第10話 もう少しだけ家族で。
次の日掃除をしていると、テーブルの上に、なくなったと思っていたアオイのワイングラスがあった。そして、グラスの隣には手紙が置いてあった。
宛先はない。きっと、まいがグラスを見つけてくれて、手紙を横に置いて行ったのだろう。
封筒をあけると数枚の便箋が入っていて、丁寧な字で文章が綴られていた。
「涼介さんへ。意を決して、お姉ちゃんの家にいきましたが、きっと、わたしはうまくお話できなかったと思います。だから、手紙を書いてみました」
甘えん坊な舞雪のイメージからは意外な文体だった。
「涼介さん。ずっと好きでした。お姉ちゃんから紹介されたとき、最初は兄ができたと喜んでいたけれど、高校くらいになったら、異性として好きだということに気づきました。だけれど、許されることではないし、この気持ちは一生、内緒にしようと……」
手紙はまだ続く。
「でも、今回のことがあって、落ち込んだ涼介さんのことを思うと、居ても立っても居られなくて。その気持ちは日に日に大きくなっていきました」
「お姉ちゃんのことを考えると、ダメだとは分かってるつもりです。でも、いつの日か、涼介さんが他の人とお付き合いしたりするのかもと想像すると、嫉妬してしまうんです。相手がお姉ちゃんだから諦められたんです。他の人にとられるのは、絶対にイヤです」
「涼介さん。大好きです。わたしは確信しているんです。今後、こういう気持ちになれる相手に出会うことはないと。わたし、約束します。絶対に涼介さんより長生きして、見送ってあげます。寂しい思いはさせません。だから、わたしと結婚を前提にお付き合いしてください」
俺は手紙を机においた。
まいの気持ちがすごく伝わってきた。
「そういえば、女の子にラブレターもらったのって初めてかもな。つか、見送ってあげますって……おれのこと爺さん扱いだなぁ(笑)」
でも、もう大切な人を見送るのは辛すぎるから。今の俺には、すごく有難い言葉だった。
舞雪にちゃんと返事しないと。
まいは可愛い。一緒に歩いてると、すれ違った男が何人も振り返る。……あおいの妹なんだから当たり前か。アラサーの俺にはもったいないくらいだ。
性格も可愛い。妹然としていて、元気で明るく、俺をすごく信頼してくれている。
妹と思っていたのに、女性としてみれるのかな。あ、でも、キスして胸も揉んだんだっけ。……節操がないことこの上ないが、その心配はなさそうだ。
俺は首を左右に振った。
おれは部屋に飾ってあるウサギの縫いぐるみを見つめた。これは、あおいから茜に引き継がれたものだ。そして、俺がこっちの部屋にきたときに、なぜかぬいぐるみを託された。
抱っこされすぎて、ところどころ毛皮は剥げて、髭もくにゃくにゃになっている。きっと、あおいと茜と長い時間を過ごしたぬいぐるみ。
「なぁ。あおい。どう思う? やっぱ、イヤだよな?」
おれはウサギの縫いぐるみをテーブルの正面においた。そして、ぬいぐるみの前にも、アオイのワイングラスをおいて、ワインを注いだ。
あおいと茜と過ごした時間を思い出しながら飲んでいたら、いつの間にか寝てしまったらしい。
テーブルに突っ伏した体勢のまま目を開けると、午前2時だった。
「涼くん……。パパ……」
いつもは隣の部屋からしていた話し声は、今日は耳元で聞こえてくる。
「お誕生日おめでとう……」
そうか。
今日は俺の誕生日だったか。
「プレゼントはうさちゃんに……」
身体を起こすと、耳元には誰もおらず、部屋は電気がついたままだった。
俺はうさぎのぬいぐるみを手に取ると、裏返した。このぬいぐるみは裏にチャックがあり、開くようになっている。
もしかしたら何か入っているのかもしれない。
そう思ってチャックをあけると、何か入っていた。中には畳まれたメモが入っていた。
一段目に日付が入っていて、あおいと茜が入院する数日前だった。俺はメモを開いた。
「お誕生日おめでとう。もしかしたら入院になっちゃうかもしれないから、茜と相談して、プレゼントをうさちゃんに預けてみました」
これは入院前に書いたってことか。
うさぎの中には、手作りの写真立てが入っていた。茜とあおいで作ったのかな。
フォトフレームの中には親子3人の写真が入っていた。よく行ったレストランで撮ったものだ。
テーブルの真ん中にケーキ。正面には、それを見つめて笑顔の茜。向かって右には、茜と手を繋いだアオイ。左には照れくさそうに座っている俺が写っている。
食事をした時に、あおいが3人で写真を撮ろうって言い出して、スタッフの人に撮ってもらった写真だ。
茜の誕生日で、事前にお願いしてケーキを準備してもらった。ケーキには蝋燭が4本たっている。
メモには続きがあった。
「もし、もし。万が一の話だよ? わたしが戻れなかったら、涼くんは、自分の幸せを考えてください。わたしに遠慮して不幸せでいるのは、想像しただけでも悲しいです」
当時は、テレビで連日のように亡くなった人のニュースが流れていたし、あおいも戻れない可能性を考えていたのだろう。
その下には何かを消した後があって、文章が続いていた。
「それとね。まいちゃん。涼くんのこと好きみたい。あの子、何も言わないけれど、姉だから分かっちゃうんだ。……もし、わたしが戻れなかったら、あの子の気持ちを受け入れてあげてください。っていうか、まさか。わたしの可愛い妹をフッたりしないよね?」
俺は、なんだか久しぶりにアオイと話しているような気分になって、自分が笑っていることに気づいた。
「でもね。まだしばらくは、わたしの旦那さまでいて欲しいの」
写真を見ていると、2人に誕生日のお祝いをしてもらっているような気持ちになった。
俺はまたグラスにワインを注ぎ、1人飲みの続きをした。いつも、あおいと2人でワインを一本あけていたから、今日は1人で一本を飲み切ろうと思った。
次の日。
鳥の囀りで目が覚めた。
鏡をみてみると、目が腫れていて、自分ながらに酷い顔だった。
二度寝しようとすると、インターフォンが鳴った。
ドアをあけると、舞雪がいた。
下をむいて、不安そうに立っている。
俺はつとめて明るく声をかけた。
「よ、一昨日ぶり。どうしたの?」
「あの。その。お返事……」
って、セッカチだなぁ。
「まだ、2日しか経ってないよ?」
「だって。お返事が気になって不安で。それと、会いたくて……」
もしかして、この子。
毎日来るつもりなのかな。
よく見ると、まいの手は震えていた。
「まぁ、中に入りなよ」
俺は舞雪をソファーに座らせ、コーヒーを出した。舞雪は、ソワソワして落ち着かない様子だ。
「それで、お返事は……」
「まいって、実はセッカチなんだな」
「だって。男の子に告白したの生まれて初めてだし、フラレちゃうかもと思うと不安で」
俺は、舞雪の魅力が少し分かった気がした。そして、妻とそっくりな顔のこの子に、妻とは違う魅力を見出せたことに、心のどこかで安堵した。
「昨日、あおいの夢をみてさ。妹をフッたら許さないって言われたよ」
「じ、じゃあ……」
「うん。こんな俺でよければ宜しく」
舞雪は両目に涙をためて、大きく息を吐いた。
「あれ? 安心したら涙がとまらないよ……」
姉妹で、こんなに好いてくれるなんて本当に有難いことだ。まぁ、義父さんには嫌われるだろうな。
「でも。しばらくは、あおいの夫でいたいんだ。いいかな?」
まいは何度も頷いた。
「うん。うん」
「舞雪が学校を卒業するまでは、そんな感じでいいかな」
まいはコクリと頷いた。
「デートは?」
「うーん。兄と妹として、たまにお出かけするくらいなら?」
まいは口を尖らせている。
不満そうだ。
「じゃあ、手を繋いだり、キスは?」
「卒業したらな」
まいは少しだけモジモジすると、ためらいがちに口を開いた。
「じゃあ、……エッチは?」
「ダメに決まってるだろ(笑)」
「チッ」
「あ、舌打ちしたな?」
「……し、してないし」
そして、舞雪は、また片付けを手伝ってくれている。
このがらんどうの家とも、あと少しでお別れだ。あおいと一緒に選んで、あおいと一緒に家具を揃えて。そして、親子3人で、一緒にかけがえのない時間を過ごした家。
……なぁ。あおい。
俺と結婚してくれてありがとう。
……あかね。
俺たちの子供に生まれてくれてありがとう。
俺は2人のおかげで、すっごく幸せだったよ。
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/omochi1111/news/16818093090099048619
(おわり)
がらんどうの家。 おもち @omochi1111
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