第3夢【夢枕】
意識と無意識の間でのみ通じる道の先の一つは幽世とかあの世とか呼ばれている場所なのだと思ってる。
※※※
私はおじいちゃんっ子だった。
一緒に住んでいた訳ではないが、私は祖父によく懐いていた。
祖父も、「目に入れても痛くない」という表現はこのことを言うのだろうと言うくらい、私のことを可愛がってくれていた。
世間広しとはいえ、大学生になって祖父と二人旅をする孫もそういないだろう。
そのくらい仲の良い祖父と孫だった。
その日、私は祖父と二人きりで話をしていた。正確には私が一人でずっとしゃべっていた。
私が話すのは、とりとめのないくだらない話ばかり。だが、祖父はにこやかな顔で「うんうん」と相づちを打ちながら聞いていてくれた。
私はとにかく話した。
話が途切れるのを無意識に恐れていたのかも知れない。
私たちは妙な場所に居た。
座布団に座り、向かい合う祖父との小さなスペースだけが明るかった。
そのわずかな空間の周りは真っ暗闇で、何も見えない。
祖父はなぜか白い着物を着ていた。
祖父はいつもきちんとした装いをする人だった。
出かける時は襟付きのシャツにループタイを付け、ジャケットを羽織っていた。
祖父の家で会うときも、それが不意打ちで訪れた時であっても、ポロシャツやネルシャツを着ており、Tシャツにジャージなんて姿は絶対に無かった。
服装に疑問を持つものの、私は気づかないふりをしてとにかく話し続けた。
きっと、私は何処かで感じていたんだ。
話が終わった時のことを。
永遠というものはやはり無くて、話すことはとうとう尽きてしまった。
一瞬の間があった。
にこやかな笑顔のまま、祖父が立ち上がった。
「じゃあな」
私に背を向ける祖父。
座ったまま動くことが出来ない私は、暗闇の中に遠ざかっていく白い背中を見送ることしか出来なかった。
目が覚めた。
飛び込んできたのは、すっかりお馴染みになってしまった昭和の板張り天井。
(今のは夢……)
薄い薄いオブラートの様に薄い一枚、自分を包んでいたモノが剥がれ去った感触を、私は確かに感じた。
涙が溢れた。
「う、わぁ〜〜ん……」
寝起き早々、私は子供のように号泣した。
「どうした?」
驚いた夫が背中をさすってくれた。
「みっくん、今、おじいちゃんが逝っちゃった……」
私は夫のパジャマを涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして、泣きじゃくった。
最期に会いに来てくれたと思うと、どうしようもなく淋しくて、嬉しくて、哀しくて、なかなか涙は止まらなかった。
祖父が亡くなって七週間目の朝。
私は四十九日の意味を知った。
祖母に話したら「私のとこには来やしない」なんて怒っていたけれど、祖父が一番気にしていたのはやっぱり祖母だったのだと思う。
十四年後、夢を見た。
ほんの短いうたた寝に、久しぶりに祖父が夢に出てきた。
輪郭がぼやけて、はっきりと顔も定まらないか、私には祖父だと判った。
「オレも頑張ったんだ」
祖父はそう言って、私にハグをしてくれた。
「頼んだよ」と耳もとで囁いて、そっと離れていった。
ただそれだけの夢。
その時は、意味がわからなかった。
数カ月後、私は祖父の言葉の意味に思い当たった。
夢を見た頃、祖母は慢性間質性肺炎を患っていた。
慢性間質性肺炎は治る病気では無い。
緩慢に症状は悪化していく。遅らせる治療しかできない病である。
一四〇日後。
肺炎が再び悪化した祖母は帰らぬ人となった。
祖父の「頑張った」の意味を悟った。
祖母が彼岸に来ない様に、祖父がずっと頑張って護っていてくれていたのだろう。
それも限界を迎え、前回のが最後だったのだと理解した。
「頼んだ」の意味は判らない。
祖母が穏やかに逝けるようにだったのか、会いに行ってやってくれだったのか。
あるいは、不仲な娘達ーー母と叔母のことだったのか。
ただ確かなのは、あの祖父が私を困らせるようなことはしないということ。
私に出来るのは、静かに二人の冥福を祈ることだけである。
※
故人が夢枕に立つなんて、私が祖父を惜しむがゆえに夢に現れてるだけ?
なんとでも言えばいい。
私は祖父からのメッセージだったのだと信じている。
「夢の通り道」完
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