第2話 勇者討伐作戦。

「魔王ヴァルザールを倒した勇者オルラスは真の善人だった。だがいつの日からか、彼の末裔たる勇者達は人殺しを楽しむようになってしまった。王族である彼らは法で裁けない。光の神ルクスの代行者として彼らを裁き、その罪を滅ぼすのだ、魔王ヴァルザール。いや、今は人間の子、ファルよ」


 僕の肩の上で、チルミは威厳たっぷりにそう言った。


「やってやるさ。ラムザの罪を滅ぼしてみんなを助ける事が、僕自身の罪滅ぼしだ」


 僕は「審判の短剣」を腰のベルトに括り付け、決意を新たにした。


「だが、どうやってラムザを倒すつもりだ。それを確認しておきたい」


 チルミは首をかしげながら僕に尋ねる。


「多分、君は知ってると思うけど、百年前には存在した魔法技術『魔術』を使うよ。今は知っている人は誰もいないみたいだけどね。僕は前世では魔術の天才だったんだ」


「ああ、それはわかっている。魔術を用いて、どのようにラムザを倒すつもりなのだ、と言う意味だ」


「それはこれから考えるよ。少し集中するね」

 

 朝チルミが見せてくれたあの光景を克明に思い出す。僕は今、記憶力が劇的に高まっているのを感じていた。前世の記憶も、細部まで思い出せる程だ。


 まず最初に見たのは、入り口のドアが破壊されたパン屋の店舗内。いつもいるはずのお客さんもいない。これは、ポジティブに考えればお客さんは避難したと考えられる。だけど多分……爆裂の勇者ラムザか、魔物が殺してしまったのだろう。


 だけど、あの映像ではその事実は確認出来なかった。だから僕は、事件の前にお客さんを避難させるつもりだ。見ていない未来なら変えられる。チルミはその事に言及しなかったけど、見た事が必ず起こるなら、その逆もしかりだ。

 

 引き続き、映像の記憶に集中する。僕から見て正面が店の入り口。左側にはたくさんのパンが陳列してあるテーブルや棚があり、右側には母さんや父さんがパンを作る工房がある。お客さんが一人もいないパン屋の店舗内。その壊れた入り口を見た直後に、僕は母さんの悲鳴を聞いた。悲鳴は工房の方からだった。


 すぐに爆発が起こって、魔物と母さんの体がバラバラに飛び散り、店舗の屋根や壁が吹き飛ぶ。おそらくパン工房に魔物が侵入しようとし、近くにいた母さんごとラムザが吹き飛ばしたのだろう。


 僕は悔しさと悲しさで涙が溢れた。だけど、この事実は現時点では変えられない。ラムザを倒して罪を滅ぼすしか、母さんと父さんを救う道はないんだ。


 ラムザは血の海をゆっくりと歩き、魔物の体から出た魔石を拾う。その後、父さんが工房の奥から飛び出して来て、ラムザに殺される。それを見た僕が声を上げ、ラムザに発見される。


 ラムザは楽しそうに近づいて来て、ゆっくりと僕の体を壊して行く。


 なるほど。やるべき事は決まった。仕掛ける魔術は二つ。ポイントはラムザが魔石を拾う場面と、僕を破壊する場面。


 仕掛ける、と言ったのは、魔術には儀式という準備が必要であり、発動対象は魔法陣の中に入っている物体のみ。


 戦いに使うなら罠のように魔法陣を設置し、タイミングよく魔術を発動させなくてはならない。


「考えがまとまったよ、チルミ」


 僕はそう言って微笑んだ。


「ほう。自信ありげだな。勝てる見込みはありそうか?」


「ラムザが僕を普通の子供だと思っている限りはね。ところでさ、チルミ。僕がこの審判の短剣で自分の指を切ったらどうなるかな。僕が人間に転生してからの罪が消えると思う?」


 前世の罪が消えないのはわかっているが、現在の罪がどうなるのか気になった。


「お前が転生してファルになった後は、罪と呼べるような事は一切していない筈だぞ。私は未来だけでなく、過去も見れるのだ。つまり、何も起きない。その短剣は、お前の指を傷つけるだけだ」


 チルミは首を傾げて僕を見る。


「それを聞けて安心したよ。魔術の儀式には僕の血が必要なんだ。僕は自分のナイフも持ってるけど、今度からは審判の短剣を儀式に使ってもいいかな」


 僕がそういうと、チルミは「ふぅ」とため息を吐いた。


「特別に許可する。さぁ、儀式とやらを始めるがいい」


「うん」


 僕は指先から流れ出る血液を用いて、自室の床に魔法陣を描いた。大きさは、座布団くらいの大きさだ。僕が入れれば問題ない。そこに座ってあぐらをかき、両手を広げて指で印を結ぶ。そして目を閉じて呪文を唱え、意識を集中する。


霧影むえいとばりよ、我が身を隠し、無の風となれ。闇夜の彼方に漂う声無き囁き、星々の光すらも届かぬ場所、塵となりて風に溶け、影と共に消え去らん」


 呪文を唱え終わると、僕の姿が薄く半透明になる。これで周囲からは僕の存在や音や声、匂い、行動の一切が感知できなくなる。


「む? お前と私の体が薄くなったぞ」


 僕の肩に乗っていたチルミにも術がかかっている。同じ術にかかっている僕たちは認識も会話も可能だ。


「僕らの存在を魔術で消した。他の人には気付かれずにラムザを倒す準備が出来るよ」


「ほう。そりゃすごいな」


 チルミは関心したように僕を見つめた。


「時間制限はあるけどね。一時間きっかりだ。急いで現場に行こう」


 僕とチルミはそそくさと部屋を出て、パン屋の店舗に向かう。

 

「いらっしゃいませ~」


 お店では母さんが元気に接客しており、工房では父さんがパンを焼いている。僕はまた涙が出そうになったが、ぐっと堪える。


「お前が描いた魔法陣も、誰にも認識されないのか?」


 チルミが首を傾げながら尋ねる。


「まぁ、今のところはね。一時間経てばみんなにも見えちゃう。だから何かで隠す必要がある」


 店舗の入り口には靴の汚れを落とす為の絨毯が敷いてある。これを「複製」の魔術で複製して、魔法陣を隠す事にした。


 僕は予定通り二つの魔法陣を設置し、儀式を行った。これから一旦町長さんの家に行って、魔物の存在と勇者召喚について言質を取る。そして事件が起こる少し前に「魔物が来るよ!」と叫んでお客さんを逃す。


 父さんと母さんは、きっと何かの理由をつけてお店に残るはずだ。本当は逃げて欲しいけど、そこは変えられないから仕方ない。


 その後はラムザの悪行を甘んじて受け入れ、魔術を発動させて……審判の短剣で罪を滅ぼす! 作戦は決まった。


 僕たちは、「認識不可」の魔術が解ける前に町長さんの家に行った。そして「認識不可」が解けるのを待って、町長さんの家に入り挨拶。勇者召喚の予定があるかを確認して、「勇者ラムザ」を召喚するとの言質を取った。


「町長さん、魔物は今どのあたりにいるのですか?」


 僕は真剣な眼差しで町長を見つめた。


「実は今、町門の外にいてね。今にも突っ込んで門を破りそうな気配なんだ。クレイジーボアという、猪の変異した魔物だ。突進力が高いから、門を破られる可能性は高いよ」


「そうなんですね……じゃあ、僕は魔法憲兵さん達と連携を取って、町のみんなを避難させます」


 僕はきびすを返して町長さんの家を出ようとした。


「待ってくれファル君! 避難はダメだ!」


「え? 何故ですか?」


 おかしな事を言う人だ。何故避難がダメなのだろう。僕は疑問に思いながら振り返る。


「そ、その……勇者様より、避難禁止との通達があってね。それが魔物退治をしてくださる条件なんだ」


 町長の言葉に、僕は後頭部を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。


「そんな馬鹿な話が許されるんですか! なんの為の魔物退治ですか! 罪のない人々の命が危険に晒されるんですよ! 本末転倒です!」


 僕は込み上げる怒りを止める事が出来なかった。


「そ、そんな事は私だってわかっているよ! だけど勇者様は魔物を倒せる唯一の存在で、王族だ! 逆らう事など許されないんだよ! す、少しの犠牲で済むのなら、町が滅びるよりもマシじゃあないか!」


 町長は禿げた頭に血管を浮かび上がらせ叫ぶ。


(暴力と権力の合わせ技で、もはや洗脳状態だな。現代の勇者は魔王よりタチが悪いようだぞ)


(そうだね……)


 チルミが心の中に話しかけて来てくれた。きっとこれも神の使いって奴の力なのだろう。少し驚いたけど、おかげで冷静になれた。


「わかりました。それなら……町民全員に呼びかけると勇者にバレてしまうと思いますので、僕の家、パン屋さんに来ているお客さんだけに声をかけます。それなら構わないですよね!」


 有無を言わさぬ圧をかける。


「う、うん。それくらいなら、多分大丈夫だと思う。くれぐれもパン屋以外では口外しないようにね。本当は君に話したのもまずいんだ。君はいい子だから、特別に教えたんだからね」


「……はい。ありがとうございました」


 僕は町長に対する怒りが再び燃え上がるのを感じていたが、彼に怒鳴っても仕方がないので無理矢理心を鎮め、町長の家を後にした。


「あと三十分くらいで事件が起こるぞ! 急げ!」


「うん!」


 僕は猛ダッシュで家に戻る。チルミは飛んで先を行く。


 僕の家「ベーカリーショップ・ラグナートの店」の看板が見えた。僕は一気に加速し、勢い良くパン屋の店舗に飛び込む。

 

 「皆さん! よく聞いて下さい! これから勇者ラムザ様が魔物を追って、ここに来ます! 魔物は凶暴で、勇者様は皆さんを守る余裕がありません! 今すぐ自宅へ避難してください!」


 僕の訴えに、お客さん達はキョトンとする。母さんと父さんが、驚いて僕の側へやって来た。


「本当なの、ファル」


「魔物の事は噂になっていたが、勇者様の召喚は予定より早いんじゃないか? 誰から聞いたんだ、ファル」


 母さんと父さんも、お客さん達も半信半疑のようだ。


「町長さんから聞いたんだ! 本当だよ! 皆さんも、どうか僕を信じてください!」


 僕の必死の訴えに、お客さん達はお互いの顔を見合わせて、手に取っていた商品を棚に戻し始める。


「ファル君が嘘つく筈ないもんな。いつも街道の掃除、頑張ってるし」


「そうだよ。ファル君、こないだは荷物持ってくれてありがとうね」


「そうじゃそうじゃ。ファルはワシの孫みたいなもんじゃ。肩揉み上手じゃしのう。みんな、早く家に帰ろう」


 お客さん達は納得した様子で、ゾロゾロと帰宅を始める。


「皆さん、信じてくださってありがとうございます!」


 僕は深々とおじぎをした。

 

 これできっと大丈夫だ。クレイジーボアは真っ直ぐに突進する習性がある。奴は門を破ったら一直線にここに向かってくる。門から直線距離の最短部がこの家なのだ。


 僕はお客さん全員と日頃から触れ合っているので、みんなの家の方向は知っている。町の門からここまでの直線に、彼らの家は無い。安全な筈だ。


「ファル、本当なのね」


「うん、本当だよ、母さん」


 母さんが僕を抱きしめる。父さんもやって来て、僕の頭を撫でてくれた。


「疑って悪かったな。みんなが言う通りだ。ファルが嘘や冗談なんか言う筈がない。ごめんな」


「ううん。疑って当然だよ。僕だっていまだに信じられないよ……」


 そう言いながら、涙声になる。二人のぬくもりが、失われるのが怖かった。


「父さんと母さんも、早く逃げよう? うちの常連のマイゼルさんの家なら大きいし、きっと避難させてくれるよ」

 

 僕はダメ元で二人に避難を促す。


「大丈夫だよ。勇者様なら、きっと俺たちを守ってくださる。今仕事を中断したら、明日の営業にも差し支えるしな」


「そうね。逆にじっとしていた方が安全かもしれないわよ。勇者様が来るのだし」


 やっぱり、ダメか……。


「うん、そうだね」


 僕は震える声でそう答え、無理矢理に笑顔を作ったのだった。


 


 



 


 





 

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