第4話 旅の仲間はお婆ちゃん!?

「勇者様、ありがとうございます! これ、ほんの気持ちです。良かったら食べて下さい」


 母さんがラムザにパンの詰め合わせをプレゼントする。


「ありがとうございます、ミレイユさん。いつもすいません」


 満面の笑顔で受け取るラムザ。

 

「勇者様、本当に報酬はいらないんですか? 町長が申し訳なさそうにしてましたよ。国王様に討伐完了の報告する時、上納金が必要なんですよね?」


 父さんは心配そうにラムザを見つめる。


「ええ、もちろん報酬はいりませんよ。勇者として当然の事をしたまでですから。国王への報告には報酬の一部を上納する事になっていますが、虚偽の申告をしています。その申告分は魔石を売ってどうにか納めていますので、大丈夫ですよ!」


 そう言って爽やかに笑うラムザ。つられて周囲のお客さんや僕の両親も笑う。


(罪を犯していない事の辻褄合わせに、ちゃんと善人になってるな)


(そうだね。安心したよ)


 チルミと心で会話し、安堵のため息をつく。


「ファル、ほら、憧れの勇者様だぞ。握手してもらいなさい」


「え! あ、うん」


 父さんの誘いに、僕は立ち上がる。そしてラムザの前に立って彼を見つめた。やはりすごい傷だ。全身に傷がある。魔物との戦いで負った傷なのだろうか。だけど罪が消える前のラムザは傷ひとつ負ってはいなかった。何があったのだろう。


「こんにちはファル君。そういえば、握手するのは初めてですね」


「あ、はい! あの、光栄です」


 僕はラムザと握手した。彼の手は力強く、やはりたくさんの傷が刻まれていた。


「勇者様、あのう……どうしてこんなに傷だらけなんですか?」


 僕の問いかけにラムザは一瞬目を丸くしたが、すぐに笑顔になる。


「ああ、ファル君には話していませんでしたね。他の勇者にやられたんですよ」


「ええ!?」


 僕は素っ頓狂な声を上げた。


「ど、ど、どうしてですか!」


「ふふふ、驚かせてしまいましたね」


 あたふたする僕に、握手していた手で頭を撫でてくれるラムザ。


「私が無報酬で魔物退治をしているのが、勇者の一人にバレてしまいましてね。私の兄なのですが……国王に黙っている代わりに、技の練習台になれと言われまして。結構辛かったですが、もう気が済んだみたいです。最近は何もされてませんよ」


「そうだったんですね……」

 

 ラムザはニコニコと話してくれたが、僕は罪悪感に襲われた。


(善人になったから、そんな仕打ちにあったんだね)


(おまえのせいじゃないぞファル。因果応報ってやつだな。ラムザも何か罰を受けねば割に合わんだろう。それだけの事を、やつはこれまでやって来たんだ)


(そうだね……)


 僕はどうにか自分の心を納得させた。


「それでは皆さん。あと何軒かのお店や集会所にご挨拶してから、私は城に戻ります。魔物が出現した際は、すぐに呼んでくださいね! 他の勇者は呼んじゃダメですよ。私が専属勇者ですからね! ではまた!」


 ラムザはマントをひるがえし、颯爽と店から出て行った。


 それから数日は何も起きなかったが、僕は旅に出る準備を進めていた。今回はこの街にやって来た勇者に対して「罪滅ぼし」を行う事が出来たが、他にも勇者は大勢いる。


 この町はラムザが守ってくれると約束してくれているから、もう安心だろう。なら、他の町や村へやってくる勇者に対応しなくてはならない。


「私が予知映像を見れるのは、近い距離、そして近い時間での出来事だ。遠くにいる者や遠い未来の出来事は見る事が出来ない。そして現在は私が対応出来る距離に勇者はいない。だが我々が旅に出る事で、対応可能な案件は増える筈だ」


 チルミが言ったこの言葉に従い、僕は荷造りをしているのである。旅の名目は「うちの美味しいパンを広める」という事。父さんは僕が一人立ちする時の為に、魔法で動く車「魔法四輪駆動自動車」をキッチンカーとして発注していたのだ。


 この世界ではみんな、十三歳から仕事の修行を始め、十五歳で大人の仲間入りを果たす。そしてそこから本格的に仕事をする。僕は今、丁度十三歳。つまり旅に出るにはベストなタイミングなのだ


 僕の旅立ちの決意を聞いて、父さんは納車を早めてくれた。キッチンカーはもうすぐ家に届く。楽しみだ。


「キッチンカーが届くまで、どのくらい時間がある?」


「あと一時間くらいだよ!」


 チルミの問いにニコニコの笑顔で答える僕。キッチンカーの存在を知って、ワクワクが止まらないのだ。


「一時間か。なら充分間に合うか。これから仲間をスカウトに行くぞ」


「え!? 仲間!? それって誰の事!?」


 仲間だなんて初耳だ。勇者の「罪滅ぼし」は、僕とチルミだけでこなさなければならないのかと思っていた。


「お前も良く知っている人物だ。リズ婆さんの家に行くぞ」


「えええッ! あのリズお婆ちゃんの家に!? ってか、仲間ってリズお婆ちゃんの事なの!?」


 リズお婆ちゃんは、うちのパン屋の常連客だ。とっても元気なお婆ちゃんだが、なんと百二十四歳の高齢である。腰もすっかり曲がっていて、杖をついている。


「ああそうだ。彼女は自分でもパンを作っているから、キッチンカーの移動パン屋運営の力にもなる。それに魔法の使い手でもあるから護衛にもなるし、百二十四年分の知識を持っているから保護者としても最適だ」


 え!? 魔法!?


「リズお婆ちゃんって、魔法使いなの!?」


「ああ。彼女が魔法使いである事は私と本人以外、誰も知らんだろうがな。魔法省ですら、把握しておらん。その事実を知っていた者は、皆生きてはおらんのだ。寿命や怪我、病気で死んだからな。記録も残っていない。リズ婆さんは、長生きの秘訣として魔法を極力使わないようにしているようだ。だが事情を説明すれば、きっと力を貸してくれる筈だ。行くぞ」


「う、うん!」


 あのリズお婆ちゃんが魔法使い! とっても驚きだけど、それが本当なら心強い。またワクワクが一つ増えた。僕は父さんと母さんに、リズお婆ちゃんに旅の同行をお願いしに行く事を伝えた。


「えっ! あのリズお婆ちゃんがパン作りの名人で、魔法使い!? お母さん全然知らなかったわ! いいじゃない! 頼んでみたら!」


「そんなすごい人がファルと一緒なら、お父さんもお母さんも安心だ」


 二人は快諾してくれた。


「それじゃあ行ってきます!」


「気をつけてね!」


「転ばないようにな!」


「うん!」

 

 僕は自然と駆け足になって、リズお婆ちゃんの家に急いだ。チルミも僕の前を飛んでいく。


 リズお婆ちゃんの家は、僕の家から十分くらいの距離だ。


「はぁはぁ、ついた!」


 リズお婆ちゃんの家は一階建ての木造建築で、煙突がある。僕は木製のドアをコンコンとノックした。


「こ、こんにちは! 僕はベーカリーショップ・ラグナートの息子のファルです! え、えっと……リズお婆ちゃんに会いに来ました!」


 少し待つと、中から「はいよ~」と返事が聞こえた。ドアが開き、笑顔のリズお婆ちゃんが顔を出す。銀髪をお団子にまとめ、緑色の綺麗な目をした可愛いおばあちゃんだ。


「どうしたんだいファル坊。今日は配達は頼んでない筈だけどねぇ」


 ニコニコと僕を見つめるリズお婆ちゃん。


「あ、えーっとですね。チルミ、説明お願い!」


「ああ、任せろ。まず自己紹介させてもらおう。私の名前はチルミ。光の神ルクスの使いだ。マリズロッド・ポラリスよ。君を『神の第二使徒』として任命する」


 チルミがそう告げると、リズお婆ちゃんの目つきが鋭いものに変わる。


「その名前で呼ばれるのは百年ぶりだねぇ。喋る小鳥か……面白いじゃないか。中に入りな」


 急に雰囲気の変わったリズお婆ちゃんに招かれ、僕とチルミは家の中へ入る。入るとすぐにリビングで、壁際に机と椅子があり、作り途中の編み物と編み棒が置かれていた。


 その近くには暖炉があるが、今は暖かい季節なので火は入っていない。大きな本棚には古そうな本がぎっしりと並んでいる。


「客が来るなんて久しぶりだからねぇ。とりあえず、そこのソファーにでも座っとくれ。お茶でも用意するかい?」


「あ、いえ、すぐに帰りますので。だよねチルミ」


「ああ。マリズロッド、君が旅の仲間になってくれるのならな。詳しく説明しよう」


 チルミは勇者オルラスの子孫達が悪に染まり、魔物退治に乗じて人々を虐殺している事、審判の短剣で彼らの罪を滅ぼせば、過去と現在を改変出来る事を説明した。


「オルラスの子孫達がそんな事になってるなんてねぇ。あたしら一般人が知ってる情報は、全て国によって統制されたものだ。勇者の悪事は当事者のみが知ってるって訳だね。やれやれ、あたしが王家を監視してりゃ、こんな事にはならなかったのに」


 ふぅ、と深いため息を吐くリズお婆ちゃん。王家を監視? 彼女は王家にゆかりのある人なんだろうか。


「マリズロッドは、まだ歳若かった勇者オルラスの保護者であり相棒だった女性だ。魔法と剣の達人である事から、ついた二つ名は魔剣聖。聞き覚えがあるだろう、魔王ヴァルザールの転生者ファルよ」


 な、なんだって!? 確かに覚えている。勇者オルラスと共にいた、長身の美女。とてつもなく強い人だった。その強さはオルラスに匹敵するほどだった。まさか、リズお婆ちゃんがあの魔剣聖だったなんて。


「思い出したよチルミ。確かに面影があるね」


 僕はリズお婆ちゃんの皺だらけの顔を見つめた。かなり年老いてはいるが、銀色の髪と緑色の瞳。その美しさは若い頃と変わっていない。


「へぇ。ファル坊があのヴァルザールの転生者とはね。なんだい、性根を入れ替えて償いでもするつもりかい?」


 リズお婆ちゃんの射抜くような視線に、心臓が凍ったような錯覚を覚えた。そうだ。彼女は魔王ヴァルザールを知っている。僕は咄嗟に土下座し、頭を下げた。


「前世での罪は、とても償いきれない事はわかっています。ですが、それでも償いたい。勇者達の悪業を阻止して人々を守りたい。それが、僕の罪滅ぼしなんです。どうか力をお貸し下さい。魔剣聖マリズロッド様」


 僕は頭を床にこすりつけ、祈るような気持ちで懇願した。


「頭をあげな、ファル坊。意地悪な事を言って悪かったね。あたしもオルラスも、ヴァルザールや魔人達の事情は理解してた。元々はあの時代の王族が魔人を迫害し、奴隷にしたのが事の発端だ。オルラスの母親が、ヴァルザールのお姉ちゃんだった事も知ってるよ。大昔は人間と魔人は共存してた。オルラスは、二つの種族の橋渡しになる筈だったのにねぇ」


「そこまで、知っていたんですね」


 自然と涙が流れる。前世での僕の姉、シャルワールは人間の男性と恋に落ち、オルラスを産んだ。だがそれから数年の間に、人間の王族による魔人の迫害が起こったんだ。


 僕は十数年かけて魔王軍という名の反乱軍を組織し、人間達と戦った。そして甥であるオルラスに討ち倒されたんだ。


「お互い様、とは言えないけどね。魔人達の怒りはわかるが、罪のない人間も大勢死んだ。戦争ってのは愚かな行為だ。それでもファル坊。あんたの償いたいって気持ちは伝わったよ。手伝わせておくれ。あんたの罪滅ぼしを」


 リズお婆ちゃんは腰の曲がった姿勢で僕に手を差し伸べた。


「ありがとうございます。マリズロッド様」


 僕は色々な感情がごちゃ混ぜになって、泣きながらリズお婆ちゃんと握手した。


「マリズロッド様なんてやめとくれ。今まで通りリズでいいよ。早速荷造りするから、待ってておくれ」


「うん! ありがとうリズお婆ちゃん!」


「そうそう。それでいい」


 リズお婆ちゃんはそう言って微笑んで、テキパキと荷物をまとめ始めた。








 









 











 

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これは悪しき勇者を討ち倒す魔王の物語〜百年後に転生した魔王は「罪滅ぼし」の旅に出る〜 アキ・スマイリー @akiriva1

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