。そこは反吐を吐きたくなるくらい、変わらず美しかった。


「……貴方のことは忘れないわ。私たちエルフは誇り高き存在よ。でも、だからと言って他種族のことを見下したり、見ぬ振りしたり、ましてや、同じ血を分けた同胞を排斥していいわけじゃない…。貴方のことは憎み続けるけど、過去にはしない」


 シンデリカが言った。


 女王ラライアも頷いた。

 戦いの余波でかすり傷はあるものの、目立った外傷はない。アレインは言葉通り、クルーテルの背後のラライアが傷つかないように、加減をしていた。


「あの時、助けてあげられず、ごめんなさい…」


 三十年前、ラライアは確かにクルーテルと母親の存在を認識していた。外界に憧れをもって飛び出し、しかし魔族に襲われ胎まされて帰ってきた哀れな女性。


 もはや言い訳にもならないが、ラライアはその存在を知った時、確かに2人を助けようと思ったのだ。だが、他の貴族たちによって、2人は都から追われた後であり、その行方がラライアは分からなかった。


 後悔は余りにも遅すぎる。


 そんなエルフを姉妹を見て、

「くくっ。甘ちゃん、ども、が……」


 それが混血の魔族の最期の言葉だった。


 アレインはラライアの鎖を解く。やがて、貴族を救出した兵士たちが決着がついたことを察し、謁見の間に登ってきた。


 都から人々の歓声が聞こえてくる。エルレインは救われたのだった。

 


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