第9話 まいのおもい。

 

 「涼介おにーちゃん」


 モニターの向こうには、ニコニコした舞雪がいた。


 「どした? 約束してたっけ?」


 「ううん。そろそろ、おにーちゃんが寂しくなってるんじゃないかと思って」


 無駄に鋭いな。


 来てもらったのに追い返すのも悪いか。

 せっかくだから、まいにも片付けを手伝ってもらうことにした。


 舞雪にはあおいの部屋の整理を任せる。

 1時間くらいした頃、まいがこっちの部屋にやってきた。


 「すっごい懐かしいの見つけちゃった」


 まいの手には、小さなアルバムがにぎられていた。あおいが小さい頃のアルバムだ。その中に赤ちゃんの舞雪も写っている。


 まいは、いつの間にか俺の右隣に座って、アルバムの説明をしてくれた。その中の写真は見たことがあるものばかりだったが、まい目線で語られる説明は、また新鮮で面白かった。


 俺はその中の一枚に興味がわいて、前のめりになった。すると、フワッと髪の毛が視界を横切った。


 反射的に右を向くと。


 チュッ。


 俺の口に舞雪の唇が押し付けられてきた。


 「ち、ちょっと、まい」


 おれは舞雪の両肩をつかんで、離そうとした。だけれど、まいはもっと強く唇を押し付けてくる。そして、不慣れな様子で舌を押し入れてきた。


 まいの顔は、惚けているとは真逆の真剣な顔だった。俺から離されないように、必死に抱きついてくる。これが失敗したら、後がないとでも思っているようだった。


 数分それが続いた頃、まいは上半身を倒して、俺を抱き寄せた。おれは、自分が興奮している自覚はあったが、それを制御できそうになかった。


 気づけば、自分から舞雪にキスをして、服の中に手を入れて、まいの左胸を揉んでいた。まいの胸は、あおいより少しだけ小ぶりで、でも、柔らかくて。トクトクと、小刻みな心臓の鼓動が伝わってきた。


 まいがトロンとした眼差しで俺を見る。


 「あ…ん……。おにーちゃん。最後までしていいよ」


 「いや、ゴムとかないし」


 まいは左手の人差し指を噛むような仕草をした。


 「……そのままがいい」


 その顔が、あまりにもアオイに似ていて、俺は、ハッとした。


 「いや、やっぱダメだよ。その、こういうその場の雰囲気に流されるのってね、よくないし。あおいにも悪いし」


 すると、舞雪は上半身を起こして抱きついてきた。


 「その場の雰囲気なんかじゃない。わたし、ずっとおにーちゃんの事が好きだった。男性として……」


 「えっ」


 「でも、おねーちゃんの旦那さんだし、諦めるしかないと思ってた。だけれど、いま1人になって、寂しそうにしてる涼介おにーちゃんを見てたら、諦めてた好きが大きくなっちゃって。自分でも分かってたけど、止められなかったの」


 「……」


 「自分が非常識って分かってる。ひどい妹だって。でも、本気なの」


 「ごめん、まだそんな気には……。好きな人作るの怖いし」


 「わたし、涼介さんのこと大好き。わたしでよければ……、ずっとずっと一緒にいさせてください」


 舞雪のそれは、おれの思い出の中のあおいと同じセリフだった。


 舞雪は本気だろう。

 でも、あおいの妹だぞ?

 相手として最悪だ。


 俺が答えに困っていると思ったのだろう。

 まいは続けた。


 「最初は、おねーちゃんの代わりでもいい。いつかわたしを見てくれれば……」


 「わかった。ちょっと考えさせて」


 

 その後は少し気まずかったが、ある程度掃除が進むと、まいは帰って行った。


 去り際に舞雪は俺の方をみて寂しそうな顔をした。


 「あんなこと言っちゃって、わたし嫌われちゃったかな」  


 「いや、ありがとう。答えがどちらにせよ、舞雪があおいの妹で大切な人なことには変わりはないから」


 「……よかった」


 そう言うと、まいは、こちらを何度も振り返りながら帰って行った。


 「ハァ」


 俺はダイニングテーブルに深く腰をかけた。

 どうしよう。


 普通に考えたら、色んな意味で、あり得ない。


 ただ、まいは真剣だ。

 それに、おれも舞雪のことは嫌いじゃない。

 



 その晩、久しぶりにあおいの夢をみた。


 夢の中のあおいは、少し寂しそうな笑顔でこう言った。


 「……いいよ。涼くんがあの子のこと大切にしてくれるなら」


 俺は、あおいに追い縋るように手を伸ばす。


 「でも、あおい。待って。いくな」


 「わたし、ずっと一緒にいるって言ったのに。約束をまもれなくてゴメンね」


 


 

 

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