第2話 コロニーにやってきた


 銃から放たれた光線に包まれる。

 同時に景色が一変した。

 教室とは全く別の場所。


 鉄に覆われた銀色の部屋の中で、幾つも見える電子機器の光が点滅を繰り返している。

 俺が居たのはその一角にある透明の材質で造られた円柱状のカプセルのような空間の中だ。


 恐る恐るそこから出ると声がかかった。


「いらっしゃいませ。地球の人よ」


 目の前に居たのは小人だった。

 百五十センチにも満たないその身体にローブを纏い杖をつくその生物は人間とはかけ離れた見た目をしている。

 青い皮膚に体毛は一切見えない。

 顎から出た複数のタコやイカに近い触手。

 それがまるで指先のようにウネウネと動いている。


 特殊メイク……いや、リアルすぎる。

 それに一瞬で俺を移動させた方法。

 あれは完全に手品の次元を超えてる。


「説明するね逆巻くん」


 俺のすぐ後に部屋に突然現れた倉持さんは、俺とその何か(多分宇宙人なんだろう……)の間に立って互いに互いを紹介し始めた。


「こっちはレアス星人の代表をしてるアグさん。アグさん、こっちは私が連れてきた男の人で逆巻凛くんだよ」

「どうも。その顎触手触っていい?」

「えぇ、構いませんよ」

「やった、ありがとう」


 触ってみると触手というよりは人間の手に近い。

 触手の先にはいくつもの小さな指のような構造がある。


「触りながらでいいのですが、説明させていただいてもよろしいでしょうか?」

「それは勿論、俺も聞きたいこと色々あるんで」


 すると彼は丁寧な口調で説明を始める。


「現在このコロニーは月の周辺に不可視状態で停泊しています。勿論地球の代表の方々に許可は得ているのであしからず」


 大統領とか総理大臣とかは宇宙人の存在知ってるってことか?

 もしかしたらそんな偉い人に命令できる立場の秘密結社とかあるのかもしれないけど、今は関係ないな。

 聞き流して続きの説明を待つ。


「我々が地球へやってきた目的は地球人だけが持つ特殊な生体エネルギー『霊素』を回収することです。我々の技術を介すことで地球人一人が一日で生成できる霊素はこのコロニー全体の賄える電力へ変換することができるからです。ですが人一人に協力して貰えたとしてもその方の寿命が尽きればエネルギーも尽きる」

「それ一個質問。じゃあなんで何百人も誘拐しないの?」

「我々は戦闘を好みません。やる気がありません。平和的交渉の結果、恩義のある『日本国』の方が二名までであれば連れて行ってもよいと言ってくれました」


 憲法とか完全に無視だな。

 まぁ相手が相手だ。超常的な存在を前に常識的な解決は難しかったのだろう。

 テクノロジー的に負けてるのは間違いないし。


「でもさ、俺と倉持さんが子供作ったとしてそれって兄弟じゃん。近親相姦させる気?」

「はい」

「遺伝的な問題はどうやって解決するの? 障害の発生確率が上がるから近親相姦って禁止な訳だし」

「我々の技術があれば想定される全ての遺伝異常を解決することができます。性転換などの手術も可能なため、最低二人の子供を産んでいただければ問題ありません」


 倫理的には終わってる。

 でも、うーん、流石に完全に違う惑星から来た文化も技術も全く違うであろう異星人と倫理観の話をするのは不毛すぎる。

 相手がそういう認識だって知れればそれでいい。


「そもそもなんで人間が必要になったの? 元々のエネルギーが尽きたとか?」

「いえ、融合炉は正常に機能しています。しかし融合炉ではエネルギーを賄うことができないほどに必要電力が増加しました」

「なんで?」

「見ていただいた方が早いでしょう。倉持殿もどうぞこのコロニーの『現状』を見ていってください」


 アグの先導の元、俺たちは部屋から出て別の空間へと向かう。

 少し歩き一際巨大な門が見えた。

 十メートル以上ありそうな門の傍にあった電子パネルをアグが操作すると、その扉は開く。


 中は暗かったがすぐに明かりが付く。


「なんだこれ……」

「うっ……」


 青ざめた倉持さんの肩を支えながら、俺も自分の吐き気に耐える。


 その部屋には大量の『管』が並んでいた。

 管の数は数えるの馬鹿らしいほど大量。

 壁に空いた穴に保管されたものから部屋の床に所せましと並べられている。


 その中には人の脳に似たものが詰められていた。

 脳には電極のようなものが刺さっていて、管からは電気を送るためのコードが伸びている。


「これが現存する私以外のレアス星人の姿です」

「どういうこと?」

「彼等は現在『仮想空間』で生きているのです。脳以外の生身を捨て去り、全ての夢が叶う仮想世界で生きる。それを選んだ者達なのです。恋人を文字通り『作り』恋愛している者、ゲームに没頭する者、記憶を消して苦難を味わう者、色々と様々です」

「けど脳しかないってことは生殖器官はないってことでしょ? 人数は増えないのにどうして電力の消費だけ増えるの?」

「元々は私と同じ姿でここに住んでいた者達だったのですが、仮想世界の魅力と寿命に抗うために肉体を捨てた結果、彼等はこのような姿へとなりました」


 脳しかないから不老なのか?

 記憶を消せるとか言ってたし、そういうリミットもないんだろう。

 こいつ等の技術レベルは永遠の命を持てるレベルってことか……


「肉体がなくなったことで食糧は全く不要になりましたが、彼等の生命を維持するための……膨大な仮想世界を運営するだけの……電力が枯渇間際なのです」


 ひどく苦しそうな声色でアグはそう言った。

 俺はもう彼の言葉を全て信じていた。

 これだけ極端なテクノロジーがあるならそれを兵器開発に向ければ、今からでも地球侵略だってできるだろう。

 でもアグはできる限り平和的な方法を取っている。


 見せられた技術、そしてアグと喋って感じた人となり。

 それだけで嘘を言ってないと思うには十分だった。


「大変だったね。自分以外の全員がこんな姿になって、それを維持するために自分は行かなかったってことでしょ? 凄いよアグ、君は彼等の英雄だ」


 俺がそう言った瞬間、アグの瞳から涙が零れる。


「全く……歳ですな……」

「そうだね」


 アグが涙を拭うのを待ってから、俺は最後の質問をする。


「じゃあアグの寿命はどれくらい残ってるの?」

「僅かですね。アンチエイジングの技術もありますのでかなり伸ばしていますが、それでも医療用AIの診断によれば地球時間で残り二カ月ほどと」

「そうか。アグは最初から僕等にこのコロニーを好きにさせるつもりなんだね」


 残りの寿命が二カ月。

 そんな人が一人だけ。

 じゃあもうこれ以上の管理は彼には無理だ。

 俺たちを監禁して自動的にエネルギーを徴収するのができないとは思わないけど、そうする気ならもうとっくにしてるだろうし、倉持さんの希望する人物を連れてこさせたりしないだろう。


「はい。もしも貴方たちがこのコロニーを破壊する選択をしたとしても、それが我々の宿命と受け入れましょう。私は戦いが嫌いです。戦ってまで生存を得たいとは思いません。十分生きました……」

「ちなみに幾つなの?」

「地球基準で言えば千歳……それを越えてから数えていませんね」

「そっか。でも今からは仮想世界でも生きればいいじゃん。責務から解放されてさ」

「そうですな。お二人がこのコロニーを存続させてくれるのであれば、それも叶うでしょう」

「存続はさせるよ。でも俺たちの国の文化ではさ、子供っていうのは人から命令されて作るものじゃないんだ。だからそれ以外の方法を探す。地球人でいいなら宇宙のどこかには別の解決策があるかもしれないでしょ? それを探す、それじゃあダメかな?」

「お好きなように……私はお二人に生かされる身ですから」

「分かった」

「私はもう眠ります。このコロニーの機能や歴史についてはAIにお聞きください。この杖の所有者が艦長になるように既にプログラムされていますので」


 そう言ってアグは倉持さんに杖を渡し、そのまま部屋を出て行った。

 少ししてまた扉が開く。

 脳が入った管が、一つ使用人のような姿をした人に近い見た目をしたロボットの手で部屋に運び込まれてくる。


 このロボット……人間に近すぎる。

 俺たちにコロニーを譲ることを決めてから作ったんだろうな。


「それじゃあ倉持艦長、今後はどうしますか?」

「ねぇ、私無理だよ艦長なんて。逆巻くんのやり方見せてよ」

「分かった」


 俺は倉持さんから杖を受け取り艦長に就任した。

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宇宙人に誘拐されてスペースコロニーの艦長にさせられた 水色の山葵/ズイ @mizuironowasabi

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