第3話 極悪勇者(一人目)を成敗。

 僕は覚悟を決め、ラムザがやって来るのを待つ事にした。待つ場所は家から店舗へ通じるドアの前。


 あと数分で事件は起こる。心臓の音がうるさい。胸を突き破って出て来そうなくらいに高鳴っている。


「落ち着け。大丈夫だ。お前なら出来る」


 肩に止まっているチルミがそう言って励ましてくれる。


「うん。ありがとう。僕は出来る」


 自分に言い聞かせる。


「チルミはラムザに見つからないように、どこかに隠れていて。予知に君は映っていなかったし」


「ああ、そうするよ」


 僕はチルミが肩から飛び立つのを見送って、これから起こるであろう出来事に集中した。


 直後、ドアの向こうから凄まじい轟音。おそらくクレイジーボアが店の入り口を突き破って侵入して来たのだ。


「きゃああっ!」


 母さんの悲鳴だ。今すぐ飛び出して行きたい。だが、グッと堪える。未来視で見ていない事をすれば、ラムザの行動が変わってしまうかも知れない。


 魔術が設置型のトラップの性質を持っている以上、ラムザには予定通り動いてもらわなくてはならない。僕は唇をギリギリと血が出るくらいに噛んで、飛び出すのを耐えた。


「私は勇者です! そこをどいて下さい!」


 勇者ラムザの声だ! チルミの未来視で見た映像と同じ声だから間違いない! よし、今だ!


 僕はドアを開けて店舗に飛び込んだ。そしてあらかじめ設置しておいた魔法陣の上に立つ。儀式はすでに済ませてあるから、いつでも発動出来る。


「きゃあああッ!」


 母さんの悲鳴。直後に起こる大きな爆発。予知夢の通りだ。クレイジーボアと母さんはラムザの恩寵ギフト「爆裂」によってバラバラに吹き飛ぶ。


「ふふふ。だから、どいて下さいと言ったではありませんか。全く鈍い女だ。まぁ、魔物は仕留めたので問題ありませんが」


 ラムザはそう言って、母さんと魔物の血で埋め尽くされた床を歩く。魔物の死骸は消失し、魔石が出現する。


「ほう……雑魚魔物の体内にあった割にはいい魔石だ。かなりの魔力がこもっている。魔法省に高く売れそうです」


 ラムザは魔石を拾い上げ、ニヤリと笑った。


(今だ! 魔術『思考鈍化』発動!)


 僕はラムザが魔石を拾う位置にあらかじめ魔法陣を描いていた。それを心で念じる事で発動させる。発動した魔術は「思考鈍化」。判断力を鈍らせる魔術だ。


 これをあらかじめ発動させておく事で、ラムザを倒す決め手として設置したもう一つの魔術の効果が高まる。


「あああああ! ミレイユ! ああああーッ!」


「やれやれ。耳障りな声を出さないでいただきたい。もう死んでいいですよ」


 父さんも殺された。


「はぐ、あぐ、ひっ、ひっ......!」


 心構えが出来ていても、やはり予知夢通りの声をあげる僕。


「おや。もう一匹家族がいたのですね。良かった、おもちゃが残っていて。ついつい一撃で殺してしまうんですよね。それじゃあ楽しめないのに」


 ラムザはふざけた事を言いながら、僕の体を「爆裂」で破壊していく。


「うぎぃ......ッ!」


 くそ、やっぱり凄く痛い! 痛みで気が狂いそうだ……! 僕の手足はどんどん破壊されていく。左肘、右手親指。出血で意識が遠のき始める。ラムザも僕からの返り血を大量に浴びていた。

 

「おやおや、まだ死んじゃダメですって。ああ、そうか。子供だから血が少ないんですね。仕方ない。残念ですけどちょっと急ぎましょう。死ぬ前にいっぱい楽しみたいので」


 ラムザはそう言って、僕の足の爪先から順番に爆破させて行った。


「ぎゃああッ!」

 

 このままでは間違いなく死ぬ。この後は予知で見ていない。つまり、ここからの行動が鍵となる。


「嫌だ! 死にたくない! 僕の近くに来ないで! 来ないでよ!」


 僕は必死に叫んだ。死にたくないと言うのは本当だ。


「ふふふ。いいですねぇ。弱者の命乞いを聞くと、優越感と満足感、そして生の喜びを感じます。そして相手の望みは叶えず、絶望を与えるのは快感です。さぁ、近づいてほしくないなら、逆にもっと近づいてあげましょう」


 ラムザは興奮したように笑みを浮かべ、しゃがみこんだ。そして僕の額にピタリと指を当てる。

 

「ほら。こんなに近づいてしまいました。嫌ですよね、怖いですよね。ふふふ。とってもいい顔ですよ。さぁ……そろそろ、死にましょうか」


 にまぁ、と笑うラムザ。僕が苦しんでいるのが嬉しくてたまらないのだろう。だけど僕の心に、もう恐怖は無かった。あるのは計画が上手く行った時に感じる達成感だ。


「ありがとう勇者様。


「......何ですって?」


 痛みを堪えて微笑んだ僕に、ラムザは眉間に皺を寄せる。


「これであなたはもう動けない。僕を弱い子供だと軽んじ、近づいてくれた。そしてこの魔法陣に入ってくれたから、僕は鮮血の呪縛を発動出来たんだ」


 僕の座り込んでいる場所は、相手の動きを封じる「鮮血の呪縛」を描いた魔法陣の上。靴の汚れを綺麗にする絨毯で隠してある。発動させるには、対象を魔法陣の中に入れる必要があった。


 ラムザは僕があらかじめ仕掛けておいた「思考鈍化」の魔術の影響で、正しい判断が出来ない。つまり、僕を完全に見下し、油断している。


 だから「来ないで」と言えばラムザは必ず近づいて来る。その確信があった。全て思惑通りだ。

 

「はぁ? 魔法陣に、鮮血の呪縛? もしかして魔法のつもりですか? 君みたいな子供が魔法を使える訳ないでしょう? そもそもそんな魔法は聞いた事ないですしね。くだらない戯言など、もう聞きたくありません。その脳みそ空っぽの頭を吹き飛ばしてあげましょう」


 クスクスと笑うラムザ。


「そうだね勇者様。そんな魔法はないよ。これは僕だけが使える『魔術』だ」


 僕は左腕と両足を失った状態で、血まみれだ。残った右手は親指がないが、歯を食いしばりながら「審判の短剣」を抜く。痛みと出血で気を失いそうだけど、みんなを救うと言う強い使命感が、僕の意識を保っていた。


「魔術ですって? ははは、君が考えたのですか? なかなか面白いですね。ごっこ遊びがしたくなる年頃ですものね。だけどもういいです。君で遊ぶのは飽きました。さようなら」


 ラムザはいやらしい笑みを浮かべた。だがすぐにその顔は驚愕の色に染まる。


「ん? な、なんだ? 能力が発動しない! おい! 何かしたのかお前!」


 僕は審判の短剣をラムザの喉元にピタリと当てた。


「残念だけど、ただのごっこ遊びじゃないんだ。百年前には実在した、血液に秘められた力を操る技術。僕の血は、魔法陣を介してあなたをその場へ縛りつける。これが、『鮮血の呪縛』。勇者と言えども、指一本動かせないはずさ。能力も使えない。だけど殺した人達への謝罪が出来るように、顔の筋肉だけは動く事を許可している」


 僕は審判の短剣をラムザの喉へ少し押した。傷はまだつけてない。


「くそ! お前何者だ!? 私にこんな事をして、ただで済むと思ってるのか!? 他の勇者が来るぞ! 子供だからって容赦はしない! 惨たらしく拷問して殺す! 私は勇者だぞ! 第六王子だぞ! 逆らうんじゃない! 今すぐこのクソったれの術を解け!」


 ラムザは僕の額に指を当てた姿勢のまま、必死の表情で喚いた。僕は審判の短剣にグッと力を込める。


「これからあなたの首を斬る。あなたはもう、二度と人を殺す事は出来ない。その罪も許される事はない。だけどせめて、これまでの罪と向き合って欲しい。深く反省して欲しいんだ」


 僕がそう告げるとラムザは落ち着きを取り戻し、歪んだ笑みを浮かべる。


「反省などありません。私は魔物退治を遂行しただけ。それは感謝されるべき行為です。巻き添えになった者の事など知った事ではありません。ですがバラバラになった人間を見るのは......とても楽しかったです」


 恍惚とした顔で、勇者ラムザは笑った。


 僕は前世において殺人を楽しいと思った事なんてなかった。ただ魔人を迫害する人間への怒りと憎しみだけで動いていた。邪神ケイオスに洗脳された後は、その感情が爆発していた。


 だけど罪は罪。このラムザとなんら変わらない。殺された人々の無念は晴れる事は無い。


 ただ違うのは、ラムザの罪は消せると言う事。その過去を改変出来る。 「魔王ヴァルザールの大虐殺」僕の罪から生き残った人々やその子孫達を、救う事が出来るんだ。


「どうか、いい人に生まれ変わって」


 僕は願いを込めて、短剣を横にシュッと引いた。ラムザの鮮血が飛び散る。すると時が止まったように、ラムザの鮮血が空中で凝固した。いや、周囲の全てが止まっている。本当に時間が止まっているんだ。


「よくやったファル。これでラムザの罪は滅んだ。歴史は改変される。奴に殺された全ての者は死ななかった事になり、破壊されたものも破壊されなかった事になる」


 いつのまにか肩に止まっていたチルミが、そうねぎらってくれた。


「チルミ、疑問があるんだ。ラムザは本物の外道だった。根っからの極悪人だ。罪を滅ぼした所で、また同じ事を繰り返すんじゃない?」


 そう尋ねた僕の心配をよそに、チルミはフッと笑う。


「確かにラムザはどうしようも無いほどの腐れ外道だ。だが安心しろ。罪を滅ぼされた者は、罪を犯す事を無意識に避ける。全ての罪が消えるという事は、そういう事なんだ。ラムザみたいな腐れ外道が、これまで一切の罪を犯さずに生きて来たって事になったら不自然だろ? だから辻褄が合うようになってるのさ」


「そっか。なら安心したよ」


 ラムザにいい人に生まれ変わって欲しいと言う僕の願いは、どうやら叶いそうだ。


「ああ。お前は本当によくやった。さぁ、歴史が変わった。新しい今がやってくる」


 周囲の景色がぐるぐると周り、ラムザも景色の中へと解け込んで行った。


 やがて景色の回転が止まり、僕の周囲には見慣れた光景が広がった。白い壁。木製のテーブル。その上には色とりどりのパンたち。


 賑やかに会話をしながらパンを選び、木のプレートに乗せていくお客さん達。工房からは、パンの焼ける美味しそうな匂い。


「いらっしゃいませ~、あら、どうしたのファル。そんな所に座り込んで」


 僕の手足は元通りになっていた。血も出ていない。痛くない。だけど……。


「ちょっとファル! どうして泣いてるの!」


 僕は涙が溢れて止まらなかった。見慣れていた景色のはずだった。だけど全てが愛おしい。一度は失った、普通の幸せ。それがこんなにもかけがえのないものだったなんて。


「ごめん母さん。なんかさ、僕、幸せだなぁって思って」


 僕は幸せを噛み締めると同時に、深い罪悪感も味わっていた。前世の僕が虐殺した人達も、こんな普通の幸せの中にあった。だけど僕は、それを無慈悲に奪ったんだ。


 ごめんなさい。ごめんなさい。


「もう、どうしたのよ改まって。お母さんも、幸せよファル。あなたがいて、お父さんがいて。みんなが一緒に暮らせているもの。生まれて来てくれてありがとう、ファル」


 母さんはそう言って、僕を抱きしめてくれた。


「母さん……」


 泣きじゃくる僕の頭を、母さんは優しく撫でてくれた。


「わしらまでもらい泣きしちまうわい」


「ファルちゃん、大丈夫よ。おばちゃん達も一緒よ」


「泣くなよファル。お前は強い男だ。なぁ。お袋さんを支えるんだぜ?」


 お客さん達も僕の周りに集まって来て、変わるがわる頭を撫でたり、ハグしてくれた。


 その騒ぎに気づいて、父さんもやって来た。


「おいおい、なんの騒ぎだい」


「ファル坊が泣いてるんだよ。幸せだって言ってなぁ。ほんで俺らも、もらい泣きしてたところよ」


 お客さんの一人、トーステンさんが威勢よく答える。


 すると父さんはしゃがみ込んで、僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「ファル、お前はみんなの人気者だな。お父さんも鼻が高いぞ」


「父さん! また会えて嬉しいよ!」


「ははは、何言ってるんだ。朝も会っただろう」


「それでも嬉しいんだ!」

 

 僕は戸惑う父さんに抱きついて、また泣きじゃくった。そこへ青い小鳥が飛んできて、僕の肩に止まった。


「あら、どこから飛んで来たのかしら」


「青い小鳥は幸せの象徴らしいぞ」


 母さんと父さんが驚いて目を丸くする。


「あ、父さん、母さん。あのね。この子、僕の友達なんだ。名前はチルミって言うの。飼ってもいいかな」


 チルミは「飼う」という言葉に不服を感じたようで、首を傾げて僕を見つめた。


「もちろんいいぞ。この店のマスコットにしたらどうかな」


「あら、いいわね。じゃあ鳥籠を買ってくるわ」


 父さんの提案に、母さんが手を叩く。


「待って二人とも。チルミは自由が好きなんだよ。閉じ込めたくないんだ」


「ん? そうか。なら、それでいいぞ」


「ええ、あなたの肩が居心地いいみたいだしね」


 父さんと母さんはそう言って笑う。お客さん達も、チルミを歓迎してくれた。


 それから少しして、お店に新たなお客さんがやって来た。


「こんにちは」


 爽やかな笑顔で挨拶する青年。顔や全身に、無数の傷がある。その傷は、以前はなかったものだ。


「皆さん、安心してください。魔物退治は無事に完了しましたよ」


 そう言って微笑む青年は、勇者ラムザだった。






 

 



 

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