第2夢【予知夢】
※2011年に触れます。
苦手な方は回避してください。
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意識と無意識の間でのみ通じる道の先の一つは未来なのだと思ってる。
そうだと思える夢を見たのは、中学の修学旅行だった。
場所は王道の京都。
清水寺に近い旅館だった。
ありきたりのコースを回った一日目では無く、自由行動の二日目の夜だった。
その日は八坂神社の近く喫茶店で宇治金時を食べて、集合時間に遅れたこと以外は何事もなかった。
あー、行動グループの一人と喧嘩したな。
他のグループの奴に現を抜かして協力的じゃなかったから、とりあえず睨んでおいたら文句言われたくらい?
まあ、そんな感じ。
よくある。よくある。
アオハルの
そんな夜に夢を見た。
場所は同じく京都だった。
私が一人で知らない宿に泊まっている。
それだけだの夢だ。
夢の中で、私は宿の階段を登っていた。洋風の壁紙にアンティークなマカボニーの手摺り。ベージュの絨毯だけがいかにも実用的で、どこかアンバランスだった。
左回りに登って三階。廊下の途中にキジらしき鳥の剥製があり、角を曲がると日本人形の入ったケースが置かれている。赤い着物だった。
飾ってあるというよりは、置き場がなくてそこにあるという印象。
妙に細部までが鮮明な画に違和感を覚えたが、場所が京都だし、そんなこともあるか位の気持ちでその時は納得した。
七年後。
私は再び京都へ来た。
大学四年生になっていた。
夏休みにゼミの先生の提案でゼミ仲間と計八名で二泊三日。
宿と行きの新幹線は院の先輩が手配してくれた。
先生の伝手でなかなか見られない織物の
最終日、私は皆と帰らなかった。
せっかく関西に来ている。
足を伸ばして、卒論の参考に見ておきたい場所があった為だ。
自分でいうのもなんだが、私は用意周到な方だ。
ゼミ仲間との数日間は、自由行動時に効率よく回るためのプランなど積極的に出したし、単身行こうと思っている場所へのアクセス、帰りの新幹線への乗り継ぎも事細かに複数案調べてあった。
それなのに、宿だけは確保していなかった。
最初から行くつもりなのだら、事前に調べて少しでも良い条件を吟味して取っておく。
私はそういうタイプの人間なのに、だ。
通常運転の私なら、まずビジネスホテルでも当たりをつけるだろう。
その時の私が持っていたのはスマホでなくガラケーだったが、調べる方法ならいくらでもある。
しかし、当時の私からはその発想が完全に抜け落ちていた。
発想に至るプロセスがブロックされていたとしか思えない。
私は持っていたガイドブックの裏表紙にあったレディースインに、迷うこと無くいきなり電話をかけていた。
「空いてますよ、どうぞ。場所は分かりますか?」
無愛想とまではいかないギリギリのシンプルな対応。
幸い宿にはスムーズに到着することが出来た。
出てきたのは、女将さんというよりは、合宿所のおかあさんというような、エプロン姿の女性だった。
声から電話の女性だと解る。
受付から部屋やお風呂場、食事の時間の説明まで、始終事務的だった。
女性が自ら部屋に案内してくれた。
無機質なベージュの絨毯には見覚えがあった。
階段を登りながら、アンティーク調のマカボニーの手摺りに触れて、どきりとした。
左回りに登っていく階段。
二階を過ぎ、三階に差し掛かるところで理解した。
(この先にはキジの剥製がある)
⋯…あった。
(そして、角を曲がると日本人形のケース。赤い着物の女の子)
⋯…⋯あった。
部屋は和室の一人部屋だった。
内側から回すだけの鍵は心許なく見えたが、レディースインという場所ならこんなものなのかも知れない。
そもそもレディースインなど泊まったことが無いので、比較のしようがない。
修学旅行の時の夢の場所に泊まっているという事実が、妙に落ち着かなかった。
夕食に指示された部屋に行くと、他に三人くらいは泊まり客がいただろうか。
皆一人で、黙々と食べたら戻っていく。
夕飯はハンバーグとご飯とお味噌だった気がするとしか分からない。
機械的に口に放りこんだ。
味も覚えていない。
お風呂は開始時間になったとたんに行って、誰も来ないうちに使わせてもらい、以降は部屋に籠もった。
本当に何故この宿に泊まっているのか分からない。
状況が理解出来なかった。
何か起きるのではないかと、びくびくしながら夜を過ごした。
何も起こらなかった。
夢すら見なかった。
翌朝、朝食を終えると私は早々にチェックアウトした。
二度と来ることは無いだろう。
その後どうなっているのか検索する気も起きない。
宿の名前も記憶の奥底に沈めた。
実家であのガイドブックが奇跡的に処分されずに残ってさえいなければ、二度と思い出すことも無いだろう。
ただ、奇妙な体験。
それでいい。
※※※
京都の奇妙な体験から七年後。
私は夢を見た。
なぜか私がすっぴんで新幹線に乗っていた。
あり得なかった。
訪問販売もすっぴんだから出られませんと断るこの私が、すっぴんで人様の前に出るなんてあり得なかった。
あまりのあり得なさに、妙にその夢は印象に残った。
そしてあの大地震が起きた。
詳細は省こう。
ただ、新婚生活を始めた昭和の貸家は半壊だった。
とりあえず、一度帰ってこいと親達は言うが、多くはないガソリンでは実家まで帰ることは難しい。
買い尽くされ、スタンドは閉鎖。更に入れることは不可能だった。
新幹線も動いていない。
物理的に不可能だった。
それでも、JRとNEXCOの頑張りは大したものだった。
まず、高速が復旧した。
その翌日、新幹線もN駅までは動いたという報が入った。
会社を見に行っていた夫の帰りを待って夕方、猫と最低限の荷物を持って、私達は飛び出した。
灯りの少ないツギハギだらけの高速を走行して、なんとかN駅までたどり着いた。
駅前のコインパーキングに車を突っ込んで、夜遅い新幹線に乗り込むことが出来た。
ガソリンの量的にもギリギリだった。
車内はそれほど混んではいない。
駅に辿り着く手段の問題と思われた。
席を確保して、一息ついた私はトイレに向かった。
済ませて洗面所の鏡に映った自分の姿に、私は愕然した。
すっぴんだった。
これかと思った。
腑に落ちた。
夢が繋がった。
どうせ視るなら地震自体を警告して欲しかった。
鞄を漁り、アイブロウペンシルと口紅を見つけだして最低限の体裁を整えた。
乾いた笑いがこみ上げてきた。
とりあえず、この選択は間違いではなかった。
そう思うことにした。
七ヶ月後。
社員をいつまでも半壊住宅に住ませてはおけないと、夫は転勤になった。
住人を失った社宅は取り壊されたと聞く。
※
予知夢なんて所詮
脳のバグ。記憶の混乱を起こしているだけ?
なんとでも言えばいい。
私はあると信じている。
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