第5話 衝撃の真実

 湖にかかる水道橋の下を、俺たちは船で渡っていた。橋の上を通るよりも、湖を真っ直ぐ突っ切った方が速く宮殿に着くそうだ。


「やはり綺麗な都だな」

「ありがとう。このエルレインは私たちの誇りよ。この都は何千年も前から今と変わらずここにあった」


 小さくシンデリカは呟く。

「だけど、…それも変わらなきゃいけない時が来ているのかもしれないわね」


 この外界から切り離されたかのような美しい都にも、魔族の手は伸びた。シンデリカは王族として、色々思うところがあるのかもな。


「でも、全ては宮殿で待つ魔族を倒してからよねっ!」

「別に安全な場所で待ってても良かったのに。女王の妹なんだろう? 誰も文句は言わない」


「私が行きたいの! ガタガタ震えながら姉上の帰りを待つだけなんで、性に合わないわ。それに私は王族としてこの件の決着を見届ける義務がある」

「できる限り身の安全は確保するが、絶対の保証はできないぞ」


「大丈夫。これでも都一番の魔法使いのなのよ! 激マズポーションをがぶ飲みして、魔力もかなり戻ってきたわ!」


「泣き叫びながらな」

「忘れなさい!」

 

 俺はつい苦笑する。

 先ほどまでシンデリカは聖樹の樹液を精製したというエルフ謹製の特性ポーションを飲んでいた。その効果はすさまじく、シンデリカの魔力は見る見るうちに回復したのだが、何でも味は最悪らしい。


 船が宮殿に着くまで時間があるので、暇つぶしがてら適当に会話する。


「シンデリカのお姉さんって、どんな人なんだ?」

「姉上のこと? そうね、とっても美人で優しい人よ。姉だけど結構歳は離れてるの」


 俺たちの会話を聞いて、エルフの兵士が横から割り込んできた。


「前女王様とその婿殿は、シンデリカ様が50歳に頃に事故で亡くなられましたからな。シンデリカ様もまだまだ甘えたい盛りだったでしょうに…」


 50歳で親が死ぬって普通ですよ、という言葉を俺は飲み込んだ。エルフの時間間隔は人族と違いすぎるな。


「そんな訳だから、私にとって姉上は兄弟であり、母親みたいな存在。普段は優しいけどね、魔法の修行をさぼったり、家庭教師の授業から抜け出した時は滅茶苦茶怒られたわ」


 懐かしそうにシンデリカが笑う。

「大切な人なんだな」

「勿論!」

「助けなくちゃ、な」

 シンデリカは力強く頷いた。


 やがて船が宮殿に到着した。世界樹も目前に迫っている。あまりに大きすぎて、ここまで近づくと樹木って見た目では分からないな。


「デカい宮殿だな。ガイアス王国の城と同じくらいある」

「へ、へえーー。他種族もやるもんだね。だけど、メグノリア宮殿の神髄は、大きさではなく自然との調和とその意匠の美しさ、緻密さにあるからね」

「いちいちマウントとろうとするなよ」


 エルフの兵士にマウントに呆れながら俺たちは宮殿に足を踏み入れた。

 シンデリカが怪訝そうに眉を顰める。

 

「静かすぎる…。魔物の集団の洗礼くらいあると思ってたけど」


「おそらく余計な戦力の消耗は避けたいのでしょう。魔族としては、アレイン様を殺した後、陛下を脅して言うことを聞かせねばなりませんから。…ですが、これならば人質の貴族たちの解放はさほど難しくなさそうです」


「分かった。ここでいったんお別れね。どうか自分の命を大事にして」


 共に宮殿までやってきたエルフの兵士たちと分かれる。俺に同行するのはシンデリカだけだ。魔族との戦いでは、正直全員足手纏いだからな。


「シンデリカ様こそ。…アレイン様、どうか」


 ああ。

 アンタたちの大事な姫様は任せておけ。


 特に妨害も無く、俺たちは宮殿の最上階、謁見の間にたどり着いた。シンデリカの予想通り、そこには魔族と彼女の姉が囚われていた。


「来た、か」

「来たぞ。お前がエルレインを襲った魔族の片割れだな」


 魔族はぶかぶかのローブを着ている。声からして男だろう。


「姉上!!」

「シンデリカ! 無事だったのね! 良かった、本当に良かった!」


 ラライアはシンデリカを一回りお姉さんにして、目じりを少しおっとりさせた容姿だった。目立った怪我はなさそうだな。


 魔法の鎖で奥の柱に縛られているが、魔族が邪魔で助けにはいけない。


「ふ、感動の再会だ」

 馬鹿にした口調で魔族が笑った。そしてローブを脱いで、その姿を露にする。


 シンデリカが信じられない、とでもいうように声を漏らした


「なんてこと……」


 過剰なまでに整った容貌に尖った耳。宝石のように煌めく碧眼。

「お前……エルフか」


 言いながら、違うと心の中で否定した。

 なぜならば、そいつには魔族の証である角があったからだ。歪んだ一本の角が右のこめかみから出ている。


「魔族との混血、か…」


 魔族は、基本的に他種族と子を為せない。

 しかし、極稀に子どもができるケースもあると聞く。


「くくく、そうだ。クルーテルという。よろしくアレイン」


 魔族の男、クルーテルは楽しそうに唇の端を釣り上げた。


「なあ。シンデリカ様。オレの存在は知っているか?」

「……」

 シンデリカは無言で首を振った。


「ヒントは三十年前だ!」

「わ、わからないわ…」

「なら頑張って思い出せ! 愛しい愛しいお姉さまが苦しむことになるぞ!?」


 魔族の言葉に呼応して、ラライアを戒める魔法の鎖が締め付けられる。


「ぐうっ」

 ラライアが苦悶の声を上げた。


「ま、さか…」

 シンデリカは唇を震わせながら答えた。


「さ、三十年ほど前、外の世界に憧れ都を飛び出した一人の女エルフがお腹を膨らませて帰ってきた、という話は聞いているわ。その子どもは魔族との混血だった。だけど、子は結局産まれず母と共に亡くなってしまった。外の世界に関わると、こんな風に不幸になる。だ、だから、エルフは外界との接点を断つべきだって―――」


 そこまでシンデリカが言うとクルーテルは狂ったように笑った。


「は、ははははは!! やっぱり知ってるじゃないか! しかし、なんともエルフに都合よく捻じ曲げられているなぁ! お優しい大人たちは可愛い姫には真実を教えなかったらしい!」


 クルーテルは自身の背後、正確にはそこにいるラライアに向かって声を張り上げた。喋ることができるように、一応ラライアの鎖は緩めたらしい。



「だがお前は知ってるよなぁ! ラライアぁ! 見て見ぬふりをした筈だ!」


「……っ!?」


「…真実はこうだ。母はオレを産んだが、迫害を受け、都から追い出された。宮殿に助けを求めても、すげなく無視され、都の周囲にある里にも、オレたちは受け入れて貰えなかった。野山での獣じみた暮らし。母は衰弱し、心も病み、エルフと俺を憎みながら死んだ。エルフはエルフ以外を認めない。オレは都には戻れなかった。母の教えてくれた魔法を使い、大森林を抜けだして、外の世界に行ってもオレの居場所はなかった。どこにいても石を投げられた…」


 先ほどまでとは打って変わり、目を瞑って、感情を乗せずに淡々と己の過去を騙っていくクルーテル。


「魔族だけだ。オレを受け入れてくれたのは……」


 開いた瞳の色は濁りきっていた。

 人と世界、その両方に絶望しきった虚無の瞳だった。

 そんな目を昔、どこかで見た気がする。


「そんな…」


 シンデリカは口に手を当てた。


 半分とは言え、エルフの血をひく者が都を襲ったのが余程ショックだったのだろう。


 それに、言うなれば今回の件は自分たちの自業自得の部分もある。エルフの大人たちがクルーテルとその母親を受け入れていれば、この未来は防げたかもしれないのだ。


 エルフたちの業。

 美しい都に片隅で見過ごされた悲劇―――。

 

 人族の俺には欠ける言葉が見当たらない…。


「お前もそうだろう?」

「え、俺?」


 クルーテルは突然俺の方向に向かって声をかける。

 思わず後ろを振り向くが、当然背後には誰もない。


 今のクルーテルの話の中で完全に俺は部外者だったはずだが……。


「ああ。オレはお前と話がしたかったんだ。アレイン。お前はグリオンを殺した仇だが…それでも、だ。…俺は混血だ。だからこそ、人一倍魔族の血には敏感なんだよ。お前も『そう』なんだろ?」

「………何が言いたい?」


 話の先が見えない。

「オレがそうであるように、混血の魔族は圧倒的な力に目覚めやすい。お前がグリオンを殺したあの力。恐らく、もそうだ」


 クルーテルは俺を指さし、告げた。

 余りにも衝撃的な真実を。

 

「お前には魔族の血が流れている。違わないか?」


「………………………」


 ドクン、と心臓が跳ねた。

 血管を流れる血流の音が聞こえた。嫌な汗が頬を流れる。


 傍らのシンデリカが息を飲む声がやけに大きく聞こえた。


「……………そ、そうなのか?」


 全然知らなかった。

 クルーテルは頷く。


「…………ああ。十中八九。いや、確率で言うなら五割ってとこか」

「なんで自信なくなってるんだよ」

「そうだな。五割は間違いだ。多分三割くらいの確率で、お前には魔族の血が流れている!」


 ほぼ間違いなく魔族の血は流れてないじゃないか。


「いや、遠目で見た時は魔族の気配を感じたが違くで見ると、やっぱり違うかなーって…」

「なんだそれ」


 無駄に人をドキドキさせやがって。

 気を取り直したようにクルーテルは言う。


「……だが、お前が人とは違うことは間違いない。グリオンとの戦いを見て分かった。お前は強すぎる。感じたことはないか? 人の世界は窮屈だと。それに使い魔を通して聞いていたぞ? 詳しくは分からないが、何でも勇者を追われ聖剣も奪われたそうじゃないか?」


 舞台役者のようにクルーテルは両手を広げた。その低い声が俺の鼓膜を揺らす。神から宣告を賜った預言者のような確信をもって、彼は言った。


「断言しよう、例えお前が世界を救っても人はお前を排除しようとする。これは間違いない。……俺の手を取れ」


 クルーテルは青白い手を俺に差し出す。


「同志になろう。お前に世界の半分をくれてやる」

「だ、だめよアレイン! そんな口車に乗っちゃだめ!!」


 俺はその手を吸い込まれるように見つめ、


「…………すまん、半分は言い過ぎた。半分の半分くらい…いや、魔王様の取り分が一番大きくて…そこに四天王の方々も加わるとして……他の軍団長もいるよな…そうだな、町の1つや2つ、くれてやろう」

「スケール小さくなりすぎてないか?」


 クルーテルは早口かつ小声で捲くし立てた。


「本当に何なんだお前」


 冷静に考えればこいつは魔王でもなければ、最高幹部である四天王でもない。軍団長というエリートだが、勝手に魔王軍が支配した地域を分配する権力なんて持っている筈がない

 

 さっきからこいつ、適当なことばっかり言ってるな。


「うるさい! だが俺が指摘した疎外感、自分は世界の異物だという感覚はどうだ? あるんじゃないか? ……ある、よな?」


 どこか、不安気な表情でクルーテルは尋ねる。


 ――疎外感。

 自分は世界の異物だという感覚…。それが無いと言えば、嘘になる。


「その表情! ほらーーー!!!」


 ガキか。勝ち誇るな。

 だが、俺の心が揺れたのは事実だった。


「ならば手を取れ。共に世界に排斥された者同士仲良くしようや…。魔族の世界は素晴らしいぞアレイン」


 クルーテルは魔族らしく、ゾッとするほど美しい笑みを浮かべて言った。

 それに対して俺は―――。


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